第一章『花言葉』(4)
『てめぇ、よくも……俺達を裏切りやがったな!!』
『もう少しで俺達の《居場所》が完成したのに……なのにお前は!』
『最低よ! あんたは最低の人間よ!! ……いいえ、もう《人間》なんかじゃない、やっぱり《鬼》なのよっ!』
『そうやって俺達につけいって、最初から仲間になる気なんて無かったんだろ! あの人の恩も忘れて……』
《鬼》め、死ね。殺す。消えろ。失せろ。苦しめ。お前など、最初から存在しなければ――。
……あぁ、好きなだけ言ってくれ。俺は全てを聞き取れるから。お前らに反論できる権利なんて、俺にはねぇよ。
やっぱり俺には愛される価値なんか無かったんだ。お袋の言ったとおり、俺は害しか成さない存在だったんだ。
お前らは俺を恨めばいい。あいつらは俺を憎めばいい。《俺》を……そうだ、お前らの敵は《俺》だ。《俺》でいいんだ。
俺は血を愛する者。俺は死をもたらす者。俺は破壊を求める者。俺は―――裏切り者。
『命令だ、蒼波遼平を殺せ!!』
『遼平……俺はお前を裏切るよ。だから、お前は――――』
『壊してやるよ……てめぇら全員俺が壊すっ! 苦しみ、泣き、鮮血を噴いてここで……っ、死ねえええ!!!』
俺の手が、脚が、声が、人間を破壊していく。
これでいいんだろ? これが、俺のあるべき姿なんだろ? 俺は、
も う 誰 も 求 め て は イ ケ ナ イ ん だ ろ ?
……なのに。
「うあああああああああっっ!!」
俺の目の前で、俺のせいで、苦しみで発狂しそうになる小さな身体。
やめろ、やめてくれ、そいつは俺とは関係無い!!
そのチビは――――!!!
◆ ◆ ◆
「うあああああああああっっ!!」
突如の悲鳴、跳ね上がる鼓動。何事かと飛び起きて、遼平は周囲を見回す。
ここは遼平のアパート、彼が寝ていたのはリビングのソファ、そして同じ部屋のキッチンにいるのは。
「純也!? おい、どうした!?」
今の悲鳴も、その倒れる姿も、あの時と同じで。それが遼平を焦らせる。何があった?
「……っ、痛い……」
「ドコが痛いんだっ? どうしたんだよ!?」
尋常ではない純也の苦しそうな顔に、いつになく遼平は動揺していた。きっと、あんな夢を見た直後だからだろう。
「わかんない……けど、頭がすごく痛い……」
「頭……!? おい、耳は痛くないかっ?」
「え、あ……うん、耳も痛いみたい……」
『頭が痛い』という言葉に何かに気づいてしまった遼平は、タオルを濡らして純也に渡す。それを額に当てておくように指示して、もう休むように言った。
「ごめん、まだ夕ご飯の準備が……」
「……今日はいい、もう寝ろ。明日は仕事だからな」
相当謎の頭痛で疲労したらしく、純也はソファに倒れるとすぐに寝息をたてた。純也の旺盛な食欲が失せるほどの、疲労で。
「…………許してくれ、純也……」
それは過去への謝罪か、無意識に発してしまった危険な《音》を詫びているのか。
それとも――――己が存在してしまうことに対してか。
「あんたが俺を呼んでいるのか……? あんたが俺にあんな夢を見させたのか? ……やっぱり俺には、許しを請う資格すら無いのか? 俺が生まれてしまった罪の、許しを……」
暗闇しか映さない窓、そこから空を仰いで遼平は呟く。決して人には見せない、弱りきった眼で。
男の問いに答えが返ることは、なかった。