佐藤伍長の失敗(?)談
精神論はほどほどにしましょう。
佐藤 誠 陸軍伍長であります。
とある駐屯地で、新入隊員教育隊の班長をしていた時の失敗を聞いて欲しい。
実は俺の受け持った班には、どうしようもなく軟弱なヤツがいた。
あまりに弱い奴なので、休日も使って一緒に鍛えてやることにしたんだ。
それは、ある暑い日、真夏の気温は35℃を超えた日だったかな?
俺とそいつと二人で走り込みをしてたんだが、10分と経たずに弱音を吐きやがった。
「班長、暑くてもう無理っす」
頭に来た俺は言ってしまったんだ。
「馬鹿野郎! 暑い思うから暑いんだよ! こんなんは気の持ちようだ!」
そいつは弱いけど、素直なヤツだったんだ。
「わかりました。頑張ります! 暑くない……暑くない……」
念仏のように唱えながら、そいつは2時間走り続けたんだ。
あれ以来、やつは変わってしまった。
何か苦しいこと、辛いことがあっても 、
「痛いと思うから痛いんだ」
「辛いと思うから辛いんだ」
「こんなん気の持ちようです」
と、無理矢理笑顔を作って耐える、強靱な精神の持ち主へと豹変したんだ。
良かったじゃないかって?
確かに、強くなって嬉しかったよ。
だから俺は、コイツをベタ誉めして、“気の持ちよう”で何でも耐えれるそいつを、班員たち全員に見習わせたんだ。
それがいけなかった。
新兵たちが卒業する数日前だったかな?
俺はその当時付き合っていた彼女と別れたんだ。
理由は彼女の浮気。
俺と付き合い始めてすぐくらいから、もう別の男がいて、俺なんかたまにデートするだけで精一杯なのに、その男とは泊まりがけで旅行に行って、俺が気づいた頃にはその男とはもう結婚前提の付き合いだった。俺のことはいつ棄てようか、カネヅルだったらしく、タイミングに迷っていたとか。
ショックでしばらく仕事が手につかなかったね。
悲しいじゃん。寂しいじゃん。悔しいじゃん。
卒業式の日に、落ち込む俺の肩を叩いて、軟弱だったアイツが励ましてくれたんだ。
「班長、元気出して下さい。」
アイツは、魔法の呪文を唱えた。
アイツにとっては強化の呪文。
でも俺にとっては、精神破壊だった。
「悲しいと思うから悲しいんですよ。気の持ちようです」
一瞬、反論仕掛けて、俺は口をつぐんだ。
コイツに悪気はない。よく見ると、同じように指導した班員たちが俺を見ていた。
俺は引きつった笑みで、これを肯定しなければいけなかった。
精強な隊員育成に成功してますし、佐藤伍長はこの現実になんとか耐え、指導責任を果たしました。
でも、これで良かったとは思えないですよね?