Ep.8 過去との戦い
計画が漸く動き出し、ヴェドレーナの5神は全員が計画実行員となっていた。
「徳神、ザドゥラスまで後どのくらいかかるの?」
音神は質問する。今この中でザドゥラスへのルートを知る者は徳神しかいない。
「後…そうだな、大体司令室からロディパーネまでと同じくらいの距離だ」
数年前までヴェドレーナに所属していたザドゥラスまでの道程は、意外にも遠く感じた。
その道程を、徳神の隣には一神、そしてその後ろに右から水神、音神、羅神の順に並んで歩いている。時たま、一神が小鳥と遊んだりしている為に、緊張感は然程感じる事はなかった。こういう効果を反映させる一神は癒し系、なのだろうか。
と、それから数十分歩いた後の事だ。
「…待たせたな」
徳神のその一言で振り返ったのは武器をフル装備した青年、覇王 時雨だった。彼は武器装備を解きながら口を開いた。
「徳神か。…なんだ、お前の所は全員参加か」
「まあな。本当は我一人の予定だったんだが、砂王の罠が見破られてしまって」
「そうだったのか、すまんな、使えないやつで」
「いや、だが寧ろそのおかげで我は仲間の信頼とこれから先の未来に希望を得ることが出来た」
2人が会話をしている間、ヴェドレーナのメンバーは周囲を警戒し始めていた。何故なら、その場所の至る所に兵士などが身に付ける防具や武器が散らかっていたからだ。肉体は見当たらないが、どう見てもこれは戦った跡にしか見えない。
そのメンバーの行動に気が付いた覇王が、ヴェドレーナの5神に言った。
「心配するな、それは俺様が敵を倒した跡だ。やつら、倒れると同時にこんな感じに風化しやがるんだ」
徳神と一神は、寡黙で有名な覇王がよく話す事に対してレアな事だなと思いながら聞いていた。
「徳神、もう少しだけ待ってくれ。もう時期砂王が来るハズだ」
覇王はそう言って5神がやって来た方角とは真逆の方向へ視線を向けた。その動きにつられて徳神もその方向を見てみると、遠くに小さい人影を確認出来た。
「我は別に構わない。あいつも計画の関係者だろう」
「まあな。役立たずはこれから汚名返上ってやつだ」
「なんか時雨さん、今日は口数多いね」
一神は率直な意見を述べた。砂王がここへ来るのは視覚的距離感から言って後三分程度だろうか、人影は徐々に大きくなって来ていた。
その間、他のヴェドレーナの5神メンバーは只々状況を把握するべく周囲を警戒しながら見回していた。
「なぁ、コレを見てくれ」
羅神は水神に向かって一つのベルトのような金属製の防具を見せた。それには、明らかに普通ではない事を示すものがあった。
「武器装備の跡…?」
そう、それはヴェドレーナ兵やロディパーネ兵などが使用する、武器装備を行った事によって副作用的に付く跡だったのだ。外部からの攻撃によって付くようなものではない。
「あぁ。もしかすると…、いや、こいつらは確実に武器装備使いだったみたいだ」
相手が5神や5王同様に武器装備使いだとすると、徳神や覇王にとっても何かとやり辛くなる事は当然の事だ。それに、この痕跡を見る限りでは、明らかに熟練された武器装備だという事が分かる。
だがしかし、見つけたものはそれ以外にもあり、そして寧ろそちらの方が重要だった。
「ねぇ!これ…!」
それは音神が見つけたものだった。
「それ…まさか先代の…!?」
見つかったのは先代のヴェドレーナの5神に仕えていた守護使が身につけていた指輪だった。紅いその指輪は“鋼鉄の神”に仕える者を示し、その者は『炎護』と名付けられる。現在の炎護の先輩、という事になる。
「おい、それってつまり…」
「あぁ。予想以上に難しい戦況になりそうだ」
水神は羅神と音神を交互に見ながらそう言った。徳神にも知らせようかと思ったが、水神は徳神の父の事を知っていたために言葉が出て来ず、知らせる事が出来なかった。
「まずい事になったな…」
「どうすれば…」
音神の顔からも暗色の色が伺えた。
一方、砂王は漸く徳神達のいる場所に到着した。この世界には徒歩以外に方法が無いのかと思うかも知れないが、方法はある。車やバイクといった、工業的製品もあるし、何と言ってもワープが出来る。しかし、車やバイクではどんなに気配を消そうが普通の身体以上にレーザー反射率が高くなってしまうために、もしレーダーなどを使われていた場合、見つかる時間が早まってしまうのだ。もちろん、敵が上へ連絡を入れようとすればまずはその連絡手段を断つ。それだけこの計画はザドゥラスの核心に近いという事なのだ。また、ワープに関しては、移動の際に目には見えないが強力な時空間波が放出される為に、こういう場合には好ましくない。
「遅くなってしまって申し訳ない、ロディパーネからだと、ちょっと遠くて」
「理由などどうでも良い」
覇王は普段通り素っ気なく答え、視線をザドゥラスの本部へと向けた。
「徳神、行くぞ」
「そうだな」
二つの国のリーダーは意見を合わせて歩き出した。
「水神、音神、羅神、背後は頼んだ」
珍しい徳神の頼みに暫く茫然としていたが、すぐに理解し、承諾した。
「任せなさいよね!」
音神の一言で徳神は何故か安心感を得ていた。
その頃、ザドゥラス本部中枢室には、時空間嵐の悪魔に取り憑かれた男・デュガンザの姿があった…そしてもう一人、この世界にはいるハズのない人間の姿もあった。
「これはなんたる幸運。いえ、この人や5神5王からすれば不運…。まぁいいでしょう、使えるものは使う。それだけです」
不気味な敬語の使い方と不適な笑みを見せながらそう言って一人の女性の髪を撫でる。
「しかし、一体どうしたものでしょう?いつの間にか眠り姫に…。まぁいいでしょう…目が覚めた時が非常に楽しみです、いえ、愉しみです…」
何者かの強力な睡眠薬によって眠らされた女性を眺めながら、そう呟いていた。
「デュガンザ様。第Ⅵ隊からの応答がありません」
「Ⅵ…なるほど、そっちから来ましたか。確かにそこはガードが薄いですからねぇ…。何処で調べたのやら」
部下からの連絡に対し納得を示すデュガンザは、大きな椅子に座り、足を組んだ。薄暗いその部屋に真っ白な正装はよく映えている。
「君、彼らを止める自信はあるかな?」
デュガンザは部下に尋ねた。部下は冷や汗をかきながら気まずそうに視線を逸らした。
「…フフ、まぁいいでしょう。怖いのは当然です。下がりなさい」
「はっ」
またも不適な笑みを見せるザドゥラスリーダー。部下でさえもが引き攣るその顔は、現状が由々しき事態である事を密かに物語っていた。
「さてと…、そろそろこの方の出番ですかね」
デュガンザはポケットから取り出した黄色い装飾の付いた指輪を見つめてそう呟いた。
ザドゥラスの警戒があまり厚くない事を少し気にしていた徳神は、その理由を詮索していた。
「なぁ、覇王。どう思う?」
突然質問された覇王だが、彼もまた同様の詮索をしていたらしく。
「俺様が思うに、罠だな」
「…やはりそうか」
そう。これ程までに本部へと近付いているにもかかわらず初めの防衛以外何も障害が無いというのは、はっきり言ってガードが手薄、という理由だけではない事くらい徳神もすぐに気付いていた。
「真菜、何か感じ取れるか?」
徳神は一神の能力に頼った。一神は“極限の神”の異名を持つ。それは通常の人間が五感を使用できる範囲を遥かに超えた位置まで五感を利用して把握出来るという能力の為だ。記憶力も異常なまでにある。
「うん…、あると言えば、あるんだけど…、あり得ないというか何と言うか…」
曖昧な答えが返される。覇王も砂王も気になる。
「何でもいい。気付いた事は言ってくれ」
徳神がそう促すと、一神は眉を顰めて言った。
「あの建物の中に、この世界にはいないハズの人がいる…」
それを聞いて徳神は覇王と咄嗟に視線を合わせた。
「徳神、案外コレは急いだ方が良さそうだな」
「目が覚めるまでに、という事か」
「あぁ。最悪の場合、あの世界とこの世界が消える可能性がある」
あの世界とは、徳神や砂王が計画の為の情報収集などに利用した、別の徳神が存在していた異世界の事だ。
「時空間矛盾崩壊か…!」
砂王もそこで漸く理解した。
『時空間矛盾崩壊』とは、とある世界に存在する人や物が、自らの存在する世界以外の場所、つまり異世界へ移動した後に、自身の持つ時空間的情報が移動後の時空間的情報によって強制上書きされる時に発生するもので、本来は起きるハズのない現象だ。それが発生すると、何らかの対策がない限り、たった一人の人間の情報にも関わらず、対象となる異世界の全てが消滅する。プロセスはこうだ。
異世界の時空間的情報によってその人間の本来存在するべき世界の時空間的情報が強制上書きされる。
上書きされた部分の情報は存在する為の理由である“ヒト/モノの記憶”を失う。一人にでも欠けられると存在は保てなくなるのだ。
理由を失ったその場所の情報は存在出来なくなる。
本来存在するべき世界のその情報部分に時空間嵐が発生する。
さらに、結界(時空間嵐を防ぐ為にアドゥリーノが独自開発した物)を張っていない為にその時空間嵐によって消された存在の情報を知る者の時空間的情報が上書きされる(徳神と一神が遭遇した時空間嵐によって消滅した場所は彼らの知らない場所だった為に被害はその場のみで済んでいた)。
以下連鎖。
そして今回は人間である為、状況把握に至った時点で発生となる。
しかし、今現在その現象が起きていないという事から、まだその人間が目覚めていない(状況の把握に至っていない)という事が理解出来る。
しかし、それだけなら消滅するのはその人間の本来の世界のみ。だが今回はそうではなかった。理由は砂王にある。砂王は今、自身の中に異世界の徳神の存在を許していて、それには深い理由がある。それは、異世界を残す為…、元を辿れば、それは計画に完全に添えなかった事が大きな原因となっていた。
計画はこう進められていた。
第一フェーズ:まず異界接続を行い、異世界へ移動する前にその移動先に結界を張る。その後、異世界の徳神を捜し出し、ゼルディーニ出身で変身が出来る砂王が取り込み、徳神になりすます(神の悪戯なのか幸運なのか、異世界へ通じている例の鏡があの部屋に偶然にも在った事で捜す手間は省けたが)。こうする事で、異世界の徳神の持つ時空間的情報を自由にする事が出来るようになる。そして、異界接続を行い、世界同士を接続しやすくし、誰かが連れて帰ろうとやって来るのを待つ。何年間も居なくなった徳神の姿を見ればそうするだろうと、計画では音神のとる行動も全て計算済みだったのだ。だが砂王にとっても初めての事だったので、異世界の徳神の時空間的情報は移動後すぐに抑えられたが、意志的な感情や行動、また記憶までは操作しきれていなかった。ロディパーネへ帰還する頃にはなんとか取り込みに成功したが。
第二、三フェーズ:砂王が異世界からヴェドレーナへ移動した頃(計画的に決められていた)、徳神は7年間匿ってもらっていたロディパーネから異界接続を行い、少し前まで砂王のいた異世界へ移動。そして異世界からザドゥラスの位置や幹部などの情報を得る行動に入る。前にも同じような事を言ったが、ある世界は別の世界から見れば何処も全て等しい距離にある為、捜索がしやすくなるのだ。さらに、時間に捉われる事もないので、好きな時間の行動を見る事が出来る。未来は流石に無理だが。そして、情報収集後、覇王、砂王に連絡を入れ、帰還。この時、砂王は再び異界接続を行おうとしたが、それは出来ない事だと気付く。何故なら、砂王の中に存在する異世界の徳神の持つ時空間的情報の一部が既にこちらの世界の情報によって上書きされていたからだ。その迷いの結果、思わず瞬間だけ変身が崩れてしまい、それを水神に見られてしまっていたのだ。しかし、このまま異世界の徳神を砂王から引き剥がせば、それこそ時空間矛盾崩壊を招く事になると考えた。つまり現在の砂王の状態になってしまうのは仕方のない事だったのだ。
情報収集を終えた徳神から連絡を受けた覇王は、その連絡によって徳神から伝えられたザドゥラス本部の位置情報を元にロディパーネを発ち、ザドゥラス本部の一番外側にあるガードを壊滅させる。これにより、徳神や砂王は無駄な力を注ぐ事なく済み、また覇王も本戦の前に良い運動をした事になる。
第四フェーズ:徳神と砂王がヴェドレーナにて入れ替わり、全員が異世界から帰還したのを確認した後に計画のメインである壊滅行動を実行。
…という流れだった。つまり、砂王の中に異世界の徳神が存在する限り、別の同じ異世界の人間による時空間矛盾崩壊が起こった場合、誘発効果として異世界の徳神を取り込んでいる砂王の時空間的情報にも崩壊が呼応し、同時に二つの世界が消滅していまう可能性があるという事だ。
だが、そうは言えども、その種を蒔いたのはザドゥラスではなくヴェドレーナとロディパーネ、こちらに非がある為に、今のところこの現象を止める方法は、異世界から移動して来ているその人間が目を覚ますまでの間にその人間の本来存在するべき世界へ送り返す事、となる。
「タイムリミットは最大で明日までか」
この世界の睡眠薬は物凄く強力なようだ。
「甘く考えるな。最小で今夜だ」
やはり強力なようだ。
因みにまだ朝だ。だが昼が近いのか、陽射しが若干強くなって来たように思える。
徳神達一行は、一分一秒を急ぐ事を余儀なくされ、それから少しばかり走ったり歩いたりを繰り返した。見えるのは前方にある建物だけで、他は完全にサバンナ状態だった。
そして、気がついてみればもう目の前にはザドゥラス本部の鉄筋コンクリート造りの建物があった。何の罠も見受けられず、少しばかり警戒は薄くなって来始めていた。しかし。
「!?」
不意にビクついた一神を、徳神は見た。
「どうした?何か感じ取れたのか?」
だが一神は何も言わず、只々ザドゥラス本部を指差して首を横に振っていた。徳神は一神のその行動の不自然さに首を傾げながら改めて建物を眺め直した。
「…何も特別に変な感じは……!!」
言葉が途中から出て来なくなった。冷や汗が頬を伝っているのが分かる。それを見ていた覇王や砂王、他のヴェドレーナメンバーも何事かと聞いて来た。
「一体、この建物がどうしたのよ?」
「徳神、何をしている?中に入るぞ」
音神、覇王の言葉に、徳神は答える。
「待て…!この建物は……この建物は、先代の5神の本部だ!絶対に一般の人間が入れないように、関係者を示す物がない限り侵入は不可能だ!」
この建物は、先代の5神本部が使用していたものだった。つまり、かつて徳神の父が居た場所なのだった。
「何だと!?壊す事も、不可能なのか?」
覇王は驚きの声を上げていた。実際、こう言い合っている間にも羅神が槌で叩き割ろうとしたり、砂王が投げナイフを利用して扉をこじ開けようとしていたが、全く微動だにしていなかった。
「クッ…!どうすれば…」
そんな時、音神は先程拾った指輪を取り出して言った。
「コレ、もしかしたら使えないかしら…」
「…それは?」
覇王がそれを受け取る。
「さっき拾ったの。戦場跡に落ちていたわ」
徳神は指輪を見た瞬間、それが先代の守護使の指輪だと分かった。父が付けていたものと色違いだったからだ。
「覇王、音神、それは使えるハズだ…。だが、何故わざわざそんな物がこうも運良く…」
徳神は少しも喜ばなかった。どうも罠のような気がしてならないのだ。
…と、刹那、徳神は気付き、武器装備し、覇王の背後へ回り込んで二つの銃弾を斬り落とした。
あまりの速さに何が起きたのか理解出来ていない徳神以外のメンバーは、咄嗟に徳神が睨む方角を見た。
…そこには、ヴェドレーナの5神にとって何処か懐かしい姿があった。
「先代の…、炎護…?」
口を開いたのは羅神だった。今ここにいる面子の中で一番彼と接触が多かったのが羅神だからだ。
「外しちまったぜ☆」
この特徴的なセリフを聞いて、完全に思い出した。間違いなく先代の炎護だった。
「何故…!?何故俺たちを狙うんです!?」
羅神は先代の炎護に訴えかけた。すると、意外な答えが返って来た。
「何故って…、そりゃ、生かしてもらってんだから恩返しさ、主様にな☆」
この回答を聞いて、水神が発言した。
「なるほど…、やはり操られてたか」
「操り!?」
音神が酷く大きな声で驚く。
「あぁ。さっきのやつらもさ。覇王さん、初の会話内容がこういう事になるとは思ってもみなかったが、あんた確か『敵は風化した』って言ったよな?」
「その通りだ」
「つまりそういう事だ。ザドゥラスを構成している敵は全て人間じゃないって事さ」
水神の推理に、先代の炎護が反応する。
「ちょっと違うなぁ、残念☆風化するのは雑魚だけだぜ☆それに、僕らにはちゃんと意志がある☆」
いちいちイライラする喋り方だが、この際そこに構ってはいられない。
「どういう事だ?」
水神は質問する。
「さぁ?僕を倒してからのお楽しみさ☆」
そのセリフを聞き、羅神は言った。
「倒せと…、本気で言っているのですか?……覚えて、覚えていないのですか!?今現役の炎護と、俺と、あなたで一緒にヴェドレーナを監視した時の事を!忘れたのですか!?一緒に笑い合った事も!!」
羅神はとてつもなく大きな声で叫んでいた。羅神にとって恩師同然の先代の炎護。そんな彼がここで敵となるとは思ってもみなかったのだろう。誰だってそうである。
…そして、それに対する返答は辛いものだった。表情が一変、真面目な顔付きになる。
「……あーあ、悟られないようにする作戦、失敗かよ。まぁ、僕が甘かったってのもあるか。……勘違いはするなよ。僕は君達を殺すように命令されて動いてる。正確には、『銃5発分を撃て』とな。僕の射撃能力から言って、外す事はないと踏んだんだろう。つまり、今少しでも気を抜けば、すぐに引鉄を引いてしまう状態って事だ。抵抗するの、結構精神的にキツいけどね…」
急に声の温度が下がり、信憑性が出て来た。それに、こちらに随分と気を遣っていたらしい。
「僕は、自分を撃とうと思ってた。けど、それの考えも『自殺厳禁』って命令で先に潰されてさ。撃つしかなかった訳だ…。つまり、自分から明るみに出て、倒して貰おうと思ったって訳よ。あ、因みに指輪は知ってるかもだが、その扉の鍵の代わりだ。今近付けば、命令されるがままの僕は撃ちかねない。それに、倒したあとも、それが使えるモノだと知って取ってくれるかどうかは分からなかった。だから、戦場にわざと落としておいたんだ。目立つように光らせてね。…さて、話す事はもう話した。だからよ…、僕を…倒せ。早くしてくれ、抵抗出来る時間もそう長くないんだ」
気が付けば羅神は泣いていた。涙が抑えきれなくなっていた。先代の炎護は羅神へ近付いて来る。
「おいおい…、泣くなよ…。祐馬、お前なら本当に優秀な5神になれる。そんなやつが、大国を守るやつが、僕みたいな国民一人の為に泣かなくてもいいじゃないか、な?」
それは優しく、また希望の籠った言葉だった。
「うぅ、ううぅ、くっ、なんでっ、何であなたが!どうして!ザドゥラスめ!!!」
徳神達一行が見守る中、先代の炎護との二人の空間で羅神は叫んでいた。
「…一つ、いいか?」
徳神が先代の炎護へ質問する。
「もしあの銃弾に我らが気付けなかったらどうするつもりだったんだ?」
それに対する返答は簡単だった。
「ふふっ、弾、見てないのか。あぁ、そうだった、斬り捨てたんだっけ」
そう言われ、徳神は真っ二つに割れた弾を拾い上げてみた。すると。
「…貴様、まさか!?」
「そうだよ、睡眠薬。ちょっと強力なやつね。弾の種類までは決められてなかったからさ。でも3発しかなくてね。理由的には、万一、デュガンザがここを見た時に倒れた君達の身体が無かったり起きたりするとまずいだろ?そうそう、それと残りの1発は後から分かるさ」
それと。
「じゃあ、覇王さんを狙ったのは!?」
その音神の質問にも軽く答えた。
「正確にはヴェドレーナじゃない二人を狙ったつもりだっんだけどね。これから先は出来るだけヴェドレーナの5神で向かって欲しかったんだよ、本当はね。次に出てくるのも、恐らくは僕みたいな君達に縁のある人間だからさ。もしかしたら僕みたいに戦わずして済む可能性もあるんじゃないかってね。昔を思い出して。でも、僕が感じる限りでは、覇王さんだっけ、君も、そしてもう一人も多分大丈夫そうだ」
そう言って、先代の炎護は羅神へと視線を戻した。そろそろ抵抗も限界なのか、ぷるぷると指先が震え始めていた。
「あはっ、こりゃまずい。ちょっと辛くなって来た…。もう睡眠弾は無いんだ、これから打ち出されるのは致死率100%の弾…。早く、僕を楽にさせてくれ…頼むよ、祐馬…」
そして、羅神は泣きながら間合を取り、言った。
「……武器装備…:フェルディ・プシュケ・セオス・マレウス…」
瞬間、羅神の手元が光り、全身の三分の二程ある槌が顕現した。今までの『フェルデ・セオス・マレウス』と違うのは、見るだけでも熱い炎を纏っていることだ。常に燃え盛るその炎は、今の羅神のザドゥラスへ向けた思いがそのまま反映されていた。
「うぉぁぁああああ!!」
思いっきり振りかぶり、そして全力を以って振り下ろした。
「…ありがとう…」
その瞬間にそう聞こえたのは、多分、空耳ではない。
「くっ、うぅぅっ、うぁぁ!!」
涙は止まるという行為を知らないようだった。
「羅神…」
「音神、今はそっとしておけ。羅神なら時期に立ち直れる。我はそう信じている」
徳神の強い一言で音神は羅神へ同情をかけるのを控えた。
「それにしても…これが、ザドゥラスのやり方か…」
徳神と覇王は、同時に一つ頷いた。
「我は初めからやつらと分かりあうつもりなどないが」
「奇遇だな、俺様もだ」
言いながら覇王は扉へ指輪を向ける。すると指輪から光りが出て来、それに呼応するかのように扉はゆっくりと開き始めた。
「大志、時雨さん、二人は大丈夫?」
一神は羅神の事を見て心配に思ったようだ。…特に徳神に対して。
「俺様は問題ない。誰だろうと倒す。それだけだ」
「我も…、例え父だとしても、ザドゥラスに動かされている以上は容赦はしない」
「大志…」
一神は、何処か寂しそうな顔をする。
「真菜、我にとって大切なのは貴様らとヴェドレーナ、そしてこの世界だ。それを犠牲にするような行為は何が何でも許さない。それと、これは別に何が何でも父を殺す、というわけではない」
最後の一言を聞き終えると、一神は静かに頷いた。覇王は徳神を横目で見ながら苦笑した。
「相変わらずお前らしい意見だな」
「そういう貴様こそ」
「ふん、まぁな」
リーダー二人の会話は開かれた扉の奥へと消えて行った。
羅神が落ち着いた時はまだ事後2分も経っていなかった。
「もう平気なのか?」
水神の気遣いに羅神は答える。
「あぁ、もう大丈夫だ。色々あったけど、ここで立ち止まる訳にもいかないからな」
心を入れ替えた羅神には、少しばかり頼もしさがあるような気がして、水神がそれ以上にいう事はなくなった。
「徳神は?」
「先に進んでる」
そして、水神と羅神も歩き始めた。
「さっきの先代の炎護さん、『私達に縁のある人間が現れる』って言ってたわよね…、どうなるのかしら、これから…」
音神の問い掛けに答える者はないまま、一行全員は扉から内部へと侵入を完了した。
「漸く来ましたねぇ。ここは…、フフッ、そうですね…この人にしましょうか」
ザドゥラス中枢の部屋では、不気味な男が一人が青色の指輪を転がしていた。
「さぁ出でよ、我が手下となりて…」
男、デュガンザは不適な笑顔を絶やさぬまま、魔法陣のように床に描かれたモノへと青い指輪を転がした。
「あとは…フフフ、いえ、まずはこの方を倒せたら考えましょうか」
独り言を呟き、床から顕れた人間に向かって一つ頷いた。
「…復活おめでとう、スファティ」
「………」
突如として顕れた人間、スファティは部屋を見渡し、首を傾げていた。そして、一通り見回し終えると、最後にデュガンザを見た。
「…何をするつもりなのです?」
「特に今すぐ何かをするわけではありませんよ。ただ、これから異世界を全て淘汰する予定です…フフフ」
スファティは、自らの左手の薬指にはまっている青い指輪とはまた別のそれを右手で隠した。
「異世界を…?」
「ええ、そうですね…貴方が慕うあの方がいる世界も、ですよ」
「っ!!」
思わず表情が強張る。どうしようもなく冷たい何かが背中にのしかかる。それを紛らわす為に、全力で視線が泳ぐ。そして、暗い部屋に召喚された女性、スファティは、この世界にいてはいけないハズの存在を見つける。
「弥生!?」
その一言で、デュガンザは唇の端を釣り上げる。
「お知り合いでしたか。やはり貴方を先に召喚して正解でした。この方は…、言わなくても分かりますよね?フフフフフ」
非道だ…、何が目的だ…、一体この男は何なのだ…。
それらは重たい恐怖となってスファティへと降り注いでいた。
「何故よ…、何故貴方がいるの…?大志は、あの子は大丈夫なの…?」
二人の母親は、最悪のシチュエーションで再会を果たしたのだった。




