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名も無き黒王  作者: 虹の彼方
第一章 城砦都市エスパーダ
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巨人の足音亭 4



 ドンッ!!!


「よう! 親愛なるドブネズミ共! 邪魔するぜ~」



 酒場のドアを蹴破り男たちがいきなり入ってきた。そして先頭の男が人を見下したように大声をあげる。その声のせいでレティの言葉は最後までフロンに届かなかった。それどころかあれだけ楽しそうな雰囲気に包まれていた酒場に緊張が走る。



「相変わらず時化た面並べて楽しいか、おい! 貴様らのその酒。誰のおかげで飲めてるのか分かってるのか!!」



 ここの主が自分であるというように男は大股で店を歩き、近くにある椅子を蹴り飛ばす。



「くぅ……。アイツッ!」



 フロンが後ろを振り返って見るとその男は城門で二人をナンパしたあの兵士だった。

 顔を酒で赤く染め、制服をだらしなく着崩している。

 隊長と呼ばれているその男は後ろにぞろぞろと仲間を引き連れて店に入ってきたのだ。しかもその仲間は兵士だけではなくいかにも街のチンピラを連想する柄の悪い奴らばかりだった。そしてその中に二人にこの街のことを教えてくれた真面目そうな兵士もいるではないか。

 皆、彼らのことを睨み付けてはいても誰一人口を開けることはなかった。



「俺達、『隣人会』のおかげだぞっと。てめぇ等の飾りの頭にしっかり刷り込んどけよ~」


「……威張るな、この屑どもが……」



 酒を飲んでいた一人の男が小声で愚痴る。その男はフロン達に唯一立ち塞がった男だった。だがその声は兵士の耳に入っていたのか口答えした男に近づいていく。



「あれあれあれ? なんだか悪口が聞こえてきたのだけれども、俺様の空耳かな~? ねえ、そうだよね? 蛆虫君」



 自分よりも一回り以上も歳の離れた男の頭に兵士は肘を乗っけて近くの酒瓶を奪い取って呷る。その姿に男は青筋を立てていた。



「……退けろ……」

「はぁ? なんて言いました~か?」

「その手を退けろと言ったんだ! この若造が!!」


 ガシャン!!


「何も出来ないただのオヤジが粋がんっじゃねえよ!! 誰のおかげで平和

な日常を過ごせてると思ってんだ?! ぁあ? このカルト様が街の平和を守ってるからだろうが!!」



 男が言葉を返すことはなかった。

 それは兵士が容赦なく酒瓶を男にたたきつけたからだ。

 男は鼻から血を流し床に倒れ伏す。そこに追い討ちをかけるように兵士は男の頭を踏みにじり、連れは腹を抱えて笑い出した。



「アイツッ!!!」

「やめてください、お嬢様!」



 とうとう堪忍袋の尾が切れたフロンが勢いよく男に掴みかかろうとするもエレナがそれを必死で止めて座らせようとする。ここで騒ぎを起こすのはまずいと判断したからだ。


 だが遅かった。

 カルトと名乗る兵士の暴行に反応したおかげで彼の視線を惹いてしまう。



「おやおやおや? あの時の美人様ではありませんか?! これはこれは、こんなクソダメにいらっしゃったとは……。おい、野郎ども。これが俺様の見つけた新しい女だ!!」

「いやっふぉ!!!」

「いいねいいね。美人だね!!」

「早く犯してぇ~」



 二人を見つけたおかげで床に倒れる男からフロン達へと興味が移る。だがそのことで二人はまるで女を物のように見る最低の視線に晒されることになった。

 フロンの歯軋りの音がエレナには聞こえてくるほど彼女は頭に来ているようだ。



「それにしても~これは運命ですかね、そうですかねぇ? そうは思いませんか、お嬢さん?」

「……」

「無視ですか、そうですか、いいですよ! ボクチンしょんぼり~」



 ここで再び仲間が笑い出す。

 何が面白いのかフロンには何一つ分からない。

 くるくると回りながら近づいてくるカルトの口からは強烈な酒精の臭いがする。フロンが大嫌いな連中の典型だった。



「これはこれは兵士殿。私達のようなドブネズミに何か用向きがあるのかな?」

「違う違う、違うよ~。君達はこの星の宝物だよ~。そこの女とは生きている次元が違うんだよ」



 カルトはそう言ってレティを指差す。その行為をレティは悔しそうに唇を噛む。



「ではこんなところでも女の尻を追いかけるとはずいぶんと仕事熱心なご様子だ。よほど残業手当てがほしいと見える」



 このフロンの皮肉に店内がざわつく。酒を飲んでいた男達ですら緊張で凍りついた。

 男の声音が冷たいものへと変わっていく。



「へぇ~。このカルト様に口答えとはいい度胸してるジャン」

「生憎、貴様らとは生きている次元が違うもので、お前を立てる礼儀などは心得ていないのだよ」

「ぷっ……」



 再び店内に衝撃が走った。

 カルトの仲間は冷や汗を。酒場の男達は笑いを堪えるのに必死だ。

 カルトは青筋を立てるとフロンを掴もうと手を伸ばす。だがその手はエレナによって叩き落された。



「あなたごときが触れていいお方ではございません!」

「このアマッ!!!」

「ッ!!」



 エレナの言葉にカルトは激怒し殴りかかろうと拳を後ろに引いた。

 それを見たフロンはとっさに腰を下ろして、佩いている剣を手に取る。



「まあまあ、お二人ともここは穏やかにいきましょうよ」


「「!!?」」



 カルトの拳もフロンの剣も抜かれることはなかった。二人の間に突如現れた男が仲裁したからだ。



「貴様、何処からわいて出た?!」

「いえ。先程懐かしの店に立ち寄ったところ、騒動に気付きまして、はい。とりあえず女の子を殴るのはいかがなものかと……」



 右の拳を掴まれたカルトは薄汚れた黒の外套で全身を隠している男に怒鳴る。だが男はのん気にそういうだけで一向に退こうとはしなかった。


 この突然現れた男に誰もが驚いていた。

 

 カルトはビクリとも拳が動かないことに。周囲の人間はこの男が気配もなく現れ、誰一人気が付かなかったことに。そしてフロンは外套で隠していたのにもかかわらず、剣を抜く動作を止められたことに。



「すまないが、邪魔をしないでもらいたい……」

「その提案は聞けませんね」

「なぜ?」

「この場で死人を出すわけにはいきませんから」



 男はそう言ってフロンを諭すが彼女は聞き届けるつもりなど一切なく必死に鞘から剣を抜こうとする。それでも男の抑える力によってビクリともしない。



「ああっ? 聞き捨てならねぇな! 誰が死ぬって?!」

「あなたですよ、兵隊さん」

「それじゃあ! まず貴様を殺してやるよ!!!」



 男が少しの間も空けず即答したことにカルトはとうとうキレた。

 残っている左手を硬く握り締め男に向かって振りぬいたのだ。男は両手が塞がっている為その攻撃を避ける事は出来ない。



「!?」



 しかしその拳は男の前を無様に通過する。男の方は避けてるそぶりすら見せてないのにカルトの拳は空を切ったのだ。



「あれあれ? 口では大きなことを言っておきながら、無防備の人間すらまともに殴れないとは……。もしかして殴り方忘れたんですか?」

「貴様っ!!」



 男に煽られたカルトは顔を真っ赤にして二度、三度拳を繰り出すも全て結果は同じ。その上、酒の入ったカルトはすぐに息を切らし始める。



「クソッ! このっ!」

「ほれほれ! ワン、ツー、三、四! 腰が入ってないよ?!」

 


 完全にカルトを弄ぶ男。

 秘密はカルトの拳を繰り出す瞬間を狙って掴んでいるもう片方の拳を押したり、引いたりして距離感を狂わせているからだ。

 そのことに頭に血が上ったカルトは気付いていない。

 一歩間違えば容赦なく拳をもらう行為を男は平然とやってのけ、完全にカルトを手駒に取っていた。


 やがて疲れて大きく振りかぶった時、男はカルトの拳を離した。するとバランスを崩したカルトはよたよたと後ろに下がって情けなく尻餅をつくのだった。



「き、貴様っ……。この、俺様に……。『隣人会』に楯突くとどうなるか、分かってんのかぁ?」

「『隣人会』? 初めて聞く名ですね。新手の新興宗教とかかな?」



 息を切らしているカルトに男は首を傾げていた。



「調子のんじゃねぇ!!」



 そんな姿にカルトは懲りずに殴りかかった。彼の左拳は先程のように簡単に取られてしまう。それでもカルトは驚くことはなかった。



「やっぱり掴んだな……。なら、今度は避けられないなぁ!!」

 予定通りの展開にカルトは口角を吊り上げて笑う。

 再び両手が塞がった男に向かってカルトは大きく踏み込みながら裏拳を繰り出したのだ。これでは先程のように相手を操ることは出来ない。



「ハァー! 沈めっ!!!」



 今度こそ男の顔面を捉えたカルト。そのとき男が小さくため息をついたことにフロンだけが気付いた。



「やれやれ、所詮はクズの街。言葉では伝わらないか……」



 そう一人呟くと男はカルトの裏拳をしゃがむことで簡単に避け、代わりに相手の両足を勢いよく払った。



「……。は?」



 いきなり視界が反転したことにカルトは間の抜けた声を上げる。足を勢いよく払われたことで後ろに半回転したことに気付いていない。

 そして男はカルトの手を床に頭から落ちるところで離した。そうすることで支えるものがなくなった彼は床に向かって自由落下を始めたのだった。


 ドゴンッ!!


 頭から床に大きな穴を開けて突っ込んだカルトはそのまま身体を情けなく折り曲げる。彼からはもう起き上がってくる気配は感じなかった。



「気絶したか……。クズの相手は疲れるな、まったく」



 カルトの攻撃は一切男を傷つけなかった。だが男が被っていた外套にかすり、ゆっくりと立ち上がる男の顔が徐々に露わになっていく。


 彼の顔が完全に見えた途端、酒場に衝撃が走った。

 ある者は大きく目を見開き、ある者は彼の正体に顔を青ざめる。様々な反応を表すもそれは一様に驚きを表現していた。特にフロンとエレナの反応は一際激しかった。



「キミは!!」

「……黒の……魔人!!」



 ローブの下から現れたのはこの世界では希少な真っ黒な髪の持ち主。


 そう。

 彼こそが七年前にこの街を救い住民に恐怖と平和を与えた黒髪の少年だった。

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