06「デジャブ」
甘い空気に耐えられず、教室から逃げ出した俺は急ぎ校門へ向かっていた。
「こんな時に誰からだ?」
制服のポケットに入っているスマホが振動し始めた。
「もしもし。今、忙しいから後にしてくれないか?」
「お取込み中すいませんね!」
電話をかけてきた主は一言話すと切りやがった。
「一体何の用だったんだ?さっぱりわからん」
仕方なくかけ直すことにした。
「夏実、用件はなんだ?」
「お兄ちゃん、忙しいんでしょ?私の用事は後ででいいから」
また一言で電話を切られてしまった。
理由はわからないが、明らかに怒っていた。
階段を下り、昇降口で下駄箱から靴を取ろうとした瞬間にスマホがまた振動した。
今度は短いからメールか。
「はい?これは…どういうことだ」
メールには画像が一枚添付されていて、その画像はりーちゃんが俺の顔を覗き込んでる瞬間の写真だった。
「この角度だと…キスしてみたいだな」
待て待て、もしかしてうちの妹様はこの画像を見て怒っていたんじゃないか?
これが理由ならさっきの「お取込み中すいませんね」とか、「忙しいんでしょ?」って言葉に納得できる。
このままキスしたいなとか少し思ったけど、実際にはしてないわけだし…
それにしても上手く撮れてるな。このまま保存しておこう!
…じゃなくて、早く誤解を解かないと!
靴を履き替えると全速力で校門へ向かった。
すると校門の近くには見覚えのある四人が立っていた。
まずは謝るべきか?
いやいや、よく考えると謝る必要はないな。
よし、普通に声をかけよう。
「姫奈、待っててくれたのか?」
「うん。あのね……」
他の三人には聞こえないように腕を掴み身体を引き寄せて、耳元に顔を近づけてきた。
「私が無理に引き止めたせいかもしれないけど、なっちゃんがすごく機嫌悪いの」
「たぶん、いや、絶対に姫奈のせいじゃないと思う」
待たせた上に、気まで使わせてしまったようだ。
「夏実のことを心配してくれてありがとな!」
「ううん。なっちゃんとは家族みたいなものだからね」
少し嬉しそうな顔をしながら、姫奈は俺から離れていった。
「じ〜〜〜い。お兄ちゃんてさ、女の子なら誰でもいいわけ?」
へ?姫奈の顔が近かったから、まさか…
「もしかして、にやけてたか?」
「かなりね!どうしようもないくらいだらしない顔だったよ」
そこまで言われるとさすがに凹むぞ。
「嘘、嘘だから!そんな顔しないでよ」
「あはは、お兄さんの顔が面白すぎる〜」
「そ、そんなことないですよ。私はとても可愛いと思います」
この子たちは確か…清蘭ちゃんと美久ちゃんだったけ?
フォローしてくれたんだろうけど、男の俺が可愛いとか言われても全然嬉しくないんだよな。
なんとか話題を変えよう…
何か、何かないかー。そうだ!
「そうそう。可愛いといえば二人の髪型も可愛いよね」
「でしょでしょ!僕のはツーサイドアップって言うんだよ〜」
耳から上の後ろ髪を左右で結っている髪型がツーサイドアップなのか、ツインテールに似ているけど、こっちの方が好きかも。
「私は前髪を切るのに失敗してしまって、ぱっつんになってしまったのですが…」
ベースがロングヘアだから、前髪とのバランスが取れていてるし、全然問題ない!
「美久ちゃんのイメージとも合ってるし、とても可愛い髪型だと思うよ」
「私のイメージとですか?」
「うん。丁寧な言葉遣いだし、落ち着きがある上品な女の子って感じかな。簡単に言えば大和撫子って言葉が合うんじゃないかな!」
「そ、そんなことないですよ。私って結構ドジだし、鈍臭いし、ぼーっとしてることが多いし……私、何言ってるんだろ」
美久は「うー、もうお嫁にいけないよ〜」と言いながら夏実に抱きついた。
夏実は「美久なら大丈夫」と言いながら頭を撫でた。
夏実といい、美久ちゃんといい、恥ずかしくなると「もうお嫁にいけない」って言ってるけど、流行っているのか?
「あはは、男の人が苦手だから褒められるとああなっちゃうんだ〜。まぁ、お兄さんのことは特別だと思うけどね!」
俺が特別?
いやいや、こんな短時間でそれはないだろう。
「それがあるんだな〜。朝に言ったと思うけど、なっちゃんからお兄さんの話を聞いてたし、会ってみたらとっても優しい男の人だったら惚れちゃうと思うな〜」
へっ?
清蘭ちゃんの口が動いてないのに声が聞こえた。
それに俺も声に出していないのに、まるで聞こえいたような返事をしている。
「ビックリしたよね?僕って、なんかテレパシーを使えるみたいなんですよ〜」
テレ…パシー?
くっ、前にもこんなことがあったような。
「へぇ〜、少しは思い出したのかな?」
おもい、だした?って、何を…
ダメだ。考えれば考えるほど、頭に締め付けられているような痛みが。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
立ち眩みがして、しゃがみこむと夏実が心配して声をかけてきた。
「ああ、大丈夫だ。少し目眩がしただけだ」
この痛みはなんなんだ。
まるで何かを思い出せと言われてるような感じだ。
これはマズイな。
どんどん意識が遠のいて…
「お兄ちゃん!」
「お兄さん!」
「冬弍!」
清蘭以外は冬弍が倒れると、心配してすぐに駆け寄った。
「ちょっとやりすぎたかな〜」
「これじゃ穂兎佳さんに怒られちゃうかもね」
その後、夏実と美久はパニックになり何もできず、姫奈が琴春に連絡をして、車で迎えにきてもらった。
「あなたは本当に私を思い出そうと…」
お前は誰だ?
それにこの真っ暗な空間は?
「ここはあなたの夢の中。私のことは自力で思い出さないと意味がないわ!」
君は真っ白で何もわからないよ。
「そうね。でも、私は信じてるから」
待ってくれ、俺を一人にしないでくれ!
「大丈夫よ。あなたは一人じゃない。あなたの周りにはたくさんの人がいるもの」と言い残すと、真っ白な姿の女の子は暗闇に消えていった。
すごく大事な約束を忘れているのを思い出しただけでも、良かったよ。
「絶対に思い出すから、それまで待ってろよ!」
俺の意識も暗闇に消えていった。