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~新しい匂い~

クローゼットにしまっていた新品の制服を取りだし、慣れない手つきで着替えを済ませる。

制服は、白をベースとした清楚(せいそ)なワンピース型で、胸元には襟と同じ紺色のリボンを結ぶ仕様になっている。

「……」

全身を映す鏡で身なりを整えた後、必要なものを入れた鞄を背負う。

指定の鞄は、手提(てさ)げ、肩掛け、背負う、の3wayとなっているため、御琴は一番楽な背負って使うことにしているのだ。

短い春休みを終え、新しい制服の匂いに包まれた今日は、入学式。

だからといって、胸が高鳴ったり、これから始まる高校生活に期待を膨らませたりはしない。

これはただの経験だ。

自分の命を終えるまでの、限られた経験の一つ。

"高校"がどんなところなのか、何を学ぶのか。それを知るための経験。

いや、屋敷で教えられる勉学も、高校とそう変わらないだろう。

だが、勉学だけだ。それ以外は何も教えてくれない。高校が、どういうところなのかさえ。

知る必要がない。だから切り捨てる。

そうやって切り捨てられてきた情報は、数知れないだろう。

それを御琴は、知りたい。

だからこうして、高校にも行く。

(……ただの自己満足に過ぎないが)

仕度を終え、自室の扉を開けると───


パシャッ


「……?」

シャッター音のような音が聞こえ、音の聞こえた方に目を向けると、

「あ、御琴様。おはようございます」

「君はなにをやっているんだ!?」

自分に向けられているカメラを見て、御琴は思わず声を上げる。

その間も、カメラのシャッター音は鳴りやまない。

「はい。御琴様の晴れ姿を……」

「撮らんでいい!連写するな!まったく……」

構っていてもキリがないと思い、御琴は白夜を放って歩き始める。

待っていたエレベーターの扉が開くと、そこにはもう先客がいた。

「……どーも」

こちらに気付いたカイリの挨拶に軽く会釈をし、御琴達はエレベーターに乗り込む。

エレベーターが降下している間、ふと気が付いた疑問をカイリに投げかける。

「……君は入学式に出ないのか?」

右隣に立つカイリの服装は、白夜と同じ黒いスーツ姿だった。

「ん?あぁ……。くれはが出ないからな。俺もその付き添い」

そういえば、くれはの姿を見かけていない。

前だけを見て、淡々と答えたカイリから目線を外す。

「風邪か何かか……?」

「いや、すげー元気。本当ならあいつも出たがってたよ」

その言葉に、次の疑問を口にしようとしたが、それを遮ってカイリが続ける。

「……でも、あいつは出られないんだ……」

声色を落とし、少し俯いたカイリにもう一度顔を向けたとき、ロビーに着いたことを知らせる軽快なチャイムとともに、エレベーターの扉が開く。

カイリはそれ以上何も言わず、先にエレベーターを降りた。先ほどのカイリの言葉に疑問を抱きつつも、御琴達も後に続く。

「おはよう、御琴ちゃん」

ロビーには既に、詩織と朔夜の姿があった。

「おはよう、ございます……」

「はっ……」

そこで、何かに気付いた朔夜が目を見開く。

「長い黒髪、清楚な白い制服、まだ幼さを残すように背負った鞄……それに加え、絶対領域の黒ニーソ……!これはまさに……異国の日本人形!!」

「はいはい、変態は黙ってて」

興奮している朔夜をよそに、

「でもほんと、よく似合ってるわよ」

御琴の制服姿を見て、詩織が微笑む。

それがなんだか気恥ずかしくて、御琴は目を逸らせた。

「べ、別に……褒められても……」

「照れてるの?」

「ちっ、違う!」

思わずムキになって否定してしまったが、詩織がさらに楽しそうに微笑んで見えるのは気のせいだろうか。

「私はもう行く」

なんとなくそこに居づらくて、御琴は背を向けた。

「いってらっしゃい」

「楽しんできてね~♪」

二人の見送りの言葉を背に、御琴は扉を開けて、まだ少し肌寒い朝日の下へと足を進めた。

門の前には既に、四人乗りの黒塗りの車が止まってある。白夜が事前に用意していたのだろう。

「どうぞ」

扉を開けた白夜の案内の後、車内に乗り込む。

昨夜聞かされた話によると、登下校は白夜が送迎するらしい。

徒歩でも、学校までは二十分程度と、そう遠くはないのだが、白夜 (いわ)く、これも守護者の勤めなのだという。

ただ、白夜を守護者と認めていない御琴からすると、ただの過保護すぎる行為に見えてしまうのだが。

(……これもいつまで続くか、見物(みもの)だな)

窓際に頬杖をつきながら、流れ行く景色をぼんやり眺める。

白夜に、"守護者は必要ない"という、自分の思いが伝われば、彼もいずれ諦めるだろう。

それまでの辛坊(しんぼう)だ。約束の一ヶ月間までは、まだ時間はある。

(いや……どうせ一ヶ月も経たないうちに逃げ出すだろう)

御琴は冷たい笑みを浮かべる。

昔からそうだった。自分の守護者になろうと取り入って寄ってきた者達はみな、最初こそ従順に、ご機嫌とりもしていたが、いくら頑張ったところで、御琴の否定的な態度が変わらないと悟ると、ころりと態度を変え、陰口を言う者や、諦めて去る者にしか分かれなかった。

白夜もそのうち、彼らと同じようになるに違いない。

「御琴様、到着しました」

白夜の声と同時に、車が車道の脇に止まる。

「……ご苦労」

御琴はそう言い残すと、車から降りる。

「御琴様」

慌てて車から降りた白夜の声に振り向くと、

「いってらっしゃいませ」

彼は微笑みながら頭を下げた。

「……いってきます」

御琴は呟くような小さな声で返事をすると、再び歩き始めた。そして目の前の開放されている門の前で立ち止まると、(そび)え立つ校舎を見上げる。

今日から通い始めるこの星蘭(せいらん)学院は、創立百周年を迎える歴史ある名門校だ。

生徒の他に、生徒に付き添う執事の姿があるのは、ここがお嬢様、お坊っちゃんも多く通う学院だからだ。

創立当初の木造建てとはうって変わり、現在はお洒落な洋風造りになっている。

もともとは女学院だったらしいが、数十年前の当時の学院長の意向で、男女共学制度が導入されたらしい。

ただ、共学制度を実施するにあたり、「女学院に通わせている分、男子との交流などが心配」といった、その当時の女学生の保護者からの非難の声も少なからず寄せられた為、 一つの校舎を東校舎、西校舎と二つに区分し、 東校舎には男子生徒が。西校舎には女子生徒が通うことになっている。だから実質、男女が面と向かって顔を合わせる機会はほとんどない。それが唯一あるのは、区分のない自由な登下校時か、学校行事くらいだろうか。

「……」

御琴は前を見据えると、星蘭学院の生徒となる第一歩を踏み出した。



入学式は、二百人程度の新入生だけが体育館に集められ、行われた。

学院の歴史や、教員の紹介。学院長の激励の言葉。

ベッドに仰向けで寝転びながら、ほんの二時間ほどで終了した入学式を振り返る。

ただ座って話を聞いていただけなのに、疲れたせいか体が重い。

やはり、人の多い場所は苦手だ。いつもより余計に気を張ってしまう。

こんな状態で、午後のダンスパーティーはもちろん、これからの高校生活は大丈夫だろうかと思いやられる。

「はぁ……」

小さく息をつくと、壁に掛けられている時計に目をやった。

ダンスパーティーの時間には、まだまだ余裕がある。

それまでに、少しでも疲れを取ろうと、御琴は目を閉じた。

「───……」

それからどのくらい経ったのだろう。目を凝らして時計を見ると、時刻は午後四時五分。

五時から開催されるダンスパーティーへ行く時間を考えると、準備をし始めるにはちょうど良い時間だ。

ベッドから体を起こした御琴は、クローゼットを開く。

先日、くれはと詩織と一緒に選んだ白いワンピースドレスを手に取ると、素早く着替えを済ませる。


コンコン。


その時、扉をノックする音が聞こえた。

「御琴ちゃん、そろそろダンスパーティーに行く準備を……」

開いた扉から姿を現した詩織が、御琴のドレス姿を見て、

「あら、ちょうど良かったみたいね」

その言葉に、御琴は首を傾げる。

「それじゃあ、私の部屋に行きましょうか」

「え、えっ……!?」

訳も分からずまま詩織に手を引かれ、隣の詩織の部屋に招かれる。

「どうぞ」

始めて見た詩織の部屋は、御琴とはまた違った落ち着いた大人の雰囲気があり、妙に緊張してしまう。

「そこに掛けて」

詩織がドレッサーと向かい合わせになった椅子を指差す。

「はぁ……」

言われるがままに椅子に腰掛けた御琴の後ろに立った詩織は、ドレッサーの上に置いてあったブラシを手に取ると、御琴の髪をとかし始めた。

「あ、あの……」

「どうせなら、髪型も可愛くしちゃいましょ」

疑問に答えるように、鏡越しに目があった詩織が微笑む。

「綺麗な髪ねぇ。どんな髪型にしようかしら」

楽しそうに髪をとかす詩織にそれ以上何も言わず、御琴は黙って鏡を見つめる。

なんだか、少し心地良かったのだ。

(こうして誰かに髪をといてもらうのは、久しぶりだ……)

御琴がまだ幼かった頃、母がよくこうしてくれたものだ。それは遠い日の、懐かしい思い出。

「……ねぇ、少し聞いても良い?」

「?」

「御琴ちゃんはどうして、守護者(白夜くん)と契約しないの?」

その質問は、「どうしてそこまで、守護者を拒むのか」という風にも聞こえた。

御琴は、守護者が嫌いだ。いや、守護者に限らず、他人が嫌いなのだ。

彼らは、己の利益のためだけに善人の仮面を被り、平気で嘘をつく。

今までに会ってきた者達はみな、そうだった。

───信じるのが怖い、なんて口が裂けても言えない。

(……違う)

信じた先にあるのは、幸福でも何でもない。ただの裏切りだけだ。

(……違う)

そもそも、信じたいとも思っていない。信じることが出来なくなってしまっているから。

「……」

何も言えなくて、ただ拳を握る。

「嫌なら無理に答えなくていいの。ただ……」

詩織は優しい表情のまま、言葉を続ける。

「彼のこと、少し考えてみてあげたら?」

詩織が言う"彼"とは、白夜のことだ。

「今はまだ無理かもしれないけれど、これから先、彼のことをもっとよく知って、そうしたら、御琴ちゃんの気持ちも変わるかもしれない」

彼女は、もう一度御琴に人を信じさせようとしている。とっくに気付いているのだ。御琴の性格も。

「…………無理だ」

絞り出すように発した声は少し震えていて、それでも詩織は優しく包み込むように言う。

「……彼でも?」

「彼だから、だめなんだ」

「……そう」

優しい声は変わらず。ほんの少しの悲しさを匂わせ。

「よしっ、できた。どう?御琴ちゃん」

詩織の弾むような声に俯いていた顔を上げると、鏡に映った自分の髪には、ドレスと同じ白いリボンが巻かれていた。

「やっぱり、ありのままが一番よく似合ってる」

微笑む詩織とは反対に、御琴は目を伏せた。

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