Ep.3 神の秘密と覚醒
資料室内ではガサガサと書類の擦れる音が響く。ただ、音はそれだけではなく、資料室の外では要塞都市防衛などというアナウンスはまだ止んではいない。従って、室外の音が完全に室内に聞こえて来ていた。
「…今、外では何が起きているのだ?」
我慢が出来なくなった徳神は、近くで活動記録ファイルを探している流護に質問した。
「はい?…あの、すみません、聞いてませんでした」
よほど真剣に探していたのであろう。徳神は質問を繰り返した。
「今、ですか。……、ご覧になります?」
そう言いながら流護は指で空間に長方形を描いた。すると、その軌跡をなぞるようにして光の線が残り、徐々に長方形の内側へと光が集まって行き、結果的にはいつも5神などが利用しているホログラムモニタが顕れた。
「………それ、そうやって出すのか」
まず気になったところに着眼した徳神だったが、すぐに本題を思い出し、モニタの話への脱線は控えた。
「こちらが、現在の外の様子です」
流護がホログラムモニタを指差しながら言う。徳神も一緒に見やすにいように流護も同じ方向を向いている。
「これが、ヴェドレーナ………」
圧倒されてしまいそうなビル群もあれば、どこまで広がっているのか全く分からない草原まである。徳神にとってはどこか懐かしい、かつ初めての風景だった。しかし、今のその風景には、普通でないところがある。何か、巨大な壁のようなものが次々に地下から上がって来、要塞都市全域が区画毎に分けられていく。
「五年前に完成した防衛システムです。設計者は徳神さんなんですよ、これ」
流護の言葉に思わず否定しそうになるが、自分自身でも自分自身が信じられない今、いくら違うと否定しようとしても証拠がない。そうしている内にもみるみる風景は変化し、様子を見始めた頃と比べると、もう都市の殆どがそれぞれの区画に毎に巨大な壁のようなものによって囲まれていた。しかしその中には、何の動きも見られない場所もある。
「ん?どうしてこことここは囲まれないんだ?」
ビル群も民家も無い草原で保護されている場所があるのに、徳神が気になった少しウエスタンな雰囲気の場所は囲まれていなかった。
「その場所で戦闘が行われるからですよ。その他の地域に被害が出ないよう、その他の地域はバリケードによって保護しているんです」
なるほど、確かによく見るとその場所以外は全てが綺麗に保護されている。出入り口さえ見当たらない。
「…そうか。それにしても、よくあんなに薄い壁で保護出来るな。ミサイル一発でダメになりそうだ」
「徳神さん、戦闘にミサイルなんて使いませんよ?」
まるで馬鹿を見るような視線を徳神に送る流護。それを受けて徳神。
「使わないのか?」
流護は「当たり前でしょう」と言いた気な顔で頷く。
「そうなのか…。それなら、どうやって攻撃するんだ?」
徳神は戦闘方法に少し興味が出てきた。流護は質問を受けてからホログラムモニタを消して言った。
「何て言えばいいんでしょう。よく分からないですけど、こう、ピカッと光ったら剣とか銃とか武器が顕れて、それで戦いますね、基本的に」
本当によく分からない説明だ。徳神は今一つぱっとしない面持ちで書棚に視線を向ける。
「まぁ、それを知ったところで我には何も出来ないがな…」
小さな声でそう呟いていた。
「それはともかく、徳神さん。7年前の資料が見つかりましたよ!僕は司令室に戻ろうかと思いますが、徳神さんはどうされます?」
資料が見つかったのであれば、流護はここにいる意味が無くなった事になる。徳神は一人ここに残ってもいいが、ただでさえ異世界という事で孤独を感じているのに、その中でもさらに孤独を味わうのは御免だった。責めて雷神室に戻りたい。
「そうだな、我も部屋へ戻るか」
「今はそれが一番良いと思います」
流護も水神同様、何かを知っているような口振りだ。
その後、雷神室まで一緒に戻って来た徳神は流護と別れ、一人で雷神室に入った。室内に入るや否や、シュウィーが「何故置いて行った!?」と言わんばかりに徳神の顔に向かって羽をぱたぱたさせてアピールしてきた。
「ご、ごめんな、悪かった、悪かったからとりあえず落ち着け」
言葉が通じるとは思っていなかったが、自然とそれは発言されていた。人間、動物と接する時、無意識に言葉を投げかける事がしばしばある。今の徳神はまさしくそれだった。しかし、その徳神の考えに反し、シュウィーは静かになり、徳神の肩にとまった。
「お、お前、我の言葉が分かるのか?」
「ピョルルル」
「………そうか」
どうやら会話は人間から小鳥への一方通行のようだ。シュウィーの言いたい事はよく分からない。初対面の時は何故か理解出来たのだが。一人と一羽のいる雷神室に響く音は、彼らが発するもの以外では今はまだ無かった。
徳神が、眩暈のような、立ちくらみのような視界のディゾルブを感じたのはその後の事だ。
徳神と別れた流護は司令室に向かっていた。今、その左手には7年前の資料、『ヴェドレーナの5神 活動記録 No.249』というタイトルの書類ファイルがある。異世界だからと言って、昔から科学技術があった訳ではなく、初代ヴェドレーナの5神から代々受け継がれているこの活動記録ファイルは未だに書類を作成することになっているのだ。
「ええと、司令室は…、あぁ、この通路に出れば後はもう分かる…」
などと独り言を言いながら、流護は目的地を目指していた。意外とこの施設は迷路のように入り組んでいて、水神のように全てを把握するのは並大抵ではないのだ。司令室のドアの前に立ち、自動でドアが開くのをほんの数秒待つ。そしてそれをくぐり、流護は目的地へと到着。
「流護!活動記録は見つかった?」
ドアが開くなり、真っ先に聞いて来たのは音神だった。
「あ、はい。こちらです」
流護は持ってきた書類をミーティングテーブルの上に置き、一枚ずつめくっていく。
天護も興味があるのだろう、テーブルの方へ近寄って来た。
そして、あるページに辿り着いた瞬間、その現場に居合わせた三名は、7年前の事実を知った。知ってしまった。
「…ねぇ、何よ、これ」
音神はショックでその一言しか発言出来なかった。他の二名もほぼ同様だ。
「こんな事があったなんて…」
三名を代表して音神が水神へ連絡を入れる。連絡が繋がると、すぐに音神は入手した情報を伝え始めた。
「ミカさん、7年前の資料の活動記録は見つかったわ…。それでね、」
その次の発言と司令室のドアが開くのはほぼ同時だった。
「7年前のあの日、徳神は、ヴェドレーナとロディパーネとを友好的な関係にしようとして、条約を締結しよう…と…」
そこで音神は司令室のドアが開いているのを視認した。そして、そこに肩にシュウィーをとめた徳神が立っている事も。
「音神、どういう事だ、それ」
徳神は音神に問い掛けた。だが、音神は返事が出来なかった。音神以外の二人も、酷く驚いた顔をしている。
『どうした?音神?その他に何か載ってなかったのか?………おーい!聞こえてるのかー?』
ホログラムモニタの向こう側からは水神の声が聞こえている。
「あ…あの、いや、徳神!これは…ち、違うの!別に悪い訳じゃないのよ、ただ運が悪かったというか、何というか…」
こちらから見てホログラムモニタの向こう側にいる水神は音神のそんな言葉を聞いて空気を察したのか、何も話さなくなった。
「その資料、我にも見せてくれ」
徳神は、素直に意思を告げた。それに対し音神は、暫しの間難しい問題を解く時のような顔を見せていたが、最終的には閲覧を許した。
「これに…、これに書いてある事が全て正しいかどうかは分からないけれど、この活動記録には嘘は書けない…。書いてある事の9割は本当の事よ」
言いながら、音神は徳神に活動記録ファイルを手渡した。それを手に取り、徳神はページを一枚ずつめくっていく。
そんな時、天護が不意に発言した。
「あれ?徳神さんは、記憶が無いんじゃないんですか?」
「…そうよ?無い、っていう事さえ本人からしてみれば自覚が無いみたいだけど」
徳神が記憶喪失のような事態に陥っている事は、誰よりも音神がよく知っている。だが、そんな音神も、また徳神本人でさえも気が付かなかったであろう、ある不思議な点を天護は指摘して来た。
「それじゃあ、どうして徳神さんはたった一人ここに来れたんですかね?」
「「!!」」
音神と流護はその瞬間、同時に驚きの表情を示した。さらに、音神にはもう一つ気になる事があった。
「シュウィー…」
音神は、徳神がシュウィーを顕現させる事は不可能だと思っていた。また徳神は、弁解用のセリフを用意をせずに来てしまった、いや連れて来られた為、どうしようもないこの事態に対応しきれていなかった。天護の言う通り、何故何も覚えていないハズの徳神がここまでやって来れたのかは、本人以外、誰も分からなかった。
暫くの静寂が訪れる。だが、その静寂は長くは保たれない。
『…音神、聞こえているだろう?繋ぎっぱなしにするから、無論、そちらの状況も何となく伝わった。で、今、司令室には徳もいるって訳だ。伝言は徳に伝えるのか?』
水神の言葉が司令室に響く。それと同時に、音神はここを出る前に水神が言っていた事を思い出す。
ー「万が一徳がこの司令室に来るような事があれば、その時は戦闘準備させてもいいぞ」ー
水神は最初からこうなる事を予測に入れていたのだ。また、普段は誰の助けも必要としない水神がそう言うという事は、おそらく、それは今回の敵がいつもとは違って強いという事なのだろう。音神は、何か嫌な予感を感じ始めていた。
…また、徳神が何処かへいなくなってしまうかもしれない…
無意識に、徳神の袖を引っ張っていた。
「お、音神?」
「へ?…あ、いや、別に何でもないわよ、本当に、何でも、ないんだから…」
顔を真っ赤にしながら、音神は弁解する。しかし、その手は袖から離れていなかった。徳神も、何故かそれを払う気になれなかった。
北部エリアAー51では、既に戦闘体制が敷かれ、ヴェドレーナの敵国ロディパーネの小隊と、羅神、炎護の二人が対峙していた。
「行くぞ、炎護」
「あぁ、防衛システムも一通り作動したようだし、とりあえず安心して戦える」
刹那、羅神は駆け出した。それと同時に敵小隊の長と思われる、制服の目立つ一人が動き出した。
「武器装備!」
羅神がそう叫ぶと、一瞬だけ羅神の右手辺りが眩しく光り、金属製の槌が顕現した。
「へぇ、そういうスタイルなんだ」
小隊の長と思しき少年は、まるでゲームをしているかのように口元で笑った。
「…お前らは一体何がしたいんだ?」
羅神は少年に問い掛ける。言葉の途中でも戦闘は怠らず、槌をフルスイング。それをかわしつつ、少年。
「おっと、危ないぜ、そんな物振り回しちゃ」
どこか嘲笑っているように見えるその態度に、羅神が黙っていられるはずもなかった。
「…何がしたいのかと聞いているんだァ!!」
怒号のように響くその声と共に高く振り上げられる槌。直撃すれば一溜まりもない。今までのロディパーネのやつらなら、すぐに片が付く一撃。いくら少しばかり強そうだからと言って、ダメージが無いハズがない。羅神は思い切り槌をそのまま少年に向かって振り下ろした。しかし、その攻撃は意外な方法でかわされた。否、止められた。
「武器装備」
少年がそう呟いた瞬間、羅神のその時と同じように光り、少年の右手に鐘のような、盾のような物が顕現した。それに槌は当たり、ガキィィイン、という金属音と共に攻撃は止められた。
「悪いね、空気読めなくて」
ふざけた態度は何一つ変わっていない。その嫌な態度が羅神をさらに加速させる。と、その羅神を見た炎護が叫ぶ。
「羅神!落ち着け!暴走だけはするな!」
この一言が無ければ、羅神は我をも忘れて暴れていたかもしれない。今、敵の少年以外の小隊全員を相手にしている炎護は、彼の目の前の敵だけで精一杯のハズなのだが、羅神の事も常に気にしているようだ。羅神は炎護に感謝し、だが今はその気持ちを心にしまって、少年と再度対峙しようとした。しかし、改めて視界を確認すると、羅神の目の前に少年はいなかった。
「しまった!」
咄嗟に背後に向けて槌をスイングする。するとそれは見事に何かに命中し、それは地面に倒れた。少年は頭を支えながら立ち上がり、
「って〜な、何すんだよ!?」
などと言ってきた。こちらの質問に先ほどから一切答えていないのだから、羅神も無言のままそれには答えない。
「へぇ、まぁでも、なかなかやるじゃん。……いててて」
今度は少年はそんな言葉を吐いてきた。これが世に言う戦闘狂というやつなのだろうか。頭に当たったであろう槌のスイングは、よほど痛かったのか、少年の左手はまだ頭の一部を押さえている。
「でももちろん、これからが本番だよな?」
その言葉を残して、少年は羅神に突っ込んで行った。
北部エリアへ向かっている水神と一神は、その途中に入った音神からの連絡により大きなタイムロスに見舞われていた。
「りーちゃんが一体どうしたの?」
可愛らしく首を傾げて聞いてくる一神に、水神は冷静を保ちつつ答える。
「徳が、司令室に来たそうだ」
「ふぅん、で、それがどしたの?」
「真菜は、驚かないのか?」
「どうして驚くのか、そっちの方が分かんない。記憶なんか無くたって、大志は大志だもん」
「そうか。いや、まぁ、それもそうだな」
一神の言う事も間違っていない。元々徳神はこちらの住人なのだから。
「もしかしたら、徳も今回戦う事になるかもしれないぞ」
「本当に!?それならもう勝ったも同然だねっ!」
「あ、あぁ。そうだな…」
一神の発言に苦笑いをする。確かに昔、徳神は本当に強かった。おそらく、今のヴェドレーナの5神の徳神以外の全員で戦っても足りないであろうレベルだ。しかし、今は徳神がどうこうという話している場合ではないのだ。
「やっぱり徳神は、ロディパーネに一度捕まっていたのか…」
一神に聞こえない程度の独り言を呟いて、水神は一神と共に戦闘の現場である北部エリアAー51へと急いだ。
司令室内では、徳神は活動記録を閲覧していた。その隣では、流護が天護と話し合っていた。
「もしかするとこれ…、水神さんの言っていた通りなのかもしれないぞ…」
「水神さんは何て言ってたんだ?」
それは、徳神も音神も気になる事だ。徳神と音神は、二人の守護使の会話に耳を立てる。
「水神さんは、徳神さんがロディパーネに一度捕まり、それでも何の抵抗もしなかった事で逆に怪しまれ、ロディパーネの5王から不審者として反感を買い、その後何らかの方法で記憶を消され、それすらも隠蔽する為に何らかの方法で異世界へ転送したという可能性があるって言ってたんだ」
具体的な方法は分からないにしても、侵略行動を起こすような国だ、少しの事で反感を買うという可能性は非常に高い。水神はそれを言いたかったようだ。それに、異世界と接続する事なら、トゥルヴィが今の徳神を見つけた時ように、不可能な話ではない。
流護と天護の話を盗み聞きしていた徳神と音神は視線を合わせた。
「徳神…」
「心配するな、我は死んだ訳ではなかろう?」
もうこの際、異世界に自分はいなかったのだと証明する方が難しくなる一方なので、徳神は以前この世界にいたのかもしれない、という事を認め始めた。この司令室に来れたのも、徳神が以前ここにいたからという理由があれば、何もおかしくない事となるのだ。逆に、記憶も何もないのに、迷路のようなこの施設で、この司令室を迷わずに見つけるというのは明らかに不可能だ。超能力か何かがない限り。
「徳神、どうしてここに来たのか、説明してくれるかしら…?」
この司令室に徳神が来てすぐにこの質問なら違和感は無いが、その時から少しばかりだが時間も経ち、また様々な徳神の異世界説を聞かされた挙句にこの質問をされると、少し戸惑う。
「え…。そ、そうだな…。真面目に話したいのだが、何となくとしか言いようがないんだが…。特に今は、な」
実際は、徳神の心の中に、記憶の中に存在する謎のもう一人の徳神に操られて辿り着いたのだが、いくらこの世界が異世界とは言え、信じてもらえそうにはない。そう判断した徳神なりの回答だった。
「そう…。あのね、徳神」
音神の声は先程と比べて大きさが半減したのか、小さく感じる。何か言い辛い事を発言するようだ。
「嫌だったら、別に断っていいから」
「理解した。言ってくれ」
そして、水神から告げられた一言を口にした。
「戦闘、準備」
それを言われて、徳神は目を見開く。だがそれは、驚きでも、怒りでも、喜びによるものでもない、もっと言えば徳神自身が行いたくて行った動作ではなかった。
「徳神…?」
「徳神さん?」
硬直した徳神を心配する音神と流護。天護も心配の表情を示している。しかし、徳神はそれに答える事も出来なくなっていた。
(やめろ、今は来るな…。やめろ、落ち着け、やめろ、やめろやめろやめろ!!!)
だが、徳神のその悲痛な叫びも既に心の中。再び眩暈のようなものに襲われ、左眼が失明した。そして、右眼以外の全ての身体は謎の徳神の所有するところとなった。
「あの、徳神?嫌だったら、ほら、断っても別に」
「断る理由でもあるのか?」
「えっ?」
急に徳神の声が若干だが低く感じ、音神は不審そうな視線を徳神に向けた。だが、その視線を無視するようにして徳神は言葉を続けた。
「北部エリアAー51…。なるほど、あの辺りだな」
違う。何かが違う。そう思ったのは音神だけではなかった。流護も天護も、ついさっきまでの徳神と今の徳神とでは何かは明確でないが、違う、という事は理解出来たハズだ。
「我も行く。吏子、ここは頼んだぞ」
音神はその言葉に衝撃を受ける。物凄く懐かしい、安定した声。ここ数年間、ずっと待ち焦がれていた声。あぁ、そうか。と思い出す。
これが、この世界にあるべき徳神、大志だ。
しかし、そう思ったのも束の間、不意に記憶という現実の記録に、音神は目を覚ます。
「一体、どうしたのよ!?吏子って…、私、まだその名前は教えて無いわよ!?……もしかして、記憶、戻ったの?」
「我は初めから記憶を失っていた訳ではない」
そう言って音神の質問を片っ端から切り捨てて行く。突然何かが憑依したかのように人が変わったので、司令室にいた徳神以外の全員が何が起きたのか理解出来ていない。まぁ、徳神は徳神でも、今心の中と右眼だけを使える徳神にしてみても理解は出来ていない。寧ろ、理解しろという方が無理な話だ。
「徳神さん?一体どういう事なのか、説明はされないのですか?僕達、どうすればいいのか、全く分からないのですが…」
流護の言っている事は正しかった。それを受けて、徳神は一言だけ答えた。
「雷護を呼べ、あいつが全て知っている」
そして、徳神は司令室の西側にある五つのロッカーの内、『雷神専用』と書かれている一つを開いた。
「…そのロッカーも、普通に使えるって事は、そういう事なのよね…」
漸く現実に起きている事態を理解し始めた音神が呟いていた。
徳神は、ロッカーからヴェドレーナの5神のみが着用出来る制服を纏い、司令室を後にした。
まるで徳神は台風のようでもあり、嵐のようでもあった。司令室に残された天護は、床に落とされたままになっている活動記録ファイルを拾い上げ、中身を確認してミーティングテーブルに置いた。その時開いたページには、『本日の活動:徳神[ロディパーネとの友好関係条約の締結]結果:失敗。また、徳神は行方不明。締結しようとした条約内容は…』などと、徳神がこの世界から消えた日の事が詳しく記録されていた。
徳神の記憶が戻ったというのに、音神は何かが気になり、全然喜べなかった。実際、確かに徳神は記憶を取り戻した訳ではないのだが。司令室内は、今度こそ静寂に包まれた。ただそれが、良い意味でのそれではないという事は言うまでもなかった。
ミーティングテーブル中央から映写されているホログラムモニタには、5神やその守護使が今どこにいるのかというのをサーチした結果がネームプレートのように描かれ、それを色分けしたものが返されていて、たった今、徳神のそのネームプレートの色が『施設内』を示す青から『外』を示す赤に切り替わった。
「本当に、大丈夫かしら…」
音神の気持ちも知らず、仕事を終えたホログラムモニタがそれ以上のアクションを示す事はなかった。
「羅神、すまない、遅れた」
北部エリアAー51では未だに戦闘が繰り広げられていた。ちょうど今、水神と一神の二人が到着したところだ。
「遅れてなどはいない…」
苦し紛れに答える羅神。5神がダメージを受けているという事は、相手が相当な強さであるという事を示している。
「こりゃ久々に戦えそうだ」
水神が口にしたその言葉を聞き、一神は眉を顰める。
「ミカさん、戦いたかったの?」
どこか不機嫌な雰囲気をあからさまに醸し出す一神に苦笑し、弁解する。
「違う違う、相手が強そうだって事さ」
「本当〜?」
「本当だぞ?」
「ならいいや」
ぱっと明るく笑う一神を確認して、水神は戦闘状況を把握する。
「防衛システムの壁は無事だな…。クレーターは…3つか。羅神はまだフェルデ・セオス・マレウスか」
フェルデ・セオス・マレウスとは、羅神が使用している槌の事だ。5神などは他の戦闘員とは違い、特殊な武器を使用する。羅神のそれは全て槌で、現在までのところ3種類あり、今使用しているのは、その中でも一番機動性に優れた軽い槌だ。戦闘状況の把握を済ませた水神は、一神の方を向き、
「無茶な動きはするんじゃないぞ」
と言い聞かせ、炎護の方へ駆け出した。戦況的に、羅神の方よりもそっちの方が不利だったからだ。
「水神さんっ!ありがとうございます!」
「…ったく、いっつも多いねキミの敵は」
水神の不適な引き攣り笑顔を横目に、炎護も同意する。
「羅神に任せられるのは一人が限界なんで」
「任せてる敵はいつも上級じゃねーか」
「仕方ないじゃないっすかー、俺じゃ勝てませんよ」
「それはそうだな」
普通に聞けば、他愛も無い話。だが彼らは、そう話しながらも、一人、二人、と着実に敵を倒して行く。残りは後十人といったところだ。と、そこに突然矢が飛んで来て。
「っ!?」
「バカかっ!危ないだろ!」
炎護と水神は物凄い勢いで振り向いていた。矢の持ち主は、一神だ。
「てへっ♪」
ご丁寧に舌まで出している。
「あのなぁ…」
水神は顔に手を当てて首を左右に振っていた。「あれだけ言ったのに」と言いたげな表情が手に取るように分かる。
だがまぁ、その矢のおかげで敵は少し戸惑い、隙が生じていた。それを見逃さなかった水神は、手に持っていた小さな鎌のような、斧のような物をブーメランのように投げる。するとその刃物は綺麗な楕円軌道を描きながら敵に当たり、そいつが着ているロディパーネの制服の布が破ける。その後、刃物は水神の手元へと帰って来、水神はケガする事なく上手くそれをキャッチした。
「炎護、お前は羅神をサポートしてやれ。残りは俺達で十分だ」
そう言って炎護をこの戦線から外す。俺達、と複数形になっているのは、言うまでもなく水神と一神の二人という意味が込められている。
「了、解!」
剣を向けて来た敵兵をあしらいながら答えた炎護は、戦線離脱後、羅神のもとへ走り出した。
「ミカさん、大志、来るかな?」
「それはどうだろうな、来るかもしれないってレベルだし…、まぁ、来たところで敵がいないかもだしな」
それは一神にも理解出来た。敵の数は、逃げたした者もいるので、戦闘が始まってからと比べると格段に減っている。残りは五人、いや四人といったところだろうか。
「そっかぁ。そうだよね!大志がくる前に真菜がやっつけちゃえばいいんだ!」
「あ、いや、違うぞ真菜。んー、間違ってはいないんだが、ちょっと違う気がするぞ」
「よーし、頑張っちゃうぞー!ほらミカさん、行くよー」
水神は溜息をつき、やれやれといった表情で呟く。
「武器装備」
そして身長の三分の二ほどの大きさの斧を顕現させた水神は、残りの敵と再び対峙した。
「おー、いい動きだねェ!気に入ったぜ!」
未だに羅神をイラつかせるその言葉を発している源は、羅神と戦闘中のロディパーネの戦闘員だ。その相手の戦い慣れた感じは、羅神にはよく伝わって来ていた。
無駄のない避け方、攻撃を上手くかわす手段、少しでも隙を見つければ突っ込んでくるという抜け目の無さ。
全くもって今までやって来たやつらとは格が違っていた。
「何なんだ…?どういう事だ…?」
今のところ、羅神はその少年にダメージと言えるダメージを与えられていなかった。攻撃は仕掛けるが、全てかわされたりいなされたり。ダメージを与えられないというプレッシャーが、調子を狂わせる。そこへ、炎護が駆けつけた。
「羅神、もうそのマレウスじゃ無理だ!俺が隙を作る!その間に形態を変えろ!」
そう叫び、羅神はそれにアイコンタクトで答える。
「あっれ〜?そんな隙を簡単に作れると思ってる?無理だよ、キミじゃ無理無理!」
明らかにこちらをバカにしている。だが、そのセリフすらも敵の戦略に違いない。ここまで人をキレさせる天才は他に見た事がないほど珍しくはあるが。だが敵のその言葉に耐えて、羅神は炎護を信じ、一時的に戦線を離脱する。すぐにその羅神に向かって疾走してくる少年を炎護がタックルによって止め、二秒程の隙を作る事に成功した。だがその後、三秒目には少年は羅神の前までやって来ていた。
「だから言ったろ?無理だって」
そう言って右手に持っていた鐘のような鈍器を振り上げた。
「…強いと思ったのは、俺の勘違いだったか」
その声を発したのは羅神だった。だがこれは少年には聞こえていないようだった。
「さようならっ!」
少年が鈍器を勢いよく振り下した。が、その周囲に響いたのは人の頭などに当たった時の鈍い音では無く、キィィンといった金属音。そして、少年の目に飛び込んで来たその被打物は、羅神が先程まで持っていた槌ではなかった。
「チィッ!」
舌打ちをして間合いを取った少年はつまらないというように足元の石を蹴り飛ばした。
「そういう態度はあまり好ましくないな、そこの少年」
「あぁ!?」
あからさまに不機嫌な雰囲気を漂わせ、少年は声のした方を睨む。そこに立っていたのは、羅神では、なかった。
「っ!?と、徳、神…!?」
羅神も声のした方へ視線を向けていた。
「徳…!?何っ!ど、どうしてお前が!?」
酷く何かに動揺しているように驚く少年は、思わず叫んでいた。
それに対してヴェドレーナの制服を纏った一人の雷神は、
「我の前で騒ぐな。見苦しい」
と一言だけ発言し、次の瞬間には敵の少年に剣を突き付けていた。
「!?」
徳神の動きが速すぎて、何が起きているのか理解出来ていないのだろう。少年は、その目に絶望感にも似たような、敗北感を抱いていた。
「さて、我は仕返しなどはしたくない。去りたければ去れ。以上だ」
徳神はそう言うと、少年の首元から剣を離し、羅神の方へ歩いていた。
「な…、何が…起きたんだ…?」
少年は冷や汗を全身にかきながら身の安全の為にヴェドレーナ戦闘員から間合いを取った。とっくの昔に戦闘中のテンションは最底辺まで落ち込んでいる。そして少年は静かに歩き始め、その速さを少しずつ上げていき、最後は全力疾走でヴェドレーナから逃げて行った。その後を追う数人の敵兵も見られた。
「お前、いつの間に」
羅神は徳神に話し掛けていた。徳神と羅神が再会するのはこれが最初だ。
「色々あってな」
「てっきり、もう帰って来ないと思っていたが」
「基本的に、我は死ぬ事はない。そう簡単に結論を出すな」
「ははっ、すまない」
二人も戦線を脱し、今回の戦闘は幕を閉じた。
その頃司令室では、音神が呼び出した雷護による徳神の異世界冒険記の0話を聞かされていた。つまり、徳神が何故記憶を失ったような状態に陥ったのかや、何故異世界にいたのか、などの原因という訳だ。
「吏子ちゃん、まだ分からないのかい?徳神はな、ロディパーネとヴェドレーナを友好的な関係にしようしてロディパーネに行ったんだ。だけど、それを嫌がるロディパーネ側としては、その行為事態、嫌な事じゃね?」
ヴェドレーナ大要塞都市の中でも中枢から少し離れたところにあるレヴィラスという施設から派遣された雷護は、とても気さくな人柄だった。徳神が異世界にいる間は、守護すべき神がいないからとして、自ら司令室を発ったのだが、徳神が帰って来たと聞き、戻って来たのだ。しかし、未だに何故雷護がそんなに詳しく事情を知っているのかは不明だ。
「つまりだな、徳神は、ロディパーネに一度捕獲されて、記憶操作を受けたんだよ」
「記憶、操作…」
話によると、一度国内の中枢に侵入した徳神をそのまま帰せば、何か秘密を持ち帰られる、つまりスパイのような事も兼ねている可能性もあるのではないか、と疑われたようだ。また、雷護はその様子をロディパーネの田舎の方でHLTを利用して観察していた為に知ったという。
「じゃあ、もしかして」
音神の声が大きくなる。
「あぁ、記憶を消すって事だな」
その瞬間、音神は目を見開いていた。ロディパーネの非道さに驚いているのかもしれない。
「だがな、徳神の記憶は消す事が出来なかったんだ」
雷護はそう付け足した。
「じ、じゃあ、どうして徳神は…」
その先の答えは、凄く簡単だった。
「仕方がないから、異世界送りにしたって訳だ。…当時のアドゥリーノの実験の実験台も兼ねてね」
「「「実験台!?」」」
司令室にいる雷護以外の三人による声が綺麗に重なった。それほど衝撃の言葉だった。
「その際、別の世界のある一つに、偶然にも『徳神 大志』という人間がいたんだ。その人間と入れ替えるのも良かったが、まぁ、わざわざそんな事しなくても、たった一人くらいいなくても世界にとっちゃ、別にいいだろ?だからそいつとこっちの徳神との二人の性格、人格、記憶を、一人の人間に合わせたんだ」
音神は頭の中で一つ一つを理解し、パズルのように整理して行く。そして、今まで埋まらなかった最後のピースを嵌めることに成功した。
「つまり、徳神は今、二重人格だ」
雷護のセリフの後、司令室内は重い空気に包まれた。
そんな時、ミーティングテーブル中央のホログラムモニタ内の徳神と羅神のネームプレートが『施設内』を示す青に切り替わったのだった。




