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第一章 「刃とカカオマス」

とある昼下がり、都内の公園で、ふたりの男が対峙していた。ひとりは二十才前後だろうか。背が高く身体もがっしりしている。もうひとりは、まだ少年といってもいいだろう。細面の顔に挑発的な笑みを浮かべている。


ふたりの間に漂うただ事ではない空気のせいか、辺りに人影はない。


「ほら、どうした!来いよ」

少年が、挑発的なセリフを叩きつけた。

「なめやがって!」

青年は怒気をみなぎらせ、ホールディングナイフを取り出した。

ナイフの凶悪なきらめきに、少年の顔に緊張が走る。

ギチリ。少年は拳を硬く握り締めた。

「死ねや!ガキが!」

青年が少年の方へ踏み込み、ナイフを振り回す。少年は必死で避けているが、顔面をガードしている両腕が見る見る血の朱に染まっていく。

(いきなり刃物かよ!無茶苦茶しやがる。しかも顔狙うなよ)

少年は両腕に走るチリチリとした痛みに顔をしかめた。

盲滅法に振り回していたせいか青年の息が上がってきた。

(今だ!)

少年は思い切って青年の足元へタックルをかけた。

「うおっ」

不意をつかれた青年は後ろへ倒れ、背中をしたたかに打ち付けた。

少年は転がったナイフを遠くへ蹴り飛ばし、マウントポジションへと持ち込んだ。

「糞ったれがぁ!」

グチッ。

少年の拳が青年の鼻をつぶした。

鼻血が一気に吹き出る。

「ひぃっ」

痛みと血の量に青年の精神は屈服した。

「や、やめ・・・」

「ふざけんじゃねぇ!」

少年は怯む青年を殴り続けた。



一九八四年二月。

都内の吉祥寺の某所で「バレンタインコスプレパーティー」と名うった会合が開かれていた。

参加者は三十名程度。全員が見知った顔のコスプレイヤー同士。要は内輪の集まりのようなモノだった。


高校一年の同級生で同人誌サークル「SST」のメンバー、高野泰丞(たかのたいすけ)前川玄森(まえかわげんしん)も、この会合に参加していた。

泰丞は「北斗の拳 ケンシロウ」。玄森は「ウイングマン 広野健太」のコスプレをしていた。

ふたりは小学校からの親友同士だ。


「酒がないな」

酒飲みの玄森が、ジュースが並べられたテーブルを見やり言った。

「未成年しかおらんパーティーに酒が出るか!」

「気の利かん主催者だ」

「なら、直接言え、あそこにいるぞ」

泰丞は忙しげ気に参加者の間を駆け回っている主催者、坂村豪と中野由美子を指差した。豪は泰丞達と同い年、由美子は一つ上。しかし、見た目は豪が上、由美子が下に見える。泰丞は豪と初めて会ったときなど敬語を使って話してしまい、あとで年齢を知って憤慨した覚えがある。彼らと知り合ったきっかけは、昨年「仮面舞踏会」というコスプレダンパに泰丞が参加し、由美子と知り合ったのが始まりだ。その後、同人誌即売会で再会し、それぞれの仲間との交流が広がっていった。


「ま、ここは大人の余裕を見せて我慢だ」

「俺達も高校生だろ」

「そういう噂もあるな」

「ほんとに漫才だよね、ふたりとも」

泰丞と玄森の傍らで笑っているコスプレ仲間である少女、斉藤亜季乃(さいとうあきの)

中学二年生とは思えない程、大人び、整った顔をした美少女であった。知り合ってから半年ほど経つが、泰丞と玄森は、この少女に寄せている想いを打ち明けられずにいた。


「ほほぉ、漫才だとぉ?なら、これはどうだ!」

にゅみん、にゅみんと泰丞と玄森が顔の皮を伸ばして亜季乃に迫る。

「や、やめてよ、もう」

笑死寸前の亜季乃。

ふたりの顔は、驚くほどよく伸びるのだ!


「きゃははは、おっもしろーい!なんでそんな伸びんの?」

そして爆笑しているもうひとりのコスプレ仲間の少女、小森幸江(こもりゆきえ)

中学二年生だが亜季乃とは対照的に、小柄で可愛らしいタイプだった。恋愛感情よりも妹感覚を感じるタイプとでも言えばいいのか。

「幸江ちゃん、それはね」

真顔に戻り、泰丞は言った。

「顔の皮膚が柔らかいからだよ」

一瞬の間が空いた。

「当たり前じゃん」

幸江も真顔で返してきた。

「冷たいツッコミするね」

「うん」

凍り付く泰丞。

幸江はそんな泰丞をよそに、スナック菓子をあさりにテーブルのほうへと走っていった。


「ねぇ、リーダー。ジュース取ってこようか?」

「あ、俺行くよ」

亜季乃は玄森をリーダーと呼ぶ。彼女は「ウイングマン セイギピンク」のコスプレをしていた。

ちなみに、幸江は「北斗の拳 リン」のコスプレをしていた。


会場の隅で手招きする玄森に、泰丞は気付き、駆け寄った。

「なんだよ」

「俺さぁ、今日、亜季乃嬢に告白しようと思うんだ」

唐突な玄森の告白だった。

ちなみに亜季乃嬢というのは仲間内でのあだ名である。

「そ、そうか、が、がんばれよ」

泰丞は、そう言うのが精一杯だった。親友の玄森の邪魔はしたくない。でも、自分の想いはどうしたら?

玄森は泰丞が亜季乃に想いを寄せていることに気づいていなかった。

亜季乃は元々、玄森のコスプレに惹かれてやってきた。亜季乃も玄森のことを悪く思っているはずがない。


そんなとき、会場の中庭に面した窓にひとりの男が現れた。

「きゃあ」

誰かが上げた悲鳴で、会場にいた全員が、その男に注目した。

「よ、よぉ」

その男は泣き笑いとも何ともいえない情けない表情で挨拶らしき言葉を口にした。

「お、お前はっ!」

その男の正体は、泰丞と玄森の同級生、市橋一彰(いちはしかずあき)だった。彼もまた、サークル「SST」のメンバーであり、コスプレイヤーでもあった。

そんな一彰の両腕は血に染まっていた。

「ど、どうしたんだよ」

あわてて駆け寄る玄森に、一彰は妙にあっけらかんとして答えた。

「女がさぁ、つきまとってる男を追っ払ってくれたらチョコくれるっていうからさぁ」

「で、その怪我は?」

「相手の野郎、ナイフ出してきやがってさ」

その会場にいる全員が心の中で突っ込んだ。


(アホかおまえは!)


そこへ、主催者の豪と由美子が会場の管理室から救急箱を借りて持ってきた。

「ひでぇ怪我だな。消毒くらいしてやるよ」

豪が消毒薬を荒っぽく一彰の傷口に振りかけた。

「わりいな、でも、傷は浅いんだぜ。紙一重で避けてたからなっ」

消毒薬が傷口に沁みまくる感覚に顔をしかめつつ、一彰は誇らしげに語った。

「そんな余裕あるなら、完全に避けろ、アホ」

「ほんとよ、まったく。ほら、逃げるな」

由美子が一彰の腕を傷薬を塗り、包帯を巻き始めた。

豪はフト気付いたように一彰に言った。

「そう言えば、お前、招待してないぞ、このイベント」

「いいじゃん。決闘が近くだったんだよ」

「いや、だから何でここだって知ってるんだよ」

豪の疑問に、一彰が答えることはなかった。


チョコのために血を流す男、一彰。後に「血のバレンタイン」と呼ばれる事件である。


妙な闖入者はあったが、イベント参加の男子に、女子からチョコレートが配られ、バレンタインパーティーは幕を閉じた。要は相手のいなさそうな男子への女子からのお情けパーティーである。親切何だか残酷何だか、わからないパーティーである。

さらに泰丞は玄森よりもたくさんチョコをもらっていた。

やはり残酷なのであろう。


「泰丞さん、送ってってよぉ」

幸江が泰丞の袖を引っ張りながら言った。

「はいはいはい」

玄森の決意表明のせいか、泰丞は何となく上の空だった。

「イヤそうに言うなぁ!」

泰丞は幸江にどつかれた。

「わかった、わかった」

まとわりつく幸江を受け流しながら、泰丞は亜季乃を送っていく玄森の後ろ姿を見つめていた。


ちなみに幸江は泰丞に懐いているだけで、恋愛感情は微塵もない。お互いに恋愛対象にするタイプ(要は好み)でないとわかっているのでサバサバと相対する事ができる。ただ、傍からはカップルに見えているのかもしれない。


そんな幸江と泰丞の様子をうらやましそうに見つめる一彰がいた。

代わりに自分が幸江を送ると言いたいのであろう。

別に幸江を送ってもらっても泰丞的にはまったく構わないのだが、そもそも招待されてない一彰は、この場に存在しないのも一緒なので、泰丞はあえて無視する事にした。


帰りの電車の中。途中までは四人一緒に騒いでいたが、やがて送り先も違うので泰丞、幸江と玄森、亜季乃の二組に分かれた。


しばらくは笑いながら語り合った玄森と亜季乃のふたりだが、電車を降り、亜季乃の家に近づくにつれ、玄森の口は重くなっていった。

「あの・・・亜季乃・・・さん」

亜季乃の家まであと五分、という辺りで玄森は足を止めた。

日も暮れて、走る車のヘッドライトが二人を照らす。

「なに、リーダー?改まって」

玄森はうまく動かない口を必死で動かした。

「俺と、さ、あの、付き合ってくれないか?」

「え?それって」

「好きなんだ。きみのことが」

「ほんとに?」

亜季乃が玄森の目をまっすぐ見つめた。

「う、うん」

玄森の返事に、亜季乃の瞳が涙で潤んだ。

「嬉しい。ほんとにわたしでいいの?」

「もちろん」

玄森は優しく亜季乃の肩を抱いた。亜季乃の頬が涙に濡れていった。

「あ、ありがとう。OKもらって、感動だ」

こうしたシチュエーションは無論、初めての玄森は、ドギマギしつつ周囲の人目も気にしながら、亜季乃を家まで送った。


帰り道、浮かれて電柱に飛び蹴りをし、着地に失敗。思いっきり肘を擦りむいた。その傷の痛みも、嬉しさの前に消えた。

憧れの美少女が自分の恋人になったのだから。


一方、泰丞は幸江と、たわいもないお喋りをしていた。

「ねえねえねえ、一彰さんってさぁ、あたしのこと好きなのかな?」

幸江のストレートすぎる疑問。

「ん?何か言われた?」

「何も言われないけど、言いたそうなの」

そんなバレバレの見方ってどんなのだろうと泰丞は思った。

「見るな!って怒鳴りつけてやればイイのに」

「それって残酷ぅ。でも、あたしの好みはもっとカッコイイ人だからなあ」

幸江の方が残酷であるには違いない。

「はい。望みを高く持つのはいいことですね」

「なにそれ、バカにしてる?」

「いいえ、とても利口だなと思っています」

「やっぱバカにしてんじゃん!」

幸江は泰丞の頬を摘んで思いっきり伸ばした。

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