第四章『亡友のために』(4)
「遼っっ!!」
一陣の風が吹き、時雨は遼平から距離をとった。片膝を付いて今にも倒れそうな遼平の前に、白銀の髪の少年が立ち塞がる。
「純也!? お前、なんでココに……!」
「話は後だよ! 遼、まだ生きてるよね!?」
「バカが! そこをどけっ」
「できないよ! どうして死にに来たのさっ!」
「俺は……うるさいっ、どけ!!」
「いやだっ!!!」
今までの純也に無い激しい拒絶に、遼平は一瞬怯む。背を向けて時雨を見る瞳はいつになく鋭かった。
「時雨さん! 復讐は僕を倒してからにしてもらいます!」
「仕方ありませんねっ」
両者が地を蹴って激しい攻防が始まる。何故か、女の口元が僅かに引き上がって。
距離が限られている薙刀より、やはり風を操る純也のほうが有利だった。純也の作り出した見えない風の刃が三日月の刃を受け止め、弾き返す。その勢いで時雨に一瞬隙ができ、そこで鳩尾に純也が一発当てようとした瞬間。
少年と女の狭間に、銀の一閃!?
純也の拳に何かが物凄い速さで当たり、軽く裂いていく。風さえも切ったその物体は、銀色に輝くロザリオだった。
「っ!」
純也は切られた右手を押さえ、そのロザリオが飛んできた方向へと顔を向ける。右斜め上……ちょうどビルの屋上辺りからだ。
「……ん〜、ボーイ二人でレディの相手をするのハちょっとイタダけないナ〜」
ビルから着地してきた長身の影に、純也は見覚えがあった。朝会ったばかりのあの情報屋――――フェイズではないか。
「フェッキー!?」
「誰だ、あいつ……?」
何故かどんどん人数が増えてくるこの状況に、遼平は頭を抱えた。どうしてこうも、すんなりヤボ用が果たせないのか。
「情報屋さん! 助太刀は無用です!」
「そう言われテもネ時雨サン、こー見えてボクはジェントルマンだからサ、見逃せないンだよネ〜」
「いや……ですがこれは私と遼平の問題でして……」
「マぁマぁ、細かいコトは気にしないネー。楽しソウだからサ、ボクも混ぜてよ」
「フェッキー、これ全然楽しくないよ?」
真剣だったムードが一転、フェイズのせいで何やら変なテンションになってしまった。その場にいた全員が肩すかしを喰らう。
「とりあエズ! ボクは時雨サンの味方だからネン。さ、ショーブショーブ!」
「え……う、うん……」
時雨の脇に立っていかにも楽しそうに構えるフェイズ。彼が加わったことで『復讐』はどこかに吹き飛んでしまったように思える。
「純也、本当に逃げてくれ……もういい」
出血で息も絶え絶えな遼平が、地に膝をついたまま言う。
「……そうやって、僕をまた独りにする気?」
「いいか純也、お前はスカイとは関係無いんだ……関わってはいけないんだ。それに俺は人殺しで……」
「違うよ。遼は人殺しなんかじゃない」
「お前は知らないんだ! 俺は血を愛し、死をもたらし、破壊を求め――――」
「嘘つきっ! そうやって自分に嘘ついて、勝手に悪者になって、そのまま独りで……逝かないで……。僕、ずっと遼を信じてるよ。迷惑でも、傲慢でも、ずっと」
「やめろ、純也……俺は……やめてくれ……お前が傷つくだけなんだ……」
「……遼はね、人を愛して、命を大切にして、護りたいだけなんだよ? 自分でも気づいてるんだよね?」
しばらく遼平は不意をつかれたような間の抜けた顔をしていた。……ただ、その愚かさが自分によく似ていると、気づいた。
「生きてよ」
『生きてね』
また、声が聞こえた。今度は純也の声と重なって。友の最期の言葉……なんでこんな時に思い出す?
「ね、遼?」
「……バカだろ、お前……」
「うん、そーだよ。馬鹿でいいよ、遼といられるなら」
「あー、バカにはつきあってらんねぇな」
遼平はゆっくりと立ち上がり、腕を染めている血を振り払う。あの軽い笑みを取り戻した男の顔は、何か吹っ切れていて。
「本気を出しなさい、遼平!」
「わあったよ、後悔するなよ?」
「ヤッホー、楽しミだネー!」
「だからフェッキー、なんか間違ってるって……」
四人がそれぞれの表情で地を蹴る。