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大帝国ヴェドレーナの5神  作者: シリウス
M.S メインストーリー
9/11

Ep.9 世界を超えた想い

「…どうして、どうして弥生やよいがこの世界にいるのよ!?」


薄暗い部屋の中で、スファティは叫んでいた。今、彼女の目の前では、この世界の住人ではない人間、弥生が目を閉じて横たえていた。強力な睡眠薬の作用のように思われる。


「フフッ、どうしてでしょうねぇ…。私はただ、鏡から飛び出していた何かを引き入れただけなのですがね…フフフ」


相変わらずの不気味な笑いに、正直スファティは引いていた。そして、改めて弥生の顔を覗き込む。


「何で…?どうして貴方が…。大志は大丈夫なの…?」


何故か徳神の事を何度も問い掛けるスファティ。その言葉に興味を持ったデュガンザは発言する。


「徳神 大志くんの事、ですかな?」

「っ!?」


またもや分かりやすい動揺に興味を見出し、時空間嵐の悪魔は一つの指輪をポケットから取り出した。


「フフフ、貴方が今一番気にしている方は彼でしたか…。残念、こちらの方かと思っていましたよ」


笑みを絶やさぬままに五度目の召喚を行うデュガンザ。投げ入れた指輪の色は、黄色だった。


「そ、それは…!!」


スファティの顔から血の気が引いて行く。見てはいけないモノを見てしまった時のように気まずい雰囲気が漂う。黄色い指輪が持つその不思議な力は留まる所を知らないようだ。だが、デュガンザはそれでもなお召喚行為を止めようとはしなかった。寧ろ楽しんでいたのかもしれない。


「あ…あぁ…、ダメ…ダメよ、それは、あぁ…」


言葉にならない感情が心から溢れ出す。どうしようもない気持ちが精神を支配して行く。何が起きるかなどといった予想なんて立てている場合ではなかった。


「フ、フフフ、ククク…、良いですねぇ。何が起きるか、そうなってからのお楽しみ、ですねぇ」


不気味に笑い続ける悪魔に、精神的な大ダメージを負ったスファティが言える事は何もなかった。


「…おっと、そうでした。彼らにここへ来てもらわれては困りますからねぇ、スファ…、いえ、ここは別の方に行ってもらいましょう。カルヤ!カルヤよ!」


デュガンザは、既に召喚が完了していた一人の男を呼び出した。すると数秒後にノックの音が聞こえ、「どうぞ」という主の了承の声と共に扉が開き、薄暗い部屋を照らす光が外部から見え始めた。


「いつからお前のようなやつに従わされるようになってしまったのだ…!?俺に何をした!?」


部屋に入るや否や、開かれた扉から現れた男はそう嘆いた。だがデュガンザはその言葉に応じる事なく無慈悲に言い放つ。


「この施設に今、5神が来ています」


覇王と砂王の事までは知らないようだ。


「『その5人を抹殺して下さい』、頼みましたよ?フフフフ…」


暗示のように発言されたその言葉は男を動かした。


「クッ…!!身体の自由が奪われて…!」


表情を険しくしたままデュガンザに一礼。そうしたくなくても身体がそう勝手に動くのだ。その行為にすら苛立ちを覚えるカルヤ…先代の天護は嘆き続けながらも、扉を閉めた後、廊下を歩き始めた。

徳神ら現役ヴェドレーナの5神と二人のロディパーネの王が向かっている場所目掛けて。


「う、うぉおおおお…」


唸り声は長い廊下に木霊こだまするだけだった。



「な、何かここ、不気味ね…」


喋ったのは音神だった。鉄筋コンクリート造りの施設に侵入したヴェドレーナ、ロディパーネの一行は、無機質な壁が永遠に続くのではないかという程に羅列している通路を施設内部を目標に進んでいた。音神の言う通り、不気味な事この上ない。通路の天井もこれまた味気なもので、コンクリート丸出しの面に対して所々に水道のパイプラインや電気配線の束などが見られる程度だった。


「ねずみさんとか、いるかなぁ?」


気にする事が一々幼い一神の言葉に一同は少しばかり和みを得る。


「そうだな、こんな場所だから、大きなネズミがいるかもな」


徳神がそう反応してやると、一神は笑顔を見せる。今の言葉の何処が嬉しかったのかは分からないが、まぁ、良いとしよう。

そして、暫く歩き、ある時。


「…徳神」


不意に覇王が立ち止まった。徳神も何かを感じ取ったからなのか、立ち止まって周囲を確認し始めた。もちろん一神が反応していた事は言うまでもない。彼女は彼女でその感じを一早く察知し、メンバーに暗号化して通達していたのだった。敵に勘付かれないようにしなければ、敵に隙を与えかねないからだ。しかし、その暗号を理解出来たのは徳神と覇王の二人だけであり、他のメンバーは立ち止まった事に驚きすら感じていた。


「徳、何を感じたんだ?真菜も知ってるなら教えてくれよ」


水神の尋問に、一神は敢えて答えなかった。だがその行為がトリガーとなり、水神も漸く状況を把握した。


(なるほどな…、敵が近いって事か…)


よくよく耳を澄ますと、どこか遠くの方から唸りのような声が響いて聞こえて来ていた。不気味な通路に響くその声は、その環境のせいか一際気味が悪く聞こえた。


「お、おい…今の、何だよ…」


羅神は動揺している。するとその声に反応して一神が羅神の口を小さな両手で覆った。


「らっくん、めっ」


小声でそう囁かれ、黙って頷く羅神。その顔には恐怖による強張りと、幼い少女の手によって口を覆われているという謎の感覚による高揚感とが混ざった表情があった。


(ちょっとこれは嬉しかったり…)


羅神の顔が紅くなっている事に気付き、一神は咄嗟に手を離した。


「はぅぅ、ごめんね」


一神はひそひそと囁くような声で言うと、唸り声のした方向を見た。無論、現在向かっている内部方面だが。


「大志…、今のって…」

「あぁ。次の脅威、ってやつか」


脅威とは、もちろん敵ーデュガンザに操られたーの事である。

徳神達は気を引き締めて歩き出した。もういつ敵が現れてもおかしくないと考えたからである。しかし、敵はなかなか現れなかった。歩けど歩けど、その先に見えるのは無限回廊。何処にも人影などは見当たらなかった。だが、進んでいるというのは確かなようで、施設に侵入してから初めて、ただのコンクリート塗りの壁に部屋の扉のように四角く縁取られた部分を見つけた。


「これは…扉…?」


音神はそう言いながらその部分へと近付いた。


「大志、あのドアって、確か…」


一神は何かを思い出したようだった。それもそのハズ。その扉の先にある部屋は、5神に就任した際に入った部屋、すなわち所謂多目的ホールなのだ。


「あぁ。懐かしい場所だ」


徳神は気を許してはいけないと理性では理解出来ていた。だが、このような直接思い出とリンクするものに出会うとどうも本能が気を緩めてしまうような気がしてならなかった。


「俺様達には、あまり関係がなさそうだ。部屋の外にいる。用が済んだら早く出て来い」


気を効かせてくれたのだろうか、覇王と砂王は見張りを引き受けてくれていた。


「…恩に着る」


徳神は産まれてまだ殆ど見せた事のない微笑みを見せた。


「徳神、見て…」


扉の直前、部屋側に立って覇王や砂王に礼を言っている徳神に音神が声を掛けた。


「これ、覚えてる?」

「それは…!」


音神の手に乗せられていたのは一つの時計だった。先代の5神が肌身離さず持っていたものだ。5神を証明するものと言っても過言ではない。


「私、聞いた事があるの。この時計って、普通の時計じゃないんだって」


そんな事は言われなくても分かるが、と思った。


「この時計には、AISアビリティ・インプルーヴ・システムっていうのがあるんだってさ…。なんか、このタイミングで見つかるって事は、クラメディス(先代の5神、音神のポジション)から『使え』って言われてるような気がするんだけど…」


確かにそうだ。何故先代の5神が肌身離さず持っていたものが今ここで見つかるのか。どう考えても答えは出ないが、音神が言うように考えると、無きにしも非ずな気がする。もしかすると先代の炎護である火崎ひのさき かいの指輪の時ように、こちら側の誰かが置いてくれたのかも知れない。徳神はその時計を手首に着ける事にした。


「…悪くはないな」


そう呟いて時計の着いた左手首を眺めた。

水神もその徳神の行動を真似て左手首に青い時計を着けた。


「思った程重くないんだな、コレ」


簡単な感想を述べた。

そして、ヴェドレーナの5神は、時計を装備し、その部屋を後にした。

…しかし5神は、その部屋を出た直後、凍り付いた。

その目に映っているのは、戦闘中の覇王と砂王だった。どうやら二人で手を組んで戦っているらしい。二人とも酷くやられていた。

…と、呆然と立っていた5神それぞれの耳に声が聞こえた。


「早く…先へ…」


その声も、火崎同様、懐かしいものだった。そこで我に返った5神は、ロディパーネの二人が交戦している相手を見た。


「…先代の、天護…。空野そらの ひかる…!」


空野もまた身体だけを操られているようで、表情は苦しそうなものだった。ザドゥラスの長であるデュガンザの非道さは火崎の時にも感じていたが許せないものだ。その人本人の全てを操ればまだいいものの、デュガンザは足止めの時間を増やす最大の作戦としてこの肉体のみの操作を行っているのだ。


「何故だ…、どうしてまた先代の…?」

「守護使しか操られてないのな…」


ヴェドレーナの5神はそう思った。しかし、ロディパーネの二人を援ける為に戦線に立った。


「大丈夫かッ!?」


徳神が覇王に訊く。よく見ると覇王は装備を完全に出来ていなかった。


「そ…うだな…、せめてフル装備出来れば、良いんだが…」


息を切らしながらそう答えた。そこで徳神は先代の天護に向けて声を放った。


「先代の天護、空野 煇!一体どういうつもりだ!?」


会話によって動きが止まるかどうかを試してみたのだ。まずは本人自体に戦う意志があるのかどうかを問うところから始める。


「空野…煇…?…!!俺の、本名!?なっ、誰だ!?」


彼はいつも“カルヤ”というニックネームで呼ばれていた。もちろん、5神もその事は知っていた。新5神へ完全に移行するまでの数ヶ月間は先代の5神や守護使と共に過ごしていたからである。


「あぁ、そうだ。カルヤ。貴様の本当の名だ」


カルヤはそこで漸く気が付いた。自分の名を呼ぶのが徳神であったという事に。その直ぐ後ろにはカルヤの愛弟子でもある音神の姿もあった。


「う…おぉぉ…!」


急に頭を抑えて唸り始めたカルヤ。目を見開き、苦しそうに胸を押さえている。

この唸り声は少し前に聞いた不気味な音と一致した。


「…どうやら、貴様も戦いたくてここに来た訳ではなさそうだな」


そのカルヤの様子を見た徳神がそう言うと、その後の会話を音神へとバトンタッチしたのか、カルヤに背を向け、音神を残して戦線離脱した。


「カ…ルヤ…?」

「吏子…、すまない…俺には今どうしようもないんだ…」


火崎の時同様、何か命令を与えられているようだ。おそらくは『殺せ』というものだろうが。

先程まで戦っていた覇王と砂王は警戒を怠らず、出来る限りの武器装備ヴァッフェをフル装備し始めた。


武器装備ヴァッフェ:フィンティノ・エスクード」

武器装備ヴァッフェ:アビセラ・ランチャー」


これで覇王の両手には長めのライフル銃と、思念によって全身を覆う事も出来る伸縮可能の盾が装備された。砂王は愛用のランチャーガジェットを装備した。

一方、そんな二人の警戒を片目に見ながら、自分が行動を起こす前に倒して欲しいと願う空野…カルヤは、音神との再会を悔やんでいた。こんな形で再会するのは、彼にとって屈辱以外の何でもないのだ。


「カルヤ…私、強く、なったんだよ…」


涙を目一杯に溜めながら、音神はそう言った。本来、空野は既にこの世にいない存在なのだ。


「あぁ…、そうみたいだね…。俺の知るあの吏子じゃあ、もう、ないんだな…」


空野もまた涙を全力で堪えていた。ただ、その手は小刻みに震えており、火崎同様、デュガンザの操作を全力で阻止しようとしているのが分かった。


「クラメディスは…行方、分からないんだ…」


とうとう音神は一粒、二粒と涙を零し始めてしまった。クラメディスというのは先代の5神、音神のポジションであった“気象の神”の事だ。音神に5神の座を譲ってから、他の先代の5神と共に、ある計画の解明・処理に向かってしまったっきり、会えなくなってしまったのだ。


「そう…か…。俺、やはりな…」


音神につられてか、空野も涙を流していた。しかし、ついに抵抗出来なくなったのか、両手に長い針のようなものを出現させていた。

空野が死んでいるという事は今の天護が存在している事から理解出来る。守護使は死亡すると同時に新守護使が選出されるからだ。


「死ぬ気か?」


不意に覇王は迅速に音神と空野の間に入り込み、エスクードを展開させていた。カァン!という金属のぶつかる音が聞こえる。どうやら空野の意志制御が出来なくなり、攻撃し始めて来たらしい。覇王が来なければ、音神は完全にやられていた。砂王は砂王で、音神の背後から空野に狙いを付けていた。


「うぁぁあああ!!」


空野も自分がした事に気が付いたからか、叫んでいた。


「俺は!俺はこんなつもりじゃあ…!」


言いながらもエスクードは連続的に衝突音を鳴らしている。


「砂王、とどめを…」


覇王が言いかけたその時だった。


「やめて!」


音神は全力で叫んでいた。叫びながらエスクードから出、両手を広げて砂王の射程を邪魔した。


「!!吏子さん、そこは危ないです!」


砂王は退くように指示したが、音神は従おうとせず、そのまま立ちはだかった。


「吏子さん…、気持ちは、分かるけど…」


砂王は躊躇し始めた。と、その時。


「おや、戦闘に休憩はありませんよ?カルヤ」


突然声が聞こえた。そして、その声に反応していたのは、それまで黙って経過を見ていた5神の、他ならぬ徳神と一神だった。


「大志!」

「あぁ…間違いない。奴の声だ」


今回の計画の主要対象、デュガンザの声だった。


「デュガンザ…こいつが…?」


水神もその姿を目に焼き付けていた。デュガンザは、黒いワイシャツに白のスーツという格好をしていた。しかし足元はよく確認出来ず、その姿はよく見るとまるでホログラムのようになっていた。元々実体を持たない“悪魔”だから、完璧に目に見えるというのはそれはそれで怖い訳だが。


「なんと!5神の皆様もお揃いで」


わざとらしい演技めいた両手を上げて驚く動作で5神と向き合い直すデュガンザ。


「まさかここで出会うとはな」


徳神は言う。


「いえ、会ってはいませんよ?まだ…フフフ」


何が可笑しいのかは分からないが、不気味な笑いを止めない悪魔。


「…カルヤ」


デュガンザが指示した次の瞬間、空野は抵抗も虚しく無理矢理攻撃をさせられた。だが、その攻撃は音神に当たる事はなかった。


「グファッ!」


聞こえたのはそんな呻き声だった。恐る恐る音神は振り返る。

…そこには、覇王の姿があった。肩の辺りを貫通した針のような物は、紅く染められていた。


「え…」


音神はそれしか声が出せなかった。紅い液体は留まるところを知らず、どくどくと流れ出て行く。


「うぁぁああああああ!!!」


味方勢を傷付けたという感情が空野を狂わせ始める。音神はただその光景を目にし、その場にぺたんと膝から力が抜けたかのように座り込んでしまった。徳神も一神も、何一つ声を発する事など出来ない状況だった。羅神は目を見開き、そのまま凝視していた。デュガンザへの怒りが、その瞳には強く映っていた。水神はその様子を確認したからか、羅神の前へ出、制した。


「…今は、様子を見るんだ」


怒りと悔しさに目一杯に涙を溜め込んだ羅神は、固く結んだ拳を震わせていた。


「覇王さんッ!?」


漸く状況が理解出来たのか、突然砂王が声を上げた。すぐに覇王のそばへ寄り、針のような武器装備ヴァッフェを抜こうとする。


「クククク…、せいぜい頑張って下さい…。私の邪魔はしないで下さいね」


狂っている。そこにいる全員がそう思った。


「邪魔…?この施設内で何かをしているってことか…?」


水神は冷静に分析を始めていた。そして、すぐに気が付いたのか、徳神と水神は同時に答えを導き出した。


「「全世界支配下計画アル・グラヴァル・プランか!?」」


全世界支配下計画アル・グラヴァル・プラン。それはかつてこの世界を脅かした大計画の事だった。

今から約8年前に、5神ーー新5神ーーは選出された。その結果として徳神達が選ばれたのだが、その背景には理由があった。

話は8年前にさかのぼる。



「今回、君達を選出したのは他でもない。君達には新5神としてこの国を治めてもらいたいという事だ」


その言葉は、徳神と一神が二人揃って当時の5神の施設である“ヴェドレーナの5神本部”へやって来た直後に発された。


「…それと、選出したのには、理由がある」


そう言われ、徳神達はその後の言葉に耳を傾けた。


「つい最近、妙な噂が立っていると思うが、俺達はその対処に向かう事にした。あの噂、『全世界がある人物によって支配・淘汰される』というものは、どうやら本当らしくてな」


“元”とはいえ5神としては見逃せない事、と言いたいらしく、先代の5神の水神ポジションに君臨する男はその後一つだけため息をつき、「そういう事だ」と言い残し、部屋を出て行ったのだった。

当時噂されていたその話題はまさしく『全世界支配下計画アル・グラヴァル・プラン』と呼ばれていた計画だった。だが、当時は首謀者の素性や動機などは明かされておらず、単なる噂だと思い込まれていた。しかしとある日の午後、5神はヴェドレーナの信頼する研究大国であるアドゥリーノから連絡を受け、5神は噂を噂と捉える事をやめ、事実として調査を開始したのだ。すると、計画は実際に進められているという事が判明し、例の“鏡”の事も浮かび上がってきたのだ。そして、先代の5神は衝撃の事実を知る。鏡の中の、『悪魔の存在』に。当時はもちろんデュガンザに憑依はしていないため、はっきりしない、悪魔の本来の姿をしていたそうだ。



「まさか…先代が姿を見せないのも…!?」


現在。8年前を背景に、5神全員に電撃が走った。だが、死んだ守護使が生き返っているという事を考えると、先代は死んではいないのではないかと思う部分もあった。強さでは、守護使よりも5神の方が上なのだから、復活させて足止めに使うならメンタル的にもパワー的にも明らかに5神を利用する他ないだろうと思えるからだ。


「ククク…、教えて差し上げましょう。あの方々はご健在ですよ。フフフフ。ただ、ちょっとした迷路にハマっているだけです…」

「迷路だと?」


徳神は聞き逃さなかった。


「フフフ…、迷路ですよ。迷いを愉しむ遊戯です…ご存知ありませんか?」


そんな事は分かっている。そう言いたかったが、何かまだ裏があるような気がして口にはしなかった。

すると。


「『迷路』とは言っても、出口はありませんが…。フフフフフ」


その言葉を聞いて驚いたのは意外にも空野だった。彼は今全力でデュガンザの身体支配に抵抗している。


「!?話が…話が違うぞ悪魔!!」


どうやら前以てしていた約束の内容と違うようだ。空野は酷く慌てている。


「………話とは何だ?」


肩を負傷しながらも覇王は訊いた。この状況では空野が一番事を知っていると考えたからである。それに、怪我をした本人として、会話をこちらから仕掛ける事で「悪意のある行動でこうなったわけではない、故にそこまで気にするな」と伝えたいのだ。


「…それ、は…」


覇王の質問に、急に俯く空野。だがすぐに持ち直し、一つ頷いた後、口を開き始めた。もちろん、抵抗だけに頼っていられないと考えた砂王と羅神によって両腕は拘束されている。


「もう、黙っている必要もない。俺達は、奴の甘い誘惑に乗ってしまったんだ…5神を救いたければ、言う通りにしろ、というね」


これだけではまだよく分からない。だがデュガンザだけは、その文章だけで嘲笑っていた。そして、空野は5神と5王の二人にむけて言い放った。


「言う通りにした結果…、そうだな。簡単に言うと、殺された」


刹那、時間が凍り付いた。


「……どういう、事だ?」


完全に意味が分からなかった。今の話を要約すると、デュガンザが死ねと命令し、それに従った…。そういう事になる。


「デュガンザ…!!」


5神、5王勢を代表して徳神が口を開いた。それに対しデュガンザはこれ以上ないという程の笑みを見せながら言った。


「フッハハハッ!久々ですねぇ、こんなに笑ったのは。いえ、失敬。フフフ…、そうです。彼の言う通りですよ。私は確かに言いましたよ、当時守護使だった彼らに。『迷宮入りした5神を救いたければ、私を倒せ』と…。フフッ、ハハハッ!そんな事、出来るわけもないだろうに!全く、可哀想な方々ですよ、はい」

「貴様…、今自分が言っている事は理解しているのか?」


今まで見せた事のない怒りの表情を見せる徳神。他のメンバーも、同様にデュガンザを睨んでいた。身体を支配されている空野までもが。


「おやおや、まさかとは思いますが、あなた方も同じ様な案件でしょうか?…私を倒す、などという…フフフフ」


奇妙な笑い声は絶えない。コンクリートの無機質な壁に反響するその声だけが、施設内に響く。


「………我らは、倒す。…我らなら、貴様を倒せる!!」


徳神は強気に出た。そして、


武器装備ヴァッフェ:シュトラーレ・デヴァステイト・セオス・シュヴェールト」


武器装備ヴァッフェを行い、構えた。


「残念ですが…、私にその攻撃は当たらないかと…フフフフフッ」

「やはりな」

「…ご存知でしたか」


不意にデュガンザの顔から不気味な笑みが消えた。これはこれで逆に気味が悪い。しかし徳神は何かを理解したようで。


「全員に告ぐ。デュガンザは…“あの部屋”にいる」


そう言い放った。聞いたヴェドレーナ勢は、言葉を失った。


「え…でも…」


音神が記憶を辿り、発言する。


「確かに昔ここにいた時、『誰も近付いてはならない封印されし部屋』っていうのがあったけど…、結局誰もいなかったじゃない」


そう。確かに以前この施設で5神になるための引き継ぎなどを行う際に、前以て『この部屋だけは入るな』と言われた部屋が一つあった。しかし、好奇心に負けた音神や羅神、徳神などが探索に入った所、何も無く、誰もいなかったのだった。


「あぁ、何も無かった。だが、それを不思議に思わないのか?気づかなかったのか?全ての物が無かった…いや、“見えなかった”だけだと」


音神の表情がだんだんと暗くなる。


「その節はどうも、ありがとうございました」


突然会話に割り込んで来たデュガンザはそう言っていた。やはり、その部屋で厳重に封印されていた時空間嵐の悪魔を解放してしまったのはとの時のようだ。


「その後からだ。全世界支配下計画アル・グラヴァル・プランが本格的に動き始めたのは。だが、実際は悪魔は自らの何割かを予め鏡に残していたのだろう…。先代の5神が追い詰めた時に」


徳神は憶測を述べた。すると、デュガンザはニヤリと笑うと同時に口を開き、声を発すると共に表情を消した。


「えぇ。5神には『負けたフリ』をしましたよ。計画に支障が出ては困りますからねぇ。私は果たさなければならないのですから…」


どうも話が飛びすぎている気がするとヴェドレーナ勢は感じていたが、空野だけは理解していたようだった。


「そうか…!!おい、悪魔!お前、本当はお前自身もこんな事はしたくないんじゃ…」


そこまで言うのと同時にデュガンザは空野に急接近し、顎を掴んで言った。


「それ以上言うと…殺しますよ?5神の方々を…」


徳神や一神などには声の大きさはとても小さく、よく聞き取れなかったが…空野はデュガンザに対し、何かを理解したようだった。


「カルヤ…?」


音神は座り込んだまま、空野のデュガンザに対する態度の変化を気にしていた。


「…吏子、一つ頼みがある」


空野がそう言うと、デュガンザは突然消えた。だが、それも理解していた空野は言葉を続けた。


「…何?」

「悪魔を…、時空間嵐の悪魔を、救ってやってくれ」


その瞬間、何を言われたのか、そこにいる全員が理解不能だった。極悪非道の悪魔、今まで起きた現象の全ての元凶とも言える悪魔を、救え。そう言われたのだ。


「どういう…事…!?」


音神の言葉は、施設内に木霊するのだった。



元ヴェドレーナの5神本部施設、ザドゥラスと呼ばれる地域の外部、『Ⅵ』と描かれた扉の前で、火崎は倒れていた。ただ、生きていた。


「悪魔よ…本当に、これで、これで良いんだな…」


力無く呟いて、火崎は光に包まれ…そして、跡形も無く消え去った。

同じ頃、ザドゥラス中枢にある部屋には、二人の女性の姿があった。一人はまだ寝ている状態だ。


「時空間嵐の悪魔…一体彼は何がしたいのよ…」


スファティは座ったまま嘆き、部屋の中央に顕れた男を見ていた。


「…俺が話そう」


スファティの目の前にいる男は、ゆっくりと口を開いた。


「弥生は…、そうだな、彼女は…この計画のメリレートだ。まさか大志もそうだとは思ってもみなかったがな」


そう、この男性はまさしく。


「…説明、続けて。徳神」


徳神とくがみ 孝一こういち、徳神 大志の父に当たる存在だった。


「…まず初めに言っておく。

…時空間嵐の悪魔、あいつの目的は、

全ての世界を支配する事ではない。

真の目的は…


…全ての世界で自らの“欲”に溺れた者をただす事…


…言ってしまえば、この全時空間世界で唯一の救世主だ」


この瞬間、全ての歯車が、動き始めた。

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