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~二人のワルツ~

「それじゃあ、ダンスパーティー楽しんできてね」

髪のセットを終え、詩織に礼を告げると、部屋を後にした。

そこで、隣の自分の部屋の前に立つ人影を見つける。

「御琴様……」

こちらに気付いた白夜は、驚いたように目を見開くと駆け寄って来る。

そして目の前で立ち止まると、口に手を当て、頬を赤らめたかと思うと、すぐに瞳を潤ませた。

「はぁ……なんてお美しい……」

「泣くな!!」

「ぜひお写真を……」

「撮らんでいい!!」

朝にも同じようなやりとりをしたことを思い出し、御琴は頭を押さえる。

(本当にこの男は……。どうしてこうも子供みたいにすぐに泣くんだ……)

「ん……?」

そこでふと、些細な疑問が浮かぶ。

「そういえば、君は今いくつだ?」

今まで白夜の年齢を知るきっかけがなかった。

「はい、今年で二十一歳になります」

(二十一歳……!?)

あまりの衝撃に、開いた口が塞がらないとはこのことか、と痛感する。

(幼い。あまりにも幼過ぎる(特に精神)。年齢と見た目が比例していない……!)

御琴の知っている二十一歳成人男性は、白夜のようにすぐに泣いたりはしない。

(いや待てよ……今年で二十一になるということは、今は二十歳……)

一度は冷静になり考えてみるが、やはりどちらにせよ見た目と中身が比例しないため、御琴は考えるのを止めた。

「御琴様?」

「いや、なんでもない。そろそろ行こう」

ここからダンスパーティーが開かれる会場までは、車で二十分程かかる。

御琴は先程の衝撃を打ち消すように歩き出した。




到着したダンスホールは、白を貴重とした、まるで絵本に出てくるお城のような外観だった。

執事の同伴も許可されているため、白夜もおのずと付いてくる。

ホールへと足を運ぶ者はみな華やかなドレスやスーツ姿で、確かに制服だと逆に浮いていただろうなと御琴は思う。

簡単な受付を済ませると、生徒達で賑わうホールへと足を踏み入れた。

生徒全員が入っても余裕がある程に広いホールには、豪華なシャンデリアがまばゆく輝き、テーブルに並べられた料理は、どれも手の込んだものだった。

「それでは、僕はあちらでお待ちしていますので、お帰りの際はお声掛けください」

白夜の声に振り向くと、彼は頭を下げてホールの隅の方へと移動する。

多分、彼なりの配慮なのだろう。守護者でもない白夜にどこまでも付いてこられると、御琴もそれなりにストレスを感じることを察しての。

「……」

白夜の背から視線を外し、御琴は何をしようかと考える。

このダンスパーティーに目的があって来たわけではなかった。では何のために来たのかという疑問も湧く訳だが、それは新入生全員参加という義務があったからとしか言えない。

これからは、こうして男女が顔を合わせる機会もごく稀になってしまう。だからその前にこのダンスパーティーで、男女の区分なく親睦を深めようというのが教員達の狙いなのだろう。

そんな意味があるからこそ絶対参加の義務があるのだが、参加出来ない特別な理由があれば欠席は許される。欠席したからといって、成績に響くこともない。

それなら嘘をついてでも休むことも可能なのだが、生徒達はそれをしない。第一、そんな考えすらも持ち合わせていないだろう。

彼らは本気で親睦を深める為にここに来ているのだ。このパーティーを心底楽しんでいるのだ。

しかし親睦を深める為でも、ましてやダンスをしに来た訳でもない御琴は、これから何をしようかと考えている。

受付で名前を書いた時点で出席としてはカウントされるので、もう帰っても問題はないのだが、せっかくドレスまで買って来たのだ。すぐに帰るというのも気が引ける。

(とりあえず、学院長のスピーチまで待つか)

ダンスパーティーの目玉であるダンスの前に、学院長からのスピーチがある。それを聞いたら帰ろうと決めた時。

「……ん?」

なにやら後ろから、女子生徒達の嬉々とした声が聞こえる。

「あ、あの!お名前はなんと仰るのですか?」

「背高いしかっこいいー!」

「どこの執事さんなの?」

「今度うちでパーティーを……」

それぞれがそれぞれの思いを話す中、その中心にいる人物が微笑みながら話を上手くかわしている。

(なんだ……?)

一体誰だろうと思い、群がる女子生徒達で隠れた人物に目を凝らす。

多くの女子生徒の隙間から見えたその人物は───

(えっ、巫覡くん……!?)

どうやら、女子生徒達を釘付けにしていたのは彼らしい。

御琴が驚いている間にも、白夜が微笑むたび、女子生徒達が歓喜の声を上げる。

(そうか……巫覡くんはモテるんだな……)

驚きのあとに、妙な感心が生まれる。

珍しい白銀の髪、落ち着いた大人の雰囲気。長身な上に整った顔立ち。

それだけで、女子生徒達を釘付けにするには十分過ぎる要素だった。

(黙っていれば、の話だが)

次々と押し寄せる女子生徒達の質問のおかげで、こちらの視線には気付いていないようだ。

御琴は、なぜかモヤモヤする気持ちを消し去るように白夜から視線を外すと、ホールの壇上へと目を向ける。

そこにはもう、今朝の落ち着いた茶色のスーツとはまた違った、ワイン色のスーツ姿の学院長の姿があった。スピーチが始まるのだ。

会場の明かりが消され、壇上に立つ学院長だけが照らされる。

「生徒の皆さん、こんばんは。本日は集まってくれてどうもありがとう!堅苦しくて長い挨拶はもうしたくないので、簡単な説明にさせて頂きますね」

案外フレンドリーな学院長が、生徒達の笑いを誘う。

「これから、このパーティー本命のダンスが始まります。どうか恥ずかしがらず、男子は勇気を出して女子を誘ってあげてね。女性をエスコートするのが男の役目だから!女子も差し出された手を拒まないように!」

再び笑い声が上がる。

「それでは始めましょう!」

学院長の言葉共に、会場にはシャンデリアの明かりが灯され、ゆったりとした音楽が流れ始める。

やはり最初は恥じらって戸惑っていた男子生徒だったが、一人が誘う度また一人と、ダンスのペアが出来上がっていく。

たどたどしい男女のダンスが増えていく中、用が済んだ御琴はくるりと踵を返す。

(巫覡くん……どこだ……)

先程まで白夜がいた場所には既に彼の姿はなかった。移動した、もしくは女子生徒にダンスを誘われたか。

ダンスを踊る生徒達ですっかり埋め尽くされたホールで、きょろきょろと辺りを見渡す。

「あ、あのっ……」

その時、唐突に声を掛けられ振り返る。

そこには茶髪で大人しそうな男子生徒がいた。

「なにか用か?」

「いや、えと……」

男子生徒は口ごもりながらも、ようやく決心したように、

「良かったら、俺と踊ってくれませんか……!?」

俯きながら右手を差し伸べてくる。

「え……?」

予想外の言葉に、目を見開く。

差し伸べられた手を見て、動揺が走る。

「……用はそれだけか?」

そこで口が先走る。

「ま、まぁ……」

「なら悪いが他を当たってくれ。君が私と……」

踊る資格なんてないだろう。そう続けようとしたがすぐにハッとし、その言葉を飲み込む。

自分の悪い癖だ。なんでも相手を傷付けるように言葉を作ってしまう。

「え、ちょ……」

男子生徒の声を無視してその場を立ち去る。白夜を探したいが、振り返る勇気がなかった。

逃げるようにしてホールを出ると、辺りは綺麗な夕焼けに染められていた。

「はぁ……」

御琴は足を止めると深く溜め息をつく。走った訳でもないのに鼓動が早打っていた。

(どうしてこうも……いつも私は……)

唇を噛み締める。

やるせない気持ちに苛立ちと後悔だけが募っていく。自分は昔とまるで成長していない。

人間不信になってからというもの、自分が傷付きたくないが為に、相手を傷付ける言葉や態度ばかりとってしまう。

傷付く前に、自分から突き放す。それが今の御琴にできる精一杯のことだった。

「御琴様」

自己嫌悪に(ひた)っているところに、少し息の上がった白夜の声が御琴の名前を呼んだ。自分を探して走ってきたのだろうか。

「もうお帰りになられるのですか?」

白夜の足音がこちらに近付いて来る。

「……あぁ。もう用は済んだし、ダンスも踊れない私がここに居続けるのも無意味だろう」

御琴は振り返らないまま、皮肉じみたことを言う。自分自身に言い聞かせるように。

「そうですか。なら───」

俯く御琴の視界に、白夜の影が現れる。

そして目の前で跪いた白夜がこちらに左手を差し伸べて────


「僕と一曲、踊っていただけませんか?」


「…………は?」

一瞬自分の耳を疑い、目を見開く。だが微笑む白夜を見て聞き間違いではないことを悟る。

「いや、あの……君は話を聞いていたか?私は踊れないんだぞ?」

慌てながらも否定する。だが白夜は、

「そこはお任せ下さい。僕がリードしますから」

余裕の笑みを崩さない。

(その余裕は一体どこから来るんだ……)

突拍子もない白夜の言葉に(あき)れながらも、沈んでいた気持ちは落ち着きを取り戻していた。

「え、と……」

どうすればいいのか分からず、ただ差し出された手を見つめる。

静かな空間に、ホールから漏れてくる優雅な音楽が(かす)かに響く。

「ふ、ふん。一曲だけだからなっ」

半ばやけくそになりながらも、差し出された左手に自分の右手をそっと重ねた。

「ありがとうございます」

「わっ……」

白夜は微笑んだかと思うと、御琴と重なった手を引き、一気に二人の距離が縮まる。

「っ……」

目と鼻の先まで近付いた白夜の顔に、御琴は息を飲む。顔が火照っていくのを感じる。

「逸らさないで」

恥ずかしくて目を逸らした御琴の耳元で白夜が囁く。

(と、吐息がっ……)

「分かってる……!」

心を見透かされたようで悔しくて、御琴は意を決して視線を上げる。

目が合った白夜はいつものように優しく微笑んでいて。

音楽に合わせて、ゆっくりとしたダンスのステップを踏んでいく。

初めてのダンスでこんなにも踊りやすいのは、白夜がリードしてくれているからだろう。

(……どうして)

ステップを踏みながら、御琴は高鳴る鼓動に戸惑っていた。

(どうしてこんなに……胸が苦しいんだ……)

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