第五章『生を願え、死を想え』(1)
第五章『生を願え、死を想え』
「やっぱりあの大群が四人を襲い始めてる……もうっ、誰なのよ!」
手元の生体反応探知レーダー、命名《PISW》に映る複数の赤い点へ、希紗は苛立ちの声をあげる。
そもそも中央の四人は誰だ? 遼平と、彼が《目的》を果たしたかった人物はわかる。しかし、あとの二人は……?
そこでマナーモードにしてあった携帯端末が、いきなり振動する。通話のみの連絡、『電話』だ。相手は……『遼平』の文字。すぐに着信ボタンを押す。
『希紗っ、まだ真と紫牙はそこにいるか!?』
「えぇ、まだスカイを引き留めてるけど……そっちこそどうしたのっ、今、大勢に襲われてない!?」
『あぁ……少し厄介なコトになってる。頼みがあるんだ、よく聞いてくれ。……絶対に、スカイのヤツをこっちに近づけるな』
「相手は誰なの!? どうしてっ?」
『「キラー」っていうグループの襲撃に、鉢合わせちまった。だが、好都合だ、今キラーとスカイがぶつかれば、確実にスカイは負ける。誰一人として傷つけられねぇ、絶対にスカイの人間をこっちに近づけるな!』
中央にいた四つの点が、囲んでいた大群へそれぞれ突っ込んでいく。希紗は片手で端末を耳に当てながら、もう片手で、『キラー』ではない四人を見失わないように目印をつける。遼平達四人には、赤い点の周りに緑の輪っかがつく。
どうやら遼平は器用にも戦いながら電話しているらしく、乱闘の喚声も届く。
「わかったわ、それは真達に伝える! ……ちょっと待って、遼平、もしかして……怪我してるっ?」
『え……』
その言葉の途切れ途切れに聞こえる荒い呼吸、そして緑で囲まれた点の一つだけ動きが鈍く……赤色が黄色に変わっていく。青色になれば、生体反応が消えた証拠。つまり色が変わるというのは、体温を失っているということ。
「それ以上下手に動いちゃダメ! かなりの重傷でしょ、死ぬわよ!?」
『……それでも……それでもいい、アイツに頼まれたんだ、スカイを護れと。とにかく希紗! 真達に伝えてくれ……スカイをそこに留まらせておくようにっ! それとお前らも来るな!』
「あっ、遼平っ!」
一方的に電話は切られ、レーダー上の黄の点は素早く動き始めた。歯を食いしばってから、希紗は無線を入れて屋上から二人の仲間を見下ろす。
「真、澪斗っ、遼平からの伝言よ! 今、遼平はグループ『キラー』と戦闘中、スカイのメンバーを傷つけないためにも、絶対に一人残らずそこに引き留めること!!」
『キラーやて!? 遼平だけでなんとかなるんか!?』
「わからない……一応あと三人いるけど、それが誰だかわからないし、遼平は怪我してるみたいだし……」
『スカイを引き留めるのは俺一人で充分だ、貴様は死に損ないの蒼波を援護しに行けっ』
『せやな、そのほうが――』
「それはダメ! 遼平が、私達も来るなって……」
『本当に死ぬ気、か』
『あのアホがァっ』
二人の戦いながら無線に出る様子を見下ろしている希紗が、電子音に呼び戻されてレーダー画面を見る。
「へ……また……!?」
『今度は何やっ?』
「一人……新たな生体反応が、キラーとの乱闘へ近づいてる……!」
◆ ◆ ◆
五分後。敵の数は半分まで激減していた。……たった四人のために。
敵から繰り出される武器や拳を、軽々と避けるフェイズ。だが、そのせいで他の味方にも攻撃が当たりそうになる。
「おい! てめっ、マリモ外人!! 避けてばっかいるなよっ!」
「ダッてボク通りスがりノ情報屋だヨ〜!? そんな急に戦えル訳ないジャん!」
「てめェさっき勝負トカって喚いてたじゃネーか! 戦えナイのかヨっ!」
「遼……喋り方うつってるよ……」
苦笑混じりの笑みで敵を投げ飛ばしながら純也はため息をつく。影響されやすい性格この上ない。
一方、時雨は黙々と敵を薙ぎ倒していく。わざと刃に敵が当たらないように棒の部分で殴り倒していた。時雨の操る薙刀《十六夜》は殺生能力を発揮すればとてつもない力を出すが、時雨は殺しを嫌うためにわざと刃が刺さらないようにしているのだ。彼女は本来、殺生を嫌う人間。例外を除いては……。
「少しみくびったな、やるじゃんアンタら」
「とっととてめぇもかかってこいや! 俺が相手してやるよ!」
「おーおー、その傷でよく吠えるなぁ。……それじゃま、ちょこっと遊んでやるか」
「リーダー!?」
サングラスをかけた『キラー』のリーダーがやっとその重い腰を上げる。途端に、強い殺気を感じた。
腰から何かを抜き、残像の残るスピードでその《何か》が攻撃を繰り出すっ!
「遼!」
いきなり純也が遼平の前に立って風圧の壁を作り上げる。今の遼平では反応速度が追いつかない速さで、ボーガンの矢が放たれていた。風にぶつかり、矢は一瞬抵抗してそのまま落ちた。
「もうっ、ケガしてるのに無理しないでよ」
「ボーガンですか……厄介ですね」
その様子を横目で窺っていた時雨がぽつりと言う。このメンバーで遠距離戦ができるのは純也くらいだからだ。肉弾戦の遼平、中距離間の時雨の薙刀も届かない。……フェイズは問題外。
最新連射型のボーガンは、鋭利な矢先で一気に四連射を現実にする。
「くぅっ」
容赦なく繰り出されるボーガンの矢に、純也は壁を維持するので限界だった。一本の矢が、ついに風を突き破って純也の横腹を裂いていく。
「遼……いつまで保つかわかんないよ、移動できるよね?」
「当たり前だろ、早く風を解け」
「じゃ、いくよっ!」
その声と同時に二人は左右に分かれて跳ぶ。追いかけてくる矢を両者なんとか避けていた――――そう、サングラスの男は両手でボーガンを一つずつ構えているのだ。しかも両方が的確に狙ってくる。
「逃げてるだけじゃ俺らを止められないぜ? 早く殺り合おうぜぇ、《邪鬼の権化》よぉ!」
「うるせーよひょろっちいの! てめぇなんかにゃ本気出すまでもねえっ!」
矢をやっとで避けている遼平には、あまり信憑性の無い言葉だった。売り言葉に買い言葉というやつで、とにかく何か言い返さないと気が済まないのだ。
遼平と純也がリーダーと戦っている間、時雨とフェイズはその他の男達を一掃していた。相変わらずフェイズはちょこまかと避けるだけだったが、それで敵同士相打ちをしていたので一応は戦力になっている。
「なんだよ、つまらねぇなあ〜。じゃ、そのガキから逝っとけ」
遼平を狙っていた右手のボーガンも、純也へ。合計八本の矢が、もう避けようの無い純也へ放たれた。気圧を調整する時間も無い!
遼平の少年を呼ぶ叫びも、その負傷した身体も、間に合わなかった。