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第二章 「道化」

バレンタインパーティーの翌日。

泰丞は昨日の疲れとショックで午前中の授業に身が入らないまま昼休みになった。いつもの習慣で生物部室に向かうところを泰丞は玄森に捕まえられた。

泰丞と玄森は同じ生物部員だ。


「亜季乃嬢にOKもらったぜ」

玄森は嬉しそうに泰丞に言った。

「そっか・・・そうか、そうか!よかったじゃん!」

これで午後の授業も身が入らないに決定した。

「でさぁ、頼みがあんだけど」

妙に照れる玄森に泰丞は一抹の不気味さを感じた。

「な、なに?」

「今度デートなんだけどさ」

「ほほぉ、そりゃよぉござんしたね。ノロケはいらん!」

振り切って行こうとする泰丞を玄森は引き止めた。

「待てよ。違うよ、デートにいっしょに来て欲しいんだ」

「はぁ?なんで?」

さすがに泰丞も意味がわからない。

「ふたりきりだと、どうも間が持たない気がして」

「・・・盛り上げ役かよ。まぁ、いいけど、いいのか?亜季乃嬢の方は」

泰丞の胸中につらさが広がる。そして、一緒にいられる喜びも。

「大丈夫大丈夫、サンキュウー!」

玄森は泰丞の背中を叩いて足早に部室へと向かった。

「結果はわかってたのに。未練がましいよな」

泰丞は玄森の背中を見つつ、ひとりごちた。喜びと悲しみの絶妙なブレンドだ。



同人誌サークル「SST」。それは、博習館高等部(一応、名門私立と呼ばれる学校である)の生物部を核として発足したサークルである。何故、生物部が?理由は単純明快。部員が全員オタクだったからだ。

始まりは泰丞がコミケ体験記を、部員に語ったことからだった。

「コミケっていうのは、とてつもなく面白いところだ」

それを真に受けて、しかも全員がコスプレにまでハマッたのだから、何をか言わんやである。

出す同人誌は十八禁アニパロ小説誌。他のサークルとの交流は皆無(新規サークルだし、泰丞は実は人見知り)だった。

しかしオタクらしからぬ、やや不良っぽいイメージのメンバーの元(泰丞だけが気弱なボンボンなイメージだったが)、様々な仲間が集まり始めた。


一大コスプレ軍団としての「SST」の誕生である。


その中核をなす「生物部五人衆」とも呼ばれるサークルメンバーは…。


生物部では平部員だが、サークルでは責任者、吉沢匡(よしざわたすく)

泰丞の誘いにイの一番にハマッた男。そもそも生物部に入ったのも仲の良い泰丞達がいたからで、部活動にはいっさい協力しないし、生物自体に興味もない。いつもいるのに幽霊部員という不思議な存在。

背は低いが、女性的な顔立ちで女子によくモテる。そのためか、女性関係のトラブルが常に抱えている。得意ジャンルは高橋留美子作品。コスプレは「銀河漂流バイファム」のミューラー。あだ名は名前を音読みして「キョウちゃん」。


生物部、サークル共になぜか副責任者、前川玄森。

泰丞とは小学時代からの幼馴染。しなやかな体つきに、理知的な顔立ち。オタクらしからぬ運動神経の良さを持つ。そのくせに一番最初から生物部にいた。得意ジャンルは特撮系。コスプレは「ウイングマン」のウイングマンや広野健太。あだ名は「ゲン」。


生物部書記、サークル裏責任者、高野泰丞。

がっしりした身体に、ぼんやり眠たそうな垂れ目顔。水泳とスキー以外はまともにボールも投げられないほどの不思議な運動オンチ。得意ジャンルはアニメ、特撮と幅広い。根っからのオタク。コスプレは「北斗の拳」のケンシロウ、その他イロイロ。あだ名は「トン」。トンでもないことを言い出す男、の意。大概の事(SSTの行動指針)の元凶となる男。


生物部では平部員、サークルでは挿絵担当、市橋一彰。

天然パーマで眼鏡の奥の眼が怖いとよく言われる男。実はメインの部活動はアーチェリー部なのだが、部内で揉めて、仲の良い連中のいる生物部に逃げてきた。匡と同じく、いつもいる幽霊部員。得意ジャンルは泰丞と同じく幅広い。コスプレは「北斗の拳」のトキ。あだ名はまだナイ。そして後々数々の伝説を残す男である。


本人としてはサークル構成員ではないと言い張るが、イベントでは、いつもつるんでいる仲間、本庄疾人(ほんじょうはやと)

生物部の部長。同人活動には手を染めていない。目鼻立ちも自分の意見もハッキリした男。しかし、部長を任されるだけあって、生物関連の知識は秀でている。得意ジャンルはガンダム、SF小説。コスプレは「グインサーガ」のヴァレリウス。あだ名をつけるとなぜか怒るのでつけていない。その分、相手のことも滅多にあだ名で呼ばない。


生物部は二年生がおらず、三年生は既に引退済みなので、一年生のみの部活という奇妙な状態なのである。



次の日曜日、玄森と亜季乃の初デートの日。

なんとなく後ろめたさを秘めたまま、泰丞は待ち合わせ場所、渋谷のハチ公前に赴いた。

玄森と亜季乃はすでに来ていた。

「お待たせしました。ご両人」

泰丞は気持ちを切り替え、いつも通りに接した。

「おせぇよ」

「おめぇらが早いんだよ。俺は時間通りだ」

「来たもん勝ちだ!」

「ほぉ、そうかい」

「ふたりとも漫才はいいから、映画、遅れちゃうよ」

亜季乃にうながされ、三人は映画館へと歩き始めた。

「ねえ、泰丞さん」

「なに?」

「幸江と付き合うの?」

「は、はい?」

亜季乃の唐突なフリに泰丞は面食らった。

「だって、この前のパーティーの後も送って行ったんでしょ?」

「いや、あの、そりゃ送ったけど、まったくそんなのは」

無茶苦茶しどろもどろになった。

「結構、幸江は懐いてるじゃない」

「いや、だって、あの娘は誰にでもああでしょうが」

「ふぅん」

おそらく、亜季乃にとっては、このデートに泰丞はジャマな存在なのだろう。しかし、仲のイイ泰丞を無下にするのもイヤなので、早く相手を世話したいといったところか?そうしたらダブルデートなんてことも出来るし。

いくら、女性との付き合い経験のない泰丞でも、そんな亜季乃の気持ちを多少は察する事は出来る。

(居心地ワリィィィ)

「力になるぜ、泰丞」

そんな空気を読まない玄森の言葉も重荷だ。


その日、泰丞は極力ふたりを盛り上げるべく努力をした。ひとりぼっちの帰り道は、今までで一番つらかった。


一方、話も盛り上がり、付き合ってくれた泰丞に感謝しつつ玄森は亜季乃を自宅まで送った。しばし、亜季乃も家に入らずに談笑。

そこで玄森は一大決心をし亜季乃を抱き寄せた。一瞬、身体を硬くした亜季乃だが、すぐにその身を玄森に委ねた。

「キスして、いい?」

玄森の問いに亜季乃は黙ってうなづいた。

玄森の緊張が頂点に。

お互いがお互いの身体の震えを感じつつ、玄森は亜季乃にキスをした。

ガチッと歯が当たってしまった。

「あ、あは、今のNG・・・もう一回、いい?」

そんなマヌケな問いに、亜季乃は照れつつ微笑んでうなづいた。

「好きだよ、亜季乃」

二人の唇は今度は上手く重なった。



後日、泰丞は匡の家に遊びに行き、奇妙なデートのことをグチり気味に話した。

浮気者のクセに妙な正義感(友情だと信じたい)を持つ匡は激昂した。

「なんだよ、それ!ゲンがオマエのこと利用してるだけじゃん!」

「まぁ、な」

泰丞はストレートに玄森に利用されたと話をしたつもりなんだが、どうも匡は話の内容を咀嚼するのに時間がかかったらしい。

「いいのかよ、それで!オマエだって、亜季乃嬢のこと!」

「言うなって!」

そういうところだけは鋭い匡は、泰丞の気持ちに気づいていた。

「智香通じて亜季乃嬢に言ってやろうか?」

匡の恋人、加賀智香(かが ともか)は亜季乃の同級生。もちろん、コスプレイヤーである。あだ名は「智香姫」。由来はそのいかにも「姫」な性格に起因する。

「やめろよ、キョウちゃん。円さんの時みたいなこと、もう1回やれってのか?」

「いや、そりゃ…」


日野円(ひの まどか)という同い年の少女がいた。コスプレを通じて初めてに仲良くなった異性であり、泰丞が恋した女性である。

匡と泰丞との争奪戦の末、匡が口説き落としたのだが、更なる紆余曲折の末、現在、匡は智香と付き合っている。要は智香の略奪愛だ。その際に周囲も散々巻き込まれ大迷惑を蒙った。

「ゲンと揉めたくないんだよ」

「俺とならいいのかよ」

匡が妙に拗ねる。面倒な男である。

「あの時で懲りたってことだ、アホ」

「あぁ、なるほどね」

案の定、返しがアホっぽい。


「さて、気晴らしにファミコンだ!出せ!」

これ以上この話をすると、確実に匡&智香の暴走が懸念されるので、匡の気をそらす。誰も幸福にならないであろう大乱は、泰丞の望むところではない。

それから、小一時間、ふたりはファミコンに熱中した。


色々なゲームが好きな匡は、小学生の頃から林間学校や臨海学校に、大量の電子ゲーム機を持ち込み「ゲームセンター吉沢」と言われる空間を作り上げた男。ファミコンも発売間もなく買っているので、匡の家に来たときはやらせてもらっている。

ちなみに「マリオブラザーズ」だ。


「なぁ、トン」

「なんだよ」

「そろそろ、帰ってくれないか?」

「あ?」

親友にストレートに帰れという男、匡。

「もうじき、智香が来るんだよ」

そう言うなりバチンと電源を切り、ファミコンをそそくさと片付け始めている。

「そーかい、そーかい。んじゃ、お邪魔虫は帰りますよ」

泰丞は中指を突き立て、匡の部屋を出た。

友情はスケベ心に負ける物なのだ。



匡の家を出て、駅に向かう途中で、泰丞は智香と出会った。

「あ、来てたんだ」

「おう。追い出されたけどな」

「あはは、ひどいね、匡は」

「智香姫のせいでもあるんだが」

「別にわたしはトンちゃんが邪魔だとか、そんな事言ってないもん!」

「・・・思ってるくせに」

泰丞はジト目で智香を見た。

「なに?妙に僻みっぽいね。何かあった?」

さすがに勘が鋭い。いつものノリで冗談っぽく振舞っていたつもりの泰丞は戦慄した。

「キョウちゃんに訊いてくれ。俺は疲れ果てた戦士なのさ」

「何言ってんだか。じゃあ、匡にトンちゃんの秘密を訊いとくね」

「おぅ、その後は色々がんばれ」

智香の顔がさっと赤くなる。

「殴るぞ」

「じゃあな」

泰丞は手を振って駅へと歩き出した。

智香が亜季乃に下手な事を言わないよう祈りながら。


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