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第一章『花言葉』(2)


「ちょっとアンタ、そんな所で寝てないでよ」


「う、うん……?」


 ゆっくりと視界に光が戻ってくる。最初に見たのは、清々しい青空と……幼い少女の苛立った表情。純也は仰向けになっていた身体を起こす。

「そんなトコに転がっていられたら商売のジャマなのっ。どっから降ってきた天使か知らないけど、早く起きてよねっ!」

「……ゴメンね、でも僕は寝てたワケでもましてや天使でもないんだけど?」

「うっ……なんでもいいからそこをどきなさーいっっ!」

 自分より大きな箒を持った少女は、半分箒に振られながら、精一杯箒を振り回している。


 純也は、自分よりも背の低いその少女をじっと観察していた。とても幼い……歳は六、七歳ではないだろうか。手が隠れるほどの大き過ぎるぶかぶかな白いシャツに、赤いスカート姿。一目で古着とわかる服装だが、何か商売をしているのだろうか?


 そこまで考えて、純也はやっと今自分が何処にいるのか理解できた。大きな道路に面した、小さな花屋の前。どうやら落ちたビルの下に、たまたまこの花屋があったらしい。

「お花屋さん……? 君、ここのお花屋さんの子なの?」

「アタシはここのお手伝い! なんかアンタに『君』って呼ばれるのはムカつくっ!」

「ご、ごめん……。えっと、じゃあお名前は?」

「………教えてあげないよーだっ!」

「あ、あはははは……」

 二回りほども幼い少女に散々に言われ、純也は返す言葉を失くしてしまう。どうやら自分は相当邪魔者らしい。


「どうしました、何かあったんですか?」


 花屋の奥から、優しげな女性の声がし、ほぼ同時にバンダナとエプロンをした綺麗な女性が店から出てきた。

「あっ、お姉ちゃん聞いてよー! コイツが空から降ってきたのー!」

「いや、だから僕は落ちただけで……」

 二人の言い分を同時に聞きながら、若い女性店員は笑顔で二人を店内に招き入れた。純也はじっと笑顔の店員を見上げる。バンダナで抑えきれないサラサラとした桃色の長髪が、胸のところまで降りてきている。顔立ちは非常に整っていて、誰が見ても美人だと言うだろう。大人の女性の美しさを備えながら、同時に少女のような純潔さを宿す表情。その優しそうな眼差しには一片の汚れも見えない。

 女性店員に魅入っていたそんな純也の膝に、少女が一発蹴りをいれた。

「あいたっ」

「なにお姉ちゃんに勝手に見とれてんのよ! これだからオトコは嫌い!」

「い、いや別にそーいうワケじゃ……」

「駄目でしょう、いきなり人に乱暴を振っては。謝ってください」

「何でよお姉ちゃん、だってコイツが〜!」

「コイツなんて言っちゃ駄目。失礼ですよ。……すみません、この子がいきなり失礼したみたいで」

 少女の頭を撫で、女性店員はゆっくりと純也に深くお辞儀をする。

「いいんです、僕がお店の邪魔をしてしまったようなので。もう失礼しますから……」

 手を振って自分の非を謝り、純也は店を出て行こうとする。そんな純也を、店員は引き留めた。

「待ってください、膝、擦り切れてますよ」

「あ、さっきの……」

 先程若者達に追いかけられた時転び、その時に右膝を軽く切ってしまっていた。薄らとまだ出血している。

「これは……違うんです。ちょっとさっき、若い人たちに追いかけられちゃって、それで」

「若い人、ですか?」

「ええ、なんだかみんなココにリストバンドした人たちで……」

 そう言って純也は手首を指差す。その言葉に二人はひどく驚いた表情をした。

「ちょっとアンタ……それって『スカイ』じゃないの?」

「スカイ? あぁ、そういえばそんな事言ってたかも」

「よくご無事でしたね、こちらへどうぞ、簡単な手当ぐらいなら出来ますから」

 言って女性店員は自分のバンダナをほどいて純也の傷口に巻いてくれた。ふわっと桃色の美しい髪が垂れる。

「ありがとうございます……、あの、スカイって何なんですか?」

「『スカイ』は……この周辺を支配している若者のグループです。裏路地は彼らの縄張りなんですよ」

「そうなんですか……」


 裏社会で『グループ』と言えば、『裏路地に住み込んでいる、帰る場所の無い者達の集団』のことだ。ほとんどは若者で、窃盗や恐喝などをして日々を暮らす人々。リーダーとなる人間を中心として、縄張りを広げるために隣接するグループと日々闘争を繰り返す。

 どうやらこの渋谷を縄張りとしているのが、その『スカイ』という名のグループらしい。


「アタシも『スカイ』のメンバーなんだから! 『スカイ』は東京最強なのよっ!」

「え、君も?」

「違うでしょ、あなたはスカイじゃないの。危ないからそんな事言っては駄目よ」

「もー、お姉ちゃんはダメダメばっかりなんだから!」

 頬を膨らませて少女は店の奥へ走っていってしまった。その後姿を純也は見送る。

「本当にすみません、あの子はちょっと気が強くて……」

「いいんですよ、なんだか遼にそっくりだし」

「……リョウ?」

「僕の同僚です。蒼波遼平っていうんですよ、だから遼」

「…………」

「お姉さん?」

「あ、すみません。変わったお名前だったので」

「確かに変な苗字ですよね〜」

 一瞬考え込むような表情だった店員に、純也は笑顔で答える。やっぱり『蒼波』なんて珍しい氏名だろう。ほとんど絶えた一族の末裔らしいし。

「先程同僚とおっしゃいましたが……あなたは何かお仕事をなさってるんですか?」

「はい、僕見えないと思うんですけど、一応警備員なんです。……やっぱり見えませんか?」

 じっと驚いたように純也を直視してくる店員に、苦笑しながら純也は問う。見た目は中学生程度な純也だ、見えないと思われても当然だと自覚していた。

「えぇ……大変ですね」

「でも、そんなに忙しい職場でもないんですよ。今日だってヒマだったからお使いを頼まれちゃったわけですし」

「やっぱり、遼平さんに?」

「そうなんですよ〜、自分で来ればいいのに、バイクの部品を買ってこいって。まったくあの歳でワガママなんだから」

 先程からガチャガチャと金属音を放っている重たそうなリュックの中には、バイクの部品が詰め込まれているらしい。重たそうに純也は腰を上げた。

「僕、もうそろそろ帰らないと遼に怒られちゃうんで帰りますね。お店の邪魔をしてすみませんでした」

「いえ、この店はいつも暇なので構わないんですよ。そうだ、お礼にお花を差し上げますね」

「え、いいんですか?」

 ゆっくりと渡された斑点の浮かぶ白い花束に、純也は驚いて訊く。こくっと笑顔のまま店員は頷いた。

「あ、それとこれも――――遼平さんに」

 小さな花弁が集まった濃い桃色の花も渡され、純也はそのいい香りに一瞬引き込まれそうになる。


「白いのが『百合水仙』で、桃色の花が『花蘇芳』です。大切にしてくださいね」


「ありがとうございました、それじゃ!」

 笑顔でお辞儀をして、純也は走り去っていく。西の空の端は既に赤く染まってきていた。



「どうか、お元気で……」

 女性店員がその後姿をずっと見送っていたのを、彼女以外に誰が知るだろう。


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