第四話。はじめてのだんじょん! その2。 パート1。
ああー! サブタイトルつけてー!
『三階でございます』
少し早まってた程度だった俺の鼓動は、
地下三階の地面に足を触れた瞬間、
このフロアの事前情報から来る期待に、
ゴーレママ……だっけ? そのアナウンスとの相乗効果で、
更に速度を上げた。
正直、鼓動さんには落ち着いてもらいたい。
全力疾走クラスに、俺の呼吸を荒げさせてるんで。
「ここが。ここが……」
ドクン、ドクン、ドクン。気持ち悪いほどはっきり聞こえるリズム。
せかすように血液を送り出すそいつは、目の前に聳える異質を
目が捉えたことで、期待と緊張で口から飛び出そうに自己主張を
更にうるさくした。
「ここが……中ボスの部屋か」
緊張と鼓動の大暴れを鎮めようと、その事実を口にする。
けど、収まってくれるどころか体までが、中ボスという響きで
シェイキングサムライし始めやがったのである。
ばっかやろお前なんで逆効果かなぁもぉ!
「あの、カズヤさん。大丈夫ですか? 小刻みに震えてますけど」
明らかに心配した声が、後頭部の辺りから聞こえる。
「だ、だだだあいじょうーぶぶだだ」
「怖いんでしたら、大魔王権限で脱出しますよ?」
そのものすげー気づかわしげな言い方、やめてくれさいっ。
「ち、ちがうっこれは、むしゃぶるいといってだな」
「やっぱり怖いんじゃないですか。むりしないでくださいカズヤさん」
「だからむしゃぶるいだといってるだろ ひとのはなしをきk」
「大魔王権限を使えば、セーブアイテムなしで
好きな階から再開できますし。今日のところはここまでにして」
「だが、断るっ!」
「ひゃぁっ?! なっなんですかっ急に大声出してっ??」
困惑しきりな声が、後頭部の辺りからする。
「ぜぇ……ぜぇ……大丈夫。そう。言っている」
呼吸がおちつかないけど、なんとかこれだけは
伝えておかねばならなかった。
「でもカズヤさん、まだ小刻みに震えてるじゃないですk」
「武者震いだ!」
「はいっごめんなさいっ!」
「はぁ……はぁ……」
一つ深呼吸。
ガシャリガシャリと派手な音を立てながら、
腕を回したり体を回したり、屈伸運動してみたり。
よし。なんとか。体を。鼓動を。落ち着けることが。できたぞ。
「すぅ……はぁ……。よし。いくぞ」
一歩を踏み出す。そして目の前にある、
黒光りする鉄の扉の、銀色の取っ手に手をかけた。
「あの、カズヤさん」
取っ手を引っ張るべく、まさに力を籠めようとした
ちょうどそのタイミングで、えんりょがちに声をかけて来やがった。
「お前は、なにか行動起こそうと舌のと同時に、
今正にやろうとしてたことを催促して来る母親の如く
タイミングが悪いな。で? なんだよ?」
「わかりますっ! わかりますよそのたとえっ」
「わかるのかよ?」
「はいっ、それはもう。じゃなくてっ、話脱線させないでくださいよぅ」
コツン、頭に小さな衝撃。
続けて何度もペチペチと。もしかして、
頭上に移動したか大魔王ちゃんさま?
「のっかったのはお前だ」
「そ……それはそうですけど。閑 話 休 題っ」
ベシっと平たい衝撃が、頭に落ちて来た。
「お、おお。すごい勢いだな」
ちょっと痛かった。だから右手で患部を抑えようとしたら、
やっぱりそこにディバイナ・パンドラートはいた。
「だって。そうしないと、いつまで経っても
話が進まないじゃないですか」
今度は頭にやってる右手に、ペチペチとだだっこぱんちが
飛んで来ているナウ。
「……たしかに」
「ケロっと言いますね」
言葉と同時にだだぱん終了。
「で、です。ほんとにその先に進むんですか?」
ああ、勿論だ。即答する。せっかくの中ボス戦、
勢いこのまま突入しないでなにが漢であろうか?
「わかりました。お伴します」
俺の意志を確認したディバイナ、頭の上から
神妙に同行を申し出てくれた。
「じゃ、改めて。いくぞ」
一つうしと頷きそう言って、言葉の一呼吸後、
やろうとしたことをついに実行した。
グググっと取っ手を引っ張る。
初めは重く動きの鈍かった扉は、開くに従って徐々に軽くなり、
「うわっ」
終いにゃベニヤ板かってぐらい軽くなって、
吹っ飛ばすような勢いで全開しちまった。
あまりの軽さに手がすっぽぬけたのが、今の俺の声である。
ドオンと言う、思わず耳をふさぐほどの大きな音。
俺がいかにすごい力で、ドアをフルオープンしたかよくわかる。
「……暗いな」
中ボスの部屋は、真っ暗だった。
ダンジョンそのものの明かりはぼーんやりと見えるけど、焼け石に水。
圧倒的な黒に風前の灯だ。
「はい。ゴーレママは演出に拘る人で、
挑戦者が足を踏み入れるまでは、真っ暗にしてるんですよ」
「そうなのか」
はたして、ダンジョンとディバイナが言い切った存在を、
人にカテゴライズしてもいいんだろうかとは思うけど、
俺もひとまとめにして言う場合、人間じゃなくても
まるまるな人って言う言い方しちゃうから、
そういう意味での『人』なんだろう。
閑話休題ともかくだ、先に進もう。
ゆっくり。ゆっくりと。
まるで、もったいぶって登場する敵の幹部キャラのような足取りで
俺は闇へと身体を進める。
し……しかたねえだろ、怖いんだから!
え、えっと、だな。ディバイナの放つ魔力の光が、
かろうじて周囲を照らす中、足元に視線を走らせながら
更に前へ進んだ。
「っ?!」「えっ!?」
俺達が驚いて足を止めた理由。
それは、ドオンとすごい音がまたしたからだ。
残る音の響きは後ろから。
つまり、音の出所はたぶん後ろーー俺がフルオープンした
あの鉄扉だ。ってことは……。
「倒すまで出られません、ってことか。
伊達にボスフロアじゃねえってことかよ」
「んぁっ?」「まぶしっですっ」
ピカっとフロアに明かりがついた。まるで突如たかれるフラッシュのような不意打ち。
「……あれ、思ったほど」
「明るくない、ですね?」
何度か目をしばたかせてる間に、部屋の明度はグっと抑えられていた。
「目くらましだったのか?」
「そうかも……しれません」
俺とディバイナは顔を見合わせている。
彼女が俺の顔の前に降りて来たからだ。
目が慣れて来たのと少し明るくなったので、
彼女が困ったような笑み苦笑を浮かべてるのがわかった。
そんな顔でも、元がいいからやっぱりかわいい。
いやむしろ、困った笑みは普通の笑みより破壊力が高い。
そう感じた。
「っ」
「どうしたんですか? 息が詰まったみたいな声出して?」
「あ、いや。なんでもない」
今の一瞬大きくなった鼓動は、きっと気のせいだ。
いくら美少女ったって、こいつは手の平サイズ。
異性として鼓動を速めてたまるものかよ。
「……あれ?」
「どうしました?」
「なあ、聞こえなくないか?」
「なにがです?」
小さく首をかしげて問い返して来る。
「ほら、あれだよ。あのぉ……あれ」
どうしたんだ、思考がうまくまとまらない。
「あれじゃわかんないですよ」
眉根を寄せる俺に、にこりとひとこと。
「あれだって、ほら……」
出てこなくて、右足でトントントントン、
地面を貧乏ゆすりでもするように踏み鳴らす。
「どうしたんですかカズヤさん、いきなりリズムなんて取り始めて。
ダンスでしたらお付き合いしますよ」
「そーじゃねーよ。ってゆーかなんだその気取った言い方は?」
「ほら、やっぱりダンスに誘う時ってそういう状況じゃないですか」
「声を弾ませるなこの妄想全開大魔乙女っ」
「そうですか? わたし、乙女ですか?」
トントントントン。
ニコニコしてる白髪青瞳黒鎧の
掌少女から目をそらし、言葉を探し続ける。
「むぅ、無視しないでくださいよ~」
「そうだっ!」
ドンッ!
「きゃっ? なんですか今度は?」
「今の今まで鳴ってた空気がうねるような音っ
それが聞こえないんだって!」
ふぃー、やっと出て来たぜ~。
しっかし、なんで今思考がうまく口から出てこなかったんだろう?
状況の連続変化に頭が付いて行かなかった……のか?
いや、それはあまりにも遅すぎる影響だな。……どうしたマジで俺?
「空気がうねるような……ほんとだ、ほんとですっ。
たしかに鳴ってませんっ、どうして?」
疑問声の大魔王。目を向けてみればその通りの顔をしている。
「ダンジョン作ったのお前じゃないのか?」
即刻出て来た当然とも言うべき疑問符に、
どーんした大魔王、ディバイナ・パンドラート氏は、
「わたしはゴーレママを呼び出してるだけで、
ダンジョンのことは基本設定以外、
ゴーレママに任せっきりですので」
などと苦笑交じりに供述しております。
「おいおい、しっかりしろよ召喚者……ん?」
「どうしたんですか?」
「今……なんか、聞こえた?」
異質な要素が、俺の心に緊張を走らせる。
俺達の声と音以外、消音ボタンを押したように静まり返ったボス部屋は、
さっきまでのダンジョンからすれば異様だ。
そんな空間でなら、小さくても俺達以外の音がすれば、
たとえ凡人の俺だって、その異音には気が付けるらしい。
「え?」
しかし、ちっこい大魔王ちゃんは違うようだ。
凡人以下の鈍さでいいのかラスボス娘。
「いったいなんの音なんだ?」
正体を探るべく感覚を研ぎ澄ます。
この部屋の明るさなら聴覚が最適だな。よし、耳を澄まそう。
「音、ですか?」
……って、異質はそもそも耳からだった。
考える必要なんてなかったか。かっこつけて感覚セレクトとかやっちゃったよ。
……うわぁ。かっこわる。
「……そう、ですね。たしかに聞こえます」
バトル系作品の達人みたいなこと、やろうとしたのに大失敗だ。
「あの、どうしたんですかカズヤさん、しょんぼりした顔して?」
「……なんでもねー」
なんだ今のカエルが潰れたような声は?
寝起きでも、もうちょっと綺麗に声出るぞ俺。
「そうですか?」
めちゃくちゃ不思議そうだ。だから、なんでもねーでゴリ押す。
「そうですね」
むりやり納得させてやったぜ、どうだざまーみろ!
声が呆れてるような感じがしたけどざまーみろっ。
「少しずつ近づいて来るこのテンポ。足音、でしょうか?」
さらりと話を戻したか。切り替えのうまい奴だぜ。
「足音? ずいぶんと重苦しいな。それにえらく遅い」
気持ちだけ足音に備えたポーズ。
まだ部屋の中は、寝る前豆電球程度の明るさだ。
それでも大分目は慣れたから、視界はそれなりに確保できている。
「っカズヤさんっ、相手。すごい力持ちですっ」
「なっ、どうしたんだ突然慌てて? それに、
なんでわかるんだよそんなこと?」
ディバイナのテンションに引っ張られて、
リアクションがでかくなっちまったけど、
ほんと どういうことなんだ?
「よく聞いてみてください、
「また耳か。今日はよく耳を使う日だなぁ」
意識を集中。ディバイナ曰くの足音を聞いてみることにする。




