Ep.4 置き去りにされていた真実
司令室へ帰還した徳神と羅神は、その場の空気に圧倒させられる。重すぎる。暫くは耐えられていたが、ついに限界に達し、徳神は口を開いた。
「…雷護、あの話は全てしたんだな」
雷護は首肯し、その瞳の奥に映る嘘偽りのない決意を見せた。
「そうか、理解した。もう我が以前の我とは違うという事も、ここにいる羅神以外は知っているという事か」
独り言レベルの声の大きさで呟き、ミーティングテーブル上に開いたまま置かれている活動記録ファイルを手に取った。そして、記録を読み返しながら、音神に話を投げ掛けた。
「吏子…、よく我を連れ戻してくれた。礼を言う。我はもう、この世界に戻る事はないだろうと、そう思っていた」
ファイルを閉じて音神を見つめる徳神の瞳には、不思議な力が働いているかのような強さがあった。その間、黙っていた雷護は、羅神を見ていた。羅神も雷護の方を向き、コンタクトを取ろうと試みているようだ。
「……、ロディパーネも今日はしかけて来るまい。とりあえず皆、ゆっくり休め」
徳神が司令室内の指揮をとる。すると、そこにいた全員が何の抵抗も感じる事無く休憩に入り、各々の部屋へと散って行く。それもそのハズだ。もともとは徳神が指揮をとっていたのだから。そして散って行くのを見届けた徳神は、音神の手を取り、ヴェドレーナ大要塞都市内部に昔からある自然公園へと出掛けた。そこは殆ど何もない、芝生だけの青々しい公園。だが徳神にとっては非常に思い入れのある場所だった。そのような場所へ音神を呼ぶというのは、所謂デート、というやつだろうか。
数分後、徳神と音神の二人は公園の海辺、しかし広大な芝生となっているデートスポットとしてはなかなか良い場所に立っていた。この自然公園は海に面していて、汐風が頬に当たる。少しばかり熱を帯びたその風は心地良く感じられた。
「…徳神の方からアプローチなんて、珍しいのね」
急に、音神がそんなセリフを口にした。それをきっかけに、会話をしようと徳神も返事をする。
「気に召さないか?」
「ううん、そんな事ないよ。…ただ、なんか不思議」
「そうか」
「うん」
「………」
「………」
二人とも、それ以上の言葉が出てこなかった。無理におかしな事を言うよりは、こうしている方が良い。本人達はまだそんな関係ではないと言い訳するのだろうが、周りから見れば明らかにそういう関係だ。
「前の」
「?」
「吏子は、前の我…、つまり、異世界の我の方が、好きだったり…。いや!これは別に違うぞ、言っておくが、そ、そういう意味ではないからな!」
自爆する徳神を見て、音神は笑った。その笑顔は、徳神の心を鷲掴みにしていた。
「大志も、そういうの気にしてたんだ…」
気のせいだろうか。音神の表情は嬉しそうに見える。それに、呼び名が『徳神』から『大志』に変換されている。だが、今の徳神は呼び名に関しては気にしていないようだ。音神は不思議に思う。以前の徳神は、下の名前で呼ぶと、いつも「誤解を招く」だの「まだ早くないか?」などと言っていた。それに、いつからだろうか。いつの間にか『吏子』なんて呼んでいる。それは、嬉しい事だが、不可解でもあった。が、ここでもとりあえずそれらは保留にしておく事にした。
「そ、それは…。気にしては、いけないのか?」
「寧ろ逆、かな。そういう事には疎いのかなって思ってたから」
音神の素直な一言に心を打たれ、徳神は本音を口にした。
「…我も、異世界へ行ってから何かが変わった気がする」
「変わった?」
「あぁ。今までは、アノードゥルや5神の事ばかりを考えていて、自分の事や吏子の事を考えられずにいた」
音神の相槌を確認し、徳神は胸に手を当て話を続ける。
「だがこいつは、自分の夢を追いかけていた。学校という施設で自ら学習活動をしたり、友人達と遊んだり、また、恋をしたりしながら…」
こいつ、というのはこの世界の方ではない徳神の事だ。音神も、それを理解して相槌を打つ。
「それだからなのかもしれない。我は変わろうと決心した」
「変わるって、どういう風に?」
音神は話の流れを上手く流す質問をした。
「我が夢を、追いかけたい」
「っ!!」
不意に徳神は音神を抱き寄せた。そして、音神を見つめる。
「大志…」
「最初は強引かもしれないが、絶対に後悔はさせない。そう約束する」
「うん」
その後の数分間は二人の世界に入り込んでいった。
休憩を言い渡された後の司令室に、水神と一神は帰って来た。誰もいないそこに入った水神が言った。
「…徳のやつ、やっと戻って来たんだな」
自分が指示をしていないのに司令室に誰もいないという事は、“通常通り”に徳神が指示をしたという事を象徴している。一神は司令室中央のミーティングテーブル上に映写されているホログラムモニタを見て、
「あー、りーちゃんったら、大志連れてどっか行ってるー!ずーるーいー真菜も行きたいのにー!」
と言い脱いだばかりの制服を着直して外出の準備を始めた。どうも一神はそういう事を察せないらしい。今徳神と音神のネームプレートは赤だ。実際のところ、音神が連れて行ったのではなくその逆なのだが。そこで水神は溜息をつきながらも微笑み、
「こら、邪魔しちゃダメだろ?」
と一神の頭を撫でた。すると、「むむむ…、ミカさんも卑怯だぁ…」などとぶつぶつ文句を言いながらも再び制服を脱ぎ始めた。本当に行きたければ水神の手を振り切って行けば良いのに、どこか気持ち良さそうに柔らかい髪を差し出す一神は、やはり可愛らしかった。因みに、ヴェドレーナの制服に限った事ではないが、ブレザーのようになっていて、制服を脱ぐというのは上着を脱ぐのと同じような意味だ。
「そうだ!なぁ真菜、今日は徳の帰還祝いをしないか?聞きたい事もたくさんある事だし」
突然の水神の提案だったが、一神は満面の笑顔で答えた。
「大大大賛成だよっ!!」
こうして、水神と一神は数時間後の祝杯の為に計画を練り始めた。
羅神と雷護は、大要塞都市のちょうど中心に当たる中庭で会話をしていた。この中庭は、一神の守護使である壌護によって手入れされていた綺麗な自然環境だ。壌護が何かの命令を受けて帰って来ないここ数年間は、壌護の代わりに一神が手入れをしている。羅神もたまにその場に居合わせるが、いつも何故か泥塗れになっている一神を見て苦笑いをしながら手伝っている。羅神はそういう場所だからこそ、落ち着いて話が聞けると思ったのだ。
「羅神のアニキ、最初に言っておくが、今の徳神は二重人格だ」
だが落ち着いて聞いていられるような内容でも無さそうだ。
「何っ!?」
思わず発言してしまう。その後にも無数の質問が浮上するが、今はとりあえず我慢し、雷護の話に集中する。
「徳神は、一度ロディパーネに捕まってな。その時、記憶操作を受けたんだ。まぁ、結論から言えば、ロディパーネとアドゥリーノによって徳神は改造されたって訳なんだが」
「何故、そんな事に…?」
当然抱く疑問だ。羅神はまだ7年前の話を聞いていないので、簡単に理解出来るハズもない。それを雷護は順を追って一つ一つ説明していく。
どうして徳神がロディパーネに捕まったのか。
どうして記憶操作だけでなく、異世界へ転送されたのか。
どうしてさっきの徳神は記憶を取り戻せたのか。
それらの説明が終わると、羅神は無言で首を横に振っていた。それ程ショックだったという事だ。
「つまり、今の徳神は二重人格だ」
雷護は、追い討ちのように再度羅神に言い放った。
「でも」
今度は羅神が声を出した。
「でも、それでも理解出来ない事がある!」
雷護は自分の出来る説明は終わったとそう告げた。しかし羅神は問いかけて来た。
「何故ロディパーネがここまでヴェドレーナを拒否するのか、それがまだ分かっていない!」
言われてみればその通りだ。遥か昔、ヴェドレーナとロディパーネは良い友好関係にあったと言われている。それはヴェドレーナ国内全土に伝わる常識的な歴史として知られているのだ。それがいつの間にこのような冷戦関係に陥ってしまったのか、それは確かに疑問だ。今回の事も、冷戦関係が無ければ最初から起こらなかったとも言える。何故なら、7年前に徳神がしようとした事、それがロディパーネとの友好関係を取り戻そうとした事なのだから。
「それはそう思うけどなぁ、ただ単に仲良くするのに疲れたってだけなのかもしれないぜ?アニキ」
羅神の事をアニキと呼ぶ雷護に対し、羅神。
「その呼び方はやめろって…。だが、そんな簡単な理由でここまで、冷戦状態まで陥るか?」
「うーむ…、難しいところだなぁ。徳神は何か知ってるようだったが…」
さらっと物凄い情報を提供する雷護に若干の驚きを感じながらも、羅神は声色を変えずに答える。
「じゃあ、あいつが帰って来たら聞いてみるか。…とりあえず、ミカさんに連絡を入れよう。どうせ今日は徳神帰還祝杯パーティーか何かやる気だろうしな」
「そんな事するか?ただ帰って来ただけで?」
「名ばかりの単なるパーティーだよ」
「真菜辺りが喜びそうだな」
真菜辺りと言ってはいるがおそらくこれは真菜の事を単独で表している。
「ミカさんの事だ、やり兼ねない」
「アニキって、そういう事を当てるところは凄いよな」
「悪いか?」
「いや別に悪くはないが」
何故か鋭い羅神に、雷護は笑って答えた。
水神と一神がパーティーの準備を始め、羅神と雷護が会話をし終えた頃、徳神と音神の二人は既に司令室への帰路に入っていた。
「…ねぇ、大志」
「なんだ?」
「私さ、大志の事、もっと知りたいな」
「吏子は少なくとも他の5神とその守護使以上に我の事を知ってると思うんだが」
「ううん、そうじゃなくって」
音神は軽く首を横方向に振る。そして、立ち止まった。徳神もそれにつられるようにして音神の少し前方で立ち止まる。
「…7年前の事とか、ね?」
「……」
徳神は俯いた。それを見た音神は若干焦り、フォローを展開した。
「あ、いや、そのー…、別に嫌だったらいいの。ちょ、ちょっと知りたいなーって」
「ロディパーネには」
不意に徳神が話し出して少々驚きながらも、音神は口を噤んだ。徳神の次の言葉を待つ。
「ロディパーネには、我が命の恩人がいる」
重々しい一言一言に耳を傾けていく。
「我は9年前、ロディパーネの子供達と仲良く遊んでいた。ヴェドレーナに友人がいなかった訳ではない。ただ、ロディパーネのそいつらと遊ぶのが好きだった…。それだけの理由だった」
しみじみと語り出した徳神の横顔から、思い出したくないのであろう過去が垣間見えた。だが、ここまで聞いたら最後が気になるので、音神は黙って続きを待った。
「…吏子、ヴェドレーナの治安が急に悪くなった年があったのは憶えているか?」
質問には答えた。
「え?あ、あぁ、それは確か…9年、前…!!」
まさかここまで遡るとは思ってもみなかった音神は正直驚愕の事実に開いた口が塞がらなかった。
「そう。もう大体分かったとは思うが、その時からだ。この冷戦が始まったのは」
9年前に冷戦の原因があったなど、音神が知っていたハズもなく、只々驚くばかり。しかし、まだ全ての謎が解決した訳ではないので、徳神の話に耳を傾ける事にした。
「当然、我もロディパーネへ行けなくなった。向こうも、こちらへは来られなくなった。…だがな、我はなんとかして以前のように友好的な関係を保ちたかった。そして気が付けば我はロディパーネの中枢へ侵入していた」
治安が悪くなった原因は、ヴェドレーナ側にあった。ヴェドレーナの中でも特にザドゥラスと呼ばれるスラム的地域の影響だ。徳神は、その事は当たり前として語り始める。
「侵入後、我は訴えた。どうか、もう一度だけでもいいから友好的な関係を、ってな」
そこで徳神の表情が暗くなって行くのを確認した音神だったが、黙って徳神の話に耳を傾ける。
「だが、結局は無駄だった。当時のヴェドレーナはザドゥラスの汚名を背負った状態だったからな」
徳神は過去の自分を嘲笑うように苦笑いした。音神へ視線を向けると、真剣な眼差しがそこにあった。
「…で、それからが7年前の事に繋がる。我は7年前、9年前の失敗をしっかり糧にしてロディパーネへ向かった。もちろん、ザドゥラスをある程度制圧してから、という意味だ。…だが、それでもロディパーネは我らの受け入れを拒否した。どこかで仕方ないと分かっていても、我はどうしても友好関係を取り戻したかった…。そこで、ロディパーネの5王へ直接話をしに行った」
「5王に!?」
ここで話される5王というのは、ヴェドレーナでいう5神と同じような存在の事だ。彼らの仕事も、大半は国を治める事だ。つまり徳神は、一歩間違えれば殺されてもおかしくない場所に行った、という事になる。冷戦敵国の主要人物が侵入すれば、殺害に至り兼ねない。音神はそれに驚いた。
「そして、我は…、ヴェドレーナは、5王にも拒否された。その後、我はヴェドレーナへ帰還しようと、ロディパーネを出た」
「ちょっと待ってよ、雷護の話と違うわ。雷護によれば、大志はロディパーネ内で記憶操作を受けたって…」
その言葉を聞いて、徳神は酷く驚き、焦り始める。
「…き、気にするな、その辺りの記憶は、その、なんだ、無い、というか…」
何故か動揺し始める徳神。音神は疑いの眼をさらに強くした。おかしい。何かが違う。何か、重大な事から間違えてしまっている気がする。そして音神は、思わず本音を発してしまった。
「あなた…、誰?」
(ここは…、何処だ?
何故我はこんな所にいるのだ?
雷護は何処だ?
一体、何が起きているのだ?)
とある世界に、一人の少年はいた。いや、あるいは青年と言った方がいいのだろうか。
「我は一体何故こんな所に…?」
見渡すと、そこは狭い部屋のようにも思える。少年は、近くにある机の上にある物を手に取った。それは、小さなモニタ付きのデバイス。スマートフォン、または携帯と呼ばれる物だ。
「…どういう事だ…?」
と、その時。
「大志ー、夕飯出来たわよー?」
聞いた事もない声。誰だ。
だが、別の徳神ならすぐに答えは出たであろう…。
その声は、徳神の、元この世界にいた徳神の母親のものなのだから。
「まさか、砂王がっ!?…いや、それは考えすぎか…?」
独り言の絶えない少年は身に纏っている服を見る。普通の制服だ…但し、ロディパーネの。
「ヴェドレーナ…、アドゥリーノは無事だろうか…?」
少年はとりあえず近くのベッドに座る。そして何かに気付き、呟いた。
「この部屋は…、繋がってるのか…?」
発言後、その周囲を調べると、その少年の仮説を証明する証拠が出てきた。
(なるほど…そういう事か、砂王よ)
心の中で全てを納得した後、少年は部屋の中から先程の声の主に聞こえるように叫んだ。
「ごめん!今日は食べられない!」
状況を把握した後に実行すべき事はただ一つ。
「よし…それなら我も計画を開始するとしようか」
徳神帰還祝杯パーティーなるものを催す為、水神は一神と準備に取り掛かっていた。パーティーとは言え、目指すのはそこまで仰々しいものではない。言ってみれば極一般的な誕生日会、と言ったところだろうか。
一神は司令室に1キロ程の重さはあるであろう謎の紙袋を持って来た。
「ま、真菜?それは何だ?」
物凄く重そうだ。もっとも、小柄な一神が持っているとそれが強調される。その重そうな紙袋をミーティングテーブルに置き、わざとらしく「ふぃー」などと息を吐きながら額に手を当てていた。汗などは何処にも見当たらないが。
「あ、ミカさん!コレはね〜、真菜の隠し芸だよ!」
「お、おう。だから、それは一体何なんだ?」
「みんなをビックリさせてやるんだからっ!」
「俺の声は耳に入ってないのか」
「ミカさんにはコレを使ってもらいまーす」
言いながら、一神は紙袋から何処で手にいれたかも分からない黒いハットを取り出した。いかにもハトが出て来そうなそのハットを押し付けられ、水神は溜息をつきながらも微笑んだ。
「ったく…。仕方ないやつだ(笑)」
と、ここで水神に連絡が入り、パーティーの準備に新たに二人の追加が決まった。もちろん、連絡の相手は羅神だ。
「真菜、羅神と雷護も来るってさ」
「わぁ!なんか今回はレアメタルだねっ!」
レア、つまり珍しいと言いたいのだろう。一神のボキャブラリーがどう蓄積されて来たのか、つくづく気になる水神だった。
音神に睨まれて数分が経過した自然公園は、もうすっかり暗くなっていた。徳神は、音神に何を言えば良いのか分からず、只々視線を泳がせていた。
「正直に、言って。…あなたは、誰?」
一見すると音神は単なる少女だが、こういう場面になると異常なまでに存在感を醸し出す。今の徳神は、それに気圧されないように耐える事で精一杯だった。
「答えて!あなたは、大志…、徳神じゃない!」
徳神の事を、以前ここにいた彼の事を慕っていたからこそ分かる事だ。
すると、徳神だった少年は、顔を両手で覆い、手を離した。そこに見えたのは、徳神ではない、音神の知らない顔だった。そして、その少年は堅く閉ざしていたハズの秘密を打ち明け始めた。
「…これを聞きたいなら、今から出す条件に従ってもらうが、いいか?」
顔を変化させるという技を目の前にして音神は驚いていたが、ここでは冷静を装った。
「さぁね。その条件の内容にもよるわ」
「心配せずとも、難しい事は言わない。とても簡単だ。…これから話す事は、徳神と雷護以外の誰にも話すな。これだけだ」
音神は少々困ったような顔をしたが、徳神だった少年の目つきからして裏は無いと判断し、条件を飲む事にした。
「分かったわ。約束する」
「…では、話そう。いずれはこうなると思っていた。だから今突然考えた事ではない」
少年は一つ深呼吸をして、まず第一に宣言した。
「僕は徳神の幼馴染だ。名前は、砂王。砂王 遊羅という」
まずこの時点で音神は驚いていた。砂王は、ロディパーネの5王の一人であったからだ。
「今、僕は徳神と共にある計画を進めている」
計画と聞いて、不思議に思う音神。当然、知りたくなる。
「どんな、計画なの…?」
「ザドゥラスを…、壊滅させる」
それを聞き、音神は目を見開いた。そして、思った事を発言する。
「まさか、まだあの地域、組織は活動しているの…!?」
ザドゥラスは元々ヴェドレーナの一地域であったが、その保有武力の強さから独立し、今では『ザドゥラス』という組織として活動を始めていたのだ。
「そういう事だ。僕はこれからも正体を隠す。計画の為だ、つまり僕の頼みは徳神のそれだ」
音神は考えた。確かに、徳神の頼みなのであれば、それは引き受けたい。おそらく頼みというのは、この先も砂王を徳神として接してくれ、という事だろう。だが、本当に徳神が関与しているのかは分からない。
「必要であれば、これを受け取ってくれ。徳神の物だ」
手渡されたのは、間違いなく徳神のバッジだった。これは、ヴェドレーナの5神が、間違いなく計画や行動に対して同意を示したという証だ。壌護も、バッジではないがそれと同等の意味を成す指輪を一神に預けている。バッジを受け取り、音神は言った。
「分かったわ、協力する。だけれど、まだ完全に信じたわけじゃないから、何か不審な動きをすればすぐにバラすわよ」
音神には何かまだ引っかかる事があった。それが何なのかは、その時は分からなかった。
「ありがたい。恩に着る」
砂王はそう言うと、顔を徳神のものへと変化させた。
「…ね、ねぇ、その技って…」
「あぁ、これか。僕は元々ゼルディーニ出身でね。このくらいは簡単さ」
ゼルディーニ。このヴェドレーナと同じ世界にある5つの国の一つ。その国は魔法が有名であり、世界最先端科学技術を誇るアドゥリーノと対峙する関係にある。科学と魔法は水と油のようなものだという言葉が生まれた程だ。そこで育った砂王が魔法、もとい変身する事が出来るというのは国名を聞けば納得出来る事だった。
「案外徳神の真似、下手みたいね」
「顔以外はよく言われるよ。まぁ、ついさっきまで偽者の僕に騙されて甘い顔してた人のセリフではないと思うけどな」
「ッ!!」
顔を真っ赤にした音神は砂王…、今は徳神となっている少年をキッと睨み付けた。
「もう、知らないっ!!」
顔を赤く染め上げた少女は、怒鳴りながら司令室の方へ駆け出して行った。
「…徳神、お前もなかなか隅に置けないやつだったんだな」
空に向けて放たれた砂王のその言葉は、夕方の少し冷たい風に流されていった。




