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第二章『宿命の邂逅』(1)

第二章『宿命の邂逅』



「えっと……ですから、僕達に護らせてほしいんですけど……」

 少しおどおどして純也は話を続ける。目の前には、葉巻を吸って踏ん反り返っている初老の恐そうな男が。

「ふん、誰がそんな話を信じる? どうせお前らが勝手に偽造した予告状だろう、とっとと帰れ!」

「そんな……」

 一向に信用してもらえる気配のない山瀬氏に、純也はたじろぐ。そもそも警備会社に直接予告状が届くなど本来なら有り得ない事なのだ、信頼してもらえなくても仕方の無いことだと思う。普通は予告状を送られた所持者に警備員が依頼されるものだ。

 そんな気まずい空気が流れ始めた時、今まで口を開かなかった遼平が一歩前に出た。


「なら何事もなかったら報酬はいらねえ。俺達を今夜ここに置いてくれるだけでいい」


「……本当か? それでは仕事にならんだろう?」

「どうせ俺達に来た予告状だ、あんたに信じられなくても別に構わねぇよ。ただな、それであんたの宝とやらが盗まれても俺達に責任はねえぜ?」

「む……わかった、お前らに今夜警備を任せてやる。ただし、もしそれで本当に盗まれたら責任を取ってもらうぞ」

「えっ」

「承知した。これで交渉成立、だな」

 にやっと遼平の口元が引き上がる。純也はいつもと違う遼平に少し驚きつつ、交渉が成立した事に安堵していた。

「それじゃ、俺達は夜まで仮眠させてもらうぜ。夜の警備は一切任せてくれ」

 言い残して背を向けて部屋を出ようとする遼平に、純也は山瀬氏に一礼して焦って続いた。


     ◆ ◆ ◆



 一面真っ白な世界。


 音も光もなんにも無い、ただただ真っ白な世界。

 怖いくらいに静寂が辺りを支配し、白い闇に包まれる。

「……」

 口を開いても、声にならない。誰かを呼びたいのに、何かを言いたいのに、何も口から出てこない。うつ伏せになった身体から感覚が消えていく。自分の魂が身体から抜けていくような気分に、もう諦めさえ感じていた。

 そんな時だった。

「おい、ンな所に寝てんじゃねーよ。邪魔だろが」

「……?」

 なんとか余力で顔を上げる。眩しい、光で逆光になった大きなシルエット。眩しい青い光、けれどそこに立っているのは蒼い闇。


 その人の印象は、《青》だった。


 後ろ襟首を掴まれ、いとも簡単に身体が引き上げられる。まるで小動物が拾われるみたいに。

「なんだ、生きてんじゃねぇか。てっきり死んでんのかと思ったぜ」

 面倒臭そうな表情でその人は言った。こちらは顔を変える力も残っておらず、ただ無表情でその人を見上げた。やっぱり逆光でよく見えなかったが……それでもあの瞳は今でも焼きついたように覚えている。深い、漆黒の瞳……。



「だ……れ……?」



 僕は、振り絞るような声で言った。


     ◆ ◆ ◆


「――い、おい、起きろよ純也。時間だぞ」

「うう……ん? ……あ、おはよー遼」

「おはようじゃねぇよ、今何時だと思ってんだ? 早く仕事に行くぞ」

 小さな部屋で純也は目を覚ます。窓の外はすっかり暗くなっていた。どうやら仮眠の時間は終わったらしい、起き上がって大きく伸びをする。

「はぁー、よく寝た〜。……なんだか昔の夢を見てた気がするなぁ?」

「昔の夢? ンなことより今は仕事だろ、行くぞ」

「あ、うん」

 いつになく仕事意欲がある遼平を追い、純也は部屋を出る。何故だろう、見慣れているはずのその背中に、今日は何か違う雰囲気を感じた。

「あのさ、遼……」

「なんだよ」

「どうしたの? なんだかいつもと違うみたいだけど……今回の仕事、何か訳が有るんじゃない?」

「……別に」

「そんなコトないんじゃない? だって依頼人さんとの交渉だっていつもなら絶対に引き受けないような内容だったしさ」

 何事も無かったら報酬は無い、しかも失敗したら責任を取らせられるなんて……遼平じゃなくても普通は断る依頼内容だろう。それをあっさり引き受けた遼平に、何か考えがあるとしか思えない。

「……心当たりがあんだよ」

「え?」

「純也、お前は……いや、何でもない」

「一体どうしたのさ? なんか遼変だよ」

「…………」

 遼平はもう言葉を返さない。ただ前を見つめて歩くだけだった。その顔は、純也の声など届いていないようにも見える。そんな様子に、純也は肩をすくめてついて行く。


「ここだな」

 重い扉を押し開け、二人は宝物庫に入る。宝物庫といってもコレクションルームのような所で、ガラスのショウケースの中にそれぞれの美術品が飾ってある。二階であるここでは、大きな窓ガラスから月光が差し込んできていた。

「メールには深夜ってあったっけ。それまで待ってようか」

「……あぁ」

 窓ガラスを仰ぎ見たままやっぱり上の空な遼平に、純也は諦めてガラスケースを背にして座り込む。どうやら気にしても自分にはどうしようもないらしい。



 それから、何事も無く二時間が経過した。月は傾き、影が伸びる。


「「……!!」」


 微かな音に二人の警備員は即座に反応する。窓ガラスの先に細長い影が存在していた。ガラスが綺麗に等身大の円形に切れて、落ちる。

「……予告状を受け取ってくださったのですね、安心しました」

「お前がアイリスか?」

 音も無く部屋に舞い降りてきた影に、遼平が問う。鋭い瞳が細められた。


「はい、私がメールを送ったアイリスです。やはり…………あなたなのですね、遼平」


「あんたなのか……」


「え……遼……?」

 厳しく、だが哀しそうにも見える表情で遼平はゆっくりと歩き出す。そして、アイリスから三メートル程間を開けた場所で立ち止まった。

「ねぇどういう事っ? 遼は……この人と知り合いなのっ?」

「俺は、アイリスの正体を知っている……いや、今知ったんだ。アイリス……、あんたの狙いはハナっからココの宝なんかじゃなかったんだな?」



「その通りです。私の目的は復讐……ずっとあなたを探していました、今日こそあの日の復讐を果たします!」



「そうか……」

 遼平の顔に笑みが走る。軽く自嘲気味なその笑みに、純也は何故か鳥肌が立つのを感じた。

 アイリスが陰になっていた部分から歩み寄り、その姿が月光の下にさらされた。白い仮面をつけながら、その姿は動きにくそうな淡い紫の着物姿。

 ゆっくりと、怪盗は仮面に手をあててその顔を隠していたモノを取り去る。その仕草は優雅、としか言いようのないもので、純也は息を呑む。





「っ! そんなっ、お姉さん!?」


 ふわっと放たれた桃色の鮮やかな髪。アイリスは、きっとした表情で遼平だけを見ている。



 ……昨日純也が会ったばかりの花屋の女性店員が、そこには確かに居た。


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