第五話。はじめてのだんじょん! その3。 パート1。
ディバイナちゃんが暴れましたゆえ、まだ決着がつきません。ぐふ。
いつまで一回目のダンジョンが続くんだろう。
「でやあああ!」
左腰の剣を抜き放ち、俺はカースド・ゴーレム……なんか違ったような?
とにかく。そいつに攻撃をしかけるべく、
己の振るえを掻き消すための絶叫を上げながら突撃する。
「カズヤさんっ! まずは相手の出方を見てっ!」
「さっきの震脚で充分だろ! ラァっ!」
当然のことだけど、小手なんて調べられるほど、
俺は戦闘に熟達していない。
完全に勢いに任せて剣を振り抜いた。
「なにっ!?」
ビャイーン。
刃がぶつかった時に感じた衝撃は、音にするならこれだった。
なんて言うか、ものすごい反発を受けた感じがあったんだ。
ゴーレムの体に刃が届く前に、なにかに阻まれた。それだけはわかった。
「カズヤさんっ! ゴーレミートが動き出してますっ!」
「く、そ。今の衝撃でバランスが」
ミシミシ。
こいつ、動くだけでもこんな音すんのかよ?
「どっちだ。どっちに避ければ……!」
バランスが崩されたことでゴーレムから目を離しちまったっ!
「右腕で攻撃するつもりですっ!」
「右腕っ? ってことは……っ! うおおっ!」
全力で右に転がる。
回転回避なんてかっこいいもんじゃない。
ガシャガシャうるさいただのでんぐり返しだ。
おまけに転がってもなお、攻撃範囲がわかんねえから
姿勢を低くして走る。
「うわっ?」
むりやり体をひっくり返され、俺は
見事に仰向けに転がされた。
「痛っ」
今の風圧は、いったい?
「鎧のおかげで、ダメージはほぼないっつっても。
こりゃ埒が開かねえぞ」
まだ戦うとも言えないようなファーストコンタクト。
でも、俺はこの僅かな接触だけで、
この戦況の、どうしようもなさを痛感させられた。
「まだそこ攻撃範囲ですっ!」
「なんだと!」
起き上がりこぼしのように跳ね起きて、俺はまた全速力で走り、
ディバイナの方に戻った。
「ぜぇ……ぜぇ……」
息を整えながら、俺はいったん剣を鞘に納めた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。大したこたねえ。くそ、まだ始まったばっかだってのに、
もう息が上がっちまった」
「全部全力でやるからですよ」
眉尻をまた下げて、困ったような声色で言うディバイナに、
思ったままを答える。
「こんな、戦闘経験のねえ俺に、
いったいどう立ち回れって言うんだよ、お前は」
「だから言ったじゃないですか、相手の出方を見てくださいって」
「ったって、ゴーレムってそんな複雑なこたできねえだろ?
なら、あのスローモーションの攻撃しかねえと思うじゃねーか。
それさえ気を付ければなんとかなる。それが俺の答えだったんだよ」
「なるほど、カズヤさんの言うことは、その通りかもしれません。
でも攻撃喰らいそうになってたじゃないですか」
問い詰めるような上目遣い。
「あれはな。あいつの体、なんかに守られてるんだ。
それに切りつけたせいで、変な反発があってさ、
バランス崩れたんだよ」
起きたことをそのまま伝えた。
隠したところで、俺になんの得もない。
ファーストコンタクトで、それは理解した。
ディバイナの言葉がなければ、俺は今頃どうなってたか。
「くっ、野郎。余裕で歩いて来てやがる」
首だけ向ければ、言葉通りゴーレムは悠々と俺達を目指して歩いて来る。
その迫力は同じ重たい足取りでも、さっきの俺とは段違いの
ボスキャラ感とスケールである。
知らず、俺は歯噛みと同時に剣の柄を握りこんでいた。
ギギユって言う独特の音が、自分の感情を外から伝えて来る。
そしてカタカタと鍔が動く音で、俺がいかに力をこめて握っているかも。
「なるほど、結界を張ってるんですか。
たしかに魔剣でもないその剣じゃ、
反発を受けるのはしかたないですね」
少しの沈黙。大きくなるゴーレム、勿論それは足音だけじゃない。
近付くにつれて、その体躯がどんどん実寸に近づいて来る。
迫力増大中だっ!
ミシミシパラパラ。
足音に付随する破砕音が、答えの無いディバイナに
焦燥感をぶつける顔に俺をさせている。
「わかりました」
早くしろ、そう切り出そうと息を吸い終えたところで、
まるでタイミングを計ったように答えが流れて来た。
「ほんとはボス戦をお一人で楽しんでもらうつもりでしたが、
そんな手合いの上に、カズヤさんの動きじゃじり貧ですね」
まるで自分に言い聞かせるように言って、ディバイナ・パンドラートは一つ、
ゆっくりと大きく頷いた。
「お手伝いしますよ、カズヤさん」
力強い言葉と共に、ディバイナの表情が初めて引き締まった。
ーーこれが。戦う者の顔か。
とても手の平サイズとは思えない迫力と威圧感、そして凛々しさだ。
「助かる。戦法、任せてもいいか?」
俺の問いには、ウフフと穏やかに笑って。
「手を貸すってなったら、いきなり利用するんですね」
俺の顔の右隣にふわっと移動しながら、言葉とは裏腹に
不快感のまったくない声色で言った後、
「ですが、夫に使われることは妻の誉れと聞きます。
海の邪王と称されるデスタ・クラーケの攻めにもびくともしない
大船に乗ってる気持ちでお任せくださいっ!」
右手で力こぶなんぞ作っていう。
今さっきの、キリっとした表情はなんだったんだよ?
溜息一つで答える。
ピンクなブレイン発現をぶっぱなつディバイナは、ほんと頭が痛い。
「たとえがまったくわからんけど、
とにかくものすごい自信があるってことだけはわかった」
アホなことばっかり言うが、こいつは仮にも大魔王。
たとえ大魔王って言う最強のやられ役であっても、
戦うってことに関して、俺よりは遥かにキャリアは上だ。
その自信が、大船に乗った気持ちでいろ、って言う言葉に現れている。
「それと、一つ。これだけは言っておく」
ーーだが、それとこれとはまったく関係ない。
「はい、なんでしょう?」
小首をかしげてこちらを見て来る。
ので、さっき吐きそこねた息を吐き直す勢いで
絶叫してやることにした。
「俺はお前のだんなになった覚えはねえっ!」
絶叫と同時に、右に90度ギュルっと回転した。
漫画やアニメなら今の絶叫、間違いなく
ズーンって言う空気が震えたような音と、
振動エフェクトがかかっている。
叫ぶ時に、思わず右足が一歩前に踏み出すぐらいだからな、なんせ。
「きゃあっ?! 耳元で叫ばないでくださいよぅっ」」
両耳をふさいで涙目で抗議して来るが、俺は
毅然ときっぱりとバッサリと言ってやる。
「奇妙なことを言うお前が悪い」
そう、おかしなことを言う方が悪いのだ。
俺はただ、おかしな発言に訂正を叩き込んだだけにすぎない。
「で、敵さん。あっちの歩幅で後三 四歩だぜ。どうする?」
体の角度をゴーレムの正面に戻し、俺は横の少女に問いかけた。
「勿論、進行を阻止します」
言い終えるのが早いか、突然キュウウウウンって甲高い音が聞こえ出した。
なにごとかと辺りを見回したところ、音の出所は
すぐ右だった。
ディバイナのえーっとなんだっけ?
黒い鎧の紅の眼が、紅の色を濃くしている。
「音の正体は、その目か」
「紅眼、大しゅちゅり……うぅ、かんじゃいましたよぅ」
「シリアス台無しだよっ! って言うか
落ち込んでる暇あんなら言い直せ!」
状況は切迫しているっ。ゴーレムは俺達の状況なんぞ関係なしに、どんどんと自らの間合いに俺達をとらえつつあるんだからなっ!
「あ、はい。そうですね。それじゃ……コホン」
「溜めとる場合か!」
「すぅ……はぁ……よし。紅眼、だい しゅつ りょく!」
「うわー……かっこわりー」
再びの舌噛みを阻止するためだろう。
ものすごく注意しながら発音したので、俺は
苦虫をかみつぶしたような顔になって、それを聞いた。
そんな俺にむかついたように、
拳を握り込んだ右手を、目標に向けて突き出す
右肩辺りを浮遊する、だいまおうさま。
デューン!
っと言う不思議な音を伴って、それは放たれた。
「でかっ!?」
一センチもあるかどうかって大きさの、
えーっと……レッドガンから出て来たとは到底思えない、
その紅の弾丸のでかさ。
どれぐらいかって言えば、射手のディバイナの半分程度、
単純計算七 八センチ。
サイズオーバーってレベルじゃねーぞこれ?
ドバチャーン!
呆気に取られてる間に、それは命中し
思いっきり水に手を叩きつけた音に、なにかが砕ける音を合成したような
これまた不思議な音で紅は爆ぜた。
ヒットして点から面へと広がったそれは、更にサイズを拡大させ
放った本人を余裕で包み込めそうになって、
例の結界とやらに、しみ込むように消失した。
「どうなってんだ、あれは? ……ん?」
よく見たら、紅の幕は、ゴーレムの体に絵の具のように残っている。
「なるほど、ありゃ目印ってことか」
「カズヤさん、わたしがゴーレミートの気を引きます。
今の地点を中心に、わたしが攻めますから、
カズヤさんは同じ部分に攻撃を!」
「つまり。死んで来いってことかよっ!」
言って再び剣を抜き、半ばやけくそで踏み込む。
最早奴と俺達の距離は1mもない!
「距離とれディバイナ! 援護射撃、任せたぞ!」
「っ! カズヤさん、初めて名前で……はいっ! だんなさまっ!」
聞くだけで喜色満面がわかる声色で、
ディバイナは俺とゴーレムから距離をとった。
「だから!」
地面に足をしっかりとつけ、踏ん張る。
絵の具のような 血のような紅は、ここからじゃ届かない位置。
なら……、
試してみるぜっ!
「お前のだんなじゃねーっ!」
大地を力いっぱい蹴って跳躍。
マジかよ?! まるでエレベータにでも乗ったようにゴーレムの体が下に流れて行く。あっという間に顔面の高さだ。
すげー。思い浮かんだのは陳腐な表現だって自分でも思うけど、
こういうしかない。
ーー人がゴミのようだ……あ間違えた。
ーー身体が、羽のようだ!
下の方からバシバシと、途切れることのない命中音がしている。
が、どうやら例の結界にはばまれてるようだ。そんな音が混じってる。
ん? このゴーレムの顔面に張っ付いてるカード。
……やっぱりだ、見覚えがある。
このイラストは。ーー思い出した!
そうか。こいつの正体、わかったぞ!




