第三章『事実と追憶』(4)
「……私達『スカイ』は、行き場の無い者達が集ったグループでした。殺伐とした裏社会の中で救いを求め、自ら自分達の《居場所》を作ろうとしたのです。そんな志の下に集まった四人の中でリーダーを決め、私達は理想の社会を形成していこうとしました。ところが、三年前のある日突然にグループに崩壊の危機が訪れるのです。ある男の裏切りによって。幹部の中で中枢を担っていた白鷹翼が、何者かによって無残に殺されていました……それ以来、遼平が姿を消したのです」
そこまで話して、時雨の拳がぎゅっと握られる。その顔は昨日の事を思い出すように歪んでいた。
「でもっ、それだけで遼が犯人なんて!」
「もちろん、私達もいきなり遼平を疑いはしませんでした。仲間だったのですから。しかし、現場には決定的な証拠が。大勢の武装した人間の屍の中に、何故か翼の死体は有りました。その殺害のされ方が、何よりの証拠だったのです」
「え……?」
「『死の旋律』。仲間にさえ恐れられた、蒼波一族の禁術歌です。私も一度遼平から説明を聞いただけですが、人間の頭蓋骨の大きさと丁度波長の合う音波を流し、共鳴振動を起こすという技だそうです。それを受けた相手は、脳が振動して頭蓋骨にぶつけられ、激痛の後に脳死するのだとか。……翼には、その技がかけられた証、額に大きな内出血の跡がありました。周りで死んでいた人間達の死因は様々でしたが、明らかに武器は使われておらず、加害者は体術を使用していたものと断定できました。遼平があそこにいた人間全てを殺害した証拠です」
「死の……旋律?」
純也は初めて聞く単語に身震いがした。確かに、超音波を発する能力を持つ遼平ならば医学的に可能な事だ。だが、そんな技を遼平が使用したのを見た覚えは無い。いや、遼平が純也の前で人を殺した事など一回も無かった。
(いや……、まさか一昨日のアレは……?)
一昨日に純也を襲った突如の頭痛。あの時遼平は、「耳は痛くないか」と訊いてきた……あの原因が、遼平の発した《音》だとしたら?
確かに、『死の旋律』は存在する……!
「遼平はそれ以前にも、マフィアを相手に一人で全滅させた事も何度か有り、これほどの人間を殺すのも何の不思議も無いことでした。信じていたのは私達だけ……翼は遼平のことを深く信頼していたのに……!」
時雨は唇を強く噛み締め、瞳を強く閉じて俯いた。今でも目を閉じれば焼きついている……愛する人間の無残な死骸。
「時雨さん……すみません」
自分が辛い過去を思い出させてしまった責任を感じ、純也は悲しそうに謝る。
「あなたには何の責任も無いことです、謝らないでください。しかし、私の知る事実はお話しました。それでも、あなたはあの男を信じるのですか?」
「僕は……」
純也は足元を見つめて言葉を区切る。そこで、改めて気づくのだ。
何を言われようと、どう知らされようと、迷いの後でも、結論は同じコトに。
「僕は、遼を信じたい。それしか出来ないから……」
忘れられないのだろう、あの時の深い漆黒の瞳。果てしない孤独と暗い運命を辿る事全てを、受け止めた瞳。何もかも諦めたような、哀しい瞳……。
「私が遼平を憎む理由はお話しました。もしよろしければ、あなたがそこまで遼平を信頼する理由を教えていただけませんか」
「僕は……死にかけていたところを遼に拾われました。遼は命の恩人なんです。僕に居場所を、仕事を、楽しい思い出を、そして命をくれた大切な人なんです。だから、僕は遼を信じたい。みんなが遼を犯人だって言っても、僕だけは最後まで信じたいんだ……!」
ただ拾ってくれたからだけではない。今まで一緒に過ごしてきた日々の中で、遼平の性格はよく知っている。単純で喧嘩っ早くて不器用だけど、本当は優しくて素直じゃないだけで。強がってるけど、たまに誰よりも寂しそうな顔して。まるで……そう、純也なんかよりよっぽど『迷子』みたいな感じで。
やはり遼平は純也の知らない多くの暗い過去を背負っていて。しかもそれらは今もなお彼を苦しめ続けているのだと。気づいていたのに……時折、あの漆黒の瞳で夜の闇をじっと何かを探すように見つめていたから。その横顔は、泣きたそうなのに涙を流せない、不器用な迷い子の顔だったから。
ずっと、何かを求めているのだ。絶対に手に入らないことを、わかっているのに。
「お姉ちゃーん、終わったよ!」
軽くなったジョウロを手に、少女が帰ってくる。褒めてほしそうな表情で二人の前までやってくる様子は、小動物のようで。
「ありがとう。それじゃあ今度は店の中の花をお願いしていいかしら?」
「もっちろん!」
さも嬉しそうに少女はもう一度水を汲みにいく。時雨は微笑ましくそれを見送っていた。
「えっと、あの子は妹さんですか?」
「いえ、違います。あの子は幼い頃にこの辺りに捨てられていたんです、だから名前も無くて……私の所で自分からお手伝いしてくれているんですよ」
「偉い、ですね」
「えぇ……きっと物凄く寂しいだろうに、そんな素振りはちっとも見せないんですよ。まだあんなに幼いのに……」
「あの、僕も……僕も今日ここをお手伝いしてもいいですか?」
「え? ……えぇ、もちろん」
少し驚いた顔をしたが、時雨はあっさりと承諾して綺麗な笑顔で純也に小さな鉢植えを渡した。
まだこの『時雨』という人物について知りたかった……口にしたものの、未だに遼平のもとに帰れなかったから。少年は名も無き少女と花屋を手伝う。
そんな純也を見る時雨の眼に、優しさと慈愛と……何故か切なさが宿っていた。