巨人の足音亭
店内は男だらけだった。
一般的な作りの酒場に丸い机を囲んで薄汚い格好をした男達が酒を飲み、笑いあい、時には喧嘩をして楽しんでいる。一テーブルには四人から五人が集まって酒を飲み店内には合計四十名程の客がいた。生憎テーブル席の空きは無い。
周囲を見渡してからフロンはカウンターに向かって歩き出す。
そこで異変が起こった。
先ほどまでドンチャン騒ぎの店内が二人の入店に気付くと波が引くように静かになっていったのだ。
もしかして女性であることがばれたのか?
そんな疑問がエレナの脳裏をよぎる。
先程までの通りの様子を見る限りエレナやフロンといった美人は何かと標的にされやすい。兵士ですら下卑た笑みを浮かべて近寄ってくるのだ。この人たちが二人のことを知れば、どうなるのかなど想像することは容易だった。
顔までしっかり隠しているのですぐにはばれる事はないだろう。だが服越しに睨みつけて見定めるような視線が突き刺さるのを感じる。
その視線にエレナが少しばかり気後れしているのに対しフロンはそんな視線など全く気にせず堂々と歩き始めるではないか。
「……おじょう……。フロン?」
先を行くフロンを慌てて追いかけるエレナ。その声に力はなく不安が滲み出ている。するとある男が酒瓶を片手に二人の前に立ちふさがった。
「すまねぇがお二人さん。ちょいと面見せてくれねぇかぁ?」
「……」
何も反応を返さないフロンに男は睨みつける様な視線を送る。だがその視線がフロンには何かに脅えている様にも感じられた。
しばらくの間、二人が一歩も譲らずににらみ合いをしていると店の奥から一人の女性が顔を出した。
歳は20歳前後といった様子。短めの赤髪と褐色の肌を持っていてこんなところで働いているためかどうにも男勝りな印象をいだく。そのくせ体はいい感じに細めでこの店の制服とおぼしき丈の短い給仕服を着ていた。
だが似合っていないわけではなくむしろかわいらしさが増し不思議としっくりくるのだ。この人がこの店唯一の女店員だろう。
「すまないがフードを取って顔を見せてくれないか? 別に何もするつもりはないよ。ただ確認みたいなもんだ。決してあんた達を辱めたりはしない。この私が保証するよ」
堂々とそういう女店員に呼応して何人かの客は肯定するように首を縦に振った。
「分かった。それが決まりというのなら従おう」
「フロン?!」
「よい。ここの連中は先程のやつみたいにはならないだろう」
エレナを分からせるためにフロンは優しくそう言った。そして両手でフードを脱いで素顔を晒していく。
「おおぉ……」
首を振りながら外套の中に入っている髪を外に出して手で一度だけ梳かす。輝くような金髪と驚くほどの美人が突然現れたことに店内は感嘆のため息で包まれた。
「ほれ、エレナも早く」
「は、はい」
フロンの仕草に見慣れていたエレナでさえも見蕩れていたとはとても言えず、恥ずかしがるようにしながらこちらも素顔を晒す。
「おおぉ!!」
幼く見える童顔に少しだけ恥らう表情を見せるエレナ。
そんな彼女の仕草に男達の興奮も上がっていく。エレナはフロンのようにこのような視線には慣れていなかったため少しばかり恥ずかしがっているのだ。
目の前に立ちはだかっていた男は彼女達の美しさに気圧されてよたよたと後退する。
視界が開けるとフロンは一度だけ店内を見渡した。
男達は酒の入った身体をより赤くさせ、自分達を穴が開くほど見つめている。だがそこに下心などはほとんど感じられず、むしろ天女を見るような目で見つめていた。
その視線にフロンは満足していた。ここは確かにいい酒場であるようだ。
「フロンだ」
「エレナです」
「見知りおくがよい」
「「「ぅうおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
腰に手を当てしなを作ったフロンと丁寧にお辞儀をするエレナ。二人の美女のパフォーマンスに男達は一斉に立ち上がり、声を上げ、本能的に二人に近づいてしまった。
「ん、ぅんっ!」
だが誰一人として二歩目を踏み出すことはなかった。
女店員が咳払いを一つすることで皆が動くのをやめてそろそろと席に帰っていく。なぜかその咳払いはうるさい店内に響き渡ったのだ。
「ふふ。すごいですねぇ」
「そうだな。店内の力関係を見せ付けられたようだ」
驚きつつも二人はカウンター席に近づき座る。すると木のジョッキを二つ持って女店員が近づいてくるではないか。
「あんた達、麦酒はいけるかい?」
「ええ……」
「大丈夫だ」
いきなりの質問に戸惑いながらも二人は返事を返すと店員は嬉しそうに微笑みながらそのジョッキを手渡してくる。
「ならよかった! これはさっき驚かせた詫びでこいつらの奢りだ。いいねぇ! あんた達!!」
「「「へい!!」」」
店内に男達の声が響き渡る。この男達、見た目はあまり綺麗ではないがすごくいい人たちのようだ。
「それなら……」
「いただこう」
こういうときに断ることは逆に無礼であると弁えている二人はずっしりと重いジョッキを受け取り、その礼としてフロンとエレナは杯を高く掲げるのだった。
「「乾杯」」
「「「乾杯っ!!!!!」」」
二人の掛け声と共に店内にいる男達は一斉に酒を飲み干す。フロンとエレナも同様で一度も口を離すことなく一気に酒を呷り、杯を空にした。その姿に男達は再び見入り、そして良い飲みっぷりをした二人を讃える様に声を上げるのだった。
こうして再び店内は騒がしくなる。だがそれは笑顔に溢れたものだった。