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第四章『亡友のために』(3)


 比較的表通路に近い所まで来て、遼平は脚を止める。ここで待っていれば直に来ると、わかっていた。もう一度、煙草を取り出してくわえる。

 微かに風が吹いて紫煙が揺れ、遼平はふと純也を思い出す。

(結局お前とはケンカ別れ、か。お前も俺を憎んでおけよ……俺に存在価値があるとすれば、《憎しみによって力を与えるコト》だろうからな。真達がいる、お前はもう独りにならない。だから――――)


『遼平』


 呼ばれた気がして、空を仰ぎ見る。けれどその声は、遼平の中から聞こえてきていた。

『遼平……俺の最期の頼みを聞いてくれないかな……?』

『翼っ、俺は!』

 過去の声が聞こえる。思い出したくなかった、しかし忘れてはならない記憶。そう、あの日に――――。



「お待たせしたようですね?」


「別に構わねーよ、ヤボ用だからな」

 砂埃の先に、やはり変わらない着物姿の時雨がいた。煙草をアスファルトに落とし、しっかり火を踏み消しておく。


(あぁ、あんたはいつもココに似合わないような着物着て、俺のこと子供としか見てなかったよな。あんたの視界には翼しかいないことを知ってて、それでも俺はあんたのことを――――想ってた。だから……《俺》を憎んで、俺を殺すことを糧にして生きてくれ)


「野暮用、ですか。私にはあなたに大事な用事が有ります」

「じゃあそっちから先でいいぜ。俺のはヤボ用だからな」


 握られていた薙刀、《十六夜》が遼平に襲いくる。




 黄金の刃は、貫いた肉から噴き出る紅で染まっていった。







 自分の腹部から噴き出す血を、遼平はぼんやりと見下ろしていた。

 そして、ゆっくりとその刃を握る女へ視線を移す。


 その激痛は、腹部ではなく、鋭く、心へ。


 刃を勢いよく抜かれた反動で、身体は仰向けに崩れていく。内臓と血液がアスファルトにぶつかる音が、生々しかった。



 いつかこんな日が来ることを、知っていたくせに。

 忘れようとしていたのは、いつからだった?


 翼の死を受け入れた時?


 ロスキーパーに入った時?


 ……純也と、出会った時?



「は、ははははっ」

 ひどく愉快そうな、乾いた笑い声が思わず漏れる。ビルの隙間から見える、青空へ……。

「な……! 何が可笑しいのですか!」

 激しく出血して倒れながら笑い続ける男へ、時雨は怒鳴る。何故だろう……彼女の手足がガクガクと震えている。


(翼、俺はなんて滑稽なんだろうな? 親友を殺して、愛した奴に殺されて、それでも俺は、)



「……それでも生きるんだぜ?」

 動かなければ傷口が開かないのに、遼平は起きあがってゆっくり立ち上がる。喉へ上がってきた血が、咳と同時に足下へ落ちる。

「あなたが……わかりません。死にたいのですか、生きたいのですか?」

 『生きる』と口にしておきながら、攻撃を避ける素振りも見せない。そんな態度が、時雨を迷わせる。

「さぁ、俺にもわからねー」


「では、質問を変えます。純也さんを拾ったのは何故ですか?」


「純也に会ったのか!? 純也をどうしたっ?」

「何もしていません。彼は、翼の死とは関係無いのでしょう?」

 平静を保とうとしている女の顔と、それを聞いて安堵の表情を浮かべる男。時雨は嘘をつくような人間ではないと、遼平はわかりきっているから。

 遼平の安堵する顔が、時雨には理解できなかった。何故、あの子供にここまで必死になるのか。

「純也は……似てるだろ、アイツに」

「えぇ……彼は、翼と同じ空気を持っていました。本当に、似すぎているくらいに」

「まるで生まれ変わりみてぇだろ? あの呑気な顔とかよ……」

 無防備に空を仰いで放つその言葉は、昔の懸命で、楽しかった過去を思い出させて。この悲惨な三年間が一夜の悪夢ではないかと、時雨に願わせて。

「翼に似ているから、拾ったのですか? 一体何のつもりで?」


「そんな理由じゃねーけどよ。あいつはな……俺のせいで、スカイの人間に襲われたんだよ」


「え……」

「もちろん、翼が死んでからスカイを抜けたヤツらだが。……俺と出会った時に一緒にいたところを見られたせいで、純也は襲われ……瀕死に陥った。そして今も、その傷は純也を苦しめ続けている」

 一つの罪で二つの罰を背負う男。なのにどちらの罰からも逃げない男。

「時雨、俺はこんなコトを言える義理じゃねぇんだが……頼む、純也には手を出さないでくれ。純也は、襲われた記憶も無い」

「わかりません……遼平、あなたがわからない! 翼を殺したのは本当に……?」



「俺だ」


 躊躇いの無い返事。合わせられた視線は、重たい本気の眼だった。

「俺が翼を殺した。邪魔だったんだよ、俺の上に立つヤツは。何と呼ばれようが、俺が東京裏社会で今『最強』だ」

 遠のきかけていた時雨の殺気が、蘇る。それに満足と……呵責が心に溢れてきて、遼平は顔を逸らさずにはいられなかった。


 女の殺意と男の思案は決して触れ合うことなく、再び金の月が肉を裂くべく、横へ振られる。




『遼平っ、遼平!』

(なンだよ……お前とは逝く場所が違ぇーんだよ、俺達はもう二度と会えねぇんだから……もう呼ぶなよ)





 呼ぶなと言うのに……何度も何度も遼平の名は叫ばれ続けていた。



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