わたし
Dは長い髪をなびかせながら、わたしにもう一度言った。
「選んで。わたしと一緒に死ぬか、それとも生きるか」
あまりにも突然だと思った。でも、Dなら。Dならば、こんなことを言い始めてもおかしくない。そもそもわたしをここに連れて来たのだって、はじめからそういう目的だったのかもしれない。
「この世界に主張するの。わたしたちの身体は、わたしたちのものだって」
まず、30分で隠れられるような場所を見つけられるわけがない。あまりにも、全てが順調に進みすぎていることは考えてみればすぐに分かった。
「世界の流れは変わらないわ。これからますます機械化は進む。わたしもじきに機械化手術を受けることになるでしょう、あなたが今度するみたいに」
Dは柵まで歩いていって、そこでわたしの方に向き直った。
「眼鏡や補聴器だってある種の機械だった。身体の一部の機械化はずっと前から普通に行われていた。でも、2088年の地震から全てが変わってしまった……」
Dはわたしから目を離して、フェンスの向こうへと目を向けた。
「脳だけの『わたし』はわたしかしら……。身体は偽物なのに。わたしは今の人間の人間性がどこにあるのかわからない」
あなたにも分かるでしょう、Dはこちらに目を向けずに言った。
「だからわたしはここから飛ぶわ。死ぬ方法なんていくらでもある。でも、敢えて飛び降りるの、だってすごく原始的な方法じゃない……。これがわたしの抵抗で、反抗。叫びで主張」
Dは本気だ。本気で死ぬ気だ。飛び降りる気だ。
「あなたはどうする……」
わたしは。
足元に置かれた携帯とIDを見た。携帯もIDも、Dに預けた時のままで一切破壊されていない。GPSもまだ作動しているままのようだ。ということは、一点で全く動かないわたしの発信信号を見た親や大学がそろそろ不審に思うかもしれない。それに、ここが取り壊し予定のビルだということは、調べればすぐにわかることだ。
「別に何を選んでも責めたりしないわ、それがあなたの選択なのだから」
わたしは。
わたしは、わたしだ。誰でもなく、わたし。でも、機械の身体にわたしの脳だけを搭載した「わたし」は……。
わたしの脳は、わたしの臓器は、わたしの手足は、わたしの目は、わたしの背中は、わたしのお腹は、全部わたしのものなのに。わたしは数日後に、そのわたしの大部分を消し去らなければならない。
飛ぶよ、とわたしは言っていた。
これは、わたしたちの主張。わたしたちの叫び。わたしたちの抵抗で、反抗。
Dは今までで一番の笑顔を見せた。一歩前へ進むと、Dが置いた携帯と大学のIDが足に当たる感触がした。それを無視して、Dの方へとまた一歩進む。
Dの白い手がわたしの手を掴んだ。あたたかい。機械の身体では、この温かささえも電気信号に置き換わる。途端に偽物になってしまうのだ。
Dに続いてフェンスをゆっくりと跨いだ。風がさらに強くなったような気がする。わたしはDと手を繋いだまま、空へ一歩踏み出した。
あと一話。区切り優先で分けたので、今回(次回も)短くてすみません。