~館館へようこそ~
沈黙。
今、エレベーターに乗っている御琴と白夜の間を支配しているのは、まさしくそれだった。
しかしその沈黙も、チン、というエレベーターの陽気な音によって破られる。
音の後に扉が開き、二人はそこでエレベーターを降りる。
着いたのは、二階。
四階建てとなっているこの館館は、一階はロビー、二階は巫女の各部屋、三階は守護者の各部屋、四階は温泉などがある休憩所のような所だと聞いている。
長い廊下を白夜の二歩後ろで歩きながら、御琴は考える。
この男───白夜を、どうしようかと。厳密に言えば、どう"守護者となることを諦めさせるか"だ。
もちろん自分の守護者にするつもりはない。だから先程の申し出を断った。
だが、それでもなお、白夜は自分に対する態度を変えない。
一筋縄ではいかないことは、もう分かっている。
「こちらです」
白夜の声に顔を上げると、彼は一室の前で足を止めている。
どうやらここが自分の部屋らしい。
「そしてこちらがカードキーとなります」
差し出された黒いカードを受け取る。
「お荷物は既にお部屋まで運んでおります。それでは、僕はロビーにいますので、何かあれば遠慮なくお呼びください」
そう言って頭を下げた白夜の背中を見送ると、ドアノブの上に設置された薄い隙間にカードを差し込む。
同時にカチャ、と鍵の開く音がして御琴は扉を開ける。
広い部屋には余計な物がなく、真新しい匂いが鼻をくすぶった。
ベッドに腰をおろし、扉の近くに置かれた五つの段ボールに視線を向ける。
荷物の整理は明日でもいいか……とふっと息を吐くと、そのまま体をベッドへと沈ませた。
ぼんやりと広がる天井をほんの数秒見つめた後、瞬きをして視界をクリアにする。
壁に掛けられた時計の針は、六時三十分を過ぎようとしていた。
薄暗い部屋のベッドから体を起こし、伸びをしていると───
コンコン
扉をノックする音が聞こえ、御琴はそちらに向かう。
「はい」
返事をしながら扉を開けると、
「御琴様、お食事の準備が出来ましたので、お呼びにあがりました」
そこには微笑む白夜が立っていた。
「……分かった」
御琴は短く返事を返すと、二歩前を歩く白夜の後を追った。
チン、という音と共にエレベーターの扉が開き、足を踏み入れようとした御琴は、その足をピタリと止めた。
「あ」
「ん?」
同時に、エレベーターの中にいた二人の男がこちらに気付いて声を漏らす。
白夜と同じ服。そしてこの妖気。彼らも守護者なのだろう。
ひとりは自分と同じくらいの少年。もうひとりは成人男性といったところか。
その成人男性が瞳を輝かせてこちらへと歩み寄る。
「こんばんは、君……御琴ちゃん、だよね?うっわー……想像してたよりはるかに可愛い!」
「え、あの……」
「もし良かったら今度俺と……」
わけが分からず困惑していると、先程「あ」とだけ声を漏らした少年が、男の背後から男の肩をつかみ仲裁に入る。
「なにやってるんですか朔夜さん」
少年は男を御琴から離すと、呆れたようにため息混じりに言う。
「そんなことしてたら、また詩織さんに怒られますよ」
「ぶー、カイリのケチ。ちょっとくらい良いじゃーん。ただのあいさつだって」
「なっ、ケチってなんですか!」
「ほんとのことだろー?」
「違います!!」
(なんなんだ……)
「行きましょうか」
呆然と目の前の二人のやり取りを眺めながら、御琴は白夜の言葉に頷いた。
(一体あれは、どういうことだろう……)
男二人と白夜と共にエレベーターに乗り込んだ御琴は、今聞いた男の言葉に眉を寄せていた。
『御琴ちゃん、きっと驚くよ。詩織達もあんなに頑張ってたし』
いくら考えても、自分が何かされるようなことはないし、したこともない。
ぐるぐると考えていると、チン、と一階に着いた合図で扉が開く。そしてエレベーターを降りた御琴を待っていたのは、御琴を驚かすには十分なものだった。
パン!パァン!
「っ!?」
その耳に響く音と、火薬の臭いに目を見開く。
「「御琴ちゃん!ようこそ、館館へ!」」
「え……?」
聞き覚えのある声の方に目を向けると、そこには昼間会った二人の女性がクラッカーを持った姿があった。
駆け寄ってきた少年に手を引かれる。
「ほらほら、こっち来て!」
「え、ちょ……」
そのままロビーの中心まで連れて来られると、
「主役さんは~、これ被ってね♪あとこれも♪」
そう言いながら少女は御琴の頭に三角帽、肩には"本日の主役"と書かれた、何とも恥ずかしい襷を掛ける。
「あの……これは……」
御琴は顔を引きつらせながら、二人の女性に問いかける。
すると少女が待っていたと言わんばかりの表情で言う。
「歓迎会だよ!」
「歓迎、会……?」
「えぇ♪」
キョロキョロと周りを見渡せば、ロビーは華やかに装飾が施されていて、豪勢な料理がテーブルに並べられていた。
(全部……私のために……?)
「どうして……」
「そんなの決まってるよ!御琴ちゃんと、仲良くなりたいから」
「っ……」
握られた手の温もりに、とくん、と胸が波打つ。
「それじゃあ改めて、自己紹介でもしましょうか」
女性の声に目を向けると、その隣には先程の黒髪の男の姿もある。
「私は"賀西 詩織"。西の巫女を務めているの」
詩織と名乗ったその人の髪と肌は、まるで雪のように白く、透き通っていて、誰もが思わず感嘆の声を漏らしてしまうだろう。
「そしてこっちが……」
「"倫堂 朔夜"。一応詩織の守護者だよ」
「一応ってなによ」
朔夜と名乗る黒髪の男は、詩織よりも少し歳上だろうか。眠そうに垂れた目は、彼の柔らかな雰囲気を象徴しているかのようだ。
「君は……」
そして御琴は、先程から朔夜に対して思っていたことを口にする。
「"人間"なんだな」
そう。初めて会ったときも、朔夜からは妖気が感じられなかった。
「そうだよ。守護者にしては珍しいケースかな」
確かに、貴族の妖が守護者として選ばれる中で、人間がその役目を負うことはかなり珍しい。
(それほどこの男に、力があるということか……)
「んー?なになに?」
「わっ」
気付けば朔夜の顔がすぐ目の前まで近付いてきていて、御琴は一歩後ずさる。
「もしかして御琴ちゃん、俺に興味が……って、いでで!」
「あんたはなにやってんの」
そんな朔夜の耳を引っ張って、詩織が苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさいね、この人、いつもこんな感じだから気にしないでね」
「は、はぁ……」
(いつもなのか……)
「はいはーい、次は私達!」
元気な声の主は、桃色の髪の少女だ。
「私は、東里くれは。東の巫女だよ~。そしてこっちが幼なじみのカイちゃん」
「おいくれは!人前でその呼び方やめろっつってんだろ!」
くれはの隣にいた金髪の少年が頬を赤らめる。
「え~?だってカイちゃんはカイちゃんでしょ~?」
「そうだけどそうじゃねぇ!!……ったく」
カイちゃんと呼ばれた少年はガシガシと頭を掻き、
「オレは犬塚カイリ。くれはの守護者だ」
赤らめた頬のまま、目を逸らしながらそう言った。
「さて、私達の自己紹介が終わったところで……」
全員の視線が御琴に集められる。
「え、あ……」
視線に気付いた御琴は、俯き加減で呟くように言葉を紡ぐ。
「南条……御琴だ。南の巫女を務めている。あ、でもこの人は……」
御琴が隣の白夜を見上げて説明しようとしたところ…
「皆様初めまして。覡巫白夜です。僕は御琴様の守護者(になる予定)です」
「って、おい!そんな予定はないぞ!?」
笑顔で自己紹介をした白夜に、御琴は声を上げてしまう。
そんな様子を見ていたくれはが嬉しそうに微笑む。
「御琴ちゃんは白夜さんと仲良しなんだねぇ」
「違う!」
あらぬ誤解を受けてしまったところで、詩織の促すような声が上がる。
「ほら、自己紹介はここまでにして、お食事にしましょうか」
「俺お腹減った~」
「カイちゃんカイちゃん、どれも美味しそうだよ」
「分かったから走るなって!」
───皆、それぞれ個性があって。巫女と守護者という見境もなくて。
「御琴様」
「……料理が冷めると勿体ないからな」
───彼らの間にはきっと、絆というものがあのだろう。
(可笑しくて、賑やかで……面倒な所に来てしまったな)
御琴は小さく、溜め息をついたのだった。
歓迎会を終えたころには、夜空にはすっかり満月が姿を現していた。
その満月を、御琴は静かな庭から見上げていた。
「こちらにいらしたのですか」
不意に横から聞こえてきた声に目を向けると、ちょうど白夜がこちらに歩いてくるところだった。
「春とはいえ、夜はまだ冷え込みます。お部屋に戻られてはいかがですか?」
「……わたしは」
御琴は俯くと、ぎゅっと手を握り締め。
「君を守護者にする気はない」
はっきりと、そう言った。
昼間ははぐらかされたままだったが、これはきちんと伝えなければならないことだと思う。
自分のためにも。白夜のためにも。
「……なら」
少しの沈黙が流れたあと、白夜がそっと口を開く。
「賭けてみましょうか」
「え……?」
予想外の言葉に御琴は顔を上げる。
すると口の前で人差し指を立てた白夜が、余裕のある笑みを浮かべていた。
「賭け……?」
「はい。……一ヶ月。その間に僕が逃げ出すか、逃げ出さないか」
数秒の沈黙のあと、御琴は見開いていた目を細めると、断言した。
「ふん、いいだろう。賭けてやる。君が───逃げ出す方に」
(所詮彼も……)
しかし、その言葉を聞いた後でも、白夜の笑みが消えることはなかった。
館館の住人の初顔合わせ!個性溢れるキャラクター達をどうぞ宜しくお願い致します。