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名も無き黒王  作者: 虹の彼方
第三章 事実と真実
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事実と真実 4

 行き着いた場所は屋敷の屋根の上だった。

 天窓から屋根へとよじ登りクロはそのまま横になって三日月を眺め始める。フロンも戸惑いながら彼の横に座り一緒に月を眺めた。



「綺麗だな……」

「そうだな。こんな街でも月だけは変わらず綺麗だ」



 フロンの呟きにクロが答える。だがそれだけだった。


 再びの沈黙。

 屋敷の中は相変わらず大慌てで準備しているのだろう。だが外はそんなことなど関係なく風の音だけが世界を支配していた。


 フロンは何故ここにいるのか分からなくなっていた。

 しかも何故だかわからないが身体中が妙に火照る。そんな身に知れぬ高揚に襲われて慌てていたフロンに向かい、ぽつりとクロは独り言のように呟き始めた。



「なぁ……」

「うん?」


「俺やリンの髪の色が何故、希少で気味悪がられるか知ってるか?」



 深い……。

 決して終わりのないようなとても深い闇。夜の闇の中でも輝いて見える、そんな闇色の瞳にフロンの姿が映る。

 しかしその瞳はフロンを見ているようで見ていなかった。



「いや……。知らないが……」



 言い知れる不安感に突き動かされてフロンは答えた。


 それは言われてみて初めて気がつく事だった。何故こんなにも綺麗な髪なのに恐れられているのか、実のところフロンは知らなかった。


 漆黒の黒髪と神々しい白髪。


 その秘密をクロは語り始める。



「昔、出会った語り部が言っていた話にこんなものがある。昔々、まだ竜や巨人、妖精などのフルキモノと人が共存していた時の話。フルキモノの世界では色が全てを決めていたと言われていたそうだ」



 人ではない存在。

 人よりも前に生きていたとされる存在。それを当時の人々はフルキモノと呼んだ。


 そのフルキモノ達の世界では身体の色が全てを決めていた。

 より混ざり気のない純粋な色を持つ者が生まれた瞬間からその者は一族の長となり全てを支配する。それは覆しようのない決定事項。生まれた瞬間からより純度の高い色を持つ者が全てにおいて能力が高かったからだ。


 そこに例外も異論も無かった。



「赤の一族はより赤い奴が強く、青の一族はより青い奴が群れを支配していたそうだ。そして何よりも純粋な白に近ければ近いほど高貴であり全知全能であるとされ、黒ければ黒いほど絶大な力と凶暴性を持つと言われていた」

「それって……」

「そうだ。人の世界ではこの髪の毛がそれに当たると言われている。つまりはリンが全知全能の神で俺は絶対巨悪の魔人というわけだ。……黒の魔人はあながち的外れじゃなかったのさ」



 どちらもこの世界にほんの僅かしか生まれてこない為、彼らは他の種族からも崇められる存在だったという。


 故に黒髪や白髪は希少なのだ。

 だがそのことを語るクロはものすごく悲しそうだった。



「なら、リンが何故迫害されなければならなかったと思う?」

「それは――」


「それは人とは違ったからだ」



 フロンが言葉を紡ぐ前にクロはその答えを明かした。

 フロンの言葉も彼と全く同じだった。

 フロンが騎士となる前、一緒に切磋琢磨した友人も燃えるような緋の目をしていたというだけで迫害されていたのを思い出したからだ。



「皆と身体の作りは何一つ変わらない。ただ髪の色が黒かっただけで俺は……俺達はこの地獄の様な街でも更に酷く迫害された。そこにはフルキモノ達の決まりなど一切関係ない。自分と違うもの、自分より優秀なものを引きずり落とし、辱めようという醜い欲求だけが存在したのさ」



 遠い目をして語るクロに迫害されていた事に対しての恨みや怒りはない。ただただ人の愛ではなく醜さを始めに知ってしまった不幸を悲しんでいた。


 そして一人語りは続く。



「実のところ、俺には名前がない」

「え?」

「俺は親の顔も知らない。この世に生れて来た以上は親がいたはずなのにその存在すら誰も知らなかった。いつの間にか俺はこの街にいて、そしてその時から俺は髪の色で呼ばれていた。黒の髪、『クロ』ってね」

「そんな……酷い」

「いや……。俺はまだマシだ。俺は始めから一人だったから別に何とも思うことはなかったよ。だけどリンは違った。あいつは親に捨てられたんだ……」



 クロの語った話に名前は登場しない。

 ただ『少年』と『少女』という言葉で語っていく。


 十二年ほど前の話だ。

 この街がおかしくなり始めたと誰もが気付き始め、それでも誰かが何とかしてくれると自分では一切動かなかった頃。

 一人の少女がすでに国内最悪と名高いエスパーダの貧民街に捨てられた。


 当時少女の年齢は五歳。物心がつき始めてようやく善悪を理解し始める、そんな年齢に彼女は突然親に捨てられた。

 その理由は



「髪が白くて気持ち悪かったから……」

「くぅ……!」

「少年と出会う前も自分の腹を痛めて産んだ子供なのに髪の毛が白かったというだけで少女は実の親に殴られていた。それでも彼女の居場所はその親しかいなかった。それがいきなり別の街に連れてこられて捨てられたんだ。そのショックで彼女は声を出すことはおろか感情をまともに表現することすらできなくなっていたそうだ」



 そんな少女を少年は何気なく拾った。

 少年とてまだまだ親に甘えたい年頃だったのにも関わらず彼は献身的に少女を世話していく。そして何とか声を出せるようになった矢先にあの暴行事件が起きたのだ。



「少女が数人の男達に囲まれて犯されそうになったのを見た瞬間、少年の中で何かが壊れた。そして気がつけば少年は街の支配者の首を手に持っていたんだ。これが黒の魔人の誕生秘話さ。なんてことない。一人で傭兵団を壊滅させた? まともな思考の持ち主じゃねえよ。考えてもみな、たったの十二歳の少年が五百人規模の大人を皆殺しに出来るか?! 誰が考えても不可能だ! 少年が殺したのはその団長だけだ」



 事実少年は傭兵団団長の首しか取った記憶がない。だがアジトには大多数の傭兵の惨殺死体があったという。

 その事実を前に傭兵団壊滅の熱に踊らされていた住民たちはある時我に返って考えた。


 あり得ない、と。


 そうすると今まで自分達が褒め称えていた英雄が急に不気味な怪物に見え始め、そして誰かがそのことを叫んだ瞬間に少年は魔人と呼ばれるようになる。



「だけどそんなことはどうでもよかった。たとえ石を投げつけられようが、罵倒を浴びせかけられようが関係なかった。その時少年は自分の中にいる何かに怯えていたのさ」



 少年は地獄の様な街で生まれ人以下の扱いを受けてなお、誰もが笑っていられる世界を望んでいた。


 地獄の中でこそより強く感じていたその夢を。


 だが少女が暴行されているのを見た瞬間に今まで知らなかった感情――殺意が少年の中で目覚めてしまった。



「真っ赤な血に染まる両手を見た瞬間、少年は思ったよ。この世界に皆が笑って暮らせる世界などどこにもないのだと。誰かの幸福が誰かの不幸になっているのだと。世界中の皆が手をつないで笑い合うことなんか夢物語なのだと!」



 隣の人と手を繋ぎ、さらにその人が別の人と手を繋ぐ。

 そうしていけばやがて世界には大きな輪が生まれ誰とも争わなくても良い世界が生まれると信じていた。だが隣の人の手は握れても更にその隣の人と手を繋ぐことが出来ないという可能性をこの時少年は知ったのだ。



「結局少年は全てから逃げたよ。街からも、夢からも、自分からも……」



 クロは決して少年を自分とは言わなかった。だが当時味わった彼の悲しみは、嘆きはフロンの胸に強く刺さった。


 そしてクロは再び月を見た。

 フロンの目にはいつもの眠たそうな表情はなくなり、彼が静かに泣いているようにも映った。



「そうか……」


「?」



 フロンの消えそうな呟きにクロは彼女を見る。

 普段と変わらない様子のクロが見たのは静かに涙を流すフロンの姿だった。



「分かったよ……」

「フロン?」


「私が知っている少年はもういないのだな……」



 首からぶら下げている何かを強くに握り締めながらフロンはゆっくりと立ち上がる。



「でも良かった。それだけの目に会いながら、お前が生きていてくれたことが本当に嬉しいよ。……だけど、サヨナラだ……」



 フロンはクロに背を向けて屋敷に戻っていく。その胸元に見覚えのある指輪を鈍く輝かせて……。


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