Ep.2 神には秘密がある
異世界に連れて来られた徳神は、少女、クラスメートとしてではない音神と共に『ヴェドレーナ大要塞都市』なる施設に入った。そこで一人の好青年、通称『ミカさん』と出会った。
「徳…あ、いや、君は今まで何処に居たのか、どうしてそこに居たのか、分かるかい?」
声を発したのは好青年ミカさんだった。最初は初対面でいきなり徳神の事を『徳』と呼んでいたが、何かを察したかのように頷いてから、『君』という代名詞に変換されていた。
「えっと…、何処に居たかと聞かれても困るんですけど…」
思わず敬語になる。相手は見てくれの雰囲気だと明らかに歳上だ。実際のところ、音神の呼び方からして歳上なのだろうが。
「それもそうだろうなぁ。記憶が無くなったとか忘れたとか、そういう訳じゃ、ないもんな」
好青年の言葉に、徳神ははっとした。
(この人は、我に起きた何かを知っている?)
「は、はい…。確かに何もかも理解出来ません」
「だろうな」
そう言いながら、好青年は徳神に敬語を使われるのが歯痒いのか、両肩を竦めた。その後、好青年は音神に何かを耳打ちして、徳神の方をちらりと見てから微笑みを見せ、その場を立ち去った。音神は何かを聞きながら目を見開いたが、すぐに通常の状態に戻った。
「なぁ、あの人誰なんだ?」
徳神は好青年について音神に質問を投げかけた。
「はぁ…。一々説明するのって、めんどくさいわね。流石に疲れてきたわ。…あの人は水神 修、私達の一つ歳上で、今はこのヴェドレーナを護る『5神』のリーダー的な存在よ」
相変わらずこの世界の常識がさっぱり分からない徳神は、『5神』というキーワードを聞き逃す事がなかった。
「あのさ、その、この世界じゃ当たり前なのかもしれないが、『5神』って…何だ?」
それに対して音神は非常にうんざりしたように溜息をつき、仕方が無いわね、と言いながらも答えてくれた。
「『5神』っていうのは、この大帝国ヴェドレーナを護る為に遥か昔から存在する5人の事よ。百年に一度、その神と呼ばれる5人は次の世代へ各々の地位を譲るの。因みに次の世代っていうのはそれぞれに見合った能力を持つ者の事で、別に家系とかではないのよ。私は天の神だった【クラメディス】から今の地位を受け継いだの」
やけに詳しく話し出す音神に若干の驚きを含めて、納得したような、しないような、どうしようもない気分は晴れずにまだ何かを悩むかの如く顔を顰める徳神。その様子を横目に、音神は追い討ちをかける。
「まぁ、もうこっちに居る訳だし、話してもいいと思うから言うけど、あなた、徳神は、その『5神』の一人、雷の神よ」
瞬間、徳神は何を言われたのか分からず、瞬きを5回程繰り返した。
「ちょっと待て…、それって、つまりは」
「そ。徳神を捜してたっていう理由の一つはそれなのよ」
他に何が理由になりうるのだろうか。少し気になったが、そこはとりあえず保留という事にしておく事にした。だが、これだけでも徳神には大きなダメージだった。まさか、今まで遊び半分で考えていた『雷の神』という存在は本当に自分なのだと他人に言われるとは思いもしなかった。しかし徳神は、まだ完全に信じた訳ではない。この世界の事は、未だに納得が出来ない事が多い。もしかすると、全ては誰かの悪戯であり、徳神が油断したところでネタばらし、と、そういったものだという可能性も無くはない。誰得なのかは知らないが。
「徳神?大丈夫?」
無意識に手で頭を支えていると、音神が心配の声を掛けて来た。
「あ、あぁ、まあな」
曖昧な返事で応える。それでも、手は頭を支えたままだ。
「ねぇ、徳神。ちょっと付いて来て」
今更ここで自由行動などと言われても逆に困るが。とりあえず音神の後を追う。
暫く歩き、施設内のとある一室の扉の前に来た。扉にはプレートが一枚貼り付けてあり、そこには『雷神』と書いてあった。
「…おい、まさかここ」
徳神が言う前に音神が答えた。
「そうよ、ここはあなたの、徳神の部屋よ」
二人は室内へ入る。何故か懐かしいその内装に、徳神はあるはずのない記憶を感じ始めていた。
(我の中に…、我の中に眠ってるのか…?)
心の声が小さな呟きになっていたようで、音神は少し明るい声で、
「思い、出せた?」
しかし、徳神はそれを否定する。
「いや、そういう訳ではないが…」
「ないが?」
「遥か昔、ここに居たような気がしてきているのは事実だ」
そう言って、部屋の中をもう一度見廻した。
「そう…。それなら、よかった」
音神は小さな笑みを浮かべて、徳神と同じように辺りを見廻した。そして数分が経過し、室内の空気に慣れ始めた頃、音神は不意に壁に向かって歩き出した。
「徳神、今のあなたははじめましてなのかも知れないけれど、一応以前から徳神にしか懐かない小鳥がいるのよね…」
どうやらその小鳥に会え、という事らしい。異世界の通常ライフスタイルがどうなっているのかつくづく分からない徳神は、とりあえず首肯する。
「よかったぁ。シュウィー喜ぶわよ、きっと」
はて。
徳神はその『シュウィー』という名前に酷く覚えがある。音神の言葉から連想するに、小鳥であるらしい。しかし徳神は、元居た世界で小鳥を飼った事も、公園などで餌をやった事も一度もない。それなのに、何故覚えがあるのだろうか。何故こんなにも会う事を嬉しく思うのだろうか。
(…これではまるで、自分自身で我がこの世界の住人であったと証明しているようなものではないか!)
徳神はそう思いながらも、目を逸らす事なく音神の背中を見守っていた。
「確かこの奥よね?」
「我に聞くなって」
「そうだったわね」
何気ない会話を繰り広げながら、音神は壁の一部をボタンの様に押した。
すると、流石異世界。どういう原理なのかは知らないが、押された部分からその周辺に向かって一瞬だけ幾何学的な模様が光りながら拡がった。その後、光った線部分に沿って壁から様々な形の柱が引っ込んだり飛び出したりを繰り返して、数秒後、壁はお洒落で立派な物置きへと変貌を遂げた。
「………」
最早徳神には理解の限度を超えていた。
「えーっと、この中の上から三番目…っと。あった!コレよ、コレ!」
音神は唖然として口を開きっ放しにしている徳神に鳥籠の様な物を受け渡す。その時、彼女の視界に徳神の間抜けな顔が入ったのであろう、音神は受け渡した後、すぐに笑い出した。
「そんなに笑うほど我が顔はおかしくないと思うんだが…」
流石に少し傷付いた徳神は、少女に軽く注意する。なんだかんだ言って、徳神は段々とこの世界の事も受け入れられ始めてはいた。
鳥籠を部屋中央にある大きなテーブルに乗せると、徳神は『シュウィー』がどのように現れるのか、期待していた。異世界の事だ、さっきの棚やトゥルヴィの時みたいに、通常なら考えもしない方法で現れるに違いない。つまり、この鳥籠に入ってるなどという極一般的な理論では通らないだろうと、そう思って心のどこかで期待していた。
そして、音神が鳥籠を指差す。徳神は、音神が指差す場所を見た。そこは、鳥籠の外側に彫ってある模様が極端に少ない部分だった。
「開けてあげて」
音神はそう言った。だがしかし、徳神は開けようとはしなかった。
「…これ、普通に開くのか?」
何故だろう。非常にショックだった。もっとこう、ねぇ。何かアクションがあるかと思って期待していたのに。
「開けてあげないの?」
動かない徳神を怪訝に見つめる音神。どうやら周りから見ると、小鳥を外に出してあげない酷い飼い主に見えるようだ。
「んー、開けるぞ、開けるが、何だかなぁ」
そう言いながら鳥籠の外部模様の開きそうな一部に指をくっ付け、摩擦力を上手く利用して滑らないように開こうとした。が。
「あれ、ここじゃないのか?」
何度やっても開く事は無く、開く気配すら感じられなかった。
「徳神、あなた、救護室行ってきた方がいいかも。流石に全部忘れてると私が説明に疲れるわ」
「そんなの知った事か!?大体ここは初め…て…」
勢いよく返すつもりだったが、語尾が段々と小さくなって行く。この施設に入った直後に感じた既視感は、明らかに自分がここに何かしらの縁を感じていたから。つまり、ここに住んでいたから。そうとしか考えられなくなり、自然と声量も小さくなったのだ。
「…記憶って、儚いものなのね。私は昨日の事のように鮮明に残っているのに、それを証明する事は出来ない。徳神も、本当は何処かで覚えているかもしれないけど、今は殆ど思い出せないでいる」
音神は寂しそうに言葉を紡ぐ。
「なぁ、気になってはいたんだが、何故音神は我の事が分かったんだ?いくら以前この世界に我がいたと仮定しても、それからどれくらい時が経ったか分からない程後になって、それも音神にとっての異世界で出会った単なる一人の人間を見て一発で当てるなど、相当難しい事だと思うんだが」
徳神の問いに、はっとした音神は顔をほんのりと朱に染めて俯いた。
「そ、そんなの、き、きき決まってるじゃない!…わ、私が、その、私は、徳神の事が…」
ちょうどその瞬間。
『緊急連絡、緊急連絡。ヴェドレーナ国内北部エリアAー51に不法侵入者五名。現在解析中。5神、並びに守護使は司令室に集合して下さい。繰り返す。緊急連絡、緊急…』
不意に室内に流れたアナウンスに徳神は驚いていた。音神はやり切れなさと恥ずかしさが入り混じって複雑な表情になっている。
「こ、これは何だ?どういう事だ?」
徳神は急に右も左も分からなくなり、目を白黒させて音神に質問する。すると、音神は、
「…やつらが来たのよ。もう!本っ当にタイミング悪いんだから!」
と少々イラつきながら答えた。
そして、音神は一人で司令室なる部屋へと移動を始めた。音神によると、記憶の無い徳神はただの一般人にすぎない為、危険なリスクを負うだけだと司令室長に言われているらしい。ミカさんとやらの耳打ちの内容はそういう事かと徳神は納得した。そして徳神は仕方なく部屋に残り、鳥籠を見つめていた。
司令室に到着した音神は司令室長、水神に話し掛けていた。
「本当に、徳神はあのままでいいのね?」
「音神は、あの状態の徳が戦えるとでも思ってるのかい?」
「それは、確かに無理だと思うけど」
音神はそれでも納得がいかない、というように首を捻り、司令室の自分のスペースへ移動する。
「あ、りーちゃん!大志と会ったんだって!?」
高い声で音神に会話を投げかけて来たのは司令室のロフトスペースを占領する超小柄な少女、一神 真菜だ。
「えぇ、まぁ、会ったは会ったけど…」
音神の曖昧な返事に首を傾げる一神。それ以上は聞かず言わず、二人とも顔を俯かせた。
水神はそんな二人のやりとりの後、司令室中央にあるミーティングテーブルの自席に着席し、状況把握を開始した。今は徳神の事を話している場合ではない。
「音神、一神、二人ともそんなに落ち込むな。それより、今はこっちが優先だろ?これが片付いたらその時徳神の事は話し合おう」
水神の意見に賛同し、二人もミーティングテーブルに着席する。司令室には現在五名。水神とその守護使の『流護』、音神とその守護使の『天護』、そして一神だ。一神の守護使に関しては、現在別命がありそっちに行っているという。
「らっくんがいないのは?」
一神が水神に問う。らっくんというのもヴェドレーナの5神の一人。それに対し水神は答える。
「あいつには今、北部エリアの護衛をして貰っている」
らっくんとやらは不法侵入者を追い出す仕事を引き受けたらしい。
「へぇ、珍しいなぁ」
よほどレアな事なのか、一神は呟く。それから数秒後、北部エリアから途中報告が入った。
『…こちら、北部エリアAー51、羅神だ。特に変わった様子は無いが、後数分は監視を続ける』
流石異世界と言わざるを得ないのはその連絡手段。単なるテレビ電話のようなものではなく、空間に突如としてホログラムモニタが顕れ、そこに映像が投影されるというものだ。その手段で連絡を受けた一神はすぐに水神を見た。
「どうした?」
水神は急に振り向かれて驚いた。
「ミカさん、大志は一緒に戦わないの?」
あまりにも純粋すぎる質問に、若干の苦笑を交えながら、答える。
「出来る事なら一緒に戦うのがベストなんだが…、実は、今の徳は今までの記憶が無いみたいでな、それで…」
水神が次の言葉を紡ごうとしたその瞬間、一神は音神に向かって言った。
「りーちゃん!?…大丈夫?」
不意な言葉に、音神は暫し動揺する。
「だ、大丈夫よ?」
「それなら、良いんだけど…」
水神は、二人の会話の終わりと同時に口を開く。
「まぁ、そういうことだ、一神。だから、今回徳は戦えない」
少し俯き加減を緩和した一神は一つ頷いて司令内容の確認に移った。
「それで、今回の不法侵入の事だが、どうもいつものような単なる侵略でないような気がするんだ」
水神は文字通り不思議だと言いそうな顔で発言した。それに反応したのは音神。
「それって、いつものロディパーネの下っ端じゃないってこと?」
「あぁ。俺の勝手な予想だが、今回はロディパーネも幹部的な、言ってみれば俺たちみたいなやつを送り込んで来た可能性が高いんじゃないかと思うんだ」
ロディパーネとは、ヴェドレーナと現在冷戦状態になっている隣国の事だ。つい最近から、強硬手段に出たという事なのかどうかは分からないが、不法侵入による国内侵略が始まった。これを阻止するべくヴェドレーナ側も警戒を強めているのだ。
「ロディパーネは、何を企んでるのかしら…?ヴェドレーナは確かにいい国だと思うけれど、侵略する程手に入れたくなる理由なんて…」
それはヴェドレーナの5神にとっても謎だった。さらに、つい最近から過激になって来ているように思われる。
「そうなんだ。やつらが何故ここまでヴェドレーナに固執するのか、その原因を突き止める必要もある」
水神はそう発言した。その後に続いて、流護。
「水神さんの言う通り、確かめる必要はあるが…、具体的な方法はあいにく今のところこちらは持ち合わせていない」
その言葉に天護が反応する。
「つまり、行き止まりって事ですか…」
この状況ではいくら話そうが良い案が浮かびそうな気配は無かった。
「徳神は、何かを知ってしまったのかも…」
司令室内の暗い雰囲気を破壊した一声は音神からだった。
「どういう事だ?」
案の定、水神は音神に説明を求める。その言葉を待っていたかのように音神は発言した。
「徳神は、何者かに何らかの方法で記憶を消された…、そういう考え方は出来ないかしらって思ったのよ。実際、今の徳神はここに居た記憶さえ失っているし。それで尚且つ、この世界から異世界へと転送する必要があったんじゃないかって…」
音神の意見に、彼女以外の四人は少し首を傾げたが、水神はその数秒後にそれに対し意見を述べた。
「そうだな…、それなら確かに全ての辻褄は合いそうだ。徳がこの世界からいなくなったのは、確か7年前。あの日、徳は何かの任務で出掛けて行って、それっきりだったんだよな…。流護、すまないが、7年前の活動記録を持って来てくれ」
水神は独り言なのか全員に話しているのか分からない声の大きさでそう言い、流護に資料を頼んだ。
「7年前の、ですか?すみません、資料管理はいつも炎護に任せてばかりだったので…」
申し訳なさそうに頭をかく流護に、水神は答える。
「あぁ、資料保管室だ。徳の部屋を通り過ぎてすぐ次の十字通路を右、後はそのまま真っ直ぐ進めばその突き当たりにある」
「了解です」
そう言って流護は司令室を後にした。
「ミカさん凄いねー、もしかしてこの施設の内部構造とか全部知ってるの?」
一神はこの国を治める一人としてとんでもない事を言ってくる。
「覚えてないと逆にダメだぞ?」
水神は苦笑混じりに答える。水神と直後目が合った音神が即座に目を逸らしたのは何故だろう。どこからか『私にそれは聞かないで』オーラが出ている気がする。
「お前ら…」
水神は一つ溜息をして、面倒見の良い先輩の様に微笑んだ。
緊急連絡が入り、音神が司令室とやらへ向かった後の雷神室には、徳神は一人で残されていた。
「緊急、か…。不思議なものだ、聞き覚えがあるような気がする…」
徳神はどうしようもないこの状況に、ただ鳥籠に話し掛けていた。
「ピャーユァ!」
「そうか、やっぱりそうだよな…」
徳神は何も怪しむ事はなく言葉を続ける。
「ピューユァ!」
「いや、でもな、そう簡単に…!?」
ここで漸く気付く。
「誰だ!?」
間違いなく人間の声ではなく何か動物の鳴き声のハズだが、徳神はそう叫んだ。
「…何だ?異常に我に対して理解があるではないか」
答えてくれる人間は無かった。だが。
「ピャユァー!」
今回ばかりは流石の徳神も気付いた。会話の相手が明らかに人間ではないという事に。
「鳥…?」
気が付いた時、既に鳴き声はしていなかった。徳神は鳴き声がした方を向き、発信元を探る。しかしどう考えても、その視線は鳥籠へ収束した。
「マジか…、本当に中にいるのか」
そう呟きながら、何気なく鳥籠に手を当てる。すると、立ちくらみのような、眩暈のような感覚が徳神を襲い始めた。そして、視界が半分になり、以前にもあったように左眼が完全に失明した。その後徳神の口から、今まで聞いた事もない呪文のような言葉が発言された。
「使魔/シュトラーレ・アウィス」
刹那、雷神室内は眩い光に包まれる。数秒後、光が少し落ち着いた頃には、徳神の目の前にあったテーブル上の鳥籠が半分に割れるような形で左右に開いていた。
そしてその中から一羽の小鳥が飛び出した。
「ピョルルルッ!」
外に出る事が出来て嬉しいのか、『シュウィー』であろう小鳥は羽をぱたつかせている。
「待たせたな、シュウィー」
何の躊躇いもなくそう呟く徳神。だが、心の中では自分自身で自分自身を否定していた。
(な、何を言っている!?それより、これはどいう事だ!?一体、何が起きている!?)
その心の叫びに呼応するように視界を提供する右眼は混乱の色を見せていた。その時だった。
(…おい、あまり我の前で騒ぐな。見苦しい)
聞こえたのは何処からでもなく、徳神本人の心の中だった。
(我に、直接…!?)
あまりの衝撃に驚きを隠せない徳神。だが、身体は反応しない。右眼だけが、今までの徳神に残された器官のようだ。
(貴様は、一体…?)
心の中でそう呼びかける。すると、相手は静かに答えた。
(我は、いや、我も徳神。徳神、大志だ)
今まで異世界と何の繋がりもなかった徳神は、ここで混乱する。
「何だ…?どういう事だ…?何が起きているんだ…」
徳神は嘆く。暫く嘆いた後に、我に返る。
「あれ…?」
いつの間にか左眼は解放され、口から言葉を発する事が出来るようになっていた。
「…何なんだよ!?」
謎は膨れる一方だ。と、そんな時。
「徳神さん…、どうか、されました?」
その声に気が付いて振り向くと、雷神室の扉を開けてこちらを見ている流護の姿があった。
「………」
「えっと…、どうされました?」
閑散とした室内に、流護の声のみが響く。
「あの…、えっ、誰?」
そうだった。ここで流護はついさっき司令室で聞いた話を思い出す。
「あ、あぁ、僕は水神さんの守護使の『流護』と申します」
突然何か雰囲気が切り替わった流護の対応に少し戸惑いながら、徳神は応える。
「守護使…?」
この世界には、まだ徳神の知らない単語が沢山あるようだ。
「あ、えーと…、守護使というのは、その、僕のように5神に仕える護衛、と考えて貰って構いませんよ」
徳神は流護の説明に納得しないながらも頷いて、
「5神、か…」
と呟いた。
未だに自分がその中に所属しているという事実を受け入れきれていないのだ。
「それで…徳神さん、どうかなされましたか?」
「あ、いや、特に変わった事は…」
そう言いかけたところで、思い当たる事にぶつかった。そこで、質問してみる。
「もしかして貴様、この部屋中が光ったのを見たのか?」
流護はどこか申し訳なさそうに黙って頷く。
「あ、あれはだな…、我にも分からないのだ…」
そう。つまり流護が見たものは光だけでなく、その後の徳神の行動も、という事になるのだ。
「あの、記憶を希に思い出されるのですね…。先程の徳神さんは、今のあなたとは何か違った雰囲気でしたよ」
「え…、あ、あぁ」
徳神は歯切れの悪い返事をする。雰囲気が違ったと感じるのは当の本人にも理解出来る事だった。
「何かお困りでしたら、何でも聞いて下さいね」
流護は軽く礼をして立ち去ろうとした。それを徳神は少しばかり呼び止める。
「あ…あぁ。…そうだ、貴様は何故ここへ?」
「あ、僕ですか?僕は水神さんから資料を頼まれたので…」
確かに流護の手には『資料室』と書かれたメモがあった。メモ、というよりは施設内地図のようなものに見えた。
「そうだったのか。いや、何でもないが、少し気になっただけだ」
不思議そうに徳神を見ていた流護は、何かに気付いたように納得した時の顔になり、発言した。
「あの、良かったら一緒に来ます?今までの資料が沢山あるハズですし、この世界の事を思い出すきっかけになるかもしれません」
その言葉を聞き、徳神は頷いた。
「…そうだな、同行させて貰う事にする」
その後、通路に迷う事もなく資料室へ到着した二人は、その資料の多さに驚いていた。
「全ての部屋の扉にロックが無いとは…。まぁ、それはいいとして、この資料の量は膨大すぎるな…」
徳神にとっては、扉にロックが無いことも相当なショックだったようだ。それに対して流護。
「ロックが無い訳ではないんですよ。何て言えば良いのでしょうか、僕達守護使と5神の皆さんの計十名がそれぞれ鍵として設定されている、と言いますか…。僕にもよく分かりませんけどね」
苦笑を混じえながら話す流護は水神に頼まれている7年前の資料を探し始めていた。
「炎護、スコープ倍率を2.5から4.0に上げてくれ」
「何か、見つかったのか?」
「少し気になるものが監視範囲に入った」
「あー、あれか。ロディパーネ…か?」
「微妙だな。それにしては、いつも来るやつらとは規模が小さい」
徳神が一人で雷神室に残されたのと同じ頃、北部エリアAー51で監視活動を行っている羅神は彼の守護使である炎護と会話を繰り広げていた。そして、たった今若干の動きがあり、それを警戒している。
「司令室に連絡を入れる。繋いでくれ」
炎護は羅神に言われた通りにHLTを起動する。その後、司令室へ接続した。
「こちら、北部エリアAー51、羅神だ。特に変わった様子は無いが、後数分は監視を続ける」
それだけを告げて、連絡を一方的に済ませた。羅神はさっきから全くスコープから目を離さない。よほど気になるようだ。
「炎護、北西部の監視を頼む」
スコープを北東部方向へ傾けながら守護使に依頼した。
「おう、分かった。けどよ、後数分って、どれくらいだ?」
炎護の問いに羅神が答える様子はなかった。まるで本当に聞こえていないかのようだ。
「まーた集中モードですかい…」
羅神のこういう行動、性格に慣れている炎護は、やれやれといった表情で羅神が今使っているのとは別のスコープを手にとり、専用の監視塔に接続し、北西部を範囲指定した。このスコープは、『監視塔』と呼ばれる一つの塔に接続出来るようになっていて、司令室から一キロ程離れた場所にあるその塔からヴェドレーナ国土全てを見渡すことが出来るというものである。そしてその後、確かに数分間監視を行い、炎護が活動を終了しようとした時だった。
「…炎護、戦闘準備だ。それと司令室に連絡、『ロディパーネ国民を確認、またその者を侵略者と断定。北部エリアAー50、ほぼ壊滅』とな」
北部エリアAー50はエリアAー51と違って無人であるから、まだ被害がそこまであるわけでは無いが、由々しき事態であることに間違いはない。
「羅神、連絡は入れた。いつでも行ける」
「何としても食い止めるぞ」
羅神とその守護使は監視地点から北西部へと移動を開始した。
戦闘準備の連絡が入った司令室は騒がしくなった。
「出来ることなら避けたかったが…」
水神は複雑な表情で言った後、司令室にいる全員に戦闘準備を伝えた。その時、流護には連絡しなかった。今探して貰っている資料には何か引っかかるものがあったのだ。
「流護には後で連絡を入れる。とりあえずここにいる全員はいつでも戦闘出来るようにしておいてくれ。それと天護、要塞都市防衛システムを起動させてくれ」
「了解です」
水神の命令に従って各々は戦闘準備に入る。天護は要塞都市防衛システムと呼ばれているシステムを起動させた。
『警告、警告。防衛システムが起動しました。要塞都市全域の区画は、只今を以って外部連絡通路との封鎖を行います。危険ですので、外部連絡通路には1メートル以上近付かないで下さい。繰り返します。警告、警…』
そんなアナウンスが要塞都市内全域に響く。もちろん、この時点で流護が気付かないハズがない。数秒後すぐに水神のもとへ連絡が入る。
『水神さん、戦闘準備ですか?』
その連絡を受けて、水神は答える。
「いや、今はまだ大きな被害が出ていない。まだこちらで何とか出来そうなレベルだ。流護は資料を探してくれ。どうも、その7年前にあった事に関連があるような気がしてならないんだ」
『わ、分かりました…』
流護は若干納得していないようだったが、水神に従い、資料を再探索し始めたようで、連絡はそこで切れた。水神が流護との連絡後に司令室内を見渡すと、音神が顔を真っ青にしてモニタを見ているのが視界に入った。
「そんなに心配するな、きっとすぐ終わるさ…。それに、犠牲は俺が一切出さない」
水神はそう言いながら音神の頭に手を置いた。一神は一人で早めに司令室を出て行ったようだ。
「音神、天護、ここは頼んだぞ」
「えっ、ミカさんも行くの?」
「そりゃあな。真菜が一人でまともに動けた事、あるか?」
「あ、あぁ…。確かにそうね…」
子供なのは見た目だけかと思えば中身もまたそうなのだ。昔から一神は一人になると必ず暴走して何かをやらかす。
「それじゃ、そういう事だから」
「分かったわ」
司令室の自動ドアが開き、水神が出て行った。と、水神は開いたままのドアの端から半身を見せて、
「あ、そうそう。万が一徳がこの司令室に来るような事があれば、その時は戦闘準備させてもいいぞ。来ないとは思うがな」
と言い残し、今度こそ一神を追って行った。
「天護、今のってどういう事?」
「さぁ?私に聞かれましても」
水神の意図が分からない二人は、不思議そうな顔で任務を遂行し始めた。




