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EL『愛しき花へ』(3)


「さぁーて、ここでお待ちかねの治療費発表〜!」


「「げっ」」

 そろばんを取り出した闇医者に、男の顔が引きつり、少年の涙が止まる。「願いましてーは〜」と楽しげに玉を指で弾いていく。

「純也は軽傷だが、遼平の手術代に輸血代、更に四日も入院した費用でー……」

 すごく嬉しそうに慣れた手つきで玉を弾いていく音に、グングンと患者二人の顔色が悪くなっていく。

「な、なぁ獅子彦、今回は仕事じゃないから依頼料も入ってないわけだし……」


「あぁ、心配するな、その辺は考慮してやる。俺だって鬼じゃない。……っというワケで、今回の治療費は、一千万だ! なんてお買い得!!」


「「いっ、一千万〜っ!?」」

 純也はイスから転げ落ち、遼平は再びベッドへ倒れて。失神したのかと思ったら、二人はすぐに起きあがって。

「充分鬼じゃねーか! このぼったくり詐欺医者が!!」

「先生っ、僕達の生活費がぁー!!」

 喚く二人の前で獅子彦はチッチッチッと軽い笑みで指を振ってから、言い放った。



「命の値段、プライスレス」



「闇医者に言われたかねえー!」

「なんだ、これだって俺も医者だぞ。無免許だけど」

「先生……『プライスレス』って言うのに、一千万取るんだね……」

「文句があるのか? 俺は治すこともできるが、もう一度傷を再現する技術もあるが、体験したいか??」

「「……すみませんでした、払います」」

 瞬時にメスを構えて突き出した闇医者に、深く患者達が頭を下げる。「じゃ、分割払いで許してやろう」との、寛大で残酷な獅子彦の言葉に、もう誰も何も言う気力が無かった。




「あ、そうだ、お前らに手紙を預かってるぞ」

 俯いて落ち込みまくっている患者二人の前で、思い出したように白衣のポケットから二つ折りの紙を取り出した獅子彦は、ソレを遼平の手元へ落とす。読む気力すら無くなった遼平の代わりに、純也が声に出して読み上げた。

「えーっと……あ、時雨さんからだ! 『ご都合がよろしければ是非おいでください』……? これ、どこの住所だろ??」

 綺麗な筆文字で、短い文章とどこかの住所。予定の日にちは、ちょうど今日。

「時雨だと? おい純也、俺の上着返せ」

「え、うん」

 ベッドから立ち上がり、純也が差し出した上着と手紙をひったくる。上着のポケットに手を突っ込んで何かを確認してから、病室から出て行こうとした。

「ちょっと遼、待ってよ!」

「純也、お前は来るな」

「何があるかわからないじゃないかっ」

「だから来るなって言ってんだよ」

「……遼平、純也も連れて行け」

「は? 獅子彦、お前何を勝手に――――」

 煙草を箱から一本取り出しながら、獅子彦は言っていた。睨むような遼平の眼は見ずに。

「お前の骨格は凄く理想的な形してんだよ。純也、こいつが死んだら遺体を持ってこい。骨格標本にしてやるから」

「ンだとコラァ!」

「うん、わかったよ! 遼行こう!」

 嬉しそうに笑って、純也は遼平の手をとって病室を出た。静かになった部屋で、獅子彦は煙草に火を点ける。



「……ありゃ、当分死にそうにないな……」


     ◆ ◆ ◆


 まだ夏の日差しが残る青い空の下。手紙の住所を頼りに、純也が指定場所を探す。

「……純也、お前に謝らねぇといけないことが……」

「ん? 先生の治療費ならしょうがないよ、いつものコトだし」

「違ぇよ。俺は、時雨に会って……お前との《約束》を忘れてた。『絶対だ』って約束したのに……」

「……いいよ、気にしないで。遼の中で、僕との《約束》が一番じゃなくていい。覚えていてくれただけでも、嬉しいよ」

 微笑む少年を見下ろして、きっとあの約束は果たしてやろうと誓う。いつの日か。

「あ、そうだ遼、時雨さんがね、『《事実》が《真実》と同じとは限らない』って言ってた。だからさ、いつか時雨さんには《真実》を話してあげてね」

「……」

 目を閉じて男は黙り込む。それが肯定であっても否定だとしても、純也は構わなかったが。

 その決断は、遼平の優しさなのだから。



「ココ……みたいだけど」

「なんだぁ、ココは?」

 しばらく歩いて、ようやく見つけた目的地。

 未だに木造建築の、とても古ぼけた――――教会。夜だったらお化け屋敷になりそうな。


「とりあえず、入ってみようか」

 大きさのわりには軽い扉を押し開く。二人と共に、光が薄暗い教会に射し込む。

 教会の奥に二人の影があった。遼平と純也は赤い絨毯の上を進んでいく。

「来てくださったんですね」

 黒い着物の女性が振り返る。その顔は微笑みながらもどこか寂しそうだった。

「時雨、これは……」

「この子の、葬儀です」

 時雨が左にどくと、小さな棺がそこにはあった。中にはその棺さえ大きく見える小柄な少女。

「あ……ごめんなさい……」

 時雨はゆっくりと首を振り、純也の肩に手を置いた。

「あなたの責任ではありません。どうか、顔を上げてください。私はただ、彼女に花を捧げてほしかったのです」

「花?」


「ソうソう、構えルことなんてナイんだよ」


「な……てめぇは!」

 奥で気配を消して立っていた神父が振り返る。この場には似つかないテンションで言い放って。

「フェッキー!?」

 そこにいたのは厚い修道服をまとったあの情報屋だった。

「なんて格好してんだ、てめぇ……」


「なんて、ハ無いでショ。だっテここはボクの教会ダもん。ボクは神父なノっ」


「えぇ!?」

「はぁ!?」

 二人は同時に素直な声を上げる。情報屋をやりながらこんな古い教会で神父をやっていたとは……。兼業がどうとか言う前に、あまりにも不似合いな職業と思えた。聖職者というのは、もう少し落ち着きのある人間ではないか?

「ア、今『似合わない』トカ思ったでショ?」

「ご、ごめん……」

「だってマジで似合ってねーもん」

「ムムー、キミたちだって警備員なんテ不相応だヨっ」

「ンだとこのマリモキリシタンがっ!」

「マた差別発言するカー!」

 睨み合う遼平とフェイズ。その間に純也が入って、なんとか二人を宥めすかした。フェイズも葬儀の時くらい黙っていられないのだろうか。


「すみません時雨さん、こんな時まで……」

「ふふ、いいんですよ。賑やかに見送ってあげたほうがこの子も喜ぶでしょう」

 そう言って二人に淡い紫色の花を渡す時雨。花を受け取る時に遼平の手が、僅かに震えていた。

「この子を知る人は少なかったんです。だからせめて、あなた達には来ていただきたかった」

「俺にそんな資格が有ると思うのか?」

「はい、今は」

「なんでだ……」

 伏せられる遼平の瞳は、隠せないほど己を責めていた。俯いて震えるのは、悪役を演じなければならないのにそれが出来ないから。

「今は、あなたに看取ってほしい。何故かは私自身わかりません。ただ、そう想うんです」

 先にしゃがんで棺に花を捧げている純也に続き、遼平も少女の顔の横に花をそっと置く。


「菖蒲か……。あんたが好きな花だったな」

「覚えていたんですね。でも、この子も菖蒲が好きだった。好きな花で、最期を」

「そうだな」


 一番最後に時雨が菖蒲の花を棺に入れる。そしてフェイズが短く英語で祈りの言葉を捧げた。

 三人は後ろで静かに佇む。時雨と純也は俯いて目を閉じていた。

「……ハイ、終わリだヨ。ミンナ暗い顔しないデ、笑顔で送ってあげるのがココのルールね」

「うん、そうだよね」

 顔を上げた純也に笑顔が戻る。時雨も微笑んで、遼平達に振り返った。

「ありがとうございました」

「いえ……」


「時雨」


「遼平?」

 名を呼ばれて、時雨は遼平を見る。遼平は斜に構えたまま、目を合わさずに正方形の小さな箱を上着のポケットから取り出し、放り投げてよこした。

「これは?」

「……翼からの預かり物だ。長い間渡せなくて、悪かった……」

 小さな箱を開けると、銀色の指輪が輝いていた。その真意を悟り、時雨は口を押さえる。

「もしかして、野暮用って……」

「ちゃんと渡したからな。あいつの想い……受け取ってやれよ」

 背を向けて遼平は歩き出す。純也も時雨に一礼してその後を追った。


『コレを、時雨に……。俺、直接渡せなかったから……』


 翼の言葉を思い出して、「叶えたからな」と誰にも聞こえない呟きを。




 時雨はただ呆然とその背中を見ていた。ただ、無意識に瞳から雫が落ちて。

「翼……遼平……ありがとう……」

 ぎゅっと指輪を両手で握る。三年の月日を経て届いた想い。もう返事することは叶わないけれど、それでも答えはわかっていてくれただろう。


 朝露で光る菖蒲の如く、時雨の涙の笑顔は輝いていた。



          依頼3《朝露の菖蒲》完了




ここまで『闇守護業』第三話を読んでいただき、感謝申し上げます。

もしご迷惑でなければ、このシリーズの続編も書いていきたいと存じます。

何かありましたら、是非コメントに残していってください。

ありがとうございました。

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