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第三章『事実と追憶』(3)

「先生〜、こんにちはー」


 ふらついている遼平に肩を貸しながら、純也は古くて薄い鉄製の扉を押す。その先には、不精ひげを生やし、伸びた後ろ髪を下で結わえた三十代ぐらいの男がデスクに向って座っていた。

「ん? ……よぉ、遼平と純也じゃないか。どうした、また怪我したのか?」

 けだるそうに頭を掻きながら、白衣を着た闇医者は振り向いた。こんな地下の一室でサングラスをかけている、裏社会でも有名な万能医師、炎在獅子彦えんざい ししひこだ。たった一人で手術まで行える熟練外科医だが、先天的な特殊能力《読心術》によって精神科もこなす。ただ要求される治療費も裏らしく並みの額ではないが。

「……てめぇは訊くまでもねーだろうが」

「ほお、毒にやられたのか。そんなに心配しなくていいぞ純也、ここまで来れるようならそんなに重くないだろう」

「先生、お願いします」

 闇医者に目を合わせ、少年は頭を下げる。獅子彦は相手の瞳を見るだけで心を読む《読心術》を無意識に使用することができるため、わざわざ口で聞かずとも、本意を知る事が可能なわけだ。

「トリカブトにやられただと? 今時そんなの使うヤツがいたんだなぁ」

「お前なぁ、《読む》んだったらもう少し気を使えねぇのかよ」

「ははっ、そりゃ悪かったな。まぁこっちは俺にかかれば楽勝ってコトで安心しな。……ところで純也、最近身体の調子はどうだ? 発作は起こらないか?」

「うん、この頃は平気だよ。でもそろそろ薬がきれるから、もらっていこうかな」

「そりゃまいど。隣りの薬剤室に例の薬があるからもってきな」

「はーい」

 遼平を固いベッドに座らせ、純也は隣りの部屋へ入っていった。純也はとある持病のために、定期的に獅子彦から特殊な薬を購入しなければならない。

 純也が扉を閉めたのを確認し、「さてと……」と獅子彦は遼平に向き直る。


「時雨だな?」


「読まなくてもわかるのか?」

 わざと視線を合わせないようにしていた遼平がやっと顔を上げる。そこでサングラス越しの獅子彦の目とかち合った。

「当然。危険性の高いトリカブトを扱える人間は少ないんだよ、裏薬剤師でもな。それにトリカブトといったら時雨の十八番だぜ? どうしてひっかかった?」

「……別に。ただ油断してただけだ」

「『もとから知ってた』って顔してるな」

「《読む》なよ」

「読んでないさ、本当にお前そんな顔してるんだよ。それじゃあ純也にもバレちまうぜ?」

「……」

 不機嫌そうに黙ってしまった遼平に、獅子彦が苦笑を漏らす。遼平の表情は、憂いを帯びているようで、子供がすねたようで。

「本当にお前は裏表無いな。俺は好きだぜ、そういうの」

「けっ、野郎に好かれたって嬉しかねぇよ。早く治せや」

「ったく、あんまり反抗的な態度とると注射しちゃうぞ〜」

「ガキじゃあるまいし、ンなので怖がらねーよっ!」

「おや〜? 心が少し動揺してるようだけど〜?」

「くそっ、だからお前にかかるのは嫌だったんだ! 治せねーんだったら他あたるぞ!」

 怒って遼平は立ち上がろうとするが、どうにも力が入らなくてよろけた。そんな遼平をベッドに押し返し、獅子彦は重い一冊のファイルを取り出す。これが今まで遼平が獅子彦にかかってきたカルテだ。

「はいはい、病人は大人しくしてろっての。俺が一発で毒なんか抜いてやるからよ」

「今回はいくらなんだ?」

 必ず治す換わりに、獅子彦の治療費はいつも高額だ。実はツケにしてある分もけっこう有る。


「いらないさ、今回は。黙秘している俺にも、責任の一端があるからな」

「……勘違いするなよ、これは全て俺の事だ。お前にも……純也にも関係無い」


 獅子彦が真っ直ぐ見つめてくるが、遼平は険しい視線を逸らさなかった。心も言葉と全く同じ事を示している。

「そうやって全部一人で背負い込むんだな、お前は」

「……俺は何もできてねぇよ、今も……昔もな」

「時雨には何も言わなかったのか? 純也のやつ、相当心が乱れていたが」

「そうか……」

「全てを話したらどうだ? なんなら俺が……」

「俺が翼を殺した! ……それは紛れも無く事実だっ」



 古い扉が開く音、そして少年が息を呑む音も、蒼波の人間に聞き取れた。



 隣室から紙袋を抱いた純也が現れる。その表情は驚きと哀しみに支配されて。

「遼……」

「純也っ、聞こえたのか?」

「ごめんなさい先生、少しだけ。遼……遼は本当に……!?」

「純也落ち着け、それは……」

 明らかに激しく動揺し始めた純也の心を治めようと腰を上げた獅子彦の前に、腕が出される。俯いたまま、少年に一切表情を見せないで、紺髪で顔を隠した男は。



「あぁ、時雨の言うとおりだ。俺が、昔の仲間だった男を殺した。時雨の大切な人間だった男をな」



「そんな……ウソ、だよね? 嘘って言ってよ! なんで、なんで!?」



「……本当だ。理由は、ねぇよ。ただ、アイツとはいつか殺し合う定めだったんだ。俺が『最強』になるために」



「なんでそんなコト言うの……っ? 僕、そんなの嫌だよっっ!!」



 薬の紙袋を持ったまま、純也は診察室から走り去ってしまった。重く冷えた沈黙、獅子彦は純也の出て行った扉を見つめ、遼平は俯いたまま。




「……何故ああ言ったんだ? 純也が殺しを嫌うことは充分知っていたはずだろう?」


 責めるようで、それでも遼平の考えに少しだけ心当たりのある獅子彦は、振り向いて尋ねた。

「これが事実だ。……それに、アイツはもう俺の側にいない方がいい……」

「お前の身元がスカイに知れた以上、か?」

「それもあるが……元々アイツは俺の近くにいるべきじゃなかったんだ。俺達は、あまりに違いすぎる……」

「それを純也が望むと思うのか?」

「望む望まないの問題じゃねーよ。俺は人殺しだ……元々アイツの近くにはいられなかったんだ…………これでいい」

 ずっと俯いたまま、表情の見えない遼平。その声色は、哀愁のような、安堵のような、複雑な音。

「遼平……何考えてんだ?」

「はっ、お前にもわかんねぇってか? 笑えるな」

「何を、考えているんだ?」

 全く笑みの無い真剣な表情で獅子彦がもう一度問う。睨みつけるような視線に、遼平は気圧される風もない。




「純也を頼む」



「は?」





「アイツには医学の知識も有る。お前のお荷物にはならないはずだ、ココで養ってくれ」



     ◆ ◆ ◆


「……こ、こんにちはー……」


「あー! アンタまた来たのーっ!?」

「わ……、ご、ごめんね。でも時雨さんに用があったものだから……」

 自分よりも頭二個分程小さい少女にまたも怒鳴られ、少年は怯む。純也は一昨日にも来た小さな花屋の前にいた。よく見れば小さな看板に、店名で『月花』と書いてある。

「お姉ちゃんにっ? なんでアンタがお姉ちゃんに用があるのよ!?」

「それは、その……あ、この間もらった花の代金を払いに来たんだよ」

「ホントにっ?」

「ほんと、ほんと。だから、会わせてもらえないかな?」

 今適当に思い浮かんだ理由で、純也は少女に作った笑顔で言う。結構演技は苦手だった。

「またどうしたの、大きな声で…………あら?」


「「あ……」」


 やっぱり店の奥から出てきた若い女性店員……時雨が純也を見てはたと止まる。純也も勢いで来てしまったものの初めに何と言ったらよいか考えておらず、少し気まずい空気が流れた。

「なに? なになに? なによ二人ともどーしたの?? かたまっちゃってさ」

「あ……そうね。純也さん、とりあえず中へどうぞ」

「は、はい……お邪魔します」

 中のカウンターに腰を下ろすが、どうにもぎこちない感じは変わらなかった。お互い俯いて、相手の一言を待っている。

「お姉ちゃんどうしたの?」

「なんでもないのよ、あなたは外の花に水をやってきてくれる?」

「うん、わかった!」

 少女はすんなり頷いて嬉しそうにジョウロを持って駆けていく。



「……あの、あなたはお変わりないですか?」

「はい……僕は。ありがとうございます」

 攻撃を仕掛けられた相手に「ありがとう」はないと思うが、純也はペコッと頭を下げる。

「昨日は……その……すみませんでした。あなたまで巻き込んでしまうつもりはなかったのですが……つい、熱くなってしまいまして……」

「い、いえ……僕の方こそ手を出してしまって……ケガとかしてませんか?」

「私はなんともありません。ご心配をおかけしましたね」

「よかった……それならいいんです」

 緊張した面持ちだった純也の顔に、優しい笑みが戻る。それにつられたように時雨も微笑んだ。

「えと……、僕どうしても時雨さんに訊きたい事があって……それで来たんです」

「遼平の事……ですね?」

「はい。僕、わからないんです……何を信じていいのか……何を自分が信じたいのか。だから、時雨さんの口から話してもらえませんか?」

「見たところ、あなたは随分と遼平を信頼しているようですね。……いいのですか、事実を知っても?」


「…………お願いします」


 決心した顔で、純也は時雨を見つめる。時雨は一呼吸置いてゆっくり語り出した。



 その、彼女が知る限りの凄惨で非情な《事実》を。


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