街の夜明け 10 戦闘準備
「くそっ!」
タオの憤りの声が通りに響き、それを打ち消す様に鉄の打ち合う音が続く。彼の視界の先では今、フロンとリンが塔に侵入を果たした所だった。だがタオは依然クロに足止めを喰らい続けている。
「そろそろやばそうだな……」
タオの声、鉄の響き、それらの音を更にかき消す様に魔物が南門をたたき続け、叫び声を上げる。
この街を家に例えると南門は玄関だ。その玄関を朝日が昇り始めた早朝に乱暴かつ連続的にノックされれば誰であっても目が覚めるのだろう。その為、ちらほらと住民が目を覚ましている様子がクロの視界の中に入ってきた。
「そろそろ終わりにしないと両者共倒れになるかもよ?」
「なら、あなたが退けば話は済む」
「まっ、そうなるよな」
クロの言葉にタオはそっけなく返しながら、再び斬り込んでくる。その攻撃をスプーンで弾き、フォークで鍔迫り合いに持ち込んだ。
さすがはリンが改造したフォークだが数々の攻撃を防いだ影響で刃こぼれし始めており、あまり持ちそうにはない。するとその事に気がついたタオがにやりと表情を崩した。
「さすがの『黒の魔人』でも武器がなくなればどうにも出来やせんね」
その言葉を最後に鍔迫り合いは終わる。
クロはタオのナイフをフォークの刃の部分に通し、絡め取る様に防いでいた。だがタオがその事を利用し、クロとは逆に手首を捻ったのだ。
傷だらけの刃は負荷に耐えきれず砕け散り、クワガタの様な形になる。クロは砕けたナイフを即座に捨てて迫りくるタオに向かってスプーンで薙いで牽制した。
「まだまだだ。俺の連れが作った物はこんなものじゃないぞ?」
「いい加減、背中の奴を抜いたらどうです? さすがに馬鹿にされているようで苛立ちやす」
「……俺はいったって真面目なんだが……」
顔にスプーンの切り傷を作りながらタオは下がり、クロの背中の得物を指さす。
彼の言う通りクロの背負っている物はただの筒じゃない。
このグラディウス王国の東にある島国で使われている武器、名を小太刀という。
王国で使われている物のほとんどが剣の重さで物を斬るのに対し、島国の武器で使われる刀は人の技術で物を斬るものとされ、剣よりも刃が極端に細い。
この小太刀をクロに与えた人が言うには『剣は叩き斬り、刀は斬り裂く。その用途が既に違う』とのことだ。
「残念ながら抜けないのよね……」
「それは自分では抜く価値すらないと?」
「違う違う。こいつ、かなり我がままでね。本気にならないと抜くことすら出来ないのよ。それに抜いたとしてもある生き物以外は殺せないし……」
「?」
タオは首を傾げる。
クロの言い方ではまるで刀自身に意志がある様に聞こえたからだ。
『ブウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
一際大きな鳴き声が聞こえる。
その音に驚き、振りかえったタオに向かってクロは躊躇なく迫り、攻撃する。
「余所見とは感心しないね……」
「なっ!?」
慌てて攻撃を防ごうとナイフを構えるもクロのスプーンに弾かれ、がら空きになった腹に爪先が突き刺さる。
「ごほっ……」
鳩尾に深く突き刺さった蹴りにタオは吐血し、街の路面を転がっていく。
「ふう……。これで終わりかな? ……ん?」
立ちあがってこないタオを見てクロは構えを解いた。すると何故だかクロのいる場所に影が差しこむ。太陽が昇り始めておりこの大通りには影を差す物はない。
それに何よりもクロのいる部分だけ影が差す事に疑問を持ったクロは思わず空を見上げた。
「えっ!? っちょ! タンマ! これはなしっ!!!」
ドンッ!!
今まで表情をほとんど崩さなかったクロが目を見開いてその場から飛び退く。その瞬間、クロがいた場所に一m以上の大岩が降ってきたのだ。
「はっ……はっ……はっ……。クソ……。危ないだろうが!」
クロは飛んできた物を見てからすぐに南門の方へと視線を向ける。
飛んできた物は城門に使われていた岩だった。遠くにはエスパーダに侵入を果たした赤茶けたオークが投擲の構えを解くのが見える。なんとあのオークは南門から街の中心付近まで大岩を放り投げたのだ。しかも門をぶち壊した為に次々とオークが入って来て、すぐさま南通りを北上し始める。
入ってきたオークは全部で三体。
どの個体も体格は似た様な物で三体とも高さ三mは越えている。上だけでなく横も相当幅を取り、クロが両手を伸ばしても足りないくらいの肥満体だ。その身体のおかげで通りには一体ずつしか通ることは出来ない。
「不本意ですがここで失礼しやす」
「え? っておい! 逃げんな、コラァ!!」
大岩が撒き散らした砂埃の向こうでタオが塔に向かって逃げるのを目撃する。その姿に怒りを込めたスプーンを投げつけたのだが、軽く避けられ逃亡を許してしまった。
「ブウォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
先頭を走る土色のオークが周囲に涎を垂れ流しながら、クロに向かって突撃してくる。かなりの巨体、短足なのにも関わらずオークの突撃はとてつもなく速い。まるで肉の壁が迫ってくるみたいだ。しかもその形相はあまりにも怒りに満ちていた。
「さてと……どうする? 俺」
相手の武器は前から大槍、大斧、大剣。
前の二匹はオークの標準的な色である土色をしているが、岩を投げ最初に入ってきたオークは赤茶けた色をして一番最後を走っている。
「リーダーが最後尾か……。それに戦い方が分かる程度には脳みそがあると。やばいな」
オークとは基本的に目の前の獲物に何も考えずに飛び付く様な知能しかない。だが目の前にいる三体は武器の順番もきちんと理解している上に、並んで走りお互いの行動を制限するなんて事もしない。
そのことからあの赤色オークの知能は相当高いと推測できる。
その事を理解したクロは慌てて周囲を見渡し始める。
今のクロの武装は背中の小太刀だけだ。だがこの小太刀は滅多なことでは抜く気はなかった。故に手ぶら同然なのだ。
「何か武器になりそうな物……。これは?」
クロが見つけた物。
それはシャベルだった。
大きさは一m程。持ち手と柄の部分は木でできているが肝心の地面に突き刺す部分は分厚い鉄で出来ている。それに新品の様に新しかった。
畑仕事などで土地を耕す時に地面に岩が埋まっている事が間々ある。そんな時に使う物の様で強度としては悪くはない。
「すまないが借りていく。弁償はするよ」
家の横に立てかけてあったシャベルを勝手に持ち出しながらクロは誰もいない虚空に謝罪する。このシャベルは間違いなくまともな姿では帰ってこないだろう。
クロが通りに戻ってくると先頭のオークはかなり近くまで近づいていた。 その巨体で地面を踏み抜き、周囲にある家の窓ガラスを風圧で割っていく。
「ブウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「さてと、やりますかね」
クロは地面にシャベルの刃をこすりつけて強度を確かめてから両手で構える。
クロに逃げるという選択肢は存在しない。
もしあの巨体から逃げたとしても周囲の家を巻き込まない保証はなく、何よりも相手がクロではなく壁を目指して走っていた場合、フロンとリン、そしてエレナは死ぬ。
体格差は歴然。力も数の武器の質も全てが劣っているこの状況にも関わらずクロは笑っていた。何故だかわからないが無性に興奮するのだ。
普段の戦闘中では決して起こらなかった感情に一瞬、疑問を感じたがそれすらもすぐにどうでも良くなった。おそらく目の前にいるオーク達と同じ心境なのだろう。奴等もクロを殺したくて仕方がない様だ。
生き残りをかけた殺し合い。
何故だかわからないがとっても心が躍り、クロの表情には獰猛な笑みが浮かんでいた。
20140426 改 表現の一部を改めました




