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名も無き黒王  作者: 虹の彼方
第一章 城砦都市エスパーダ
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巨人の足音亭 2

「良い飲みっぷりだね! ここで働いて結構経つがあんた達のような女は二組目だ」

「それはどうも……」

「ところで……相方は何をしてるんだ?」


 

 粛々と礼を返すエレナに対しカウンターの向こうから覗き込むようにして話している女店員。二人はそれなりに和気藹々とした雰囲気を醸し出していた。

 だがフロンはというと後ろで盛り上がっている男達には決して見せられないようなひどい笑みをして一人妄想に耽っていたのだ。

 おそらく自分がそれなりに格好良く店を盛り上げることが出来たために喜んでいるのだろう。もしかしたらこういう時の為に予めシナリオを作っていたのかもしれない。



「あはははは……。気にしないで下さい。一種の病気みたいなものですから」

「そ、そうか」



 苦笑する女店員とにっこりと微笑むエレナ。フロンが妄想の海から帰ってくるまでの間、二人はお互い空気を壊さないよう笑っていた。



「二人とも何を笑っている?」



 さっそく戻ってきたようだ。



「なんでもない。なんでもないよ、なぁ?」

「ええ。何でもありませんよ。ええっと……」


「レティだ」

「レティさんと少しだけお話していただけですので」



 レティと名乗った女店員とエレナはフロンに向かって微笑みかける。

その姿に首をかしげながらもフロンは気にすることをやめた。もはや考えても答えは出ないと理解したからだ。



「ところでせっかく酒場に来たのに一杯だけで帰る手はないだろう? 何か飲むか?」



 不思議がっているフロンを横目にレティは話題を変えるために追加の注文をとることにした。それが彼女の本来の仕事だからだ。

 そんな仕事熱心なレティに二人はまず飲み物を頼むことにする。



「私は葡萄酒をもらおう」

「私はミルクでお願いします。後は暖かいものを適当に。長旅でしたのでそういうのが恋しくて……」



 ここでフロンは消極的なエレナに疑問を持った。



「どうしたエレナ。私に遠慮しなくてもいいんだぞ?」



 フロンは知っている。

 このエレナという侍女はビックリするほど酒に強く誰にも飲み負けたことがないことを。そのエレナが酒場に来てミルクを頼むなど、フロンに遠慮している証拠だった。



「ですが……」

「お前には無理やりこの旅に付き合わせている。その礼だ。今くらいは自由に飲め」



 フロンがこうまで言ってもエレナは悩むのだった。

 エレナにとって先程の麦酒など水のようなもので本当はもっと強い酒がほしいところ。だがエレナはフロンを気にかけなければならない理由があったのだ。



「私が飲んでしまえば、誰がフロンのお世話をするのです? あなたはお酒にめっぽう弱いのですから」

「うぐぅ!」



 そう。

 フロンはかなり酒に弱かった。酒が入るとすぐに寝てしまうのが彼女という人間なのだ。エレナの目算では後ジョッキ二杯も飲めば確実につぶれる。

そのくせ武勇伝などで出てくる大酒飲みに憧れて飲みたがるたちの悪い人なのだ。



「後一杯だけ。一杯以上は飲まないから。これならお前も少しは羽目を外せるだろう?」



 エレナは少しだけ悩むと軽いため息をついてからお酒を注文することにする。もしもフロンが潰れても自分が介抱すればいいと考えたのだ。



「はぁ……。分かりました。では私も少しだけ飲ませていただきます。レティ、『妖精の舞』はありますか?」


「フェアリーダンス!? 正気か?」



 店内でレティの声が木霊し、男達の注目が再び集まる。



「ええ」

「あるにはあるが、大丈夫か?」

「持ってきてください」

「分かった。……後悔するなよ?」



 青い顔をしたレティはそれをエレナに告げて一度奥へと戻っていく。すると店内の男達もエレナの注文に興味津々といった様子でこちらを窺っていた。

 当の本人と酒をあまり知らないフロンが首を傾げているとレティがジョッキと一本の酒瓶をもって戻ってくる。



「はいよ、葡萄酒とフェアリーダンスだ。始めに言っておくが吐くなら外で吐いてくれよ。倒れても介抱はごめんだ」

「分かりました」



 心配そうに言うレティとそれをいつもの調子で返すエレナ。

 フロンの前には葡萄酒のジョッキ、エレナの前には酒瓶とグラスが置かれる。この酒瓶がエレナの言う『妖精の舞』というお酒だ。

そしてエレナはグラスを使わずに酒瓶をフロンに向けて傾けた。



「では……」

「乾杯」



 エレナの掛け声で二人はお互いの飲み物を軽く打ち合わせ口へと運ぶ。

その姿に店内の誰もが固唾を飲んで見守った。顔色一つ変えずにエレナは酒を半分まで飲み干し口を離す。対するフロンはたったの一口でほんのりと頬が赤らんでいた。



「相変わらずまずそうに飲むなぁ、エレナ」

「そうですか? おいしくいただいていますよ?」

「お前は酒を飲むとき一切顔の表情を変えないから分からん」

「ふふふ。そうでしたか?」



 微笑みながら会話する二人を見て、ある者は口を空けてたまま驚き、ある者は目を閉じて二人を見ないようにし、ある者は信じられないと手にしていた酒を零す。



「おい、エレナって言ったけ?」

「はい?」

「おまえ、それ飲んでなんともないのか?」



 そう問いかけるレティも驚きを隠しきれていない。だがここで誰かがそう聞かなければこの酒場の時は永久に止まったままになってしまう。



「エレナ、その酒は何か驚くことがあるのか?」



 酒に関してはあまり詳しくないフロンはエレナに向かってそう問いかけた。その問いにエレナはというといつも通りの表情で答える。



「これですか? 特に思い当たりませんが、少々強いということぐらいでしょうか……」

「少々なんてもんじゃないぞ!」



 レティが店内にいる男達の気持ちを代弁するように叫ぶ。

その言葉を皮切りに男達は一斉に騒ぎ出した。そこから聞こえる言葉のほとんどが「妖精だ」「悪魔だな」といったあまり聞こえのいいものではなかった。



「どういうことだ……」



 その声に少しばかり気を悪くしたフロンはレティに向かってそう問いかける。返答しだいでは暴れることもやむなしといった様子だった。



「いいか? この酒はこの店に十年以上も眠っていたものだ。その理由はな、誰一人飲もうとしなかったからだ」

「どうしてだ?」


「度数が百を超えているからですよ」



 済ました顔で妖精の舞を口に付けながらエレナはフロンに説明する。それでも首をかしげているフロンにレティが説明を続ける。



「基本的にはアルコールの度数は百が上限だ。だけどこの世にはそれを超えるお酒がなぜか存在する。誰が作っているのか、どこで作っているのかなどは全くわからないがそれでもあるんだ」

「そうなのか。で、何をそんなに驚くことがある?」

「分かっているのか? 人では作ることが出来ないお酒、人が飲むために作られてないお酒。その一つがこの『妖精の舞』だ。これが一滴でも口に入るとどんな酒豪も一週間は昏睡状態になると言われる、いわば猛毒だ」



 そう力説するレティにフロンは更なる事実を告げた。

 それは再び店内を驚嘆させる。



「でもエレナはいつもこれを水みたいに飲むぞ?」

「へぇ?」

「いつもは『巨人の憤怒』を飲んでいるんですがあれはお気に入りの店以外では置いていませんからね。今日はこの程度で我慢です」



 顔色を変えるどころかまるで水を飲んでいるみたいに瓶を空にするエレナに対しレティは驚愕で壊れた様に笑いながら奥へと引っ込んでいった。

 すると店内中の男達はエレナに向かって一斉に拍手をし始めるのだ。中には酒豪として周りに威張り散らしていた男が小さく縮こまっている。

 そんな店内の様子にフロンのこと以外では滅多に笑わないエレナが笑ったのだった。



『妖精の舞』――別名・フェアリーダンス。



 はるか昔からあるお酒と言われ、どこで作っているのか、誰が作っているのかなど全くの不明。その昔この世界に存在した妖精族が好み、このお酒を飲んで踊り狂うように酔ったという逸話からその名が付いた。

 その味は芳醇な果実の香りが体中から沸き立つほど素晴らしいとされ、一般的な酒が腐っているのではないかと思うほど美味しいと言われている。だが人では飲むことが出来ないとも言われ、昏睡者や死者を出すほどだった。

 ちなみにその上には『巨人の憤怒』や『竜の火焔』などがある。



「はいよ。これは全部、店長の奢りだとよ」



 そう言って奥に引っ込んでいたレティは両手にいっぱいの料理を持って戻ってきた。

 焼きたてのパンに野菜たっぷりのスープなど、湯気が立ち食欲をそそる食べ物。そして、何よりもメインがすごかった。

 鶏の腹に数種類の野菜や香草を詰め込み蒸し焼きにした蒸し鶏がまるまる一匹出てきたのだ。胃袋を刺激する香りと久しぶりのご馳走に涎があふれ、腹が鳴るのを二人は止めることが出来ない。



「良いのか? こんなご馳走」

「いいさ。店長が素晴らしいものを見えてくれたお礼だと」



 そう言ってレティはカウンターの奥で椅子に座ってパイプをくわえている老人を指差す。

 その老人に感謝の一礼をしてから二人は手を合わせた。



「そういうことなら……」

「ああ。いただこう」



 フロン達はこうして一ヶ月ぶりの暖かい食事を堪能したのだった。


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