Ep.10 悪魔の目指した世界
「『3月27日、私は悪魔となった。未だに信じられないが、人々に憎まれ、呪われ、疎外され続けた存在は、その果てに悪魔となる。そして、私は今日、悪魔となった。悪魔は、人々に憎しみを与え、忌まわしい光景を見せ、絶望へと導かなければならない…。つまり、私は今後一切、幸せを手にする事は、無い』………嫌な記録ですね」
とある薄暗い部屋、無機質な壁に四方を囲まれた四畳程の部屋で、デュガンザはそう呟き、目に見えないように特殊加工した机の上で開かれていた一冊の日記帳を閉じた。
瞬間、視界が揺らぐ。眩暈。この感じは、砂王なら理解出来るハズだ。全く同様の理由によって引き起こされるものだったから。
そして、次に口を開いて出て来たのは、この一言だった。
「カルヤ…余計な事をッ…!」
そう言って日記帳を投げ捨てた。破ろうかとも思っていたが、どうしてなのか、思い通りに動かない手は投げ捨てる手段を選んでいた。
「うぅッ!?」
再びの頭痛に、呻き声が漏れる。
次に顔を上げたとき、彼は投げ捨てられた日記帳を眺めたまま、唯々その無機質な空間に佇んでいた。
空野は音神へ衝撃の言葉を告げ、その直後に彼はあらん限りの力を持って叫んだ。
「分かったなら、今すぐ俺を倒すんだ!…いいな?」
何故倒さなければならないのか。それは未だに謎だった。さっきの事といい火崎の時といい、復活を遂げた元守護使はやたらと倒せと言ってくる。
「どうして!?どうして私たちがあなたを倒さなきゃならないの!?」
音神は半泣き状態でそう投げ掛ける。すると、空野の口から、驚きの言葉が発された。
「やっと気が付いたんだ…、“悪魔”が俺達を生き返らせ、利用している真意が…!」
5神にはさっぱり理解できていなかった。だが。
「その真意とやらは、貴様の死と関係があるのか?」
徳神は率直に言ってのけた。関係があるのなら、倒すしかないだろう、そういうニュアンスが込められているようにも思われる。ただ、一つ言えるのは、倒す=殺すという式は必ずしも成り立つわけではないという事だった。
「…必要なんだ」
空野は短く答えた。直後、音神が聞き返す。よく聞き取れなかったわけでもない。ただ、意味が分からなかったのだ。
「何に、必要なの…?」
恐る恐る、聞く。返ってくる言葉に、あまり良い期待は出来ないと分かりながら。そして、空野は言った。
「俺達が…いや、俺達の力が、あの悪魔には必要なんだ…」
5神も二人の王も、よく理解出来ない。
「時空間嵐の悪魔は、いや…彼は、この世界、いや、ここだけじゃない、全ての世界を変えようとしている」
「詳しく聞きたい。あまり長引かせるな」
「あぁ、分かってる。…それで、奴の真の計画だが…『全世界支配下計画』と呼ばれるものだ」
瞬間、全員が目を見開いた。その計画の事は、阻止すべき計画であると定義して既知としていたからだ。今の空野の発言だと、これから彼はその計画を推奨するらしい。
「何を言っている?あんな馬鹿げた計画にのるつもりなのか?」
徳神が強気に出る。しかしそれを制す圧力を空野もかけて来る。
「馬鹿げた計画、か。…確かに、初めは俺もそう思った。だが言っておく。あいつがやろうとしている計画は、お前達の考えているようなモノじゃない」
どういう事だろうかと、全員が疑問に思った。しかし、感の良い一神は気付いた。空野が言おうとしている事に。
「まさか、だけどさ、カルヤさん。その、悪魔さんは、全ての人達の身代わりになるつもりなのかな?」
質問内容が急に具体的なものを答えさせるモノになったので、空野は若干の驚きを見せながらも答えた。
「…簡単に言ってしまえば、そうなる…多分な」
「そっか…」
つまり、こういう事らしい。
デュガンザは、この世界のみならず全ての世界におけるあらゆる負の欲望を自らに取り込み、消す…分かりやすく言えば、死ぬつもりで。そのために、まずは全ての世界を彼の支配下に統一する必要がある…そこで全世界支配下計画の利用が不可欠なのだという。
「何故、それをデュガンザが?」
徳神は訝しげに聞いた。だが空野はその質問の前に逆質問を聞いて来た。
「デュガンザ…?」
あぁ、そうか。まだ空野を始めとする先代の守護使は彼の名を知らないのか。
徳神だけでなく音神や水神もそう思いながら頷き合い、話す事を決めた。
「えぇと、デュガンザというのは、俺達が呼んでいる彼の名前です。彼が自らそう言ってたから…なんですが」
水神がそう説明すると、漸く理解したのか、空野は頷いた。
「そうだったのか。…いや、今はこんな事を話している場合ではないんだがな。…奴の行動の理由について、だよな?」
羅神と砂王は未だに空野の腕をホールドしながらその言葉を聞いていた。覇王は肩のケガを押さえながらも黙って立っていた。
「あぁ。何故デュガンザがその行動を取ろうとしているのか、貴様なら知って…いや、気付いたんだろう?」
未だに敵に対峙するような言い方をする徳神にも空野は動じずに答える。
「確かに、俺も分かった、というよりは、気付いた、の方なんだが。彼は、今まで俺らに酷い事をさせて来た…火崎のもその一つだが…。だが、それらは全て奴の計画に組み込まれたモノだったんだよ。もちろん、今までの、だから7年前にあの肉体を手にいれたのにも理由がある…」
理由がある。そう言われると、謎の真相に近付きそうで不思議な衝動に駆られる。徳神のそれも例外ではなく、思わずその先を催促した。
「理由、だと?」
「…彼は、悪魔だ」
そんな事なら相当前から分かっている。そしてその悪魔のせいで今このような状況に陥っているのも事実だ。
「悪魔は、全てのヒトやモノに込められた全ての感情を自由自在に操る事が出来る存在でもある」
この言葉を聞いた瞬間、徳神と一神の中で何かが大きく跳ね上がった。
「大志、もしかして、あの時…」
あの時とは、デュガンザが覚醒した日。この世界に彼の姿をした悪魔が誕生した日の事だ。
「まさか」
その先の台詞を奪うように空野は声を発した。それと同時に、覇王の傷から流血が止まった。いや、無理矢理に止めた、の方が正しいのかもしれない。
「彼はそれら全ての感情のうち、人々に悪を齎すモノだけを取り込み、消えるつもりだ」
「「!!!」」
その場の全員が絶句した。
その時だった。
「おやおや、少々話が過ぎますよ、カルヤ。私は貴方に言ったハズです。他言無用だと」
何処からやって来たのか、声の方向を見ると、そこにはデュガンザの姿があった。
「…私にそんな思いがあるとでも?残念ですが、それらは全て、貴方を欺く為の嘘ですよ。嘘。勿論、先代の5神の方々を解放するというのも、ですよ」
その言葉は冷徹だった。しかし。
「では何故、貴様はその肉体…デュガンザを救った?」
意外にも口を開いたのは徳神だった。しかしどうやら一神も同様の事を聞きたいらしい。
「はい?救った…?…ククク、フッハハハハハ!」
突然笑い出した悪魔に、こちらの表情が強張る。
「本当に残念な方々だ…。私が?私が一人のヒトを救う?傑作ですねぇ。…ありえませんよ、そんな事」
最後の一言は誰一人として動けなくなる程の形相だった。
「…はぁ。もう良いです。カルヤ、自由にしなさい」
そう言って指を鳴らしたかと思うと、羅神と砂王が声を上げた。
「おぉっ!?」
「ちょっ、突然だな!」
魔法が解けた箒が自由落下するように、何か暗示のようなモノで操られていた身体制御が突然解かれ、体重が掛かったのだろう。
「悪魔、デュガンザ!どういうつもりだ!?」
「カルヤ、私にとって貴方はもう使えないという事ですよ」
どういう事なのか、全く理解が出来なくなった。
だが、そんな時。
「嘘は嫌いだなぁ、真菜は」
ただ一人、一神だけはデュガンザに向かってそう言い放った。
「嘘など吐いてどうするんです?私は悪魔なのですよ?」
「悪魔さんだとしても、真菜の眼は誤魔化せないよっ」
急に一神が覚醒したかのように喋り始めた。それも何かを、デュガンザの全てを理解しているらしく、その目は完全にデュガンザだけを一点的に捉えていた。
「真菜?」
水神が怪訝な顔をして訊く。
すると、
「悪魔だっていうのなら、殺してみな、デュガンザ」
一神が人を変えた。またもや全員が絶句する。今回は一神に対して、だ。今まで温和で可愛らしくて小柄で何処かほっとけなくて、健気で元気な女の子だったハズの子に対して、だ。誰もが予想し得なかった事でもある。
「殺す…?何を言い出すかと思えば。そんな事、今すぐしなくても大丈夫ですよ、どうせ貴方々はもう時期全員消えるのですから」
「…どういう事だ?」
徳神は呟いた。その呟きをキャッチしたデュガンザは答えた。
「私にはまだ駒がありますからねぇ…。後3人程ですが」
言うまでもなく、残りの先代の守護使だ。
「ですから、そう死に急ぐ事は…」
ありませんよ、と言いたかったのだろうが、その言葉は一神の一言によって掻き消された。
「うるさい!」
これにもまた一同は驚く。彼女の容姿に、その声と言葉はあまりにも似合わないのだ。違和感をガンガン発しながらも、一神は続ける。
「出来ないんでしょ?それと、私達を巻き込みたくないから、こんな事してるんでしょ!?」
「「!!!」」
ここで初めて、デュガンザの顔に焦りが見えた。すぐに元の冷静な顔に戻ったが、確かに今一瞬だけ、言われた事がまるで図星である事を示すかのように動揺していたのが徳神にはしっかりと理解出来た。
「真菜?何を言って…」
音神の台詞を遮って、一神は言った。
「悪魔さんは、本当は天使さんなのかもしれないね」
こちらに話す時にはあの温和な彼女が出現するらしい。
しかし、その一神の言葉を受けて、デュガンザ、時空間嵐の悪魔は、頭を押さえ、自分に言い聞かせるようにして呟き始めた。
「私は…悪魔だ…!!天使とは対極に存在を許される、負の存在なのだ…!!」
そして。
彼は自身を追い詰めた。
追い詰めすぎた。
故に彼は、視界を、失った。
故に彼は、世界観を、失った。
悪魔は、悪魔らしく在ろうとする。
それが、彼を知らぬ間に追い詰めていた。
頭痛。眩暈。視界の消失。
それら全てが悪魔、デュガンザを覆った。
刹那、気が付いた彼は言った。
「少年…」
その声に、徳神と一神はハッとした。
「デュガンザ!?デュガンザなのか!?」
今の「デュガンザ」というのは、それまで使って来た、悪魔としての彼の名ではなかった。一神は既にいつもの調子に戻っていた。
「…私は…一体…?」
その一連の流れを観ていた砂王が、気付いた。
(…まさか!)
砂王の予想はその通りだった。だが、それを確定する為の材料がまだ不十分だったために、言い出す事は出来ないでいた。
「これが、奴の計画の仕上げという事か」
覇王はそう言いながら、誰もいない空間を睨み付けた。
…そこには、ヒトの形を持たない、否、持てない存在があった。
すると、
「全世界支配下計画。お前達がそう呼ぶ計画だ。これは、世界を支配して好き勝手する計画とは大きく異なる…。この計画は、世界を統一して悪を、ヒトやモノに籠る悪魔を根絶するという…それが本質だったんだ」
と、空野がそう言った。空中に浮かぶ、形容しようのない悪魔そのものを眺めながら。
「そうか…そういう事か…」
徳神も今になって理解出来た。悪魔は、それ以上でも、それ以下でもなく。この世界だけでなく、全ての世界までもを統一し。
今、この場所で、悪と称される感情を根絶しようとしていた。
「…少々時間が早くなったが…、始めるとしよう」
時空間嵐の悪魔は、何処からともなく声を発した。
「全員、指輪へ」
言われた直後、空野の身体が光に包み込まれた。まるで武器装備する時のように。
その後、光が弾けると、そこにいたのは空野というヒトではなく、緑色をした指輪だった。そこで5神は気付いた。倒せ、というのはこういう事だったらしい、と。つまりは指輪の状態になる為に。
そして、デュガンザが歩いて来た方向からは、足音が聞こえ、その正体はすぐに現れた。
「…!!父…さん!?」
一同の前に現れたのは、見間違えではなく、確かに徳神の父だった。先代の雷護、と言える。
「貴方も…いや、、今すぐにとは、言わないが、必要な力。お願いする」
悪魔にも一応の気遣いというものはあるらしく、そう告げると静かにまた寡黙な浮遊を始めた。火崎の時にもこんな気遣いが欲しかったが、今は取り敢えずその事は置いておく事にした。
「大志…。大きくなったな。それに、5神になっていたとは…」
懐かしさを感じさせる低めの声と、水神とはまた違った渋さが徳神の心に響き渡った。
「やはり」
徳神は言った。
「父さんは殺されていたのか…」
心の何処かで、亡骸の見えない父の生存を微量ながらも期待していたのかもしれない。しかし、徳神の父は言う。
「私が死ぬ…?誰がそんな事を?」
一同は疑問を抱く。
死んでいない…?
「で、では何故、今の今まで現れず、さらに実質上敵に指定されるようなザドゥラスのこんな場所に…?」
徳神は溢れる言葉を選びながら吐き出していた。
それに対し、返される言葉は全てが初めて明かされる事であり、初めて語られる真実だった。
「私が初めて時空間嵐の悪魔と遭遇したのは、約6年前の事だ。そして、彼との出会いと私の失踪は、同時に起きた」
おそらくこれは、徳神が聞いた「父が何者かの奇襲によって殺された」と記憶している事の真実であろう。
「そのとき悪魔は、言った。手を組む気はないか、と。私はその内容を聞いた。それは、全ての世界から悪という感情を消し去るという計画だった。私は当時の正義感溢れる自らに溺れ、その考えに票を投じてしまった。故に、その日以来、私は彼と計画実行のための準備を始めた」
そういう事だったのか。
それしか出て来ない。
「だが」
徳神の父は突然、表情を険しくした。
「その後、偶然にも私を発見した当時のヴェドレーナ国民の一人が、私にこう言った。『貴方は悪魔と話をしているのですか』と。私は恐怖した。まさか、この光景を見せられて黙っていられる訳がないと考えたからだ。そこで、私の守護使という位の剥奪程度の事で済むのならば、何の問題もないと自分に言い聞かせた。しかし、通報を受けたヴェドレーナの5神は、私の思いとは裏腹に動いてしまった」
一神がポツリと言った。
「もしかして、先代の5神に会えないっていうのは、その後に…?」
徳神の父は肯定する。
「そうですね?悪魔よ」
ここで漸く悪魔に話の矛先が向けられた。
「あぁ、そうだ。先代の5神は、悪魔が私を唆していると思い込み、悪魔を倒す事を決意した」
つまり、そこで5神は誰にも関係されない、完全に世界から隔離された、悪魔が「迷路」と称する場所へと誘われたのだという事になる。
「結果的に言えば、元々この悪魔と呼ばれる存在は、初めから5神を倒そうと企てていた訳ではなかったのだ。仕方なく、そうなってしまった、という事だ…」
こうして話していたから、みるみるうちに父の姿が薄くなっている事に気が付かなかった。改めてよく見てみると、指輪の輪郭をはっきりと残して、もう手の殆どが消えていた。そして、下半身はもはや目視出来ない程に消えていた。
「ッ!?」
これで気が付いた。父にだけ悪魔が甘くなったのではなく、消えて行く父に気付けない子供、という悔しさを残すための、残酷な、しかし実に悪魔らしい策略に嵌められていたという事に。
「大志、これを恨め…、今だ、今、思う存分に悪魔を恨んでやってくれ…そうして、お前自身がもつ悪も、消すんだ…!」
父の言葉は消えかかっていた。だが徳神にはしっかりと伝わっていた。そしてその真意も。
「ねぇ、悪魔さん」
一神が、そんな気まずさを破壊して言った。
「もう、やめなよ」
そして、彼女は、笑った。
心から、微笑んでいた。
涙を流しながら。
「真菜…、気持ちはわかるけど、相手は悪魔なのよ…?」
一神の行動に、音神は疑問と不安を抱いていた。相手は悪魔。何をされるのか、分からない。この悪魔は、世界から悪を無くそうとして、今に至る。しかし、そのために払った代償があまりにも大き過ぎる。
「フフフ…」
ここで声を上げて笑ったのは、デュガンザだった。
「悪魔…、そう呼ばれてるのですね。先程から面白い話をしていらっしゃるようで…、私だけ何も語らない、というのは分が悪いと思いますので」
何か知っている事があるという事なのだろうか。
デュガンザはもう一度笑い声を上げてから、真剣な顔つきになった。
「悪魔、そう呼びましょう。悪魔は、5神に手出しした訳ではありませんよ。私は見たのですから…。
彼らが、全世界支配下計画を実施しようとしていた事を」
徳神は、俯いた。
やはり、と思ったからだった。
デュガンザはまだ語る。
「しかし、悪魔の計画は、失敗に終わりました。それも、3回も…」
「デュガンザ…、それは話してはならないとあれ程…」
悪魔が何やら慌てた様子で話を止めに入って来た。だが、デュガンザはそれに屈さずに語り続けた。
「もう、今更協力を仰いでも彼らが従ってくれるとは私は思わないのでね…。もし従ってもらうのならば、まずは誠意を見せなければ、と言う事ですよ」
「しかし…」
「話してくれ、真実が知りたい」
徳神は催促した。父が言えなかった何かをデュガンザは知っている。そう感じたのだ。
「彼らは、以前にも全世界支配下計画を3回行って来たんです…。1回目のメンバーは、先代の5神と悪魔でした」
この時点で理解が難しくなった。どう言う事なのか。5神は今悪魔によって何処かに閉じ込められているハズ…、そして、ましてや協力などあり得ない…。
「実際、1回目の計画実行は徳神さんと出会って数日後、彼に黙って先代の5神が悪魔を倒そうと悪魔の前に現れた時でした。倒そうとして武器装備までしたのにも関わらず、悪魔は泰然自若として取り乱す事なく彼らに言ったのです。手を組む気はないか、と。徳神さんと同じですね…。結局、先代の5神はその後の悪魔の真剣さを見、信じ、計画に手を貸しました。但し、彼らは悪魔に条件を出していました。守護使には何も伝えるな、と。つまり、徳神さんからすれば、先程のように思えたのでしょう」
なるほど、確かに辻褄は合っている。
しかし、だが先代の5神全員が出て行ってから間もない頃、丁度新5神である現在の5神は誕生し、徳神と一神は彼らが出て行ったその日にロディパーネへ向かっていた。つまり、デュガンザという人物と悪魔が出会った瞬間を目の当たりにしていた事になる。だが、今の話だとそこが繋がらない。悪魔はデュガンザに出会っていた。その場面を、徳神と一神が確認している。しかし、先代の5神と計画を実行しようとしていた…。
と、ここまで考えたところで、徳神はふと思い当たった。
「真菜…、時空間嵐が発生した日、覚えているか?」
「えっ、あ、うん。とりあえず…。よく見えなかったけど」
「一つ聞きたい。時空間嵐が去った後、鏡があったな?」
「あぁ、そういえば!真菜が手を入れてビクッてなったやつかぁ」
表現が幼かったのはさて置き、覚えているようだ。それならもっと詳しく覚えてるかどうか聞いてみる。
「その鏡から、悪魔は出て来たよな?」
「うん!ビックリしちゃったよねー」
「ちょっと真菜、ふざけてるの?」
「りーちゃんがいじめる…」
「あ…、な、泣かないでよ、ね?ね?」
ちょっと後半はグダったが、確かに悪魔はデュガンザと共に鏡から出て来たようだ。それならば。
そう思い、今度は悪魔に問い掛ける。
「確か、あの鏡を保管していたのは貴様だったな」
「あぁ。今現在も、私の中で保管されているが…」
そういう事か。
悪魔は鏡を利用して移動を繰り返していた。つまり、異界接続せずとも異世界を行き来出来、計画を実行するには最高のキーアイテムだったという事になる。
「つまり貴様は、先代の5神をその鏡の中へ誘ったはいいものの、脱出させられなくなった、という事か」
誰も何も言わない、沈黙。だがそれが、間違っていない、という確信に繋がった。
「何故、そこまで理解出来た…?」
悪魔も徳神と一神以外の全員も、理解の異常なまでの速さに些か驚いていた。だが、徳神や一神が理解出来たのは、先程の会話を通して鏡の存在を思い出したからである。
すると、それからすぐ後に、砂王と覇王も気が付く。
「徳神さん!もしかして、あの鏡を利用したって事ですか?」
「なるほど、それなら確かに考えられるな…。あの鏡は世界として時間と空間が存在する場所ならば何処でも移動する事が出来る、そういうものだったからな」
そう。全世界支配下計画を阻止すべく行って来た徳神、砂王、覇王の3人による計画において重要な役割を果たしていた鏡。それが全世界支配下計画においても重要なアイテムであった事は間違いないのだ。
しかし、幾つかの疑問は依然として残っていた。
何故、3回も失敗したのか。
そして原因が何なのか。
それはデュガンザの言葉で伝えられる。
「…さて、最後の仕上げですね。私からは最後に失敗の原因を話しまして、黙ることにしましょう。最も、それ以上の事は私も知らないのですがね。…1回目は、単に異界接続能力者が不安定であった事に原因がありました。異世界に存在する例の鏡を利用して全ての世界を接続し、その上で行うこの計画は、異界接続能力者の能力レベルがある程度熟達している必要があるのです。しかし1回目の異界接続能力者は…」
「私よ」
デュガンザの声の後に現れたのは一人の女性、先代の守護使であるスファティだった。青い指輪になろうとしていながらも涙を流し、真実をあまり語りたくないといった風が感じ取れる。
「私が、悪いのよ…。徳神には悪い事をした…、彼は、私を信じてくれていたのに…」
デュガンザは何も言わずにスファティを見つめたまま少しの時間の後、こちらに話して来た。
「彼女は頑張ってくれましたよ…。しかし、無理があり過ぎたのです。なんせ、全ての世界をたった一人で繋ぎ止めるなんて事が普通に成し遂げられる訳がないのですからね。そこで、先代の5神は2回目の実行の前に、壌護、金子さんをクザック監視という名目でアドゥリーノへ派遣しました」
「アドゥリーノへだと!?」
水神が驚きの声をあげる。壌護は現在、一神の守護使であり、先代の5神からの命により、フィズヴァーヌのクザックへ監視要員として派遣中だと思い込んでいたからだ。もちろん、他の現5神も監視要員でなかった事は初耳だ。
デュガンザは続ける。
「えぇ。あ、そういえば。悪魔よ、後時間はどれくらい掛かりますか?」
急にデュガンザは悪魔へ話を振った。
「毎回、付き合ってもらって悪いな、デュガンザ。後5分もあれば十分だ」
そして悪魔の方を見てみると、話の意味が伝わった。
悪魔は、形のないその存在で、指輪を綺麗に円形に並べ、何かの儀式の用意をしていた。空いているスペースに入るのは、恐らくスファティの指輪と、今現在羅神が所有している火崎の指輪だ。不思議な事に、壌護の黒い指輪は既に並べられていた。彼については何もよく分かっていない。
「まさか、また実行するのか?」
羅神の言葉に、悪魔は答える。
「当たり前だ。私の計画を、今度こそ成功させ、全ての世界から悪という悪を消し去って見せる」
何やら正義感たっぷりな発言が聞こえて来るが、羅神にとっては逆効果。つまり、悪魔はまた火崎や徳神の父、所謂先代の守護使を利用して計画を再実行するという事を、羅神が許すわけがなかった。成功すれば、もちろん彼らは悪魔と共に消え去る。しかし失敗すれば、元の状態に戻ればいいが、最悪の場合、時空間嵐の中へと閉じ込められる。丁度、今現在の先代の5神がそうなっているように。
「これ以上、犠牲はいらないだろ!?何故そこまでして悪の根絶に力を尽くす!?」
羅神は叫んでいた。だが意外な事に、その叫びの意味は徳神によって掻き消された。
「羅神!悪魔は、奴は自分以外の悪という感情を全て知り尽くした、言わば奴自身が悪という存在だとも言える。そして、奴は気付いたんだ。このままだと、自分自身が暴走しかねない、と。だから奴は慌ててこの計画を案じた。そして強力な助っ人を利用する事にした。つまり、悪魔は、自殺のために5神を利用すると言っているんだ…。貴様には、その覚悟の強さがまだ分からないのか!?」
徳神が言わんとする事に、羅神も気付き、黙り込む。すると、今度は水神が。
「それなら、徳、まさか何もせずに指咥えて待ってるわけにはいかないよな?」
「当然だ」
そして、徳神は一つ深呼吸して、言った。
「これより5神は、全世界支配下計画の実行にあたって、主役となる事を宣言する」
刹那、5神以外の全員が驚いた。現5神は、溜息を吐いたり、微笑んだりしていた。
「やぁ~っぱりそーくるかぁ」
「付いて行く人を間違えたのかしら…全く」
「ちょっ、マジかぁ…まさか本気で言うとは思わなかったぜ…」
「そう来なくっちゃな!」
こうして、徳神達は計画実行に関与し始めた。
「君達なら、そう来ると思っていたよ」
デュガンザは何処か嬉しそうだった。
と、ここで一神が徳神を呼び出した。徳神は一神と二人でデュガンザとの会話の輪から席を外した。
「ねぇ、大志、あの事、聞かなくても大丈夫かなぁ?」
「あの事?」
「ほら、あの…、えーっと、確か、フェイナって人について」
何故か一神の声は小さかった。まるで他の誰にも聞かれてはいけない事かのように。
「フェイナ?」
「しーっ!ちょっと声大きいよぉー」
直後、徳神の背後から声がした。デュガンザだ。
「フェイナが、どうかしたのですか?」
先程と全く変わらない顔で、聞いて来る。徳神は覚えていなかったようなので、一神が代わりに聞く。
「あの…、フェイナさん、どうなったんですか、あの後…」
あの後、と言われて漸く思い出したのか、デュガンザは「あぁ」と声を上げて答えた。
「彼女なら、生きていますよ」
「ふぇっ!?」
一神は驚く。
生きている、と聞いて徳神もやっと思い出したのであろう。名前までは覚えていなかったという事らしい。
「生きて…?死んだんじゃなかったのか?」
その質問を受けて、デュガンザは自身の胸を指差した。
「ここに、ね」
すると、一神は微笑んだ。
徳神も、なんだか、温かくなった。
そうしている間にも、計画の準備は着々と済まされて行っていた。
「ところで、デュガンザ。話そうとしていた残りの2回の原因は…?」
「それなら、もう今回は大丈夫ですよ。今回成功すれば、の話ですが」
細かい説明を聞くと、こういう事だという。
2回目は、守護使を用いることによる実行となったが、当たり前のごとく力不足だったらしい。5神と守護使との秘められた力の差はそれほど大きいのだ。そして、3回目は、AISを利用した守護使によるもの。しかし、これもやはり失敗。原因は力不足と5神のもつ特殊なモノの不足だという。それは、鍵と呼ばれる存在。その存在は、計画実行の際の世界それぞれを一つずつ封鎖する為に必要なのだという。つまり、一旦成功した世界、掃除された部屋は、鍵をしてそのまま綺麗な部屋としての空間を維持させるという事だ。因みに、1回目は半分以上成功したものの、2回目以降はそれに満たなかったそうだ。
つまり、今回はまた失敗する可能性の方が高い。だが、状況は大きく変わっている。例えば、5神がいること…など。
「もし、これが成功すれば…」
「争う必要はなくなるな」
徳神は笑った。静かに、微笑んだ。
指輪による前儀式が終了。
デュガンザと悪魔による意識共有が開始。
鏡を利用、スファティの青い指輪を投入。
5神、全員AISの展開。
そして、計画は実行された。
と、その時。
AISの放つ光の中から、人影が現れた。
5神は全員、それぞれの光を見つめ、驚いた。
「ヴァリティ!?」
「クラメディス!?」
「たくつさん!?」
「姫神さん!?」
「ファレピノ!?」
それは、それぞれの先代の5神だった。
光の中に現れた彼らは、黙ったまま頷き、そして天井へと向かい、指輪で形成されている円の中心へと集まった。
再び光り輝き、5神を照らした。
上手く行く。
そう、これで全ては上手く行くと思った。
しかし。
突然そいつは起きた。
悪を消そうとする働きそのものが悪だと言わんばかりに働く力が、始動した。
「うぉぉっ!?」
呻く悪魔。何が起きたのかは分からなかったが、悪魔が全力で闘っているのは全員が理解出来た。
そして、デュガンザは、言った。
「もう、無理だ…。今度も、また…」
しかし、悪魔は答えた。
「あと、もう、少し…。頼む…、持ってくれ…!!」
結果を記す。
成功。
だが、代償は大きかった。
悪魔は、消えた。
先代の5神は、鏡の中で世界を繋ぎ止める役割を担う為に、封印された。
デュガンザは、悪魔と意識共有を行っていた為に、意識を永遠に喪失した。
そして。
5神は、その悲しくも記念すべき時を、通過した。
「終わった…のか?」
徳神は言う。
「何も…残らないのね。本当に」
音神は顔を伏せて答えた。
「…帰ろっか」
一神は微笑んで、
「あぁ。この世界…いや、これで全ての世界から悪が消えた…。もう何も、怖がる事は…」
水神が最もらしい発言をする。
「俺は…正直、認めたくないがな」
羅神は、成功させた悪魔を尊敬して恨んだ。
砂王は、倒れていた。
「おい、しっかりしろ。行くぞ」
肩を負傷した覇王が砂王の頬を叩いて起こそうとする。すると、目を開いた砂王が言う。
「覇王さん、少しだけ…寄り道しても、いいですか?」
覇王は、その真意を受け取り、答えた。
「…鏡の外で、待っている。行くなら急げ」
「ありがとう」
この世界、否、全ての世界には、迷い、恨み、悲しみ、喜び、楽しみ、怒り、驚き…。まだまだたくさんの感情が溢れている。
もし、この中のどれかが一つでも欠ければ、どうなるのか。
答えは簡単だった。
「なんか、計画は成功したのに、全然嬉しくないね…」
一神は、そう表現した。
異世界でも、きっとそれは同じ。
世界を繋ぐ鏡は、その世界を一望しながら、静かに光った。
…負のない世界に、正はない。
徳神は、目の前に残る眠ったままの一人の女性…弥生を見つめて言った。
「世界には、悪が必要だったのかもしれない」
その真意には、そこにいる誰もが気付いていた。




