第四章『亡友のために』(5)
『え……何よコレっ!?』
「どないした、希紗!」
無差別な澪斗の《とりもち》を避けながら若者を薙ぎ払う真が、突然の希紗の言葉に反応する。
『ここから直線距離にして二百五十メートル先地点に、百人以上の生体反応をキャッチ! おかしいわ……もうスカイの戦闘員はいないはずなのにっ』
「ちょっと待て、それはどっちの方角や!?」
『北北東よ!』
「おい……そちらは蒼波が向かった先ではないか?」
『う、うん! さっきまでは四人の反応しかなかったんだけど、一気にその四人に近づいてるの!!』
「どういうコトや……スカイの増援か? それとも、まさか――――」
「あぁ、その可能性の方が高いだろう。……厄介だな……」
初めて、《鬼》の仲間達に焦りの表情が浮かんだ。
◆ ◆ ◆
戦闘開始の静寂の中、突然遼平の耳が音に反応した。フェイズと時雨に飛びかかろうとしていた純也の襟首を引っ張る。不審な音がする……複数、しかもかなり多い!?
「うわっ、どうしたの!?」
「囲まれてやがる……! 誰だ!!」
遼平の叫びが急にシンと静まった路地に響く。スカイか? それとも……。
「……おぉっと、気づかれちまったな、どうしてだ?」
「あなた達は……!?」
路地の前と後ろからそれぞれ数十人の強面の男達が現れる。時雨が驚いているところを見ると、スカイのメンバーではないらしい。
「せっかく『スカイ』が弱体化してきたトコを不意打ちする作戦だったのによぉ、あんたのせいで台無しじゃねえか」
「そりゃ悪かったな。わざわざ説明どーも、どこのグループだ?」
「原宿の『キラー』ですね!?」
「正解だぜ、キレイなねえちゃん。……おお、あんた幹部の流華か。これはこれは運が悪かったなあ」
まったく恐れていない様子で、『キラー』とやらのリーダーらしき一見優男なサングラスをかけている男が一歩前に踏み出た。軽い雰囲気のある男だが、放つオーラが他の人間とは明らかに違う。
どうやら偶然彼らの襲撃決行日と重なってしまったらしい。幸いか不幸か……。
「うワー、本物の『キラー』だヨ。スゴイネー」
「フェッキー知ってるの?」
「うん、原宿の『キラー』ってイッタら、今は東京で一、二を争うグループだヨ。『スカイ』が三年前半壊してから力をつケ始めたグループネ」
「へぇ〜、そうなんだ〜」
心の底から感心したように純也が声を上げる。遼平は、(こいつら本当に敵同士って意識あるのか?)と背中越しに疑問を抱いた。
「ねえちゃんはともかく、あとの野郎三人は誰だ? 『スカイ』の戦闘員に白人とガキはいないはずだが……」
「むむー、ジャパニーズボーイはヒドイネー、ボクのこと差別発言するヨー!」
「僕だってガキじゃないもん!」
「お、おい落ち着けよお前ら……」
腕をブンブン振り回して怒るフェイズとぴょんぴょん跳びはねる純也の襟を掴み、遼平は二人を制止する。(挑発でもないのに乗るやつがあるかよ……)といつもの自分は棚に上げて遼平は思う。怪我のせいなのか、遼平のテンションは低い。
「気配は消してたんだが、どうしてバレたんだぁ?」
「けっ、足音聞こえまくりなんだよ、俺の耳に届かねぇわけねーだろ」
己の耳を指差してから、相手へ親指を下に突き出す。そんな挑発的な言動に、一瞬だけ眉間にシワを寄せた優男は。
「……お前もしかして……あの裏切り者の蒼波か? なんでそんなヤツがここに居る?」
「名前当てたことだけは褒めてやるよ、そこのひょろっちいの。だが俺がどこに居ようと関係ねぇだろ、わかったら今は取り込み中だから早く帰れ」
「ははっ、昔の《鬼》ごときで俺達が退くとでも思ったのか? 生憎お前の用事に付き合ってるほど暇じゃないんでね、俺らは目的を果たさせてもらうぜ」
「させません……ここはあなた達には通しません!」
時雨が大きく腕を伸ばして立ち塞がる。既に遼平に対しては警戒を解いた形となってしまったが、本人はそれにさえ気づいていない様子だ。
今は復讐の人間ではなく、グループを守る『幹部』として時雨は存在していた。そんな時雨に「やっぱり(自称)ジェントルマンだから」という理由でフェイズが肩を並べ、「もちろん放っておけない」と純也も身構える。遼平は……少しの間、面倒臭そうに頭を掻いてから。
「だぁー! ったく、どーしてこう邪魔ばっかり入るんだよ!? こうなったら邪魔するヤツ全員ブッ飛ばしてやるからな!!」
時雨に背中を預けて純也と並ぶ。彼女の視線には気づかないふりをしていた。
「……どうして素直に『手伝う』って言えないのかなぁ?」
「うるせえ」
ぶっきらぼうに遼平は純也からも顔を背ける。こうして四人は一時休戦となり、新たな敵に向う形となってしまった。