第二章『宿命の邂逅』(3)
「ちっ、純也あぁっ!」
「え……っ?」
いきなりの遼平のしゃがんだままの蹴りで、純也は横に突き飛ばされる。その方向にあった窓を割り、純也は一階の地面へ落ちていった。
「うわあぁぁー……!」
純也の声が下へ遠ざかっていく。蹴り飛ばした反動で、遼平は完全に体勢を崩して立てなくなった。
「……換気の為に仲間のあの子を犠牲にしたのですか? やはり《鬼》ですね、あなたを幹部にしたのは間違いでした。もう無駄です、今更部屋に穴を開けたところで毒は抜けない……また、あなたは仲間を裏切った」
「なんとでも言え。時雨、あんたの狙いは俺一人だったはずだ。あいつに手を出す必要は無かっただろうが」
「私の目的は復讐だと言ったはずです。それを阻止しようとする者がいるならば、その者も同罪。やっと、あの人の復讐が果たせる……」
「変わったんだな、時雨……」
「全てはあなたのせいです。あの日から、全てが狂ってしまった……スカイも、リーダーも、そして私も……もう戻れないくらいに。若者達は乱れ、グループは弱まって。ずっとあなたを探していた、あの人の無念を晴らす為に、この三年間私はずっとこの好機を待っていました。あの時一体何があったのか……死ぬ前に、全てを話してください」
「俺が……俺があいつを殺した。ただそれだけだ。理由なんてねぇよ」
「何故ですっ! 何故あの人が死ななければならなかったのか、話しなさい!」
時雨の語気が荒くなる。遼平は目を伏せたまま淡々と感情を込めずに言葉を続けた。
「……話す事なんてねぇよ。早く復讐とやらをやればいいだろ?」
「…………そうですね、あなたはそういう人……。それでは我が復讐、果たさせてもらいます!!」
いつもと同じ、軽い笑みを浮かべて遼平は前倒れに崩れた。視界が段々ぼんやりと消えていく。
「……つ、ばさ……」
微かな、誰にも聞きとれない呟きを最後に遼平は意識を失った。毒が身体を蝕んでいく。
無音で時雨の薙刀が振り上げられる。遼平の首目掛け、刃が下ろされる瞬間。
一瞬、何か強力な気が室外から放たれたようだった。その刹那だけ、女の腕が止まる。
いきなり重い扉が押し開けられ、物凄い暴風が部屋に流れ込んでくる。その激しさに時雨は瞬時に腕を前に掲げた。着物の袖が、激しくはためく。
「はぁ、はぁ、はぁ……。よかった、間に合った……かな?」
扉の先に、切り傷だらけの白銀の髪の少年の姿が見える。少年は自分の傷にも気づかない様子で倒れた男に駆け寄った。
「遼!? しっかりして!」
「この風……!? もしかしてあなたが?」
「時雨さん、ごめんなさい……今日は帰ってもらいます!」
遼平の脈をとっていた純也が立ち上がり、時雨に向って右腕を振るう! 見えない拳を喰らったように時雨は後方へ吹き飛ばされた。
「きゃぁっ」
「お願い……早く逃げて!」
悲しそうな表情で、それでも純也はもう一度腕を振る。猛烈な旋風が部屋を駆け抜け、部屋中の毒気ごと吹き飛ばしていった。
「……必ず……っ、必ずこの復讐は果たしますっ!」
そう言い残して怪盗の影は砕けた窓ガラスから消えていった。それを確認し、風は除除に治まっていく。
急いで振り返り、純也は遼平の顔色を見る。青白くなっていて、もう生気を感じられない。脈は僅かに有るが……段々と弱くなっていくのが確認できた。
「遼っ、……起きてよ遼! 遼―――っ!!」
少年の呼ぶ悲痛な声が、宝物庫に木霊する。