05「片思い」
「それではHRを始めるのです」
「私は美里 莉衣です。新任教師ですが、ここの卒業生なので設備などはバッチリです!ちなみに担当は保健体育なので、多分みんなの授業を担当することになると思います」
「美里先生と体育の授業ができるなんて…今から楽しみだぁ〜!」
「走った時に揺れる二つの山が待ち遠しい〜!」
「そして、走り終えた先生がハァハァ言うところを見た俺たちが萌え死ぬ姿が想像できる」
このクラスの男子はほとんどがエロ猿なのか?
まず、女子が言葉も出ないほど引いてることに気づけよ。
「年上のお姉さんをからかうんじゃないのです!君達にはたっぷりランニングさせてあげるから、セクハラしてる余裕もなくなるので覚悟してね♡」
死亡宣告キタァー!
お前らの青春はもう終わったようだな。
「いやだなー。冗談ですよ、冗談」
残念だが、相手が悪かったな。
この人はやると決めたことは絶対にやる人だから、お前たちが冗談のつもりでも、それは関係のないことだ。
「はい、では知ってる子もいるかもしれませんが、廊下側から自己紹介お願いします」
自然な感じで会話を流すあたりがこの人の凄さだ。
廊下側の生徒から自己紹介が始まった。
一分ぐらいの自己紹介で何がわかるって言うんだとか思っていたら、姫奈の番がやってきた。
「えーと、紫藤 姫奈です。天ヶ咲中学出身です。趣味は料理、掃除、読書です。一年間、よろしくお願いします」
なんていうか、王道な自己紹介だな。
「紫藤さん、何の本を読むの?」
「得意料理は?」
今だってそうだ。
料理や読者と言っても、その人がどんな物を作るのか、どんな本を読むのかなんてことは、一切わからない。
「色んな本を読むよ〜。何でも作れるけど、強いて言うならは和食かな」
色んな本を読むと言ったが、姫奈が読むのはラノベだし、和食と言っても肉じゃがや出し巻き卵が得意だったりする。
これは昔からの付き合いである俺にしか知り得ないことだがな。
「次は私ですね。相野 甘英と申します。先に言っておきますが、女の子が好きなので男子には興味はありません!三年間の目標はこの学園の女の子全員と仲良くなることですわ!」
男には興味ないとか言ってるやつに限って、男の気を引こうとこう言ってるだけかもしれない。
もしかしたら、こいつの場合は容姿も良い方だから、周りの女子を敵に回さないようしてるだけなのかもしれない。
「俺は炉井 大喜、ストライクゾーンは中学生のみだ!お前らは恋愛対象にはならんからな!」
勢いよく椅子から立ち上がると、大胆な発言をする残念なイケメンもいる。
このクラスは退屈しないで済みそうだ。
前のクラスメートの自己紹介が終わり、ついに俺の番が回ってきた。
何人かは強烈な印象を残すような内容だったが、俺は普通の自己紹介をしよう。
「沖 冬弍です。俺も天ヶ咲出身です。学園のことはあまりわかりませんので、困っていたら色々教えてくれると助かります」
俺は特別誰かと仲良くしたいというわけでもなく、ただ空気のように色んなグループに混じり会話をして、退屈をしなければそれでいい。
「はい、はーい。その時は私が!」
「校内を案内してあげようか?」
「ずるーい、私も私も!」
炉井とは別の意味で女子たちが騒いでる気がするが、気にしないことにしよう。
「みんな、ありがとう。先生が困ってるから気持ちだけ受け取っておくね」
姫奈とりーちゃんから突き刺さるような視線を感じながら、着席した。
「では自己紹介が終わったので、次は私への質問タイムに入るのです」
「美里先生って彼氏いるんですか?」
この質問は男女問わず気になるよな。
別の意味で俺もちょっとだけ気になっている。
「い、いないですよ。今はフリーです」
良かった。
あの頃とは違い男遊びをしてなくて、安心した。
「莉衣ちゃん、今度私たちとデートしよ!」
「女子とデートするなら、俺としてよ」
女子と遊びに行くのは問題ないと思うが、男子はさすがにマズイだろ!
「はい、女の子はいつでも大歓迎です。男の子はダメで〜す、私には片思いの彼がいるので!」
「男子残念だったね〜」
「くっそー、女に産まれれば女とイチャイチャし放題だったのに。ちくしょー」
たわいもない会話で盛り上がってるのを見ると、生徒と先生の歳が近い方が何でも話せていいのかもなと思う。
「その彼はいつから好きなの?」
「えっ、えーと、いつからだと思う?」
さっきからクラスメートが似たようなことを聞いていたのに、なぜ俺が質問すると恥ずかしそうにするんだ?
「さぁ、俺にそんなことがわかるわけないじゃないですか」
「そうね、わからないですよね。どうせ片思いですから…」
今の言い方は何か引っかかるな。
まるで俺に言ったかのように聞こえたのは気のせいだろうか。
「二年間前とか?」
りーちゃんの片思いの相手を確かめずにはいられなくなってしまい、心当たりがある年を言ってみた。
「あ、当たりです。やっぱり…」
声には出していなかったが、口の動きからすると「やっぱりわかってたんだ」って言っていた。
「先生の片思いに関する昔話とか興味ありますか?」
「聞きたい、聞きたい!」
「じゃあ、少し長くなっちゃうけど、話します」
りーちゃんはいったい何を考えているんだ。これで俺のことじゃなかったら、恥ずかしいけど。
「私は大学二年生の頃、成績が伸びないことにストレスが溜まり、男を落としてはすぐに捨て、次の男を落とすなどでストレス解消してました」
りーちゃんの大胆発言に教室中がざわつき始めたが、それでも話を止めなかった。
「そんな時にね、知り合いの男の子と偶然再会したのです。その子は私のことを思って叱ってくれました。そして、彼の優しさに惚れてしまいました」
これは間違えなく俺のことだ。
でも、今の自分のイメージを壊してまで話すようなことじゃないだろ。
「そもそも私と彼とじゃ釣り合うわけがないのです。たくさんの人を不幸にしてきた私が幸せになっちゃいけないから、思いを告げずに片思いでいることに決めたのです」
何だよそれ。
全部、俺が悪いじゃないか。
りーちゃんのことは大事に思っていたが、それは異性としてではなく、友達としてだった。
この人の心を救うことができるのは俺だけじゃないか。
「二年もそんな重荷を背負っていたんですね。もう自分を許してあげてもいいんじゃないですか?」
なんだか目が潤んできた。
先生を含めて数人泣いてるし、こんな話を聞いたら誰だって心に響くだろ!
「ううん、それはできないのです。こんな汚れた私では自分は幸せになれても、彼を幸せにできないのです」
「それは違うと思う。莉衣先生は告白して振られるのが怖いから逃げてる。だから、一度正面からぶつかってみたらどうですか?」
りーちゃんの気持ちはよくわかる。
俺も姫奈に振られるのが怖くて、ずっと片思いで満足していた。
でも、そうじゃなかった。
本当はりーちゃんのことも好きになっていたから、告白をしなかったのかもしれない。
「沖くんの言う通りかもしれませんね。私頑張ってみるのです!」
俺はいつの間にかに何事にも恐れずに挑戦する気持ちを忘れてしまってたんだな。
決めた、もう迷わない。
この笑顔をもっと近くで見たいと思った。
「みんなにはありのままの私を知ってもらいたかった。こんな私でも仲良くなりたいって思えたら、気軽に話しかけてください」
「莉衣ちゃんって呼んでもいいですか?」
「あっ、私も呼んでもいい?」
「女子だけズルいぞ、俺たちもー」
予想外な出来事が目の前で起きた。
まさかの全員がりーちゃんの過去を知っても仲良くしたいと思うなんて、ありえないと思っていた。
「えっ?何でみんな、今の話を聞いて引かなかったの?」
一番驚いているのは本人だった。
過去を思い出し泣いたかと思うと、俺の後押しで自分を許して笑顔になれば、次はみんなに受け入れてもらいまた泣き始めた。
二人の停まっていた時間が動き出したのを実感する瞬間でもあった。
「昔のことは関係ないと思う」
「大事なのは今だよ!」
「沖だけにいい思いはさせねえからな!」
みんな、いいやつだ。
最高のクラスだよ!
「みんな、ありがとう。先生になって良かったのです!こんな暖かいみんなに出会えて、幸せです」
キリがいいところで、ちょうど鐘がなった。
「それでは今日のHRを終わりにします。気をつけて帰ってくださいね!」
挨拶が終わると、なぜか一人ずつりーちゃんに声をかけて帰っていった。
「冬弍、私たちも行こっか!」
「あー、夏実のところに行ってくるから、先に帰っててくれ」
「わかった。また後でね」
姫奈を見送ると、再び席に着いた。
なんとなく、今は教室に残っていたい気分だ。
「帰らないのですか?」
「そのうち帰るよ」
「予定がないのなら、この後デートしませんか?」
「デート?買い物でも付き合えばいいのか?」
「いえ、冬くんのお家にお邪魔しようと思うのですが…ダメですか?」
ちょっと待ってよ…俺は今誰と……
ぼーっとしていて、適当に受け答えをしていた。
りーちゃんは俺の顔を覗き込みように話しかけていた。
状況を認識すると、驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
「大丈夫ですか?」
「全然平気だよ。ちょっとビックリしただけだから気にしないで」
だから、顔が近いよ。
それにこの距離なら無理矢理キスできそうなぐらい無防備だし。
「それでデートの返事はどうなのです?」
「別にいいんじゃないの」
「えっ、本当にいいのです?」
「あんまり大きな声を出すなよ。学校なんだし、誰に聞かれるかわからんから」
「ごめんね、嬉しくてつい」
あなたの笑顔が見れるなら、いつだってOKですよって言ってあげたいけど、こんな恥ずかしいこと絶対に言えない。
そこはわかってくださいね、莉衣先生。
「また可愛くなりましたね!」
ふと頭を撫でていた。
「えへへ、そうですか?今とても幸せな気分です〜」
あれ?怒られるかと思ったけど、今ならキスしても大丈夫かもしれない。
いやいや、付き合ってるわけでもないのにそれはさすがにマズイな。
「そろそろ行きますね、たぶん校門辺りで姫奈が待っていると思うので」
これ以上は俺の理性が持たない。
「気をつけて帰ってね、じゃあまた後で!」
少し照れながら小さく手を振る姿は、教師ではなく、ただの恋をする乙女だった。
俺はりーちゃんに見送られ教室を後にした。
「この時の俺は大変な出来事が起こることをまだ知らなかったとかナレーションが流れそうな展開ですね。お兄さん!」
「いい写真も撮らせてもらいましたし、なっちゃんが待ってるから、私も行かないと」
少女は撮った写真を確認するとスマホをポケットにしまい歩き出した。