Ep.5 計画的崩壊と無計画的構築
司令室では、徳神の真実を何も知らないメンバーによって徳神帰還祝杯パーティーの準備が進められていた。
「ミカさん、ハトさん出せるようになったー?」
一神はのん気にそんな事を言ってくる。
「出せるわけないだろう(笑)」
「えー、ショック…」
そんな二人の会話を聞きながら、羅神は料理を準備していた。羅神の作る料理には、5神、そしてその守護使公認の美味しさと見た目の美しさがあるのだ。
「よし、良い味だ」
味見をした羅神は独り言を呟き、完成した料理をプレートへと盛り付け始める。そこへ一神が颯爽と現れ、出来たての料理をつまみ食いした。
「ん〜っ!美味しぃ〜♪これ最高だよらっくん!」
「全く、勝手に食うなよ」
「美味しいのが悪いんだもんね!」
「どういう理屈だよ(笑)」
羅神は微笑みながら二品目に取り掛かる。つまみ食いとは言え、美味しいと言ってくれるのは嬉しいものだ。
音神と砂王…もとい徳神が司令室に到着したのは準備も終盤、暫くしてからだった。
「あっ、りーちゃんお帰りー。大志も!」
一早く二人を出迎えたのは一神だった。その一神の無邪気な笑顔に思わず微笑みが零れそうになる。
「…ねね、大志とどこまで進んだの〜?」
微笑みは一瞬にして消え去った。代わりに顔が火照り出す。本物の徳神ではないと心では分かっているのに、男にあんな事をああいう雰囲気で言われた事は無かったので、正直音神は揺れてしまっていた。
「べ、別にそんな、進む進まないなんて、ないわよっ!」
声が上擦っている事に気が付いたのは、隣にいる徳神もどきが小さく吹き出した時だった。音神はとりあえず着替えるという名目で司令室を後にした。
帰還時には、当然外部との連絡通路を使わなければならない。外部と繋がっている連絡通路は司令室に直結しているそれ以外にも幾つかあるが、徳神(仮)の要望で、司令室から少し離れた、外部の草原と直接がっているそれを途中から利用した。
…それも計画の為、らしい。
「計画、か……」
音神は、どうもすんなり受け入れる事が出来ないでいた。まだ計画の内容等は不鮮明のままだ。分かっているのは、ザドゥラスの壊滅を結果としている事くらいだ。
「そのうちに、分かるのかな」
司令室を出てすぐの通路を西に向かって歩きながら、そう呟いていた。
「ところで……、これは、パーティーか?」
司令室に残った徳神もとい砂王は、その部屋の装飾や料理を眺めて言った。
「そうだよ!これから、大志お帰りパーティーをババーンって始めちゃうんだからっ!」
やけに嬉しそうに話す一神。もしかすると徳神が帰って来たという事よりパーティーが出来るという事に喜びを感じているのではなかろうか。そんな一神に水神は指摘する。
「真菜、だけど油断はするなよ。次にいつやつらが攻めて来るか、それは分かっていないんだからな」
やつらとはおそらくロディパーネの事だろう。その事について徳神、いや砂王は思わず口走ってしまった。
「今日は、もう攻めて来ないだろう」
「何故、そう言い切れるんだ?」
水神が怪訝そうな顔で聞いてくる。何かを疑っているような目つきだ。まるで、ロディパーネのスパイじゃないのか、とでも言いたいような。
「いや……それは、次王は疲れたらすぐに」
その次の単語を遮るように水神が声を発する。
「次王?誰だそいつ?」
疑いの目が一層強くなる。このままでは、正体が暴かれてしまう。そこで、砂王は焦りながらも徳神が予め考えてくれていた言葉を口にした。
「じ、『次王というのは、我が記憶操作の後に会った男だ。次王は戦いを好む。だが、彼は戦い続ける事は出来ない。何故なら彼は戦闘狂症と言われる病気だからだそうだ』」
戦闘狂症。幾多と戦いをして来た戦闘狂に希にみられる病。これは治療をしても完治する事はなく、また戦えば戦う程、受けたダメージが身体に数十倍のそれとなって降り注ぐという、恐ろしい病気だ。
次王が戦闘狂症を持っているという話は砂王自らが知っていた事だ。間違いはない。
「ん…、そういう事ね」
水神は何かに気が付いたように笑みを見せた。そして、すぐに何事も無かったかのように準備の仕上げを再開した。砂王は水神のその態度を気にしながらも、聞き返す事はしなかった。それは自滅行為だ。
ある部屋に突如として顕れた少年は、一般にスマートフォンと呼ばれるデバイスを操作していた。開いたのは、メールボックス。この部屋へ来た事が『計画通り』ならば、そのデバイスにとあるメールが着信しているハズだ。送り主はアノードゥルの長であるバルバで、内容は任意だが、世界観が伝わる文面にするようにと言ってある。つまり、計画の第二フェーズが完了したかどうかの確認、という事だ。
「…これか」
目的のメールを確認し、少年は第二フェーズの終了と第三フェーズの開始を理解した。
「第一フェーズも既に完了済み、か」
第二、第三とあれば当然第一フェーズも存在する。だが第一フェーズは砂王の行動である為、少年は第二フェーズからの参加となったのだ。
「これより第三フェーズへ移行する」
アドゥリーノ独自開発の『HLT Ver.5.05』という特殊なトランシーバを利用して誰かと連絡を取った。
『了解した。俺様もそろそろ動く』
「あぁ、理解した」
通信を切り、少年、本物の徳神 大志は計画遂行に専念する事にした。
「砂王、あと少し誤魔化しておいてくれ」
届くハズのないセリフを呟いて、徳神はスマートフォンを操作し始めた。調べる事は、ザドゥラスの拠点位置、弱点など。異世界からならば、何処にいてもアクセスする事が出来るのだ。同じ世界だと、その場所に辿り着くまで風景が理解出来ないが、異世界ならその必要も無く時間の短縮に繋がるのだ。それに捜索範囲も広がり、時間にあまり猶予のないこちらとしては、利用する他に無かったのだった。
「バルバも焦っていたようだな…」
七十件を越える同じ内容のメールを確認しながら、徳神は苦笑した。
司令室では、賑やかなパーティーが始まっていた。ここまで盛り上がると、もうお帰りなさい会ではない気がする。7年間も会えなかった仲間に再会出来た喜びを表現したいというのは伝わってくるが、目の前に見える少女の謎の踊りは一体何なのだろうか。
「大志〜、見て見て、真菜の謎のダンス!」
だからそれは一体何なのだろうか。砂王がダンスを眺めていると、
「さて、そろそろ質問タイムとしても良いか?」
発言者は羅神だった。徳神に紛する砂王は突然のセリフに戸惑いながらも肯定の意を示した。
「それじゃ、聞かせてもらおうか。徳神、何故お前は7年前ロディパーネへ行った?」
この手の質問が来る事はある程度予測していたので、予め用意しておいたセリフを答えた。
「『ロディパーネとの関係を取り戻そうとしただけだが?』」
しかし羅神も、こう返って来る事は予想済みで。
「そうか。なら、どうしてお前はロディパーネにそこまで固執する?」
「固執?話し合いに行っただけだ、そこまで深い事は」
羅神はその砂王の言葉を遮って、
「いや、お前は記憶操作を受けなければならない程の場所まで行ったと聞いている。つまり、単なる話し合いでは無いという事だと思うが?」
羅神は鋭い。驚く程鋭い。彼は既に、徳神が単なる友好関係の修復という名目でロディパーネを訪問した訳ではないという事に気付いている。
「た、確かに…、普通ではないと、我自身も感じている。だが、いずれ誰かがしなければならない事だ。それを我がやったとして、何が悪い?」
砂王は少し焦ったが、何とか平然を装った。少しでも油断すれば、羅神に見破られる時間が早まるからだ。
「なるほど、理屈は分かった。確かに納得だ」
羅神もこの理由には理解の意を示した。そして、質問の核へと言葉を続けた。
「…それから、もう一つ質問がある。雷護から聞いた事なんだが、徳神、お前は9年前、つまりロディパーネとの関係が悪くなった頃の事を何か知っているんじゃないか?」
砂王は当然焦る。これは流石に徳神にしか分からない事だ。雷護が知っているという事は、彼と話せば理解出来るという事にも繋がる。おそらく雷護も計画について知らされているハズだ。そこで羅神には即答せず、少し時間を開けてこう言った。
「その事は、まだ言えない」
すると羅神は少し表情を曇らせたが、すぐにそれを直して、
「急ぎではない、気にするな」
とだけ言い、それ以上は何も言わなくなった。砂王はその後、誰にも怪しまれぬように雷護へ近づき「少し話がある」と雷神室へ呼び出した。パーティーは主役がいなくなっても何の問題も無く開催されていて、ちょっとだけ気になった。
「…どういう事だ?」
「だから何度言えばいい?徳さんは9年前にロディパーネへ遊びに行った時、確かに何者かに襲われてるんだよ。だから、何処か知らない邪組織にやられたのかもなって思っただけだって」
砂王と雷護は雷神室にて会話を展開していた。司令室ではまだパーティーが開催されているが。
「とても信じられないな。雷護、君の考えだと、徳神は負傷している事になる」
遊びに行く時は無論一人であるため、襲われたんじゃないか、と予想するには根拠となる証拠、つまり負傷した徳神が存在しなければならない。だが。
「徳神を負傷させる程強い敵を、僕はこの世界で知らないんだが」
そうだった。かつて徳神は無敵と言っても過言ではない強さを持つ存在だった。そんな彼だからこそ、ヴェドレーナで一番の大きさを誇るアノードゥルを治める事が出来ているのだ。
「それは、まぁ、間違ってはいないが…。徳神だって一人の人間だ。いくら神の称号を持っているとしても、不注意の内に攻撃されるって事もあるんじゃないか?」
砂王の主張も理解出来ない事はないが、雷護の言うように単に注意が足りなかったという可能性もある。どちらの意見も、正しいのだ。
「そこ、何二人でこそこそしてんのよ!」
突然二人のものではない少女の声が割り込んだ。雷護は苦笑いして振り返り、砂王は慌てて徳神のフェイクへ戻ろうとする。と、彼らの行動が始まるよりも少し早く、先程の発言者は再び言葉を発した。
「分かってる、誰にも言わないわよ」
その声に反応して雷神室のドアの方を見ると、そこには音神の姿があった。
「何だ、吏子か…」
「『何だ』とは何よ失礼ね」
「何だ、音符ちゃんか」
雷護はとんでもなく可愛らしいあだ名を音神に付けていたようだ。
「だ、誰が『音符ちゃん』よ!?」
「『音符ちゃん』…?(笑)」
「あーっ!あーっ!忘れなさい!そんな事は今どーでもいいでしょーが!!」
顔を真っ赤に染めた音神は視線を斜め下に向けながら言い出した。
「主役がいないから呼びに来てあげたのに…。まぁ、主役ってか本物の主役じゃないけど…」
言いたい事は伝わったが、最後の方が砂王にはよく聞き取れなかった。
「悪い悪い、すぐ行くからちょっと待っ」
砂王の言葉を遮って音神は言った。
「ね、ねぇ、もし良かったら、その、雷護と話してた事、私にも教えてくれない?」
そのセリフに雷護は普段見せない真面目な顔付きになり、答えた。
「それは、無理だ。いくら吏子が事情を一部知っているとは言え、これは危険すぎる計画内容だ。話すとこれから先の計画に支障が出かねない」
確かに、危険すぎる内容を聞かされるのであれば、やめさせようと動き出すかもしれない。自身でもそれを理解した音神は静かに頷いた。
「だが…」
今度は砂王が発言する。その声に、音神は顔をあげる。
「だが、必要な時は必ず連絡する。徳神のやつに会える、とかな」
「ッ!!」
不意な一言に顔を真っ赤に染めた少女はこくこくとぎこちない動きで頷き、「じゃ、じゃあ、早く来なさいよね!」と何故か少し怒ったような口調でセリフを残し、雷神室を後にした。
「砂王、知ってたのか?」
「何をだい?」
「音符ちゃんの好きな人」
「そりゃあ、あの態度で分からない人はいないでしょ。まぁ僕も公園の時知ったけど」
「…公園?」
「あ、いやー、何でもないよ」
苦笑を混じえながら頭をかく砂王。そんな彼を怪訝として見る雷護。雷神室にて行われた小さな会議はそれから数分で片付いたのだった。
「おっそーい!何処行ってたのよ〜?」
司令室に戻るなり速攻の真菜アタックが発動。雷護は何故か上手く切り抜けられたらしく、現在は砂王(…今は徳神)が一神に説教されていた。
「すまないすまない、久々に帰って来たから、部屋どーなってるか見に行ったんだよ」
確かに部屋に行った事に間違いはない。
「じゃあなんでシュウィー連れて来ないのよー?」
あ、そういえば。シュウィー何処行ったんだっけ?
「もう、懐かしみたいなら、真菜が思い出させてあげるのにー!」
「どの思い出を?」
「全部!」
うわぁ、きっとこの説教、今日の内には終わらないぞ…。
そんなこちらの光景を何かの出し物のように観ながら羅神の料理を口に運んでいた水神が、助け舟を出してくれた。
「真菜、それくらいにしてやったらどーだ?シュウィーなら今そこでオルカと遊んでるぞ」
微笑みながらそう言うと、水神は司令室のロフトスペースを指差す。普段は真菜の秘密基地と化しているが、今はオーナーが不在の為、解放的なロフトスペースとなっている。
そこに、『シュトラーレ・アウィス』こと雷の羽を持つ小鳥と『アブソリット・オルカ』こと大海を制し絶対的地位を持つシャチはいた。小鳥の方は飛べるのでロフトスペースに居てもおかしくはないが、シャチは…、まぁ、細かい事は気にしてはいけないようだ。
因みにアブソリット・オルカは水神の使魔だ。
「むぅ…、ま、まぁ、それならいいわ」
あ、良いんだ。
「けど、大志は主役なのよ?もうどこそこ行っちゃダメなんだからね!」
砂王(計画終了までは徳神)は苦笑いをしながら一神の謎の説教を終え、再び用意されていた席(と言っても司令室でのいつもの徳神の席だが)に着席する。
「そう言えば、まだ異世界での話を聞いてなかったな。向こうの世界はどうだったんだ?」
着席したばかりの砂王に、水神はこの状況下でなら何の変哲もない話題を投げ掛けた。この話題なら、砂王も答えられる。
「そうだな…、知っているとは思うが、我は向こうの世界での大半を無意識に過ごし、中頃から意識を取り戻し始めた。つまり、それまでは別の我…、偶然向こうの世界にいた『我』だった」
このセリフに、水神は反応を示した。
「ん?ちょっと待て、向こうの徳だと?」
水神は砂王の事情を知らないようだ。それもそのハズ。知っているのは音神と流護、天護の三人だけなのだから。
「あー…、まだ知らなかったんだな。我は一度、記憶操作を受けて、その異世界の我と併合されたんだ」
あれだけ長く説明した雷護と違い、砂王は簡単に言ってのけた。そしてそれを水神は理解出来たようで。
「なるほど、つまり、ロディパーネとアドゥリーノが共同して徳を異世界に放った訳だな?」
何故か水神は話してもいない内容までズバリ当ててきた。
「何故、それを知っている?」
「そりゃあ、あれだけニュースになれば知って…あ、因みにこいつらはニュースに興味無いみたいだからな(笑)」
笑いながら『こいつら』こと音神を始めとする一神、流護、天護などが集まった辺りを指差す。その後「だから知っててもおかしくはないさ」と後付けした。
「そ、そうだったのか…、そこまで大事だったのか…」
ロディパーネの自分が知らなかったという事が少し居心地を悪くした。しかし、これで徳神がこの事を知っていたというのも納得出来た。最初に徳神からこの『実験台』の話を聞いた時は、ロディパーネの5王のトップである覇王が教えたのだろうかと不思議だったのだ。覇王はあまり口数の多い方では無いので、話をするような人だとは思わなかったのだ。
「…で、吏子のおかげで無事帰還って事か」
水神は納得した風を感じさせる微笑みで司令室を見渡していた。この男は、何か引っかかるものがある。だがそれが何なのか、分からないのが気になるところだ。
「まぁな…。とりあえずそういう事だ」
曖昧な表現で応える。そうでもしないと気が狂いそうであった。羅神といい水神といい、油断大敵な事この上ない。
「ねー大志!真菜と遊ぼーよー!」
男共はさて置き、ここの女子は一体どうなっているのだろうか。緊張感などまるで無い。
「徳神、時雨さん、早く第四フェーズへ頼むよ…」
独り言は小さく消えるのだった。
『第三フェーズはまだ終了しないのか?』
「あぁ、まだザドゥラスの位置を掴めていな…、いや、たった今終了した。第四フェーズへ移る。我はこれより元の世界へ帰還する。覇王、貴様も準備をしてくれ」
HLTを利用して会話する本物の徳神と、ロディパーネの5王のリーダー的存在である覇王 時雨は計画の通りに事を進めていた。
「砂王の方の準備も出来ているか?」
『先程から連絡が取れない…、何かパーティーのような催し物でも開かれているのか分からないが、HLTが繋がらない。おそらくは外しているんだろう』
「全く、漸く次のフェーズだと言うのに…」
計画、ザドゥラス壊滅計画は、徐々に処理されていく。
「使魔/シュトラーレ・アウィス」
部屋中が光に包まれ、一羽の小鳥が顕れる。それと同時刻、ここからすれば異世界にあるヴェドレーナ大要塞都市司令室内のロフトスペースからは小鳥が一瞬にして消えた。
「待たせたな、シュウィー」
「ピョルルル!」
「そうか、こっちの世界にいた我も、鍵だったのか」
「ピュルリリリ…」
小鳥の鳴声の若干の違いで内容が把握できるのは徳神のみが行える事だ。他にも、鍵と呼ばれる限られた人間には理解できるらしいが。こっちの世界の徳神がシュウィーの言葉が理解出来たのは、そういう事らしい。
「覇王、第四フェーズを開始する」
『了解した』
HLTを切り、シュウィーに命令を下した。
「異界接続」
黒い扉のような物が突如として出現し、徳神はその中へと何の躊躇も無く入って行った。そして、シュウィーも同様に黒い物体の中へ入ると、その扉もどきは跡形も無く消え去った。
パーティーは終わり、雷神室へと戻った砂王は、部屋に置きっ放しにしていたHLTを手に取り、確認した。
「連絡5件…なるほど、フェーズが終了か。徳神が帰って来るのは…、明日!?まずいな、何とか上手くここを脱せればいいんだが…」
声が大きかったのか、音神が雷神室へ入って来た。
「協力、しようか?」
砂王は「いや」と言いかけて、少し黙り込んだ。
(徳神に会えるチャンス、とも言えるか)
そう考えた砂王は、言った。
「…頼めるか?」
「もちろん」
その後、雷護も部屋に呼び、3人で作戦を練った。本物の徳神帰還は明日。もうそろそろ砂王はここから去る必要がある。変身を解くという方法もあるが、それをすると、計画を知らない残りのヴェドレーナメンバーに不適な疑問を持たれ、ややこしくなる。一応、ロディパーネとは冷戦状態であるという事になっている今、その方法が適しているとは到底言い難いのだ。
「…そうなると、最適手段は単純に外へ出て入れ替わる、という事になるわね」
「まぁ、音符ちゃんが手伝えば簡単に出来るだろ」
雷護は一つ忘れているようだった。それを砂王が指摘する。
「これは単なる推測にすぎないが、パーティー中もそうだし、僕と吏子が一緒にいる時もそうだった…、真菜はおそらく徳神の事が好きに違いない。そしてこれは、僕が吏子と二人で何処かへ行こうとするのを嫉妬心から引き止めてしまう可能性が高いという事を示唆している。となれば、僕は一人で外へ行く必要が出てくる」
砂王はなんだかんだ言いながらも、しっかり各人を分析していた。また、薄々気が付いてはいたのだろう、音神も何か燃えている様子だ。
「って事は、砂王は一人で、ね。それじゃあ、私は砂王が外に行っている間、言い方は悪いけど、皆を見張ってれば良いのね?」
「そうだな。俺もそうしよう。俺は本当はついて行くつもりだったが、音符ちゃん一人であのメンツを見張れるとは思えないからね」
「ちょっ、それどう言う事よ!?」
「おぉ、怖ぇ怖ぇ」
キッと睨みつける音神に対し、両手を挙げた降参のポーズで苦笑いする雷護を見、砂王は頷いた。
「よし、理解した。その作戦でいこう。それなら、見張る時間は少ない方がいい。出発は今夜にするよ」
「了解」
「OK」
こうして小さな作戦会議は幕を閉じ、作戦実行準備へと移った。
「漸王。これから少しの間、ロディパーネの事はお前に頼む。いいな?」
漸王と呼ばれた一人の少女は突然呼ばれたという事にビクつきながらも頷いた。それも、普段頼られない覇王からの依頼に目をキラキラ輝かせながら。
「は、はい〜!あたしを頼ってくれるなんてぇ、うふふ〜、良い事、あ・る・か・も!」
ただ単に依頼しただけなのに、ここまでハイテンションになるとは。だが、覇王は心配一つせずにそのまま自室へと向かった。因みに、漸王 雫はロディパーネの中で意外と可愛い方だ。
自室へ向かう途中、次王が通路の壁に背中を預けていた。まるで待ち構えていたかのようだ。
「本当に雫に任せて大丈夫なのか?…ってか、理由を教えてくれよ、なぁ?突然ヴェドレーナに攻撃してこいだのロディパーネを頼むだの言い出してよぉ、何があったのかさっぱり分かんねーよ。ヴェドレーナにケンカ売るのは、そりゃあ楽しいけどよ、あいつらガチで強ぇし、それにあいつら敵に回して良い事なんて一つも無いぜ?」
「悪いな次王。時が来ればいずれ話す。それまでは作戦通りに動いてくれ。俺様はお前達を信頼している」
他に有無を言わせぬリーダーの威厳がそこにはあった。
「…チッ、仕方ねーなぁ。あーあ、そう言われちゃ何も言えねーじゃねーか」
「例の件も考えておこう」
例の件とは、次王の恋沙汰の事だ。現在のロディパーネ5王誕生以来、次王はある一人の少女に恋をしている。その話を嫌な程聞かされた結果、覇王は柄にも合わず、その少女と交友関係まで達したのだ。後はその少女に次王の恋の事を話すだけ、となっている。成功率などはこの際考えない。
「マジすか!?いや〜先輩マジ最高ッス!作戦通りにバッチリやりますよ!」
何故か急に敬語になる次王が少し面白く、思わず微笑みが零れた。そしてその会話の後、覇王は自室へ入った。
「漸く…、ザドゥラスを…」
異界接続によって自分の元居た世界へ帰還した本物の徳神は、まずはヴェトレーナ基地を目指し、歩みを進めていた。まだ地面は草原。アスファルトは見えない。
「ここか…」
ちょっとした草原の色の違いを認識し、空気をドアノブのように掴み、開く。すると、その周辺の空気がドアの形に四角く割れ、内部構造を外部へ曝け出す。その中へと徳神は入って行った。その手には、異世界で調べた事を記録したデバイス『HLT Ver.5.05』が握られていた。
丁度その頃、ヴェドレーナ大要塞都市司令室からは砂王が出発し、薄暗くなったアスファルトの道を歩いていた。
「出口はここか…」
砂王が出ようとしたその時だった。
「徳、何処へ行く?それとも、こう呼んだ方がいいかい?偽物さん」
笑顔のままこちらを見ている水神が出口のすぐそばに立っていた。
「な、何をしているんだ…。音神や雷護には、ロディパーネの奇襲の可能性もあるし危険だから誰も外に出さないようにと言っておいたハズなんだが…?」
「あぁ、確かに言われたよ。けれど、よく考えたらおかしいんだ。キミはパーティーが始まる前、もう今日は仕掛けて来ないだろうって言っていたよね?」
虚を突かれ、言葉を失う。
どうする?このまま逃げるか?水神を騙すか?騙せるか?
こうしている間にも、徳神はここへ向かっている。このままでは、水神までこの危険な計画に巻き込む事になり兼ねない…。
そして、時は来た。来てしまった。
出口、つまりそこは外部と繋がっていて。
外部とは、ヴェドレーナ大要塞都市、つまりこのヴェドレーナ基地の外の草原の事を差していて。
今、徳神という少年が外部からここへ向かっていて。
砂王という少年が外部へと出ようとしていて。
そして、その出口である扉が開かれて。
幸不幸、どう取れば良いのか、水神は自動的に計画へと巻き込まれた。




