西のエスパーダ 2
二人が城門前についた時にはすでに元の主従関係に戻っていた。いや、この場では主従関係というよりかは友人といった方が適切だろう。その事をお互いに理解したフロンとエレナは少しばかり緊張の面持ちで検問の順番を待っていた。
「次っ! っ!!?」
検問をしてる若い兵士に呼ばれ、二人は彼に歩み寄る。
長身に一般的な兵士の装備として胸当てと甲、そして槍を手にしている男。見るからに真面目そうな青年だがフロン達を目にした瞬間顔を赤らめ口をあけたまま放心していた。
「あの~。何か変でしょうか?」
「いえ! お二人の美しさ……。いや、お前達がこのあたりでは見たことがなかったために少し驚いただけだ!」
「そうか。ならいい」
エレナに質問された兵士は思わず本音を零しそうになりながらも慌てて姿勢をただし職務を全うしようとする。どうやら彼は顔と同じように真面目な性格のようだ。
彼の誤魔化し様にフロン達は少しばかり安心した。
たとえ外套で身体のほとんどを隠し顔だけが外に露出している状態でもフロンとエレナの美貌はそんじょそこいらの街娘では太刀打ちできないものだった。そして彼女達を見たものは必ずといていいほど立ち止まり見惚れる。
それが日常だった。中には舐め回すような視線を投げかけながら声をかけてくるナンパなやつらもいるのだが、とりあえずこの兵士は大丈夫そうだ。
「こ、ココに来た目的は? 見たところ旅人のようだが……」
「私達は国中を流れるように旅している。目的などは特にはないが強いて言うならば『ロマン』を求めてだな!」
「……」
吟遊詩人が奏でる一説のようなことを平然と語るフロンに門番は案の定、硬直していた。もしもフロンを憐れみ笑っていたのなら殴りかかっていたかもしれない。そんな事態を予想しながらエレナは慌てて付け加える。
「わ、私達、この辺は初めてなのです。出来ればこの辺りの事を教えてくださいませんか?」
「ああ……。了解した」
固まっていた兵士がエレナの質問で動きだす。
彼はまず街の周囲について話してくれた。
「ここが西の要所であり、城塞都市であることは知っているな?」
「ああ。スクロペトゥム商業連合とは七年ほど前に小競り合いがあったからな」
「そうだ。だからこの都市には基本的に数千の兵士が駐屯している」
戦争もないのにそれだけの数の兵士を雇うことは他の都市ではまずありえない。
戦争が起これば基本的に貴族や騎士達が農民などを徴兵して戦場に向かい、終われば元の農民に戻す。それはいつまでも兵士として徴用するには莫大な金がかかる上、元が農民であるためこのままでは税を納めることが出来なくなるからだ。
だがここは西の要所にして最前線の基地でもある。故に常備数千という兵士達が居ることは何にもおかしくはなかった。
「なるほど、そうなのですか……。ですが、他の街などに比べればいささか傭兵の数が多いように感じますが?」
エレナは周囲を見渡した。
そこにはフロン達と同じように検問を受けている傭兵達が数多く見受けられる。戦争でもないのにこれだけの人々が集まる理由が分からなかったのだ。だが兵士はさも当然のごとくこの光景を見ていた。
「それはそうだ。俺達の敵は隣国だけではないからな。むしろそちらのほうが重要だ」
「どういうことだ?」
「このエスパーダを南にいったところに両国にまたがる壮大な森林地帯があるのだが、ここいらではそこのことを『魔の森』と言って恐れられている」
「『魔の森』ですか?」
「そうだ。皆、そこに行って稼いでいるのさ。そこには魔物が棲んでいるからな」
「魔物!!?」
兵士の言葉にフロンは過剰反応し飛びついた。
「こほん」
「うぅ……」
目をキラキラと子どものように輝かせて兵士に詰め寄ったフロンに対し、エレナは冷静に咳払いをして警告する。あまりはしゃぎすぎてボロを出すなよ、と。
エレナのおかげで少しばかり冷静に戻ったフロンは好奇心という虫を必死に抑える。
「魔物というのは物語や英雄譚などに出てくる異形の生き物のことか? 人や私達が飼っている家畜とはまったく別の存在の……」
「そ、そうだ。やけに詳しいな……」
「ふわぁ~!」
フロンの食いつき方に驚く兵士がそう肯定すると、フロンは何処かと遠くを見るような目をして妄想の中へと漕ぎ出していってしまった。これは当分帰ってこない。
そのため兵士の質問には必然的にエレナが答えることとなる。
「お前達、何処から来たのだ?」
「王都からです」
「なら知らなくても無理はない。ここでは夜盗や猛獣の被害よりも魔物の被害の方が大きい。その為に今も半分以上の兵士が訓練と証した間引きに向かっているし、近くの村々の住民も冬になったらこの街に集まってくるのさ。この周囲をうろつくなら気をつけろよ」
「心に留めておきます」
折り目正しく軽いお辞儀をするエレナに兵士は顔を再び赤らめ、そっぽを向いてしまう。だがそんな兵士の恥らう姿など全く気付かずに遠くを眺めていたフロンが何かに気付き声を上げた。
「兵士殿。あれは何だ?」
フロンの指差す方向をエレナも見る。
「城壁ですね。どうして都市の中に壁が?」
そこには水路を挟んで向こう側にもう一つの壁が存在するのだ。しかもその壁は今フロン達のいるところからの浸入を阻止する形で建っている。
「ああ。あれは平民街と貴族街の境目だ」
「なぜそんなものがあるのですか?」
そう問いかけるエレナに対し兵士は初めて嫌な顔をした。それは彼女の質問が嫌だったわけではなく、壁の存在自体を嫌っている様子だった。
「……それはこの街の問題であんた達旅人には関係のない話だ。ただ、あそこはこの街の半分以上の土地に一割以下の貴族が住んでいる。忌々しい場所さ」
それ以上この兵士は何も語ろうとはしなかった。
貴族と平民の格差。
王都でも頻繁に見られる光景にフロンも同じように苦虫を噛んだような表情をする。
民を導く貴族として、そして何より民を守る騎士としてこの光景には思うところがあるのだろう。そんな表情のフロンを見て兵士は苦笑いを浮かべた。
「なに、この国ではどこにでもある問題だ。それよりもこの街のために怒ってくれて嬉しかった。さあ、入ってくれ。俺が許可しよう」
「ありがとうございます」
そう言ってエスパーダに入ることを許可する兵士にエレナはお礼を言ってからフロンの手を引き中に入ろうとする。
するとその後姿に声をかける一人の男がいた。
「あれあれ? 何、この子達? すげぇ~美人ちゃんジャン」
「……隊長」
「へぇ~。キミって良い趣味してるジャン。見直したよ。ねえ、お嬢さんたち! 何処から来たの? これから暇?」
先ほど話していた兵士に隊長と呼ばれた男がフロンたちに声をかけてくる。その姿は兵士というよりゴロツキと言っていいほどだらしない。
エレナは彼を無視して先に進もうとするもそんな姿に男は慌てて回り込み目の前に立ちはだかる。
「あれれ~? 無視するなんて酷くない?!」
「邪魔をするな。兵士の仕事は女人の尻を追いかけることではないぞ」
フロンはこの男のありようにぶちギレそうになるのを何とかこらえる。だがその声音は何よりも暗く冷たかった。
そんな声に驚くも男は二人に詰め寄るのをやめない。
「そんなこと言っちゃうの? 入る許可取り下げるよ?」
「馬鹿なことを言うな。許可なら先ほどあの兵士からもらった」
フロンが後ろに居る兵士のことを指差す。
「あれの上司にあたるのが、この俺・様! だから、ここで俺様を無視しちゃうと取り消しちゃうぞ」
「くぅ……」
悔しそうにするもフロンは強行することなくその場で立ち止まった。こんなところで正体を晒したくなかったからだ。だがその分男をひどくにらみつける。
そんな姿にますます調子に乗る男。その視線は他の下卑た貴族どもと同じく身体中を嘗め回すみたいに二人を観察してくる。
「キミ達、旅人?」
「そうですが……何か?」
「やっぱりね! 踊り子や娼婦にはその冷たい視線は出来ないからビビンと来たね。ちょうど媚びない女を探してたところなんだ。娼婦達はちょろくて張り合いがないからね。どう? 今からお茶でもしない? いい店知ってるんだ。た・だ・し、そのままお持ち帰りしちゃうかもね! いひひひひひいっひひぃ……」
その笑い声にフロンは耐え切れなくなったのか少しばかり腰を下ろし、腰に手を持っていくのがエレナには分かった。この男を斬るつもりなのだ。
「ま――」
ピィイイイイイイイイイイイイイイ!!!
「!!?」
エレナが静止の声を上げた瞬間に目の前の大通りから甲高い呼子の音が響き渡る。それを機に一斉に兵士達が音のほうへと走っていった。
「隊長!」
「ちっ!」
男は舌打ちをしてから、フロン達を名残惜しそうに見つめるも他の兵と一緒に音のほうへと駆けていく。フロンはというとその姿が完全に見えなくなるまで構えを解かなかった。
「……忌々しい下衆が!」
「お嬢様。口が悪うございます」
「そうだな……。いや、悪い」
「いえ、お気持ちは分かりますから。……こほん。さて、フロンこれからどうしますか?」
思わず出てしまった主従の関係を一瞬で元に戻してエレナは街を見渡す。王都ほどではないがそれなりに活気のある街並みが眼前に広がっていた。
そんなエレナの姿に自分の堪え性のなさを思い知りつつも大通りを歩き始めるフロン。そこには先ほどの冷たい表情はなかった。
「せっかく来たのだから、色々と見たいな」
「そうですね。ですがここはやはり宿屋を先に見つけましょう? 旅の疲れを洗い流したいです」
「それもいいな。そうしようか」
「はい」
楽しそうな会話をしながら二人はエスパーダの街を歩いていく。
この時二人はこの街の未来を変える出来事に遭遇するとは露とも思っていなかった。