第七話。はじめてのだんじょん! その5。 パート1。
「だんなさまー!」
両手を床に付けて肩で息する俺に、嬉しそうな声が
風と共に飛んで来た。まだ歯ガッチーンの痛みが残ってるから、
左手を上げることで返事にする。
「やりましたね!」
喜びの声を上げてる少女に、そうなのか? と
剣を拾いながら答えた。
よし、声は無事問題なく出たぞ。
膝立ち状態で、左手で鞘を支え、
ジャキっと右手で剣を納める。
「はい。ゴーレムは、顔の札を失えば活動を停止します」
「そうか。そうなのか?」
半信半疑で立ち上がってゴーレムと向き合う。すると。
パラパラ
俺の足の動きで起きた僅かな衝撃
ーー そんなものがあるのか疑問だけど ーー が
トリガーになったように、ゴーレムのーーカースド・ゴーレミートの体が
崩れ始めた。
「崩れ始めたぞ?」
ドザアアアバラバラバラバラ!
まるで俺の言葉が呼び水になったように、欠片となって崩れ去って行く。
その予想外の大音に、思わず耳をふさぐ。
ゴーレミートが、目の前から完全に消え去ったのを確認して、
耳から手を放す。
訪れたのは静寂。
「ほんとに、終わったんだな」
たかが中ボス、されど中ボス。
大したことのない戦闘だったのかもしれない。
けど、俺にとってはラスボスにも匹敵する相手だった。
「……残ったのは、これだけか」
ただ一つの証明。俺が切り離した「それ」を拾い上げて
余韻を吐き出す。。
『大丈夫ですわ。またこの階に入れば出てきますから』
ゴーレママからの柔らかな声に、そっかとしんみり答えた。
「あの、だんなさま?」
顔の前に移動して来たディバイナ。その声も顔も、心配これ一色。
「なんだ?」
一仕事終えた俺には、ずっしりと疲労感がのしかかっている。
だから、なんとも返しに覇気がない。自分でそう思うってことは、
相手には、もっとヘトヘトに見えるんだろうな。
「大丈夫ですか? ヘトヘトな顔してますけど」
「ん、ああ。かなり疲れたな」
「そうですか。ゴーレママ、移動前に
フルコンプリートボーナス、おねがいできますか?」
『そうですわね。ですが、完全回復しては
中ボスを倒したという余韻が、なくなってしまいますわ大魔王様。
お客様に達成感 満足感を持って帰っていただくことも、
再び みたびと挑んでいただく理由になると思いますの』
「そう、ですか?」
なんとも試案顔。
『わたくしは、そう考えますわ。
そう思いませんか、カズヤさま?』
「え、こっちに振るのかよ?」
『そうですわ。だって、今その余韻を味わっているのは
あなた様だけですもの』
「たしかに、そうか。ううん、そうだなぁ……うん。
俺もゴーレママに賛成だな」
「そうですか。この世界の住民のだんなさまが言うなら、
そうなんでしょうね」
「納得いってないな?」
「さっきのだんなさまを見てると不安になるんですよ。
わたしたちのダンジョンのせいで、大けがした
なんてことになったら、って……」
悩ましげな息といっしょに、不安そうな声。
だからフルコンプボーナスで、
ダメージをなかったことにしたいのか。
「それも一理あるな。そうだな。なら、
間を取って半分回復ってのはどうだろう?」
『いいですわね、それ。採用ですわ』
「っと、ダンジョンそのものがお喜びだぜ だいまおうさま?」
「そう……ですね。それなら」
一つ、頷いた。どうやら、納得したようだ。
『さてカズヤさま。一つ、お聞きしますけれど。
よろしいですか?』
「どうしたんだよ、改まって?」
『いえ。ゴーレミートの正体、なにかお分かりのようですので。
教えていただこうかと思いまして』
「作ったのはあんただろ?」
俺の突っ込みじみた問い返しに、
ウフフとまた上品に笑うと、
『お遊びの知恵試しです』
そう楽しそうに答えた。
……たぶん。クイズって意味なんだと思う。
まどろっこしいなぁ。文化の違いなんだろうな、
きっと これは。
「わかった」
『ああ、正解してもしなくてもそれは差し上げますので、
ご安心してくださいな』
言い忘れたって調子で言った注釈に、
「そっか。ありがたいぜ」
そう頷いて答える。
『それでは、改めまして。
さきほどカズヤさまと大魔王様お二人で
見事に撃破なさいました中ボス、カースド・ゴーレミート。
いったいなにを素材にした者でしょうか?』
ほんと、楽しそうだな。
「わくわく。わくわく」
「口に出して言うなよ……」
ガックリと肩の力が抜けた。
『さ、カズヤさま。お答えくださいませ』
「あせらせるなって、ちゃんと答えるから」
大きく息を吸って、ええっとだなと弾みをつけてから、
俺はダンジョンクイズに回答する。
「カースド・ゴーレミート。あいつは、
昔大ブームになったカード付きチョコウェハース。
綺羅綺羅万象チョコだな」
『正解ですわ』
「ほえっ?」
変な声が聞こえた。正面から。
『そう。カースド・ゴーレミートは、綺羅綺羅万象チョコの、
食べられずに捨てられたお菓子たちの
悲しみと憎悪が元になっておりますの』
「お、おかしだったんですかっ?!」
ようやく正解を理解した大魔王が、目を顔半分ぐらいまで見開いて
肩が跳ね上がるぐらい驚いた。
「で、各所に配されたカードは、綺羅綺羅万象の
低レアリティのカードだ」
『半分正解ですわね』
「ほう?」
『綺羅綺羅万象チョコ以外にも、戦いを有利に運ぶためには
必要のないカードたちもございます』
「はずレアとか雑魚カードを捨てる奴もいるのか。
売れば小指の先程度でも財布の足しになるって言うのに」
驚くのと同時に、もったいないなぁって気持ちが、
俺の中を駆けて行った。
「ふ……二人の話についていけません」
今さっきの俺みたいに、ガックリしてしまうディバイナ・パンドラート。
『それで? このままでは聞き忘れてしまいそうですので』
「あっそうですっ!」
『っ?』「っ?!」
いきなりの大声に、反射でびくってなっちまったい。
「カズヤさんっ、そのカードの思い出ってなんなんですかっ?!」
「目の前でどなるな耳痛えだろ!」
ゆるく耳をふさいで言う俺。
「あ……」
僅か後。
顔を真っ赤にして、
「ごめんなさい」
身を縮め、
「先に言われるって思ってつい……」
くるっと背中を向けた大魔王ちゃん。
そんな少女に、あせりすぎだぞって諭すように言う。
「で、こいつの思い出か?」
紅いウェハースを持ち上げて示す。
ディバイナは首をこっちに向けて、
左目だけでそれを見ている。
「そんな面白い話じゃないぞ。綺羅綺羅万象で、
一番最初に当てた最高レアリティ……えっと。
一番当たりにくいカードだったってだけのことだからな」
「だから手に入れたかったんですね」
くるっと向き直ると、微笑でそう言った。
『あら、素敵なことじゃございませんか。
時を超えて、また手元に舞い戻るなんて』
ゴーレママに、うんうん首肯連打で同意している大魔王。
おおげさだなぁ。そう言う俺の口元は、
自然口角を上げてるんだけどな。
「さて、だんなさま。どうしますか?」
「どうって、なにがだ?」
唐突に話を変えられた上に、中身の読めない問いかけなんてされちゃ、
聞き返すしかない。
「中ボスを倒したことで、脱出するか先に進むかを選ぶことができるんです。
脱出する場合、フロアセーブアイテムを持ち帰ることになります」
「フロアセーブって、なんだ?」
「はい。フロアセーブ セーブって略したりもしますけど。
これは、再びこのダンジョンを訪れた時、この中ボスフロアの次
つまり、地下四階から始めることができる便利機能です」
「へぇ。そんな機能があるのか。そうだな、明日は学校もあることだし
今日はここまでにしておくか」
『了解しましたわ。では、左前の脱出部屋に行ってくださいな』
「え? フロアセーブアイテムはどうなるんだ?」
『もう、持ってるじゃございませんか、カズヤさま』
笑みを含んだ声でそういうゴーレママに、
またも頷き同意するディバイナ。
その、まるでおでこをコツンとやりそうな声は
なんなんでしょうかダンジョンさん?
「もしかして……こいつか?」
手に持ってる、カードの張り付いたウェハースを見つめて
静かに言う。
「あれ、なんか、ウェハースが硬い」
「もうそれは、ウエハースじゃなくなってます」
「どういうことだ?」
『それは、石板と化していますわ。ただ、
大魔王様の魔力がたっぷりとしみ込んでいますので、
そのカード つけ外しは自由になっているはずですわね』
「魔力がこもってないとはがせないのか?」
『ええ。カードも含めて、一つの石板ということになりますから』
「なるほどな。ところでゴーレママ。
一つ提案なんだけど」
『なんでしょうか?』
「ゴーレミートの結界さ。あれ、硬すぎると思うんだ」
『……そう、ですわね。今回のように大魔王様のような
結界中和ができる人がパーティにいなければ、
不落の要塞になってしまいますね』
「だろ?」
『ええ。でしたらううん。そうですわねぇ』
少しの沈黙。
『耐久力を三分の一ほどまで落としておきますわ。
きっとそれでしたら、ただの武器でも
攻撃が通るはずですので』
「そっか。次からそれで頼むぜ」
『かしこまりました』
「って、なにぼーっとしてんだよ大魔王様」
我関せずと、ボーっとしてるディバイナの、
その頭を左手の人差し指で、軽く叩いてやる。
「にゃっ?」
「おいおい」
本気でボーっとしてたらしい……。
「いくぞ」
左前に歩いて行きながら声をかけたが、
「えっ、あっ、はい。ごめんなさい、ボーっとしちゃって」
申し訳なさそうに、ふよふよと右肩ちょい上の、
最早定位置に来る。
「どうしたんだ、急にぼんやりなんかして?」
「その……魔力を使いすぎちゃいまして。くったりしちゃって」
アハハ、と苦笑い。
「そういうことか。お疲れさん。
それと……ありがとな」
最後は小さく言った。はっきりなんて言えるかって。
「はい? 今、なんて言ったんですか?」
「お前。聞えない振りすんなっ!」
「聞こえなかったんですって、ほんとに~」
「その軽さが怪しいっ」
「ほんとに、聞こえなかったんです」
「深刻過ぎて怪しいぞ」
「んもぅ! じゃあどうすればいいんですかぁ~!」
言葉は不満そうだけど、声は完全にじゃれついてるニュアンスだ。
まったく、面白かわいい奴だぜ。
もうなんか、心情的に息切れし始めてるんだがどうしたらいいんだ?w
いやま、続けますよ 勿論。まだプロローグですからね、これ。




