第三章『事実と追憶』(1)
倒れこむ男達の中に、俺は一人立っていた。
「はっ、弱すぎて相手にもなんねーぜ」
近くに寝転んでいる男一人を軽く足で除け、下敷きになっていた重いアタッシュケースを持ち上げる。今日の収穫だ。
「……相変わらずだね、遼平は」
「なんだよ翼、いつからいたんだよ?」
どこからともなくたくましい身体つきの若い男が現れる。白鷹翼……俺のライバル兼仲間ってやつだ。
「そうだねぇ、遼平が『おらおらもっと本気で来いやー!』って叫んでいたトコロあたりからかな」
「……お前、たまに楽しんで俺のコト見てねえか?」
「そんなことないよ」
その高い身長により見上げる俺に向かって、楽しそうな笑みで翼は肩をすくめた。絶対コイツは高見の見物してやがったな。
「ほらよ、今日の収穫だ」
俺はアタッシュケースを翼に放り投げる。軽々と受け取り、翼は俺を真剣な顔つきで直視してきた。
「いつも悪い」
「……いーんだよ、ンな言葉聞き飽きたぜ。俺にはこんな事しかできねぇんだからな……てめぇには他にやる事が山ほどあんだろ?」
「それでも、遼平には感謝しているよ。お前だけこんな役目に回らせて……俺が代わってもいいのに……」
「バカ言え、てめぇまで汚れ役になる必要なんてねーんだよ。だいたい……そんな事したら悲しむヤツがいるだろ」
「遼平……ほんと、ごめん」
「うっせーよ」
ふいっと顔を背け、俺は歩きだす。もう陽が暮れかかっていた。
俺達のグループを保つための資金調達は、俺の……俺だけの仕事。暴力団やらマフィアやらにケンカをふっかけて、金をいただく。しかしそれを知っている人間は少なく、俺は『好きで他人を傷つけている』という設定になっている。グループのヤツらが、奪った金銭で生きているのだと知ったら、あいつらは飯を食わなくなるかもしれないから。……揃いも揃って、甘すぎるんだよ、このグループは。
……まぁ、そんなトコロ、俺は悪く思わないけどな。
「遼平、血のりぐらいは拭いていこうよ」
「あ? 面倒くせーなー……」
服の袖で顔を擦ったら、余計紅色が広がってしまった。もう面倒なので放って置くことにする。
歩き慣れた渋谷の裏路地を行き、ドラム缶が大きく積まれた広場へ。そこで、もう一人の俺達の幹部が待っていた。
「あ、お帰りなさい、二人とも」
「おう」
「時雨、今日も何事も無かった?」
いつもどおり優しげな笑みで俺達を迎えた綺麗な女……流華時雨に翼は今日のグループ、『スカイ』について問う。
「はい、今日も何も。最近は近隣のグループも大人しくなってますね、いい事です」
にっこりと微笑みかける時雨。荒廃した裏社会に咲く、一輪の花みたいだ……。
「あら、遼平、顔が……」
「え……あぁ、なんでもねーよ」
「そんなことはないでしょう、血がついてますよ」
「あ……っ」
そっと、時雨が俺の顔をハンカチで拭いてくる。近づいた桃色の髪から甘い花の匂いがした。俺の顔が、違う意味で赤くなる。
「や、やめろよ。俺ガキじゃないんだぞっ」
「あら? 十六歳っていったらまだ子供でしょう?」
「違ぇよっ! ちくしょー、俺をいつまでも子供扱いすんなよな!」
「そうだよ時雨。あんまり遼平をいじめてやると、かわいそうだよ」
「翼まで言うかーっ!」
俺は腹が立って地団駄を踏んだ。ちくしょう、みんな揃って俺をガキ扱いしやがってっ。
「うふふふ……。そろそろリーダーのもとへ行かなければ、あの方が心配してしまうわ。行きましょう」
「そうだね」
「くっそー、なんかムカつく〜」
やっぱり気は治まらなかったが、歩き出した時雨と翼を追って俺も早足で進む。リーダーのアイツに、今日の収穫を渡さないといけない。
そして俺達三人は、夕日の中影を伸ばしながら歩いていった。
こいつらの隣りが俺の居場所だと、信じて…………いたかった。