07「美里莉衣」
「倒れたって聞いた時はとても心配したんですよ。それなのにスヤスヤと眠っていて、心配して損しました」
校門で生徒が倒れたと聞いて駆けつけてみれば、あなたでビックリしたのです。
その後、琴春が迎えに来てくれましたが、心配で心配で仕事を早退してまでお見舞いに来ちゃったのです。
「すぅー、すぅー。りーちゃん」
「は、はい!何ですか?」
「すぅー、すぅー」
なんだ、ただの寝言ですか。
急に名前を呼ばれたから、驚いて返事しちゃったのです。
「き、キス…」
「ふ、冬くん、そ、そんなエッチな夢はダメです〜。でも、言ってくれれば、いつでもしてあげるのに……って、私は何を言ってるのです」
今日の私はすごく変なのです。
朝から動悸が止まらないし、ずっとこの子のことを考えてるのです。
「ん、んん。りーちゃん?」
「お、おはようです。調子はどうですか?」
「ああ、おはよ。絶好調とまではいかないけど、悪くはないかな」
どれぐらいかはわからないけど、俺を心配して、ずっと手を握りながら見守っていてくれたのか。ありがとうな。
「面倒見てくれてありがとう。どれぐらい寝てた?」
「二時間ぐらいかな。私はお礼をいわれるようなことは何もしてないのです」
そんなに眠ってたのか。
まだ少しだけ頭がぼーっとしてるが、動くのに支障はない。
「そろそろ離してもらってもいいかな?」
忘れてるようなので、手を揺すりながら言うと、慌てながら後ろに下がっていった。
「無意識のうちに…迷惑だったのです?」
迷惑なんかじゃない。
夢の中までこの温もりはちゃんと伝わってた。おかげで心がとても暖かい。
「全然迷惑じゃないよ。むしろありがとう」
俺はベッドから起き上がり、身体を軽く動かして、元気なことをアピールした。
「それだけ動けるなら、もう大丈夫なようですね。良かったです」
「心配おかけしました」
大袈裟に頭を深々と下げた。
「本当に心配したのです。これからは体調に気をつけてくださいね。ちゅっ!」
いきなり顔を近づけてきて、ほっぺにキスをして離れた。
しかも、涙目で俺の心配をしてくるとか、これは反則級の可愛さだ。
今すぐに抱きしめたい。でも、俺たちはそういう関係ではない。
「あ、ありがとう。気をつけるよ」
そんな気持ちを押し殺し、そっと頭を撫でた。
「さっきも思ったのですが、急に優しくなるのはズルいのです。今まで私に興味もなかったのに、何でなのです?」
指を組みモジモジしながら、上目遣いで尋ねてきた。
「好きだからに決まってるだろ!」
「ほら、好きな子には意地悪したり、素っ気ない態度とったりするだろ。今までは興味がないフリをしてたんだよ」
しまった。
起きたばかりで、頭が回ってないから本当のことを言ってしまった。
「うそ、嘘です!だって、冬くんは姫ちゃんのことが好きなはずです。こんな嘘は嬉しくないのです」
そう、俺は二人に恋をしてしまった。
いけないと思っていても、二人を同じぐらい好きになっちゃったんだ。
「嘘じゃない!確かに俺は姫奈のことが好きだ。でも、りーちゃんのことも好きなんだよ!!」
この人にだけは嘘はつきたくなくて、つい本当のことを言ってしまった。
これがいい選択だったのかはわからないが、あとはなるようになるさ。
部屋のドアの向こう側で、何かが落ちたような鈍い音がした。
「きっと姫ちゃんです。今の話を聞いて、ショックだったんだと思うのです。私は後でいいので、追ってください」
「でも、俺は…」
「今、どっちかを選べないのなら、姫ちゃんを追ってください」
くそっ、こんな大事な時でも、どっちかを選べない自分が情けない。
「ごめん。ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃい。私は待ってますね」
さっき、決めたのに!
何で、何で選べないんだ!!
でも、彼女はそんな俺を笑顔で見送ってくれた。
琴春は二人が家から飛び出ていったので、気になって部屋の様子を見にきた。
すると、一人残された莉衣はベッドの前で両足を抱えて俯いていた。
「大丈夫…じゃなさそうね。今の気持ちを話してみな。そしたら少しは楽になるだろ?」
「ことは〜。私、私ね。冬くんのことが大好き。姫ちゃんに取られたくないのです」
私は近づいてきた琴春の胸に飛び込んだ。
「誰にでも優しくするし、優柔不断な男のどこがいいんだ?」
「確かに誰にでも優しいし、優柔不断だけど、それでも彼は私の人生を変えてくれたのです」
あれ?おかしいのです。
涙が…止まらないのです。
琴春は「なるほどね〜。それはあいつにお礼がしたいから、彼女になりたいってことかい?」と言いながら、後頭部を優しく撫でた。
「違うのです。彼を思う気持ちは本物です!」
「はいはい、その目を見れば本気で弟のことを好きなのはわかるよ〜」
改めて言葉にすると、余計にポロポロと涙が出てきた。
私の目元を拭いながらこう言った。
「でもね、私は反対かな」
はんたい?私の気持ちを知っているのに、そんなの酷いのです。
「何で、何でなのです?」
一瞬、声を荒げた私にビックリして、何も言わなかったが、一呼吸すると口を開いた。
「勘違いしないでね。これ以上、莉衣が辛い思いをしてるのを見てられないのよ」
えっ、私のことを思って…
「ことは〜、私はあなたに会えて良かったのです。こんなに優しくしてもらえて嬉しいのです」
「よーしよし、お姉さんが一肌脱いじゃうぞ〜」
「ありがとうです。でも、私の方がお姉さんですからね!」
こうやって、琴春に励まされるたびに高校時代を思い出すのです。
勉強したり、遊んだり、何をするんでも一緒だったあの頃はとても楽しかったのです。
「わかってるって。冗談だから泣くなよ」
「いえ、高校時代の琴春とのことを思い出したら、涙が…」
もし冬くんが同級生だっら、こんな辛い思いはしなかったのでしょうか?
…その答えはおそらく、いいえです。
現実の恋はドラマや小説のように上手くいかないのです。
「あの頃か〜。何も考えないで騒いだりしてたよね。大人になると子供が羨ましくなる時があるよ」
そうかもしれないのです。
さっきは変に大人ぶって、姫ちゃんを追いかけてって言ったけど、本当は行って欲しくなかったのです。
「ですね。大人は色々大変ですからね」
「まぁ、私は自分勝手に生きてるけどね。あー、私だけの王子様が現れないかな」
「ふふふ、それは難しいのです。琴春は外見は良くても中身は問題ありなのです」
「そこは嘘でもさ、そのうち現れるよとか言うべきよ」
たわいもない話をしているうちに、少し元気になれたみたいです。
気を使ってくれた琴春には感謝です!
「お酒でも飲んで、冬弍のことなんか忘れちゃおー!」
「それは困るのです。でも、今日は飲みたい気分なので付き合います」
「冗談よ、冗談。飲みながら、これからの作戦会議でもしようか!」
こうして、莉衣は参謀に琴春を迎え、冬弍を攻略するために動き出した。
茅秋は気配を殺して、莉衣たちの会話をドアの向こうで、電話をかけながら聞いていた。
「蓮夜、聞いてた?」
「バッチリっす。これからこっちに来るっすよね?」
「もちろん」
「じゃあ、待ってるっす。ちーちゃん」
男は電話を切ると、遠くに見える女の子を指差しこう言った。
「あなたを必ず、冬弍さんとくっつけてみせるっすよ!」