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名も無き黒王  作者: 虹の彼方
第一章 城砦都市エスパーダ
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私が始まった日

 これは遠い記憶の話。今ではない昔の話。薄れゆく記憶の中にある私の唯一の生きる指針であり、今でも夢に見る実際にあったお話だ。

 

 父は忙しかった。

 貴族として重要な仕事を多く受け持っていた父は一族の誇りであり、母の自慢であり、周囲の憧れだった。だが当時はまだ幼かった私にとっては仕事ばかりで遊んでくれない父であり、皆に父を取られたと勘違いをしてダダをこねる少女、それが私だった。


 そんな私を家の侍従達は「アストレア家の娘なのだから」と言い聞かせ、やりたくもない礼儀作法の勉強や剣を学ばせていった。いつも嫌がる私に言う言葉は決まって「父様が喜んでくださいますよ、きっと」だった。

 

 私は学んだ。

 だがどれもこれも嫌々だった。

 ただ語学と歴史の勉強、そして先生が休憩の間に話してくれた武勇談や英雄譚等にはのめり込むように学んだ。それぞれの英雄に自分を重ねて剣をふるい父の様に理想の騎士になる。そんなことばかり考えていたのだ。


 しかし長くは続かなかった。

 礼儀作法の勉強がひと段落すると私に婚約の話が舞い込んでくる。それも母が断っても次から次へと。侍従の話では当時すでに将来の有用性(つまりは美人になる事)を約束されていた私を手に入れようとあの手この手で求婚してくるものがいるというのだ。


 ここで私は女である自分は物語のような英雄にはなれず、淑女として望まない結婚をするために勉強させられていたのだと思い込み、一切の勉強を拒絶して部屋に引きこもるようになった。


 そんな私を見かねて父はある街へと私を連れて行ってくれる。しかもお付きはほとんどいないという話だった。

 朝が来て、馬車の前にいたのは父と真新しい侍従服に身を包んだ女の子の二人だけ。


 部屋にこもった私が数々の侍従達を拒み続けた為、次に選ばれたのはその女の子。その子は行儀見習いとして屋敷に上がったばかりで右も左もわからない子だった。その為、おどおどと落ち着かない少女は私にとって妹のようにも見え、そして彼女がお付きと知ってからは今まで年上の侍従ばかりだったこともあり、すぐに気を許し仲良くなった。

 父もふさぎこんでいた私の笑顔を見ることができてとても嬉しそうだったのを今でも覚えている。

 

 やがて馬車はある街に着いた。

 父との初めての旅は子どもだった私にはとても新鮮味のある経験で多くの人や物に目をキラキラと輝かせながら街を歩いていたらしい。

 

 だがそこで待っていたのはまたしても父の仕事という敵だった。

 何も聞かされずにここまで来た私にとってこれは父からの裏切りに映り、とうとう屋敷を脱走する。

 お付きの女の子はこの時は顔合わせ程度の知識しか与えられていなかった為かおどおどとしながら私を止めようとしていた。だけど私はそのことを逆手にとり彼女に命令と言う形で黙らせ、脱走を成功させる。ただ危ないからということで女の子は私に外套と剣を持っていくようにだけは言っていた。

 私もそれには素直に従っていたのだ。


 一人で初めて見た世界は輝きと活気に満ち溢れていた。何も知らない私にはこれが父の仕事の結果であることなど想像することすらなく街を歩き回っていく。

 そして大きな噴水のある広場に出た時私の人生を変える出来事が起こった。

 

 そこのとある一角に私くらいの少年、少女がたくさん集まっていたのだ。

 そのことに興味を持った私は少年達の中に分け入っていった。

 子ども達の囲みの中心にいたのは一人の語り部。

 彼はすすけた外套を着てフードをかぶり顔を隠しながら子どもたちに紙芝居を披露していた。内容はとある少年が妖精の姫君と出会い世界を変えていく冒険譚。そしてその二人が竜や巨人、妖精と手を取り合い悪と闘う英雄譚の二つだった。


 この世界ではかつて竜や巨人や妖精がたくさんいたらしいが今では見る影もなく屋敷にあった本には何一つ登場しない。唯一、先生の話でのみ登場していた生き物達に私はすぐさまのめり込んだ。


 話が終わった頃にはいつの間にか空は赤く染まり、たくさんいたはずの子どもも私と私のように目をキラキラさせて語り部の話を聞いていた男の子の二人だけになっていた。


 初めて見る黒髪にぼろ布といっていいほど薄汚れた服をまとった少年。

このような恰好の人には決して近づいてはいけないと屋敷の侍従達は言っていたが、この時の私は彼の瞳の綺麗さに心を奪われていた。



『すごい! すごいよ、おじさん! ねぇ、キミもそう思うよね?』



 男の子は目をキラキラと輝かせながら私と向かい合った。

 同世代の友達などいなかった私にとってどう答えを返していいか分からなかったが、自分が貴族であるということを強く教え込まれた私にはこの男の子のみすぼらしい恰好を見て、彼が貴族ではないということだけは分かっていた。そして貴族が貴族以外の人と話す時には決して低く見られてはいけないと教え込まれていたのだ。



その結果、

『私も、そう思うぞ』

と、言うような男口調になってしまった。



 これは自分なりの騎士を想像しての言葉だった。

 その似つかわしくない言葉遣いを少年は全く気にせずに目をキラキラさせて自分の夢を語っていく。



『僕も大きくなったら、この人みたいに誰もが幸せに暮らせる世界を作るよ!』



 子どもの私でも笑ってしまうような夢だが彼はいたって真剣だった。それを叶える事が出来ると本気で信じている。

 だから笑うことはしなかった。

 だが今まで黙って聞いていた語り部が男の子の言葉に強く反応した。



『はははははっ! キミには難しいのではないか?』

『どうしてそう思う!? 貴様に彼の夢を笑う権利などない!』



 気がつけば私は自然と彼を擁護していた。

 この時の気持ちは思い出せない。だが男の子の言う事がたとえ夢物語だったとしてもそれを汚す権利は誰一人持っていない。そう思ったのだ。こんなに光り輝く夢は私の中には存在しなかったから。



『確かにそうだ! 私には君達の夢を笑う資格はない。だがこれは大人としての助言だ。それはやめときなさい。少なくともこれほど身の丈に合わない夢は他にない』



 そう言う語り部は寂しそうだった。何かを懐かしむように思い出し、そしてそれすらも時の流れの中に消えていった、と遠くを見る目をしている。


 私は悔しかった。

 男の子の夢を笑った語り部に言い返せなかったことが。そして何より語り部に何も言い返さないこの男の子が許せなかった。

 だがそれは杞憂に終わる。

 男の子はいきなり私の手を握り締めて語り部に熱く語り始めたのだ。



『それでも! それでも、僕はやり遂げて見せる! 決して諦めない! だって、一人じゃないから!』



 そう言って男の子は私の方を見るのだった。

 いきなり、それも男の子に手を握られて顔を赤くして恥ずかしがっている私にこの眼差しは卑怯だった。

 強い気持ちを持った眼差し。だが握った手はかすかにふるえていることが分かる。


 私はこの時、初めて決意した。

 もしも騎士になるのであれば彼のような主君に仕えてみたい、と。

この不安に襲われながらも決して強い眼差しをなくさない男の子のような主君に仕える事が出来れば私は彼の夢を全力で支え、そして一緒に笑い合える事ができる。そう思わせる力がこの男の子にはあったのだ。


 私は震える手を優しく握り直した。彼の言葉に乗ってあげるという肯定の意味を込めて。

 だが決して喜んでという感じではなく仕方がないなという気持ちが伝わるように言葉を紡いでいく。



『しょ、しょうがないから手伝ってやる』

『ありがとう!』

『う、うむ……』



 私の言葉に満面の笑みを浮かべる男の子に赤面した顔を見られないようにそっぽを向く。このように自分の感情を素直に打ち明けられる男の子が私はうらやましかった。


 そして私達は再び語り部を見た。

 王道を歩こうという男の子と、騎士の道が正確に定まった私。

 二人の目に迷いはない。



『そうか……。なら、これをあげよう』



 そう言って懐から取り出したのは二つの指輪だった。

 鈍色に光るその指輪は決してきれいなものではなく指輪についている宝玉は色が霞み、何の色も映し出していない。が、歴史の重みを感じさせるような厳かさがあった。

 そんな不思議な指輪を語り部は鎖で通して私達の首にかけていき、そして語る。



『これは約束の指輪。これに込める思いはきっと二人を引き合わせる。ただその思いがなくなると自然と手から零れ落ちていくからね』



 初めて手渡しで送られるプレゼントに私は興奮しながら指輪を見つめていた。

 不思議な指輪を眺めている時間はそれほど長くはなかった様に思える。だが指輪を眺めている間に語り部はその場を立ち去っていた。隣にいたはずの黒髪の男の子もこれまた珍しい白髪の女の子に手をひかれて通りの向こうに姿を消す。

 そして私もおっかなびっくりで探しにきたお付きの子と共に屋敷に戻っていくのだった。


 この時の少年がきっかけで私は騎士としての道を目指す。女の私でも彼のように強い気持ちがあれば誰にも負けることはないと思ったからだ。

 そして彼のあり方に憧れ、もう一度会いたいと願うようにもなった。


 これは私の記憶の物語。そして、私の始まりの物語。


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