第4話 初陣
「エネミーが複数体、この町に攻撃しているわ……!」
「待て!エネミーというのはお前の妹が言ってた化け物のことか!?」
俺は水島沙織の肩を掴み、揺さぶりながら聞いた。
「え、ええ!エネミーの目的は人類の殲滅と文明の破壊よ」
「クソッ!」
俺はすぐさま、自分の脚力、五感を限界まで強化して走り出した。
「おい待て、広樹!―――クソッもう姿が見えなくなった!姉ちゃん!あいつ何処に向かってるんだ!?」
「公園よ。彼に触れて心の中を読んだわ。――――彼は、エネミーを倒すそうよ」
時刻は6時過ぎ。この雨の中、辺りが暗くなった道で俺は目的の場所へと走る。
限界まで強化した感覚でこの町に存在する異物を探しだす。
向かう途中で俺は気づく。
(―――人の気配がしない?)
そう、限界まで強化した感覚でもこの町に存在する人の気配がしないのだ。
まさか、もう化け物にやられたのか?そう思ったが俺の嗅覚に血の匂いはしなかった。
(避難したのか?)
それはそれで好都合だった。これから起こることに巻き込まれないで済むと。
近づくにつれて感じる、何かを破壊する振動音。化け物から放たれる不快な咆哮。
(―――見つけた)
体長が4メートルに届くほどの巨体。2本の足で土を抉り、右腕は肘から先が大きな大剣で、それを使って周囲にあるものを粉砕する。顔全体に口が広がっており、周りを破壊するごとに笑みを浮かべていた。
(あれが……エネミー……)
俺は地面を蹴り、エネミーの胸目掛けてドロップキックした。
ドゴォンッ!!
(しまった!!吹き飛ばすのは失敗か!?)
エネミーの破壊行為を止めさせる様に放った蹴りだが、予想以上に吹き飛んでしまい、吹き飛んだ先にある家が巻き込まれた。
(これが限界まで強化した蹴りか……)
瓦礫に埋もれたエネミーが起き上がろうとしている。蹴りを受けた胸は多少陥没しており、咳き込みながら血を吐き出していた。
(あの化け物の身体にも血が流れているのか?)
だが、今はそんなことは関係ない。奴に血が流れていようと俺の生まれ育った町を破壊する奴は容赦しない。
はっきり言って、俺の能力ちからは異常だ。現状この能力による強化に制限はない。集中力があればあるほど強化できる。強いて言えば、自分以外の物体を強化することが出来ないぐらいか。
そしてこの能力の欠点、それは集中することで自動的に能力が発動すること。能力を意識しなくても、集中すれば発動する。これにより、これから先の日常生活では下手すれば周りに被害を起こす可能性がある。
だから被害を起こす前にあの姉妹に着いていってこの町から離れようと決心した。その矢先に、化け物がこの町に破壊行為をしていたのだ。
「GAAAAAAAAAAッ!!!!」
「覚悟しろよ?お前の様子を見れば痛覚があるっていうことが分かった。楽に死ねると思うな?」
さて、先ずは情報分析だ。今、奴は荒く呼吸をしている。ということは奴には肺があるのか?肺があり、血が流れている。つまりこの化け物の身体は人間と同じ構造をしているということ。
人間と同じ構造なら狙うべき場所は急所。しかし、頭を見ればそこには大きな口があるだけ。とても脳があるとは思えない。
(脳がないのに痛覚を感じるのか?)
そんな疑問が浮かんだがすぐに頭から離れた。相手が走る体勢を見せたからだ。
(脳が無理そうなら心臓だ!)
来る―――。
そう思った瞬間、化け物は目の前にいた。あの巨体に似合わずかなりのスピード。
そして自分を貫くために大剣の先端がこちらに向かってくる。
―――だが。
(油断したが大丈夫―――十分かわせるッ!)
強化した感覚、身体能力があれば対処できる。
右に半身ずらす。すると元に位置に大剣が通過した。
俺は通過した大剣の付け根部分に強化した身体全体で掴み、捻じ切る。
右腕を捻じ切られた痛みで絶叫しそうになる化け物。だがそれは俺が許さない。
俺は奴の大剣を捻じ切った勢いで回転し、遠心力に任せてあえて(・・・)腹に突き刺した。
「GAAAAAAAッ!?!?!!」
「うるさい」
大剣を腹から抜き、化け物の首を切り飛ばす。
そしてそのまま心臓があるだろう左胸に突き刺した。
「ハァ……ハァ……」
化け物は身体を痙攣していたが、次第にその動きは無くなり、死んだ。
「死んだ……ということはやはりこれが心臓で弱点だったのか……」
だがまだこの町には化け物がいる。水島姉が言うには化け物が複数体、来ているという。
この化け物を倒した余韻で集中が切れた。再度強化しようと意識したら、気づいてしまった。
(囲まれてるッ!?)
そう、化け物共に公園の周りを囲まれていたのだ。
普通なら絶体絶命の状況。だが俺の中にあるのはピンチから来る緊張ではなかった。
必死に押さえ込もうとするがやがて『それは』表に出て来る。
俺は―――、
――――笑っていたのだ。
この状況の中、俺は笑っていた。この絶望的な状況で気が狂ったのか。
いや、分かっている。これが何なのかを。
これは狂喜。こちらを殺そうとやってきた獲物を逆に殺すという状況に狂喜していたのだ。
普段ならありえない行動。これは強化という能力が芽生えた副作用なのか。
それとも戦いを前にした人間の闘争本能なのか。
ついに現れる化け物共。奴らの姿を目視した途端、頭が冷める。だが俺の顔には未だに笑みを浮かべていた。
合計で12体。そのうちの1体が咆哮した。
まるでそれが合図と言わんばかりに一斉に襲い掛かってくる化け物共。
俺は正面にいる化け物を対処することにした。
振り下ろされる大剣。俺はそれをかわし、強化した握力で大剣を掴み、跳躍。
そのまま心臓に突き刺す。
―――先ずは1体。
後方にいる化け物の攻撃をジャンプしてかわし、化け物の頭を掴む。
掴んだ際に力が強すぎたのか指が頭に食い込んだ。それでも俺は気にしない。
俺はこの化け物を地面に叩き付け、その衝撃で化け物の頭が抉れる。
バウンドした化け物を蹴りで起き上がらせ、他の攻撃の盾にする。
その化け物は他の奴の攻撃で串刺しになり死んだ。
―――まだだ、まだ始まったばかりだ。
SIDE 水島姉妹
「なんつー戦い方だよ……あれ」
今水島姉妹はとある民家の屋根で斉藤広樹の戦闘を傍観していた。
「確かに能力者が初めて戦闘する時、それなりに好戦的になるけど……これは」
―――人間がしていい戦い方じゃない。
そう思った二人だった。
斉藤広樹の戦い方は荒々しく、相手の攻撃を受け流し、利用し、最大限のダメージを与えるカウンター型。
かと思いきや、相手の攻撃を正面から受け止め、粉砕するパワー型でもあった。
どれも共通しているのは、倒された相手は原形を留めていていなく、何かしら身体の部位がなくなっていた。
「これは加勢していなくて正解だったな。加勢していたら巻き込まれる」
「そうね……私は初めてエネミーのことを同情したわ」
(しかし、人を探しても全然気配がしない。学園長……もしかして貴女はこれを見越して先に人々を避難させてたんですか?)
「姉ちゃん、もうすぐ終わるから迎えに行くぜ」
斉藤広樹の戦いは辺境に迎えようとしていた。
SIDE 斉藤広樹
(これで、10体目)
俺の周りには化け物共の死体、死体、死体。俺の格好は奴らの血で真っ赤だ。
残り2体。
さぁ―――、
俺は立ち尽くしている化け物共へ振り返った。
―――次はお前達の番だ。
一歩進むことに後退する化け物共。その姿が滑稽で俺は一段と笑みを深める。
その笑みに怖気づいたのか一体は動きを止めるが、もう一体はこちらに向かってきた。
馬鹿の一つ覚えみたいに振り下ろす大剣。俺は化け物の懐へ入り背負い投げをする。
背負い投げした先には、他の化け物から捻じ切った大剣が突き刺さっていた。
背負い投げされた化け物はその事実に気づかないまま、頭から心臓に突き抜かれた。
―――残り1体。
最初に襲い掛かってきた威勢はどうしたのか。
この戦いの中で気づいた事がある。どうやらエネミーという奴は水島姉が言ってた通り、コイツ等の目的は人類を殺すこと、文明を破壊するということしか考えておらず、その命令を本能レベルで受けている様子だった。そのことに疑問に思う思考や自我は無い。
だが今目の前にいる敵は、俺に対して本能的な恐怖を抱いている。このことからこの化け物にも本能というものが存在していることらしいと分かった。
1つ、能力の検証をやろうか。
俺は右腕だけ限界まで強化させる。右腕しか強化していないため今攻撃されたらかわせることが出来ないが、この化け物には心配ないだろう。
これまでの検証では他の部位と平行して限界まで強化させたことはあるが、一度も一点だけ限界強化はしていなかった。
平行して強化するということは平行して集中するということ。それにより集中する負担が増えていた。
だが今は一点だけの集中。負担はこれまでの平行強化よりも軽かった。
次第に右腕から発する濃密な力のオーラ。
俺はその場で化け物に向かって正拳突きをした。
SIDE エネミー
気付いた時にはここにいた。元は何処にいたのか、自分は何なのか、何も分からなかった。
それも当然、エネミーにはそれを考える思考や自我が無かった。
それでも、自らのコアから本能レベルで命令を受けていることが分かった。
その命令とは、
『人類を殲滅し、文明を破壊せよ』
それがエネミーの存在理由。
…………
なんだこれは。めのまえにいるにんげんがこわい。
どうほうがにんげんのまわりによこたわっている。
のこるはじぶんひとり。
なんだ?にんげんのうでにいやなちからをかんじる。
にげろ。うごけ。にんげんのうでがこちらにつきだして――――。
そこから先は認識できなかった。何故ならエネミーの意識が消えたからだ。
SIDE 斉藤広樹
今俺の前には、広い空間が出来ていた。正拳突きの余波だけで化け物諸共、後ろにある民家ごと抉ったのだ。もし直接殴ったら今より酷いことなってる可能性があるな。
「当分、一点強化は止めたほうがいいな」
「ああ、そのほうがいい。見ていて肝が冷えた」
「お前は……水島妹か」
「サイキだ」
「なんだって?」
「確かにその水島性は本当の名前だが、学園に所属している生徒はコードネームを名乗るのが規則だ」
「学園だと?」
水島姉妹が所属している組織がまさかの学園だった。
「そう学園。名前は超能力学園。酷いネーミングだけどそれが私達の所属している所よ」
「水島姉……」
「改めまして、私の名前はメトリーよ。
よろしくね転入生さん」