切る
デスクライトが暗闇で青白い光を放っている。
男――高田邦彦はターゲットを決める時、いつも部屋を暗くして考える癖があった。なぜなのかは高田自身もよく分からない。戸惑いはとうに無くしたが、後ろめたさが全くない訳ではない。切るのだ、人間を。生身の、人間を。
恐らくは、切る事に慣れてしまった自分への警鐘、戒め。部屋を暗くすることは、そんな意味があるような気がした。一度自分を闇に堕とし、黒く染める。そうでなければ、とても冷静に人間など切れないだろう。
今年の初めに切った男の顔を思い出す。
醜く太った、中年の男。冬でも大量に汗を掻いて、不快な臭いを周囲に撒いていた男。大した役にも立たなそうな、男。なぜこんな人間がいるのかと、高田は何の迷いもなく男の首を切った。思いのほか手こずったが、やってしまえばこんなものかという気もした。
目をひん剥き、言葉にもならない奇声を上げ、男はいなくなった。正直に言えば、その時だけ高田は後ろめたさを微塵も感じなかった。何人かに見られはしたが、お前たちもこうなる可能性があると知らしめる事が出来たという点で高田は満足していた。噂が広まっても構いはしない。その方が少しはやりやすくなるというものだ。
次は女だった。
男の邪魔はせず、一歩どころか何十歩も後ろから引いているような、臆病な女。生きているのか死んでいるのか、存在感が希薄な、女。いなくても誰も困らないだろう。なら消してやる。高田の決断は早かった。
女は涙と鼻水を垂れ流し、同情を誘うような文句を並べ続けた。
助けてください、お願いします。長々と話を聞き、それしか出なくなったところで高田は女の首を切った。もう決まったことだ。話を聞いたのはせめてもの情けだった。
呪詛のようにぶつぶつと口から言葉を漏らし、女はいなくなった。切羽詰まると、あれだけ大人しい女も抵抗はするのか。ならどうして最初からその激情をぶつけないのか。本気で生きてみろ。高田は常々思う。死んだように生きるなら、死んだ方がましではないか。しかし、世の中の大半の考えが高田とは違うという事も、もう分かっていた。
それから高田は何人かの首を切ったが、未だ満足出来る状況になかった。
足りない、まだ足りない。もっと首を切れと、脳が囁く。それに抗う術は高田にはなかった。仕方のない事なのだ。
――翌日。
高田は午前八時に家を出た。いつもの高田にすれば些か早い時間だが、今日は首を切るつもりだった。それとなく伝えはしたが、相手は何の疑問も持たず、すぐに向かいますとだけ言った。全く、鈍い奴め。
「社長、今日はお早いですねえ」家の前でくたびれた運転手が車のドアを開ける。
次はこいつだ。
広島つよい。