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小さな恋の話

新しい婚約者は思春期真っ盛り

作者: 細井雪




 先日、婚約破棄をされました。

 お相手は我が子爵家と昔から家同士のお付き合いがあった、ハドソン伯爵家の十八歳になられるご嫡男ローランド様でした。

 しかし、運命の女性を見つけたと突然言い出し、夜会で婚約破棄を宣言されたのです。


 あれから三ヵ月後。

 私に新しい婚約者が決まりました。


 そのお相手は、ハドソン伯爵家の十五歳になられるレイ様。

 そう、ローランド様の弟君でございます。

 婚約破棄をした相手の兄弟……という思いもありますが、家同士の事情があるのでこればかりは仕方がありません。

 私も十七歳ですし、あまり長く婚約者がいないというのは世間体を考えても良くないですから。

 両親も申し訳ないと私を気遣ってくれましたし、貴族令嬢として生まれた以上は政略結婚は避けきれないものです。

 ハドソン伯爵家もローランド様のことは勘当されて、親子と言えどきちんと筋を通されて謝罪をしてくださったので、婚約破棄の一件は一応区切りがついております。

 前を向いて次に進まねばなりません。


 そのため、本日は新しく婚約者となったレイ様との交流会を兼ねたお茶会です。

 まさか別の方を訪ねて伯爵邸をおとずれる日が来るとは思ってもいなかったので、少し緊張します。

 でも、ハドソン伯爵夫妻は気を使った様子で私を出迎えてくださり、緊張は少し和らぎました。

 そんな夫妻の隣に並び、一歩前に出てきてくださった方を見て、私は挨拶をしました。


「レイ様。本日はお招きくださり、ありがとうございます」

「……ようこそいらしてくださいました」


 まだ少し高い声。

 背は私とほぼ同じくらいのようです。

 ハドソン伯爵家の次男でいらっしゃる、レイ様。

 騎士になる予定で騎士学校の寮で暮らしていたので、お会いするのは久しぶりになります。

 兄のローランド様はお話上手で社交的でしたが、弟のレイ様はとても無口な方です。

 ローランド様との婚約が決まりご挨拶をしたときも、その後も何度か伯爵邸でお会いしたときも口数は少なかったので、きっと性格なのでしょう。

 しかし、久しぶりにお会いしたレイ様は、きつく唇を引き結ばれていて、さらに不機嫌そうな表情をされていました。

 伯爵ご夫妻に挨拶を終えてから、美しい庭の見える部屋へと案内されてもその様子は変わりません。


「どうぞよろしくお願い致します」

「……座ってください」


 きつく引き結ばれていた唇が少しだけ開き、短い言葉だけが返ってきました。

 伯爵邸のメイドがコーヒーと美味しそうなお菓子を運んできてくれて、他に人がいると話しづらいだろうと気を使ってくれたのか、扉を少しだけ開けたまま出て行き二人きりになります。

 コーヒーにお砂糖をひとつ落としながら、この沈黙をどうするべきかと考えました。

 私には姉と兄はおりますが、年下の兄弟はいないため、十五歳のレイ様とどう話せば良いのか分かりません。

 定番ではありますが、好きな物や学校のことなどを尋ねてみましたが、返事はどれも短かく会話は続きませんでした。


 交流会という名のお茶会は、食器の音の方が聞こえるばかりです。

 大きなガラス窓の向こうに見える美しい庭の景色も、場を和ませるものにはなりませんでした。

 しかし、ふとレイ様のコーヒーカップの中身がほとんど減っていないことに気づきました。

 時おり飲んでいる様子でしたが、少し口をつける程度で、よく見ればそのたびに苦々しい表情をされています。

 私は自分の近くにあるお砂糖とミルクを見ました。

 レイ様はコーヒーにいれていませんでしたが、もしかしたら苦くてあまり飲めていなかったのかもしれません。


「あの、よろしければお砂糖とミルクをお使いになりますか?」


 思わずそう尋ねると、その途端にレイ様は顔を真っ赤にして、不機嫌そうな表情をさらに不機嫌にさせました。


「い、いらない!!」


 突然の大きな声に、私は驚いてしまいました。

 けれど私以上に、大声を出したレイ様ご自身の方が驚かれた様子を浮かべて口を手でふさぎ、不機嫌そうな顔はまるで泣き出す前の子どものような表情へと変わっていきます。


「すっ……すみません! 違うんです、ちがっ……!」


 真っ赤だった顔は青くなってしまいました。

 そんな顔を両手で覆って、背中がどんどん丸くなっていきます。


「こんなはずじゃなかったのに……あなたと婚約なんて……」


 その言葉を聞いて、私は理解しました。

 レイ様にとってこの婚約は、きっと受け入れきれないものだったのでしょう。

 兄の婚約者だった相手です。

 ローランド様が勘当されたことでレイ様は急きょ跡継ぎにもなられ、さらには兄の婚約者だった二つ年上の私との結婚まで回ってきて、まだ十五歳で学生生活を満喫していた身には突然過ぎることばかりだったはずです。

 混乱されても仕方がありません。

 その婚約相手から何を言われても、きっと慰めどころか不満を増大させるだけなはずですから、私はどうすれば良いか分かりませんでした。

 しかし。


「兄と結婚する人だから、義姉と思わなければと自分に言い聞かせていたのに、急にこんなことになるなんて、一体どうすれば良いんですか……」


 弱々しく零れ落ちてきた言葉に、私の頭の中は疑問だらけになりました。

 頭の中で整理しながら、レイ様に尋ねてみます。


「……えっと、私のことがお嫌いで、義姉になることも嫌々我慢していた、ということでしょうか?」

「誰がそんなことを言ったんですか!?」

「レイ様が……」

「ぼくはそんなこと言ってません! あっ、いえ、私は言っていません!」


 途中で言い直されました。

 でも問題はそこではなくて、もう一度先ほどのレイ様の言葉を繰り返してみます。


「けど、義姉と思わなければと言い聞かせていたって……」


 そう告げれば、青かったはずのレイ様の顔は再び真っ赤になりました。


「あなたは兄の妻となる方だから、手の届かない相手だから諦めなければならないと自分に言い聞かせていたんです!」


 レイ様の叫んだ言葉はしっかりと私の耳に入ってきたはずなのに、まるでそのまま反対側の耳から出て行ってしまったかのように、理解が追い付きませんでした。


「初めて会ったときに、一目惚れだったんです。優しくて、綺麗で、話を聞いて貰えたことが嬉しくて……でも兄と結婚する予定の人だと言われたときは絶望しました……」


 レイ様と初めてお会いしたのは、まだローランド様との婚約が決まる前の、五年ほど前だったはずです。

 当時私は十二歳で、レイ様は十歳になられた頃でした。

 弟妹がいなかった私は自分より年下の子が可愛くて、おそらく男二人兄弟で育ったレイ様も年の近い異性が物珍しかったのか、習っている剣の授業のことを色々と話してくれました。

 そのあとはしばらく会うこともなく、次にお会いしたのはローランド様との婚約が決まった一年ほど前。

 久しぶりにお会いしたレイ様は、以前とは違ってすっかり無口になってしまわれて、男の子の成長はそういうものだろうかと内心寂しく感じたものでした。


「それが兄の代わりに婚約することになって、嬉しいのに恐くて仕方がないんです……」

「あの、恐いとは……?」


 私は恐妻家になるつもりはないけれど、私の方が二歳年上なのでもしかしたら尻に敷かれることを心配されているのでしょうか。


「……だって、ぼくはあなたより年下だから頼りないだろうし、兄のような社交性もないので女性を楽しませる術も知りません……」


 けれど、レイ様の口から出てきたのは私を恐がると言うより、むしろレイ様もご自身が年下なことで不安を抱いている様子でした。

 奇しくも同じようなことを私たちは案じていたようです。


「コーヒーだって本当は砂糖がないと飲めませんし……」


 消え入りそうなほど小さな声で呟かれます。

 結婚した兄が妙なことで妻である義姉に格好をつけている場面を見たことがありますが、これも同じことでしょうか。


「レイ様。コーヒーは美味しく飲んだ方が良いと思います」


 私がそう言うと、レイ様は声なく小さく頷かれました。


「あと、ローランド様は確かに社交性がありましたが、婚約者がいながら他の女性と恋に落ちて一方的に婚約破棄するようなところは、私はどうかと思います」


 そう告げると、レイ様は目を丸くさせました。


「それは……もっともです。我が兄ながら軽蔑しました」

「ええ。私は不誠実な方は好きではありません」


 ローランド様は話していて面白かったですし社交的でしたが、裏を返せば女性にふらふらし過ぎていました。

 もちろん社交的な方がみんなそうとは限りませんが、ローランド様の不誠実なところは許すことはできません。


「でも、はた目から見てもあなた達は仲が良かったですし、兄のことが好きだったのでは……?」

「将来は夫婦となる予定だったので、良好な関係を築きたいとは思っておりましたが、まだそこまでは思っていませんでした」

「兄のことが忘れられないということは……?」

「あんな風に婚約破棄を言い渡されたら、そう簡単には忘れたくても忘れきれませんわね」

「それはそう……ですね……」


 レイ様は納得された様子で頷かれます。

 夜会で婚約破棄されるなど、この先も夢に見てしまいそうな出来事でした。

 それでも、この三ヵ月で友人達にも話を聞いて貰い、美味しい物を食べたので、少しずつ薄れてはきていますが。


「あの……」


 不意にレイ様から声をかけられました。


「誠実な男が、好みなんですか……?」


 レイ様が少し上目遣いで尋ねてきます。

 その仕草があまりにもお可愛らしくて、私は頬が緩んでしまいました。


「ええ。あちらこちらに良い顔ばかりするのでなく、きちんと話し合える方が好みです」


 それはきっと、誰だってそうだと思います。

 婚約者だけでなく、友人でも、すでに仲の良い相手であっても、聞かなければ相手の考えなど分からないものですから、きちんと話し合っていくべきだと。

 私がそう伝えると、レイ様はしばらく何かを考えた様子で、それからこちらに向き直りました。


「アンジェリカ嬢。砂糖を貰っても良いでしょうか……?」


 レイ様が初めて私の名前を呼ばれました。

 私は、それがなぜかとても嬉しく感じました。

 ローランド様からも同じように呼ばれたときは何も感じませんでしたのに、不思議なものです。


「いくつにしますか?」

「二つ……いや、三つで」

「はい。ミルクは?」

「少しだけ……」


 コーヒーに角砂糖を三つとミルクを注げば、柔らかな色へと混ざっていきました。

 先ほどまでとは違って、レイ様は美味しそうに飲まれます。


「レイ様。私、甘いものが好きなんです。よろしければ今度、街で人気のカフェに行きませんか? チョコレートケーキが絶品だそうです」

「あ、あなたが行きたいのなら……っ」

「ありがとうございます。初デートでございますね」

「ごほっ……!」

「まあっ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫……っそんな綺麗なハンカチはもったいないから、しまってください!」


 甘いコーヒーを飲んでいたレイ様が突然むせられて、私は慌ててハンカチを差し出したけれど、固辞されてしまいました。

 少しして落ち着くと再び甘いコーヒーを飲み始めたので、私もカップを口元に運びます。


 つい先ほどまでとは空気が変わっていました。

 何だか、うまくやっていけそうな気がします。

 貴族に生まれた以上、政略結婚は致し方ないものだと思っておりましたが、できうるならばお互いに歩み寄り、信頼できる関係を築きたいものです。

 目の前に座る新しい婚約者とはそんな関係になれそうで、この先が楽しみになりました。


「レイ様、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。アンジェリカ嬢」


 顔はまだ少し赤く、けれど先ほどよりずっと柔らかな表情と目が合って、お互いに微笑みました。




書いている内に思春期とは…?となりましたが、年上の女性に良いところを見せようとする年下男性が大好きですという話です。

読んでくださりありがとうございました!

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