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PL『迷い子と《空》の者』

依頼3《朝露の菖蒲》アサツユノアヤメ



PL『迷い子と《空》の者』



「うぅ〜ん、どうしよう……」


 重たいリュックを背負いながら、白銀の髪をした少年は道端で困って立ち止まっていた。

 この辺りは廃ビルばかりで、少年は一刻も早く帰りたかった……のだが。初めて来た場所で、彼は迷子になっていたのだ。駅どころか、交番の一つも先程から見当たらない。

「どうしよう〜、このままじゃ怒られちゃうよ……誰かこの辺に詳しい人に道訊かないと……」

 といっても、まだ昼なのに錆びれたビル街ばかりでほとんど人など見当たらない。仕方なく、少年は近くの細い路地に入っていくことにした。

 彼の経験上、大体こういった場所には危ない人間が居たりするものなのだが、もはやそんな事は言ってられない。誰かマトモそうな人を探して道を尋ねようというのだ。


「あ!」


 少年は早速、数人で固まって何やら話している若者達を見つけた。何故か全員、青いリストバンドを手首にはめている。最近の流行なのだろうか?

「あのー、すみません。ちょっと道を訊きたいんですけど……」

「あぁ? なんか言ったかこのチビ?」

 ガラの悪そうな男が振り返り、背の低い少年を見下ろす。白いTシャツに青のジャケットを着た、大きなリュックを背負っている少年は、じっと大きなライトブルーの瞳で男を見上げていた。

「僕、駅までの道を教えてほしいんです。知りませんか?」

「はぁ!? ……おい、聞いたかよ、このチビ迷子だぜ? ははははっ!」

 その男の言葉で仲間の若者達も笑いだす。しかし少年は気を悪くしたような表情一つせず、嘲笑が終わるのを黙って待っていた。

「……それで、教えてもらえますか?」

 やっと静まってきた笑いに合わせて少年はもう一度尋ねる。その顔には子供っぽい純真さしかない。

「ばーか。誰がご丁寧にガキ相手に道を教えてやるってんだよ。てめぇにはココの常識を教えてやるぜ」

 にやつきながら若者達が少年を囲む。参加しない者も後ろで楽しげに今後の成り行きを見ていた。少年はただ不思議そうに、前に立つ男を見上げる。

「その『常識』に道案内って含まれてます?」

「なワケねーだろチビ! 全部いただくっつってんだよ!!」

 少年の両腕を脇の二人が掴み、地面から引き上げた。少年の細い足がフラフラと宙に浮く。持ち上げた瞬間、両脇の男達はズシッときた意外な重さに驚いたが口にはしなかった。

「あれ? ……もしかして僕、今追い剥ぎに合ってたりします??」

「ははっ、マジでばかなチビだぜ! 少し待ってな、すぐてめぇの短かった人生が終わるからよぉ!!」


「それは……嫌だな」


 ぶら下がり状態の少年の鳩尾目掛け、正面の男から拳がねじ込むように向かった。

 が、何故かその拳は虚空を貫いただけ。一瞬で……まるで消えてしまったかのように、少年の姿は両脇にいた男達の間から無くなっていたのだ。


 微かな一陣の風が流れる。手品を見せられたように顔が驚愕で一色の若者達の背後で、ストン、と軽く何かが落ちてきた音。直後に金属同士が掠りあったような音も聞こえた。


 焦って若者達は振り返る。信じられないことに、その場には確かにあの両腕を掴まれていた少年の姿があった。コキコキと音を鳴らしながら、肩を押さえて腕を回している。

「教えていただけないのなら、いいです。それじゃあ僕はこれで」

 そう言ってペコリと頭を下げ、少年は背を向けて帰ろうとしているではないか。肩すかしと驚きのダブルパンチをくらいながらも、若者達はまだ諦めていなかった。久しぶりの獲物だ、収穫がなければココでは生き抜いていけない。

「ふざけるなよチビがぁ! ぶっ殺してやるっ」

 若者達……全員で十人ほどだろうか、少年へと拳を振り上げて跳びかかっていく。少年は気づいていないのか振り向きさえしなかった。


「やっぱりこういう展開になっちゃうんだなぁ……」


 ため息混じりの、少年の小さな呟き。それと同時に瞬時に振り返る。白銀の髪がキラキラと光った。

「バカが!」

 獲物を目の前に興奮して襲ってきた男の拳をくぐり、腕を掴んで一瞬で地面に叩きつける! アスファルトの地にホコリが舞い、男は地にのびる。

 しかし少年の力に一度は驚いたが、もう若者達は退かなかった。ここは裏社会だ、何があってもおかしくはない社会。少しぐらい力の強い子供がいたって不思議ではないのだ。

 少年は一人の男を昏倒させて、哀しそうにその男を見下ろしているだけだった。彼は知っているのだ、この《追い剥ぎ》という行為の結果が若者達の生死を少なからず左右させている事を。しかしここで捕まって、殺されるわけにもいかない。少年は……おつかいの途中だったからだ。そんな少年が出した結論は。

 再び背を向け、猛烈な速さで少年は走り去った。「あっ!」と若者達が声を上げる。まさか、ここまでやって逃げるとは……。

「待ちやがれーっ!」

「うそ〜!? お願いだから追い駆けてこないでよー!」

 哀願するような少年の声が路地に響く。地の利が若者達にあるので、行き止まりに入ってしまったら追いつかれてしまう。そうしたら……。

(あぁ〜、やっぱり裏路地なんかに入るんじゃなかったぁ〜……)

 後悔が少年を襲うが、今更どうしようもない。重たいリュックの肩紐が肩に喰い込んでくる。なんとか逃げ切れる事を祈りながら、少年は知らない路地を時折曲がって走り続けた。



 ところが、あろうことか少年は石に躓いて転んでしまった。砂が目に入ってしまい、痛んで前が見えない。アスファルトから、若者達が追いついてくる音が聞こえる。もう逃げられない。

「やっぱり子供だな、転んでやがる! 観念しろっ」

 脚が空気を切る音が聞こえ、反射的に少年は転がって蹴りの一撃を避けた。まだ視界は霞んでいる。

「いててて……仕方ないよ、ね」

 少年は擦りむいた膝で立ち上がり、目をこすりながらビル壁に手を当てた。そんなに高くない廃ビルだ……高さは八メートルほどだろうか? 少年はすっと息を吸い込む。


 風が突如吹き荒れ、少年を隠した。先程吹いた風と同じだ、渦巻くような旋風。そしてその風が止んだ時、少年の姿は壁際になかった。


「なっ!? ドコ行きやがったっ?」

「おい、あそこだ!」

 派手な金髪の若者が上空を指差す。その場にいた全員が上を見上げると、なんと廃ビルの屋上に先程の少年が片腕でぶら下がっていた。跳んだにしては異常な脚力だ。

「待てこのチビ! 俺達『スカイ』をなめんなよーっ!」

「え〜、もうカンベンしてよぉ〜」

 片目を開けてなんとか少年は屋上に上がり込む。いくらなんでもココまでは上がってこないだろうと、少年はホッと一息吐いた……のだが。

 金属が重みで軋む音が下から響いてくる。どうやら非常階段を数人が上ってきているようだ。

「早く逃げなきゃ……!」

 まだ少し痛む目をこすり、少年は立ち上がる。ここで戦うには狭すぎた。



 少年は、戦闘手段を持っていないわけではない。いや、むしろその外見からでは想像もつかないほどの戦闘力をその身に宿している。しかしそれ故に、少年は戦闘による若者達の怪我を心配して逃げているのだ。ましてや屋上で戦えば、地上へ落下の恐れもある。それを避ける為、少年は再び走り出す。



 ビル間の段差をものともせず、なるべく表へ出れるようにビルに跳び移っていく。

「待て―――!!」

 おぼつかない足元だが、よっこらよっこら若者達がビルを移って追ってくる。ここまでくると立派な執念深さだ。

「待ちたくないよ―――!」

 半泣きでビルを軽々と跳んでいく少年。少年が跳ぶたびに風が少年の身体を包んでいるように見えた。



「え?」



 少年の視界が突如、ガクッと下がる。一瞬ふわっと身体が軽くなり、その後いきなり下方へ重力に引っ張られる感覚……!?

「うわあぁぁぁ――――!?」


 踏み外したビルの角から、少年―――純也はまっさかさまに落ちていった……。



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