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名も無き黒王  作者: 虹の彼方
第一章 城砦都市エスパーダ
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巨人の足音亭 3

 お腹が空いていたことと久しぶりの暖かいご飯であったことの相乗効果で目の前の料理はものの十分も経たずに平らげられた。そんな驚きの光景にもはや見慣れつつあったレティは微笑みながら彼女達の前にある飲み物を出す。



「ほら。これは私からの奢りだ」

「何だ? この赤いのは」



 目の前に出てきたのは赤い液体だった。しかもそれは少しばかりドロっとしている。いぶかしむ二人にレティはこの店の名物を自慢し始めた。



「それはうちが作った特製の野菜ジュースだ」

「野菜ジュース……ですか?」

「数種類の新鮮な野菜を砕いて混ぜて作った特製品だ。野菜の甘さが実感できる。少しばかり飲み難いが健康には抜群だ」



 そう絶賛するレティの前で飲めないというわけにもいかず、二人はお互いの顔を見合わせつつ口にすることに。

 少しばかりドロリとしているもの、そのおかげで野菜の甘さが口いっぱいに広がり意外にも喉をするりと下っていった。



「うまい!」

「ええ、おいしいです!」

「それは良かった」



 二人の言葉を聴いてレティも嬉しそうにしている。エレナは後で作り方を教えてもらおうと考えるほど美味だった。

 こうして食事を終えた二人は仲良くなったレティに店に入ってからずっと思っていたことを聞くことにする。



「レティ、ひとつ聞いてもいいか?」

「なんだ? 答えられる範囲でならいいぞ」

「なぜここの男達は言い寄ってこない?」



 その質問をするためにまずフロンはレティに昼間出会った兵士とのやり取りを説明した。するとレティは少しだけ眉間に皺を寄せる。



「あの屑どもが……。すまなかった。この街の住民の一人として謝罪しよう」

「別にかまいません。済んだことです。それにレティさんが謝ることではありませんから」

「そう言ってくれると助かる」



 そう言ってもう一度だけ頭を下げるレティに二人はもう怒っていないことを告げてから単純な興味として質問したことを説明した。フロンとしてはどこに行っても男に言い寄られている経験があるために余計に気になっているのだ。



「それはな、こいつらがこの街では比較的良い奴らだということもある――」


「「「うぉおおおおおおお!!」」」



 レティが顎で酒を飲んでいる男達を指すと一斉にいい奴であることを二人にアピールするように騒ぎ出す。



「――が、やはりこの街にある暗黙のルールに従っている……。いや、脅えていると言ったほうがいい」

「つまるところ、その『ルール』とやらに脅えているチキンさん達なのですね?」

「ふふ。そうだな」


「「「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉ……」」」



エレナからの臆病者扱いに一斉に静まり返る男達。

その光景に苦笑しながらレティは続けた。



「この街が王国一、治安が悪いという話は知ってるか?」

「いや? 初耳だが……どうしてだ?」



 その疑問にはエレナが答える。



「ここは常に最前線です。ということは傭兵達が問題を起こしたり、ストレスで耐えられなくなった兵士達が犯罪に手を染めるのでしょう?」

「その通りだ。おかげで厄介事には事欠かないというのがこの街の現状。つまりは名物みたいなもんなのさ。まぁ、最前線の宿命だな」



 そんなレティの言葉にフロンが騎士として反応した。



「嘆かわしい……。兵士たるもの常に自分を律することが大事であるというのに……」

「そう言うな。兵士達も人間だ。過ちは起こす。ただ二十年前まではその程度だったのだがある時最悪のことが起こったんだ」



 そう前置きをしてレティはこの街の歴史を話し始めた。

 それはこの街の闇の部分であり、検問の時に兵士が口を閉ざした内容でもあった。



「とある傭兵団がこの街に襲い掛かったんだ」

「まさか、そんなことが……」



 フロンの驚きも仕方がなかった。

 もしそんな自体が起これば隣国に攻め入られる口実になり戦争に発展する。そのため大急ぎで鎮圧するのが普通だ。だが有力な貴族である大貴族アストレア家にそんな報告は一切来ていなかったからだ。

 しかし話はここで終わらない。むしろここからが本番だった。



「しかもやつらには魔物を操る術があった。いくら最前線で対人用の訓練をうけた兵士達でも魔物相手ではあっという間に敗色濃厚になっていった……。お前達、この街に来たときなぜ都市の中に更なる壁があるのか疑問に思わなかったか?」

「思いました」

「このエスパーダを北と南に分裂させる巨大な壁。それはな、この時に作られたんだ」

「何の為に?」



 城壁の中に城壁を作る理由はフロンの思い当たる中では一つしかなかった。

 外の壁が攻勢に耐えられず落ちると判断して援軍を呼ぶ時間を稼ぐために一時的に防壁を作る。それしか考えられなかった。このフロンの考えにレティは半分だけ肯定した。



「確かに壁を作って中に逃げ込む。それは実践されたさ。ただし貴族と大商人などの裕福な人たちだけだったがな」

「馬鹿な! 貴族が守るべき民を捨てて逃げるなど! 何のための特権階級か!」

「そうだな。そう考えて徹底抗戦を構えた貴族も多くいたがそれは全て首だけになっちまったらしい」



 ここは最前線。

 その場所が傭兵団ごときに抜かれたなど隣国に知られればあっという間に戦争になる。

 その上当時の貴族達には最前線を守っているという誇りがあった。だがこの時はその誇りが枷になったのだ。

 彼らは街の安全よりも自らの恥が露呈することを嫌った。もしも援軍を呼べばこの街は落ちなかったかも知れない。だが間違いなく貴族達は責任を取らされる。

 それを嫌がった結果が周囲に一切状況を知られないまま占領されるという事態になった。



「あぁっ……」



 自らの見栄と出世欲だけが強い貴族達のエゴで本来の職務を全うせず結果的に民を苦しめたことにフロンは怒りの下ろす場所を見失い、何も口にすることが出来なかった。

 そんな爆発しかけのフロンにレティはさらに油を注いでいく。



「そして最悪だったのが徹底抗戦を唱えていた貴族達が皆殺された後、この街の貴族どもに傭兵団は仲間の首を見せつけながら脅しをかけたことだったんだ。『お前達もこうなりたくなかったら、黙って俺に従え』てね。」



 この時の条件はこうだ。

 傭兵団は新たな壁の向こうは一切襲わない。その代わりにこちらのやり口に一切口出しするな。この占領の事を一切周囲に知られるな。それを守ればお前達にもいい思いをさせてやる、というものだった。



「その条件に当時の貴族達は喰いついたという。傭兵を無視し周辺に異常なしといい続けるだけで自分達の命は助かり上納金などの甘い汁を吸う事ができるからな」

「ひどい……」



 守るべき民を見捨てる。

 それさえすれば貴族にとってこの提案はメリットしかない話にすり替わるのだ。

 今まで悩みの種だった無秩序な犯罪者を統率するリーダーが生まれ、彼らを隔離する場所が出来たおかげで犯罪率が激減。その上街の中の悪事や不祥事などは全て傭兵のせいに出来た。今にして分かったことだが貴族達も傭兵を利用し、好き勝手に人体実験や奴隷商売もしていたという。


 民という重しを下ろした貴族と打ち捨てられた民。ここはまさに利益を独り占めする貴族と飢えと重税で苦しむ民の縮図だったのだ。



「これがこの街に貴族街と平民街の生まれた理由さ。貴族たちの暮らしは栄え、私達平民は今日一日の飢えすらしのぐこと出来ない。最悪の『犯罪都市』の誕生さ」



 レティは懐かしそうにそのことを語った。

 その記憶は昔話として笑い飛ばせないくらいひどいものだったが、それでも今ではこうして人に語れるくらいには思い出になっていることを実感しながら。



「くっ!」



 話を聞いていたフロンはただただ歯噛みしながらその話を聞いていた。確かに兵士が口籠もるはずだ。そんな身内の恥を世間に広めるなんて出来はしない。

 持っていた木のジョッキにヒビが入る。

 叫びたかった。

 レティに貴族はもっと素晴らしい物だと言いたかった。だが、何一つ口にすることは出来ない。同じ貴族のフロンですら吐き気のするほどの事態を実際味わってきたレティにどう伝えていいのか分からなかったからだ。



「フロン……」

「ああ……。私は大丈夫だ……」



 自分がどれほど世間知らずであったのかを血がにじむほどかみ締めているフロンにエレナは優しく声をかける。

 レティもここまで街のことを考えてくれている二人に目が潤みそうになるのを我慢しながら話を続けた。



「とりあえず支配はされたんだが、当初はそこまでひどくはなかった」

「どういうことだ?」

「さあな? 当時まだガキだった私には分からないよ。まぁ、急な変化があると周囲に感ずかれる恐れがあると睨んだのかもな。とにかく傭兵団のリーダーはかなり有能だったらしい。おかげで暴動もほとんどなかった。だが、あるときを境に一変したんだ」



 理由は定かではない。

 ただ元は犯罪者の集団だ。どれだけのカリスマがあろうといつまでも抑えきれることは出来ない。好き勝手出来ると思っていた犯罪者達は次第に現状に不満を持ち始め、住民に暴力を振るっていった。

 気に入らなければ殴り殺し、女と見れば所構わず犯す。

 当然住民は怒り決起する。だがその人達も全てを吸い上げられ痩せ衰えた連中ばかりだった。



「ものの半日と経たずに制圧されたよ。しかも相手は兵士じゃない。ただの犯罪者達だ。決起に加わった者、その家族にいたるまで皆殺しさ。おかげで誰も手を出すことはなくなったし、生きることを諦める連中まで出てくる有様だったよ」



 レティはそれをこの目で見ていたのだろう。仲間が、家族が、友達が殺されていくのを。



「おかげで傭兵団のリーダーすら歯止めが利かない状態までいって、この街の病は末期に成っていった。家は壊され、通りには死体が平然と転がっているそんな状態さ。あんた達、裏通りは見たかい?」

「いや、見てないが?」

「そこは当時の影響が今も色濃く残っていてね。孤児や犯罪者で溢れているから絶対に立ち入るなよ。死ぬよりひどい目に会うからな」

「ああ……」



 フロンの言葉に気力はなかった。

 今にして思えば、子どもの頃に会った黒髪の少年もおそらくこの壮絶な街で生きていたのだろう。それでもあんな輝きを持っていたことに涙が出そうだった。



「ところで今もそうなんですか? そうは見えなかったのですが……」



 そんなフロンを横目にエレナは今までの話を理解しながらこの街の現状を聞く。確かに路地裏などはひどく恐ろしかったが大通りには活気があった。



「今はもう違う。その傭兵団はすでに壊滅しているよ」

「いつ!?」



 明るい声のレティに沈んでいたフロンが喰いつく。



「七年ほど前かな?」

「七年……。確かスクロペトゥムとの小競り合いがあったはずでは?」



 検問の兵士との会話を思い出す。

 もしかするとその時の小競り合いは傭兵団が壊滅して街の体制が崩れたことにより起こったのかも知れないと考えたからだ。

 その問いにレティは久しぶりに笑顔をみせた。



「あ~。あの戦いね……。中の様子が露呈して好機と思って攻めてきたみたいだけど、鬱憤がたまりにたまっていた兵士達に一蹴されたやつね」

「確か圧勝だったとか……」

「そうそう。全員鬼みたいになって戦ってたよ」

「じゃあその兵士が壊滅させたのか?」



 フロンの質問にレティは首を横に振る。その顔に先程までの暗いものはなくなり気分爽快といった様子だった。



「奴等を壊滅させたのはたった一人の少年さ」

「少年!?」

「ああ……。ただの十二歳の少年だったんだ」



 レティはその話を語り始める。

 ある日、一人の少女が数人の男達に襲われ犯されそうになっていた。

 当時、その光景が日常茶飯事になっていた為に誰もが見て見ぬ振りをして自分に火の粉が降りかからないようにしている中、とある少年がその少女を助けたのだ。



「その光景を間近で見ていた人たちは皆が『なんてことをしてくれたんだ』って思っていたらしい」

「どうしてです?」

「そりゃ、奴等を止めたらその反動で周りのみんなが被害を受けるからだろう?」

「人身御供か……。胸糞悪い」

「そう言うなフロン。あの頃は誰もが自分の事だけで手一杯だったんだ」



 少女を助けたとしてもその後大勢の仲間を連れて自分とその家族に暴力が振られると分かれば誰であっても臆病になる。

 それに当時の人々は心身ともに限界だったのだ。正常な判断が出来る人は減っていき、逆に犯罪に手を染め理性を失った獣のほうが多かったほどだ。


 そんな中で少年は少女を助けた。

 群がる男どもを殴り飛ばし、その勢いで傭兵団のリーダーの首を取ったというのだ。その荒れ狂う少年の姿に見ていた人々は恐怖しつつも賛同し、逆に貴族達は戦慄して縮こまった。



「立ち塞がる犯罪者達を片っ端から叩きのめしていき、三百人以上いた傭兵団を一人で潰した彼を人々は畏敬を込めて『黒の魔人』と呼んだのさ。それがここの男達がむやみやたらに声を掛けてこない理由さ」


「その少年はどこに?」

「その後すぐに街を出て行ったよ」



 彼の功績をまるで自分の物のように自慢するレティの姿を横目に二人は固まっていた。

 エレナはそんな現実的ではない話に戸惑うことで。そしてフロンはその名のある部分に興味を引かれて。



「レティ……」

「うん? どうしたフロン」

「……その少年が『黒の魔人』と呼ばれていたのは……なぜなんだ?」

「それは――」


話の途中ですが長くなるために分割させていただきます。続きは「その4」にてお楽しみを。

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