第9話 選ばれた理由
※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
呼び出しは、唐突だった。
「雑用係・雪瑶。
東の殿へ来るように」
名を告げられたのは、昼下がり。
日差しが最も強く、影が短くなる時間帯だった。
周囲の侍女たちは、誰も声を出さなかった。
ただ、視線だけが集まる。
――来た。
雪瑶はそう思った。
理由を聞かなくても分かる。
ここで理由を問うことは、命取りになる。
東の殿は、空気が違った。
香が焚かれ、床は磨かれ、
雑音が、意図的に排除されている。
上座に座るのは、一人の妃。
名を聞いたことはある。
温厚で、気前がよく、皇帝の覚えも悪くない――
そう評されている中位の妃だった。
「近くへ」
雪瑶は一歩、前に出る。
「顔を上げなさい」
命令ではなく、確認。
だが拒否権はない。
ゆっくりと顔を上げると、
妃は一瞬だけ、雪瑶の目を見つめた。
「……噂通りね」
何の噂かは、聞くまでもなかった。
「あなたは、便利だそうね」
静かな声だった。
だが、その言葉は、刃よりも正確だった。
「口が軽くない」 「余計なことを言わない」 「仕事が早く、感情を出さない」
一つずつ、数え上げられる。
「それに……」
妃は、わずかに笑った。
「誰かに守られていた顔をしている」
雪瑶の喉が、わずかに鳴る。
「もう、守られていないのに」
その言葉は、確信だった。
「だから、あなたを選んだの」
理由は、単純だった。
疑われにくい。
使っても、壊れても、波風が立たない。
「お願いしたいことがあるの」
それは“お願い”という形をしていたが、
断る選択肢は、最初から存在しない。
「これは、私のため。
そして――あなたのためでもある」
嘘だ、と雪瑶は思った。
だが、否定しなかった。
殿を出る時、足が少しだけ重かった。
背後で扉が閉まる音がする。
その瞬間、はっきりと分かった。
便利であるということは、
守られないということだ。
選ばれた理由は、才能でも、美しさでもない。
壊れてもいいと、思われたから。
雪瑶は袖の中で、指を握る。
白い布切れには、触れなかった。
触れれば、
守られていた過去に戻ってしまうから。
――もう、戻れない。
そう自分に言い聞かせながら、
雪瑶は次の命令を待つ場所へ向かった。
次回更新は【金曜日22時】を予定しています。
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