Ep.7 神と王、そして主
静まり返ったヴェドレーナ大要塞都市内の中庭には、徳神と一神の姿があった。
…彼らは約十年前に知り合っていた。当時まだ8歳だった徳神と当時3歳だった一神は、とある施設の中で出会った。
「…いつも、一人で遊んでいるのか?」
最初に話し掛けたのは徳神だった。現在より遙かに幼い一神は、可愛らしくその首を傾げていたのをよく覚えている。
「…?」
まだ言葉もロクに話せない歳頃の少女だったが、後になって聞くところによると意味は理解していたそうだ。
「我は、大志。徳神 大志という。貴様の名は?」
「………」
口をあうあうと動かしてはいるが、声が出ていなかった。初めて他人から声を掛けられて戸惑っていたのかもしれない。
「…そうか。暇なら、一緒について来い。いいものを見せてやろう」
「そうか」とは言っているが、実際のところ何も理解出来ていない。しかし、幼い徳神はその容姿に似合わない口調で眈々とそう告げた。すると、少女は表情をパアッと明るくし、徳神の後に付いた。
その一神の行動に思わず可愛いと思ってしまっていた徳神は、少しばかり早歩きになっていたのではないかと、今になって思う。
そして、幼い二人はある秘密基地のような要塞へと入った。外装は段ボールに発泡スチロール、さらには謎のプラスチック片など、実に様々なガラクタを集めて作ったまさしく子供の作品である。
「ここが、我らの基地。『ヴェドレーナ大要塞都市』だ」
無論、その土地が現在のヴェドレーナ大要塞都市内に在ることは当然の事。もっと簡単に言ってしまえば、現在のヴェドレーナ大要塞都市が造られる時に、何の変哲もないただの草原を守るように“中庭”と称して保護したのは、その草原の中央に存在するこの思い出を永遠に保存するためだったのだから。
「…特に面白い物は無いが、『自らの居場所』という存在意義としては十分だろう?…まぁ、我にとっては、十分すぎるほどだ」
徳神は8歳の時、既に両親を失っていた。母より後に亡くなった父は、先代のヴェドレーナの5神の守護使であった。その事もあってか、小さい頃からいつ戦いが起きてもいいように、徳神は父から厳しくも優しい特訓を受けていた。5神の守護使は、真っ先に戦場に出るという事は無いが、5神を守護する為に最悪の場合は壁とならなければならない。故に、徳神の父は万一ヴェドレーナが陥落した場合に生き延びる為に、徳神に訓練を施していたのだ。
戦いというのは、フィズヴァーヌの内国“クザック”とのもので、今から三十年も前から未だに続いている戦争の事だ。ここ数年は停戦状況が続いているが、これもいつ破られるか分からない。そのクザックを監視するよう命令を受けて現在も活動中なのが『壌護』、一神の守護使なのである。
「………?」
相変わらず無言で首を傾ける少女。この歳でこの手の話を理解させようという方が間違っている。
「まぁ、その…気にするな、今のは、独り言だからな」
身長もまだ小さい徳神はさらに身長の小さい少女の柔らかい髪を撫でていた。
一神は、何を思う事もなく、只々温かい気持ちになるのだった。
それから一年が過ぎた頃。徳神は例の如く芸術作品のような秘密基地にいた。そこへ一神がやって来る。
「大志兄、大志兄!見て見て!」
騒がしい舌足らずの声に反応して振り返れば、基地の入り口にその声の発生源はあった。
「どうした?我の前では騒ぐなといつも言っているだろう…」
「そ、それはそーだけど!ねぇ、それより見て見て!」
たった一年でよくここまで話せるようになったなと徳神は思っていたが、上手く、そして早く話せるようになったその過程も知っていた。毎日語学の勉強に励んでいた一神の姿を、徳神は見ていたからだ。
ある時、「何故そんなに勉学に励む?」と質問をした時に、
「た、たい…、鯛?」
「それは魚だ」
「た…、た…、体操!」
「したいのか?」
「………ぅ、ぅ、うわあぁぁあん」
と言った具合で泣き出されてしまった事もあった。少しまともに話せるようになってから聞いた時に「大志兄とお話したかったんだもん!」と言われて少しばかり照れてしまったのもいい思い出だ。あの「たい…」はこの一言の冒頭だったようだ。
そんな事もあり、徳神は特に驚く事もなく会話を続けようとして、小柄な手によって突き出されている一枚の紙を受け取った。
「5神、か…」
そこには、次期ヴェドレーナの5神が決まるという文面が記されていた。
「そだよ!でもビックリしちゃうよね!まさか選ばれたなんて!」
一神は、目をキラキラ輝かせていた。
「そうだな…」
徳神は興味なさそうに呟き、しかし次の瞬間驚きの声を上げた。
「選ばれたッ!?」
相当大きな声だったらしく、一神は耳を塞いでいた。
「もー、大志兄うるさいよ〜」
などと言っているがこの際はそんな事を気にしている余裕など微塵もなかった。
「この、我が…5神に…?」
その意味は大きなものだった。かつて父が命を懸けて守る事を誓った存在に、自分が、なってしまった。一体これから、何をすればいいのだろうか。
これでもかという程の揺さぶりを一神から喰らうまで、徳神は不安と責任の闇にいた。
「戻って来てよー!大志兄〜!」
「うぉ!す、すまない、少々気が動転していた…」
否、未だに混乱は続いているが。
「もう!驚きすぎよぉ〜。確かに真菜もビックリしたケド」
一神の相変わらずの態度に不思議と心が落ち着いて来る。この娘の笑顔には癒しの効果でもあるんじゃなかろうか。
「しかし…、一体何故我らが…?」
選挙などは特に無かったハズだし、5神関係者から特別に何か言われた事も無い。それは確かに謎だった。
「うーん、その事なんだけどー…、多分これだと思うの…」
突然勢いを失った一神が指差したのは手渡された文面の中程に書かれたトピックだった。
『前5神と同系統の武器装備が出来る10歳までの少年少女が対象』
「なるほど…」
徳神も一神も、施設に入れられた理由は同じく『武器装備が可能であるから』。一般の目にはつかないように隔離された、とも言える。もちろん現在5神を担っている全員が皆同じ施設では無いが、似たような施設出身だ。
そして、こういった施設へ入るという事は、“次期ヴェドレーナの5神候補”になった、とも言えるのだ。
つまり、選ばれたという事も納得のできない話ではないのだ。因みに、5神に選ばれなかった施設民は、一定の年齢になると退会出来るようになり、ヴェドレーナの5神と同様に高い志のある者は残ってもいいという選択をする事となる。
「突然すぎるが…、そうか。まぁ、今更何を言っても無駄だな」
「そーだよ!…で、それはもう仕方ないとして、ねぇ、どうする?リーダーは…」
「リーダー、か…」
リーダーとは、もちろん5神をまとめる存在の事だ。
「他の3人に会ってから、決めるとするか」
徳神はそう言うと、持っている紙を基地内の小さな木製の机上に置き、一神に向き直った。
「そうと決まれば。行くぞ、真菜。とりあえずは『5神本部』とやらへ行き、仲間に会おう。…同じような力を持った、頼もしくも哀しい仲間に」
「うん」
そうして2人は秘密基地からそう遠くない場所に位置する当時『ヴェドレーナの5神本部』と呼ばれていた鉄筋コンクリート製の建造物へと向かった。
それから数日が経ち、徳神は一神以外で初めて出会った新5神の音神、羅神、水神との生活に徐々に慣れ始めていた。そんな頃、現在は少し前まで計画的に敵同士であった、当時から戦いの“た”の字も感じられないような友好的な国、ロディパーネが徳神へ直接コンタクトを申し出て来た。当時開発されたばかりの長距離無線連絡装置、簡単に言えばHLTの前身と言えて、音声のみの連絡が出来る機械を利用してのものだった。
「こちらヴェドレーナ、5神リーダーの徳神だ。以後自己紹介は省略するが、記憶の程を頼む。用は何だ?」
その口調を徳神の隣で聞いていた音神が注意する。
「なんて言うか…、もう少し柔らかい言い方って出来ないの?それじゃあ相手の気持ちは掴めないわよ」
だがしかし徳神はそれを完全無視して連絡を続ける。
その後何度か相槌を打っていた徳神だったが、突然ガタッと立ち上がり、
「…覇王!?覇王なのか!?」
と声を部屋中に張り上げた。その声の大きさに驚いたのは全員だったが、その中でも一神の驚きは徳神のそれにも勝る程のものだった。
覇王は、昔から徳神と仲のいい友人、親友と呼べる存在で、一神も徳神と一緒にいるようになってからよく遊んでもらった事があるのだ。それがどうして驚く程の事かと言うと。
「今ロディパーネ専用回線を利用出来ているという事は…」
そう。この時にロディパーネ専用回線を利用して連絡が取れるという事、これはつまり覇王がロディパーネで言う5神的な存在、“ロディパーネの5王”に就任した事を示すのだ。ヴェドレーナの5神に徳神が選ばれた事を一足先に知った覇王は、挨拶がてら連絡を入れたのだ。
「どうして、何故貴様が5王に…?」
その後、連絡装置を通じて教えられた事によると、覇王は徳神と出会うよりも早い幼い頃には既に5王への就任は確定していたという。天才的な戦略作成能力、そしてなにより5神同様に武器装備が可能であるからだ。
「…なるほど。そういう事だったのか。それでは、貴様は我が5神になる事は随分昔から既に知っていた、という事か」
徳神は親友と友好的な国交が出来るという事に流石に喜ばずにはいられなかった。
徳神は一度ロディパーネへ挨拶へ行くと約束をし、連絡を切った。
そして、その日は訪れた。
その日、現在からは9年も前のある日の事だ。徳神はロディパーネへ挨拶をしに行った。徳神の後ろには、誰にも気付かれないようにヴェドレーナを抜け出して来た一神の姿もあった。
「………」
「………」
「…おい、何故ついて来た?」
ギクッ!
「えっ?えーっと…えへへ、何でかなぁ?」
「はぁ…。まぁいい、貴様も今回に関しては無関係ではないからな」
ヴェドレーナを出る時、新しく徳神に仕える事となった雷護や他のヴェドレーナの5神など、ヴェドレーナ関係者には護衛無用、すぐ戻ると伝えておいた。つまり、今ここにいるというのは掟破り。だが、一神に関しては少し例外とした。覇王も喜ぶ事だろう。
それに、徳神が今回雷護を連れて来なかったのには理由があった。それは、父の事だ。父の死因は、仕えていた5神の外出時に受けた奇襲によるものだった。父の決死の努力により、仕えていた5神は救われたが、残念な事に徳神の父は還らぬ人となったのだ。
だから、徳神は雷護を呼ばなかった、というよりは呼ぶ事が出来なかったのだ。
しかし結局は一神と2人になってしまった訳で。そのままロディパーネへ到着する事となった。
ロディパーネで挨拶や情報交換、今後の予定などを話し合って、それらが終了したのはロディパーネ到着から数時間後の事だった。
「さて、一通りの事は話した。後はこれから次第だな」
覇王の渋い声でそう言われ、徳神もそれに納得して頷いた。
こうして、ロディパーネでの用事を済ませたヴェドレーナの2人は帰路についていた。
…その道中だった。
突然風の音がし始め、不意に強風が2人を襲い始めた。そして、徳神の目の前には謎の空間が顕れていた。紫か、黒か、青か黄色か…正直、何の色なのか不明ではあったが、危険である事に間違いはなかった。その空間の危険性に気が付いたのは周囲の様子を見た時だった。
「吸い込まれている…?」
どういう力なのか、その闇の空間へと様々なものが吸収されるかの如く吸いこまれていた。
「真菜…、逃げるぞ…。急ぐぞ!!」
「でも待って大志!あそこに誰かがいる!」
「何だと!?」
一神の指差すその先に、一人の男の存在が確認出来た。こちら側に向かって来ている辺りを察すると、ヴェドレーナ国民のようだ。
「クッ…!真菜!貴様はとりあえず離れろ!まだ武器装備する事にそう慣れてない貴様は危険だ!ここは我に任せるんだ!」
そう言って徳神は闇の空間嵐へと走って行った。
その空間の正体は、後から判明した。『時空間嵐』と言い、別の並行世界と接続する際に出現する、言わば異界接続の“代償”なのだった。
その形成プロセスはこうだ。
この世界に別の世界が接続する。
別の世界からの時間的干渉を受ける。
その時間的にずれた部分の隙間を埋めるように新たな空間が補われる。今回の場合、接続したこちら側の時空間の方が大きい為に小さい方に合わせようと嵐が出現した。
こうして生まれたのがこの空間、時空間嵐なのだ。補われた空間は、時間的干渉能力を持っていて、元々そこに時間は存在しないものとして扱おうとする。つまり、元より出現した場所に存在していた物体は時間的成長、及び時間的干渉を受けられなくなり、その存在そのものを失う事となる。つまり、「吸い込まれて行く」ように見える事になるのだ。そして、その時空間嵐がこの場所に顕れた理由、それは、「強い磁場を操る事の出来る徳神の性質に時空間嵐が引き寄せられたから」であった。
「おい!大丈夫か!?」
徳神は時空間嵐へ吸い込まれそうになっている男に向かって叫んだ。
「…キミは…?」
「我は徳神だ!5神のリーダー、徳神大志だ!」
立っているのもやっとの状態で徳神は叫ぶ。しかし男はこう答えた。
「そうか…。いや、いい。もう私はいいのだ、これで、漸く…」
諦めかけているその言葉に、徳神は強く胸を打たれた。
「生きたく、ないのか…!?」
「あぁ、寧ろ私は、こうなるのは必然のような気がしている…」
「………」
「少年…、徳神と言ったな…。私の事は放っておけ…」
「何を言って…、!?」
そして、徳神は見てしまう。
(何だ!?何だあの黒々しいものは!?まずい、アレに飲まれては…!!)
徳神は一際大きく叫んだ。
「目を覚ませ!!貴様は生きるべきだ!やめろ!」
だがしかし、男は逃げるようなそぶりを見せなかった。
「私は、愛する者を失った…。もう、何も思い遺す事は…」
その言葉は途中で途切れた。
「何をバカな事を言っている…」
男が体に違和感を感じて振り向くと、そこには徳神がいた。男の腰辺りをホールドしている。
「何をしている…?このままでは一緒に死ぬぞ…?」
男はそう言った。だが徳神はホールドした腕を解く事はなかった。
「見過ごせる訳が…ないだろう!!!」
徳神に向かって様々な物が激突してくる。草原にある無数の石などが。もう制服もボロボロだ。
しかし、次の瞬間、事態は急変する。
「やめろ…!やめろぉぉお!!」
そこで初めて、男が泣いている事に気が付いたのだ。そして、その理由も知った。彼の腕には、お姫様抱っこの形で抱えられた一人の女性がいたのだ。その女性は目を開ける事のない存在であり、男の愛した存在である事もその瞬間に理解した。
そうして、何より泣いている最大の理由は、その女性の身体が浮き始め、吸い込まれ始めたからであった。しかしだからと言って、生きている、否、まだ生きていける人間も一緒に見過ごす訳にはいかない。ヴェドレーナを治める5神という存在である徳神には、見殺しなどと言うのはどうしても許せない事だった。
「フェイナ!行かないでおくれ…!私も連れて行っておくれ!」
男は叫んだ。だがフェイナと呼ばれた女性は目を覚ます事なく徐々に遠ざかって行く。
「…生きろ…生きるんだ…」
徳神は男にそう伝えた。
そして、言いながら泣いていた。死んでいたとは言え、最後まで事を済ませられなかったという無念の想いと、突然顕れた謎の空間によって殺されたも同然の男と女性との思い出の事を思うと、涙を流さずにはいられなかった。
と、そこに今度は謎の声が響き渡り始めた。
「…邪魔をするな…小僧」
その声はまさに黒々しく、また低く悍ましいものだった。
「だ、誰だ!?」
その声がした方向を向くと、時空間嵐があった。
(…まさか!?)
そのまさかだった。声はその空間より聞こえたものだったのだ。
「…そう、だ…、余計な事をするでない、徳神とやら少年よ」
今度は男がそう言って来た。先程の声に背中を押されてしまったようだ。
「何故だ…?このままだと、貴様は生きていられなくなるかもれないのだぞ!?」
「それでも…、フェイナと共にいられるのなら!それでもいい!!」
そして男は徳神を振り切り、時空間嵐へと突っ込んで行ってしまった。徳神は一瞬、何を言われたのか分からず、振り切られたという事にも思考が追いついていなかった。背後から一神の声がする。それから暫くの間、徳神はまともな気分ではいられなかった。
その数分後、異界接続実験が終了したからなのか、時空間嵐はおさまった。
「大志…、元気出して…」
一神の言葉に「あぁ」と力なく返事をするのが精一杯であった。
そんな時、辺りを見回していた一神はあるものを見つけた。
「ん?ねぇ大志、アレは何?」
一神の突然の発言で漸く我に返った徳神は、指差された方向を見た。すると、時空間嵐が去った跡の部分の一部がキラリと光って見えた。気になったのでその場まで行き、その光った物体を拾い上げてみると、それは一枚の鏡であったことが分かった。その鏡だけが、何故かその場所に残されていた。
「不思議だ…他には何も残っていないのに、何故この一枚だけが…?」
一神はその鏡に向かって、ポーズを決めたりして遊んでいる。しかし、表面に触れたその時だった。
「た、大志!凄いよコレ!手が中に!鏡の中に!」
一神の手が、鏡の中へ侵入していた。それを見た徳神は、とある事を思い出していた。
(そういえば、確か並行世界には必ず一つ存在すると言われている鏡があった…)
後に異世界へ行った徳神が手掛かりとして利用したのが鏡だった。異世界のそれは、その世界の徳神、砂王が憑依する事となった徳神の部屋にあったのだ。だからこそ、徳神にせよ音神にせよ、異界接続時には必ずその部屋へ辿り着いていたのだ。
それを過去の文献を読んで知っていた徳神は、上手く行けば男を救えるかもしれないと考え、腕を鏡に突っ込んだ。すると、鏡の中からこの世のものとは思えない唸り声と共に、一人の男が飛び出して来た。
その姿を見て、徳神は理解していた。
この男は、もう、違う。
その声は、先程時空間嵐の中から聞こえたものだった。そう、あの男に、嵐の悪魔と呼ばれる存在が憑依していたのだ。
「私の名は主。いや…、この男へのせめてもの気遣いだ、名を貰うとしよう。“デュガンザ”とでも名乗ろうか」
その一言で、徳神は「遅かった」と感じ、一神は只々恐怖していた。
…と、そういう経緯があり、現在に至る。
「真菜、どこを見ている?戻るぞ」
あの事件から9年が経った今、やっと動き出した、計画。
「何をしている?置いて行くぞ」
「あ、待ってよ〜!って、ほんとに置いて行かなくてもよくない!?」
これから司令室で行われるミーティングに出席する為に、2人は中庭を後にした。
「…こんなものか」
ザドゥラス敷地内へ侵入を試みる覇王は、その敷地を守護する謎の集団十数人をものの数分で片付けていた。
「これより地域内へ侵入する」
HLTを利用して砂王や徳神といった、計画関係者へ連絡を入れた。
『了解しました。僕もそちらに向かいます』
返信をしたのは砂王だ。共通通信枠のHLTを利用している為に、その返事は徳神にも聞こえている。その事は知っての上での連絡だ。
「武器装備:フィンターニア・スクロペトゥム」
覇王は小さめのオリジナルライフル銃を顕現させ、ザドゥラス地域内部へと歩みを進め始めた。
司令室に集まった5神と守護使の合計9人は、計画の考案者であり実行の第一人者である徳神の言葉を待っていた。
「…守護使4人に告ぐ。これから我らが帰還するまでの間、ヴェドレーナの全ての機能を任せる」
つまり、5神の代わりになれ、という事だ。
「そして5神に告ぐ。…先程覇王から連絡があった。ザドゥラス地域の外部衛兵は既に倒したそうだ。そこで、これよりザドゥラスへ直接侵入し、計画通りに壊滅行為を実行する。ただ、一つだけ条件がある」
徳神以外の5神全員が頷いた。
「誰一人、死ぬな」
敵の正体は、もう分かっている。ザドゥラス最高位に君臨するはデュガンザでありそうでない者。
その事を知っているのは徳神と一神のみだが、他の3人も、大体の予想は出来ていたようで。
「敵は、“人”ではないのね」
音神がそう呟いた。それは、徳神の言葉に、「誰一人として殺すな」や「手加減を忘れるな」など、今までの戦い、対人間の戦いにおいて欠かす事のなかったセリフが無かったからの予想だ。
「あぁ…人間では、ない…。そして、我が救えなかった、唯一の存在だ…」
そう言うと徳神は一人、制服を纏って外部連絡通路へと歩き始めた。
後に続く4人分の足音と共に。
まだザドゥラスによる征服が完了していない世界は2つある。一つは、ヴェドレーナやロディパーネなどが在る世界。そしてもう一つは、徳神や砂王が利用した世界だ。
「大志〜?最近どうしたのー?急に静かになったまま出てこないんだから」
その世界の鏡の保存所として存在するその部屋へ、その世界の徳神大志の母親は入った。
「入るわよー?」
目の前に広がる、誰もいない殺風景な部屋。机の上に置いてある使われていない携帯。どういう訳か、一部の外装が歪んでいるようにも見えた。
「あの子ったら、一体どこへ行ったのよ…?」
迫り来る危機に気付かず、母はこのセリフとほぼ同時に鏡を見た。
「あら?こんな所に鏡なんてあったかしら?」
何故か気になるその鏡に向き直って自らの髪を整えた徳神の母は、ちょっとした好奇心から鏡に触れてしまった。
異世界で徳神の母親が鏡に触れてしまったのと同時刻、ザドゥラスの中枢に在る鏡が反応を示した。何やら人の指のようなものが突き出て来ているようだ。
「これはこれは。そちらから来て下さればそれほど楽なものはない」
デュガンザ…もとい“時空間嵐の悪魔”はそう言って鏡を眺めているのだった。




