教室
誰もいなくなった教室は、何も語らない。
声をかけようとしたけれど、失っていた何かが込み上げてきそうでやめてしまった。
席を立つと乾いた音が響いた。
興奮と幸運と高揚と幸福に満ちた僕らの空間も、今は空っぽの空地になってしまった。
通り過ぎていったあの時間は取り戻せないものなのだろうか。
音もなく滑り落ちていった砂を一つ一つつまみ上げるように、その時々の思い出が僕の脳裏を掠めていった。
照明を消して、入り口に立って振り返った。
次にこの扉が開かれるとき、ここではどんな出来事が始まるのだろうか。
感動と涙の友情物語か。
栄光と勝利の英雄譚か。
はたまた、
甘酸っぱい恋の挫折談か。
いずれにせよ、僕たちの書き上げたこの最高の思い出に勝るものは無いだろう。
ドアに手をかける。
それは、これまでになく重たかった。
それでも、その手を止めることはなかった。
一歩、外に出て。改めて振り返る。
夕焼けの差す教室に、最後の言葉を告げた。
「お別れ……だね」
ここで過ごした一年間と。
そして、数奇な運命に導かれた至高の友と。
胸の奥から溢れ出したものは、暫くするとどこかへ行ってしまった。
ドアを閉める手は、やけに軽かった。