表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

~休日と狐と~

「おはようございます、御琴様」

扉を開けたと同時にそんな声が聞こえ、御琴は視線を上に上げると、そこには白夜が微笑みを浮かべ立っていた。

「君……いつからここに……」

今日の予定も特に伝えていなかったのを思い出し、素朴な疑問を投げ掛けると、

「はい、二時間ほど前からです」

御琴は、部屋を出てくるときに見た時計の針が指す時間を思い出す。

確か針は、ちょうど七時を指すところで……

(五時……!?)

衝撃を受けると同時に、気が重くなるのを感じる。

(とにかく、一日でも早く諦めてもらわないとな……)

昨夜の"賭け "を思い出し、小さく溜め息をつく。

(まぁ、わたしの守護者なんて、耐えられるはずがないだろうけど)

「あら、御琴ちゃん」

ロビーに着くと、詩織がこちらに気付いて声をかけてくる。詩織のそばには、朔夜の姿もある。

「どこかにお出掛け?」

「あ、ああ。少しこの街の様子を見ておこうと思って……」

昨日越してきたばかりで、まだこの街のことを何も知らない。

それに、数日後に入学を控えた高校の下見もしておきたい。

「へぇ~!じゃあさ!俺が案内してあげようか!?」

「あんたは行かなくていい」

食い気味で身を乗り出してきた朔夜の肩を、詩織が掴む。

「ゆっくり楽しんで来てね。気を付けていってらっしゃい」

半べそをかいている朔夜を無視した詩織に見送られながら、御琴達は館館を後にした。




「御琴様、よろしければ車を出しましょうか?」

館館を出た直後、白夜がそう尋ねてくる。

「君は運転が出来るのか?」

「はい。あらゆる場面にも対応出来るよう免許、資格等は全て取得するのが我が覡巫(みかなぎ)家の家訓(かくん)なので」

さすが、貴族の妖の中でも名門の覡巫家だと思う。

「そうか。でも、今日は自分の足で行きたい」

「かしこまりました」

「夕暮れまでには戻る。それまで……」

「それでは、行きましょうか」

御琴の言葉を遮って言った白夜の言葉に御琴は眉を寄せた。

「…………え?」

視線を向けるときょとんとした様子で首を傾げた白夜に、御琴はまさかという思いで尋ねる。

「君もついてくるのか……?」

「もちろんです」

嬉々とした表情を浮かべる白夜に、御琴は改めて守護者という存在を思い知らされる。

守護者はいついかなる時も巫女と離れることは許されない。巫女を守ることこそが、守護者の役目だから。

「ですが……もしも"命令"とあらば、僕はここで……」

「……あぁ、そうしてく……」

れ、と言いかけた御琴だったが、

「やはり耐えられません!御琴様と離れるなんてっ……」

「!?」

(ひざまず)いた白夜に手を掴まれる。

こちらを見上げる彼の目尻には、うっすらと光る雫が浮かんでいた。

「泣き……!?」

大いに忘れていた。この男が、変人だということを。

「御琴様……」

まるで、捨て犬のような瞳で見つめられ……

「っ~~~~!分かった!分かったから泣くな!」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

途端に白夜はコロッと表情を変える。

(え……嘘泣き……?)

朝から白夜の変人ぶりに翻弄されながらも、御琴は街へと繰り出した。




閑静(かんせい)な住宅街、大勢の人で溢れかえるショッピングモール、お洒落な図書館や、数日後自分が通い始める学校。

その全ての場所をある程度把握した頃には、辺りは夕焼け色に染まっていた。

(予定より少し遅くなってしまったな……)

帰路につきながら、御琴は思う。

夕焼けに染まった道に人影は無く。

(からす)さえ、その泣き声を潜めて。

空も紅く、紅く染まって。

御琴と白夜の足音だけが、そこを支配する。

不気味なほどに静かな空間。

息苦しさを感じる。

「御琴様」

そこで、二歩前を歩いていた白夜が歩みを止めた。

「ああ、分かっている。ここはもう────結界の中だ」

妖が造り出す()の世とあの世の狭間(はざま)、それが結界。

息を潜め、辺りを警戒する。

その、瞬間。


ボトッボトッ


五メートルほど先に、どこからともなく次々と何かが地面に落ちてくる。

だるまくらいの大きさのそれは、顔だけをもつ、人間の生首のような奇妙な妖だった。

緑を黒く濁したような色の顔は、様々な表情を浮かべている。

苦痛。快楽。激怒。哀傷(あいしょう)

「つるべおとしか……」

人間を喰らうと言われているつるべおとしが、勢いをつけてこちらへと転がってくる。

御琴が巫女の力を解放しようとした時───

「御琴様」

白夜が一歩前に出る。

「ここは僕が」

そう言うと、白夜の体を白い光が包み込む。

「っ……」

途端に、髪をなびかせるほどの風が吹き、御琴は目を細める。

しかしその風もすぐに止んだ。

白夜が右手に持った刀で、風を切ったからだ。

「───下等な妖 風情(ふぜい)に、御琴様の手は(わずら)わせません」

御琴は、細めていた目を見開く。

金色(こんじき)の瞳。髪と同色の狐の耳、四本の尾。

さらに白装束を纏ったその姿は、白く、気高く、汚れを知らず。

天孤(てんこ)……」

千年以上生き、狐の位において最上位に立つ妖孤(ようこの名を口にする。

白夜は刀を構えると、一閃(いっせん)

振り切った刀から放たれた白い光は、迫り来るつるべおとしを浄化し、跡形もなく消した。

それは、ほんの一瞬の出来事。

紅かった空が、元の夕焼け色に戻っていく。

妖の気配がなくなったと同時に、変化(へんげ)をといた白夜はこちらに駆け寄ってくる。

「御琴様!お怪我はありませんか!?」

「あ、ああ」

頷くと、白夜が心底ほっとしたような表情を浮かべる。

(あれが、彼の変化した……いや、"本来の姿"……)

白夜の蒼い瞳を見て、変化した彼の姿を思い出す。

「……一応礼は言っておく。だが……」

御琴は白夜を置いてその場から五歩歩き、背を向けたまま立ち止まる。

「守ってもらうほど弱くはない。わたしは戦える」

東西南北に分けられた巫女達は、使命という名の特別な力を持つ。

ある巫女は、戦うことで妖を浄化し。

ある巫女は、妖を浄化させる唄声を持ち。

ある巫女は、妖が浄化するように祈り。

ある巫女は、可憐に浄化の舞いを舞う。

南を守る南条家では、代々己の身を(もっ)て妖と戦い、浄化してきた。

(だから、助けなんていらない───)

「いいえ」

ぎゅっと拳を握り締めたとき、白夜が口を開く。

「それでも僕は、貴方の守護者です」

コツ、コツ、と白夜の歩み寄る足音が聞こえる。

「貴方に仕え、お守りすることこそが、僕の役目」

コツ、と足音が止まったところで、御琴は振り返る。

「たった一つの、生きる意味です」

(ひざまず)く白夜はまるで、ご主人様に忠誠を誓う犬のようで。

御琴はただ、戸惑うしかなかった。

「かっ、顔を上げろ。……そろそろ人が来る。帰ろう」

「はい」

微笑んだ白夜だったが、どこか悲しそうで。

それを御琴は、気付いていないふりをした。

*あやかし余談*

白夜の本来の姿である天孤は、妖孤の位では最上位ですが、妖力では空孤(くうこ)という三千歳の妖孤が勝っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ