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名も無き黒王  作者: 虹の彼方
第一章 城砦都市エスパーダ
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西のエスパーダ


西の城塞都市エスパーダ。


 グラディウス王国の最西に位置し、隣国スクロペトゥム商業連合との国境に最も近い西の要所である。

 特徴は常に最前線の都市であるため他の都市よりも城壁が高いこと。そして真横にエスパーダ川という大きな川が流れていることだ。


 基本的には川の氾濫を恐れて都市をこのように立てることはないのだがここは滅多に氾濫しないのだ。おかげでその豊富な水源を使って都市内部に綺麗な水路が通っていることでも有名だった。後は都市の真ん中に朝と昼、そして敵の襲来を知らせる為に作られた塔と鐘楼があることだろう。


 そんな西の要所にフローリア達は到着した。

 王女殿下が用意してくれた御者にお礼として銀貨の入った袋を渡した後、二人は目の前にある城門へと歩いていく。

 御者と別れたのはこの都市に入るためには人は東門から、荷物などは北門から入らなければならず一緒に入ることができない。貴族としての身分を明かせば北門から入ることもできるのだが今回はお忍びで来ているために東門から入るというわけだ。


 滅多に外に出ることの出来ないフローリアにとっては十二年ほど前に訪れたとはいえ見るもの全てが新鮮であり、キョロキョロと落ち着きがなくあたりを見渡してした。



「すごいぞエレナ! 城門がこんなにも高い! それに水が外から中へ入ってるではないか! 素晴らしい! 見るもの全てが輝いて見えるぞ!」



 草木に覆われどこまでも続く平原とその横を流れる綺麗な川。そして都市と平原を結ぶ巨大な石橋をフローリア達は歩いていた。


 この橋を超えれば検問だ。検問といえども王都の検問に比べればずいぶんと軽いものであるらしい。そのため待ち時間などほとんどなく先ほどから歩みを止めることない。これが王都であるならば小一時間は城外で待たなければならなかった。


 するすると進んでいく中エレナはフローリアに小声で耳打ちする。



「お嬢様……」

「何だ?」

「念の為に言っておきますが今から貴族であることを隠して行動してくださいね。騎士であるということも出来る限りは秘密でお願いします」

「うむ。理解している」



 エレナの音量にあわせてフローリアも小声で了解する。



「本当ですか?」



 エレナはフローリアが余計な面倒を起こさないかを心配しているのだ。

 フローリアは貴族であり、騎士である。だが同時に世間一般については本で学んだこと以外全く知らないのだ。


 フローリアの世界はアストレア家とそれを取り巻く環境だけだった。その為市民の生活はおろか奴隷の日常など何一つ分かっていない。故にフローリアの中にある騎士の判断だけで動けば間違いなく面倒ごとが待っている。

 加えてフローリアが貴族だとばれたらまず間違いなくこの旅は中止になることだろう。そうなって困るのはフローリア自身なのだ。

 それに身分を隠す理由には旅の目的も絡んでいた。



「分かっている。それもこれもあの語り部に合う為なのだから……」

「分かっていらっしゃるのであれば構いません」



 目的がしっかりと把握していることにエレナは安心した。

 今回の旅の目的は別にこの世界では珍しい黒髪の少年に出会うことではない。

 フローリアがその時に出会った語り部の行方を追うことが目的なのだ。なぜ語り部に会いたいと思ったかは知らない。だが主人であるフローリアが望んだことを叶える事がエレナの務めだった。



「と~こ~ろ~で~~」

「な、何です? お嬢様……」



 今度はフローリアがエレナに向かって耳打ちする。しかも彼女の表情はとても意地の悪い笑みを浮かべていた。



「貴族であることがばれるのが駄目なら……エレナ。お前も私のことを『お嬢様』と呼ぶのは如何な物だろうか?」

「そ、それは……」



 確かにそうだ。

 たとえフローリアがきちんと隠していてもエレナが彼女のことを「お嬢様」と呼ぶだけでおかしく思うものが居るだろう。そのことをフローリアに言われて気付いたエレナは苦虫を噛み潰したような表情で苦悩する。

 フローリアの提案をのむということは主人である彼女を呼び捨てにする行為に他ならない。いくら幼馴染とはいえ、それは難しい要求だった。



「さあ、言ってごらん? フ・ロ・ンって」

「で、ですが……」



 自分も要求をのむのだからお前もそうしろよ、と言い聞かせるフローリア。エレナは苦悩していて見ていなかったがこの時フローリアの表情はいたずらっ子のような顔だった。



「ほら。早くしないと検問の順番が来るぞ? 練習しとかないといざって時にボロが出る」

「……」

「ほら。ほら。ほら……」



 急かすフローリアに乗せられてエレナは苦渋の決断をする。



「ふ……」

「うん?」

「フロン……」

「くぅ~~~~!! かわいいなぁ~~」



 消えてしまいそうな位小さな声でエレナは顔を赤らめつつそう告げた。そのあまりのかわいさにフロンは思わず本音が口から出るほどだ。

 子どもの頃はよくそうやって呼んでくれていたのに、大きくなるにつれ侍女としての自覚が芽生えたのかなかなか呼んでくれなかった。そのことを寂しいと感じていたフロンが喜びの表現するために抱きつきエレナはそれを照れながら受ける。


 今このときだけは仲のいい姉妹にしか見えなかった。


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