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名も無き黒王  作者: 虹の彼方
第三章 事実と真実
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事実と真実 悪党編


 南通りに面している一際大きな屋敷がある。

 その廊下を二人の男が歩いていた。

 未だ起床には早いがあと半刻もすれば日が昇るという時間帯を赤毛の男は機嫌が悪そうな顔で歩き、その後ろから腰の曲がった中年の男がついていく。


 深夜にも関わらず未だ戦闘の事後処理に追われていたケロベロスの元にタオがやってきて報告してきたのだ。


 会長に少女の存在を気付かれたと。


 その報告を聞くなりケロベロスは全ての仕事を中断して急ぎ応接室へと向かった。


 会長に少女を監禁していた事を黙っていた理由は隣人会の長であるにも関わらず、その男が最低の下種野郎だったからだ。彼は金と女と酒が大好きで全てが自分の為にあると本気で考えている男だ。

 そんな男に少女が見つかればどうなるのかなど想像したくも無かった。


 応接室の前に着く。

 すると寝ずの番をしていたはずの男がいなくなっていた。それはすでに部屋の中に会長が入っている証拠だった。



「旦那……」



 全身から怒りが溢れだすのをぐっと我慢しながらケロベロスとタオは応接室に入っていく。するとそこには未だぐっすりと寝ている少女と下卑た笑みを浮かべながら彼女に触ろうとしている中年の男の姿があった。


 相手がこの男以外なら誰であろうとすでに首をへし折っている。そんな衝動を無理やり抑え込んでケロベロスは男に話しかけた。



「会長……。何をしているのですか?」

「おお、ケロベロス! 上物だぞ、これは!」



 着ている物は貴族が着るような上等の物なのにも関わらず全てがくたびれており、どこか路上の物乞いの様なギラギラとした目をしている。


 彼こそが隣人会の会長で名をドロマクという。


 怒りを乗せた声を出すケロベロスに全く気にしていないドロマクは彼の目の前で少女に再び触ろうとした。



「会長。いくらあなたとはいえ、それ以上手を伸ばされますと腕をなくしてしまいますが……よろしいですか?」



 ケロベロスはあと少しでも少女に向かって手を伸ばせば、たとえ直属の上司でも本気で腕を飛ばす気でいた。彼は婦女暴行が死ぬほど嫌いだったからだ。

 その言葉でようやくドロマクは少女から視線を外してケロベロスを見る。



「ずいぶんと生意気を言うようになったな……。誰が路頭に迷っていたお前を助けてやったと思っているんだ。あぁ?」

「確かに七年前、死にかけていたところを助けていただいた御恩はあります。ですが初めに申し上げました。私の目の届く範囲で女を犯せばたとえあなたでも消えて頂くと」



 命の恩人に向かって本気で敵意を向けているケロベロスをドロマクは鼻で笑う。彼はそんなことを言っているが絶対に自分を傷つけられないと知っていた。



「確かに聞いた。覚えてもいる。……だがそれを了承した覚えはないぞ?」

「くっ……」



 後ろで控えているタオにまでケロベロスの歯軋りの音が聞こえた。

 彼はケロベロスが心底ドロマクを嫌っている事を知っているが同時に彼を殺せない理由も知っていた。故に何も出来ずにただ控えることしかできない。



「そもそも、私は今回の作戦で奴らを完全に潰して来いと言ったはずだ。……何故それをやめた? 理由を聞こう」

「最優先事項は完遂した以上、構成員に無駄な犠牲が出ない様にした為です」


「ふははははは! 構成員? あの屑どもがか?」



 指揮官として当たり前の答えをドロマクは笑い飛ばした。それは組織の長のする態度ではない。



「……何がおかしいのか、お聞かせ願いますか?」

「だってそうだろう? 生きているだけで人に迷惑を掛ける屑どもだぞ!? そんな屑どもの命で奴らを始末出来るなんて、なんて素晴らしい事なのか、キミ、考えたことはないのかね?」



 自分の事を棚に上げながら笑う彼は悠々とケロベロスに近づいていく。



「いいかい? この作戦は街の為だったのだよ。そしてキミが連れて行った部下はこの街に迷惑を掛けていたウジ虫どもだ。そんな彼らが消えて誰が悲しむんだ? 私の耳には住民達の歓喜の声が聞こえるよ!」

「ッ……」


「ちなみに……彼らには今回の事件の責任を取ってこの世界から消えてもらうことになっている。だからキミの行動は余計なお節介だった訳だ、ふははははは!」



 後ろのタオには聞こえないように耳元で囁くドロマクに思わず拳を握りしめる。彼は全ての責任を部下の暴走と言い張り、トカゲのしっぽ切りで事件を解決する腹積もりなのだ。



「あれあれ? 何ですか、この拳は? この私に向かってどうする気ですか~? 兄さんがあの世で泣いてますよ? あなたを育てた兄さんが!」



 部下をスケープゴートにしてこの事件の幕を下ろそうとしているこの男を

今すぐにでも殺したかった。


 だがケロベロスには出来ないのだ。


 ケロベロスも傭兵占拠時代に生まれた子供であり貧民街で生まれ育ち死にそうなところを彼の兄である傭兵団の団長に救われた過去がある。その時の恩を彼の肉親であるこの男に返すまでは。

 そう自分に言い聞かせてケロベロスはゆっくりと拳を解いていった。



「そう。それでいい。キミの行為は必ず兄さんも喜んでいるよ? ……まぁ死後の世界があったらだけどな」



 そう言って大笑いするドロマク。

 その声に被せる様に街の象徴である鐘の音が響き渡った。


 夜明けを告げる鐘の音。

 それはこの街では一日の始まりを意味する。


 だが、その音にケロベロスはなぜか違和感を覚えた。

 窓の外を見ると未だに空は暗い。それはまだ日が昇っていない証拠だ。

 そのことに気がついたケロベロスは何かが起ころうとしていると確信する。その理由は鐘の音は必ず日が登り始めてからなり始めるものだからだ。

すると突然部屋の照明が全て消えた。



「なんだ!」



 急に真っ暗になったことにドロマクは慌てふためく。だがいくら待っても一向に明かりは戻らない。唯一窓から入ってくる月の明かりが部屋を照らしているが、それも雲に隠れたのか徐々に陰りを見せていった。



「……旦那」

「女を頼む。せめて巻き込まれないようにな」



 慌てふためくドロマクを尻目に二人は小声で話し合う。彼らはこれが偶然ではないと悟ったのだ。そして次の瞬間二人の予想していた状況の斜め上の事が起こった。



 バリンッ!!!



 部屋中にガラス片を飛び散らせながら何かが侵入してきた。そして起き上がる何かと同期したように月の光が室内を照らしていく。



「どういうことだ! ここは三階だぞ!」

「……誰だ?」



 叫ぶドロマクを無視してケロベロスは侵入してきた何者かに問う。

 月の光がその人型の何かの足元を照らし、それが徐々に上へと上がっていく。薄汚れた真っ黒の外套が視界に入ると同時に男の声が部屋に響いた。



「……俺に名前はない。だが俺がどんな存在なのか、お前らはよく知っているはずだ――」



 月明かりが男の顔を照らす。

 その光景にドロマクは顔面蒼白になりケロベロスは獰猛な笑みを浮かべた。


 黒髪に黒い瞳の人間。それを表す言葉はこの街では唯一つだった。



「――黒の魔人!」



 そこにはケロベロスにとっては親の敵である黒髪の魔人が立っていた。


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